2050年、日本の学校では、全員i-padを用い、授業を受けています。画面を通した一斉遠隔授業。教師不足が深刻化し、企業が開発し時の政権が採用を決めたバーチャル先生(米国製)です。もちろん、電子教科書で、紙の教科書は、10年前に廃止。
調べる問いをi-pad前で呟けば、その回答が即、入手できます。
大学入試は、廃止されました。過酷な「受験戦争」は死語に。日々の学習の履歴がすべてi-padで把握され、平均にどれだけ近かったかが高得点、離れたら低得点、政府や政府が推し進める施策に反対の考え方を示すとマイナス得点、それら毎日点数が集計され、小学校から高校卒業までの総得点で入学できる大学が決まる仕組みに。学校の握る情報は政府が共有でき、個人情報保護の対象外。
すなわち、平均であること、「普通」であること、周りから外れないことが優等生の条件で徹底された。
今や、日本人に「問い」はなくなりました。考える作業がなくなり、悩みから解放されたかのようでした。なお、人工知能が悩み過ぎて故障の原因になる事例は日常茶飯事。
ICT教育のハード面の整備は、世界一進みましたが、国際学習到達度調査(PISA)は、世界最下位。画一化世界一。
2060年、日本政府の今まで“先送り”してきた財政が破綻を来たし、日本政府の所有する土地・建物をアメリカに売却し、借金返済に充てることとなりました。時の総理は「想定外」を連発。日本の国土の7割の土地の所有者は、アメリカ政府となりました。
2090年、国民投票がなされ、9割の賛成多数で、2100年からアメリカの第51番目の州となることが決定しました。アフリカでは、中国となる国が大半に。
2150年、人工知能の人格権が日本で認められました。2200年、人工知能によるヒトへの差別が社会問題化しています。
甲野太郎は、こんなとこに来るとは、思いもよらなかった。小児科の医師なのであり、いくら診察室から出ようと仲間の小児科医師同士で声掛けしあってはいても、ここまで出ることになろうとは。
でも、今、自分は、そこにいる。
同じような役所でも、申請を出したあと、どきどきすることはない。
形式面だけの審査であろうけど、あまりにも形式が整っていなくて突っ返されたらどうしようと不安であった。
「訴状」
ホッチキスで二個左端を止めた3枚の紙。
収入印紙を張ることで、少しだけ立派に見えるようにはなったが、内容面ではどうかわからない。
すでに、しくじっている。総会決議不存在確認請求の主位的請求と総会決議取消請求の予備的請求のふたつをそれぞれ別個の訴訟物としてカウントして、それぞれ160万円に相当し、その2倍として、320万円、これに損害賠償請求1円を足して、321万円分の収入印紙22000円を買っていた。
主位的請求と予備的請求は、ひとつでカウントするようで、14000円の印紙でよさそうだった。
今後、あまり使うことのない8000円分の収入印紙を、甲野は、大切に持つ羽目になったのである。
丁寧に係りのひとは見て下さっているのであろう。
また、時間の進みも遅く感じた。
手持ち無沙汰に、訴状作成でまねた本、そして、今後もバイブルのように参考にすることになるであろう『第一審 民事訴訟手続き』を読もうとするが、あんまり頭に入らない。
果たして、「甲野さん。」と呼ばれた。
「はい。」
おそるおそる窓口に近づく。
「被告 乙会 代表理事 丙山次郎」のところにピンクの付箋がひとつつけられていた。
代表理事の前に「代表者」を入れるように言われた。
甲野にとっては、内容面はともかく、この部分は、考えた上での結論だったので、そもそも「代表理事」と既につけているのであるから、「代表者」であることはわかるから、わざと「代表者」をつけなかったのであるが、係りのひとの指示に、もちろん従うことにした。
訂正は、そのひとつだけだった。
甲野は少し安堵した。
係りのひとから、次の説明が始まった。
出した訴状に番号が付された。
「平成2×年(ワ)〇〇〇〇〇号」
そして、担当となる部は、
T地方裁判所民事第8部担当」と伝えられた。
「法人」のことだからという理由のようだ。
次に、
「訴訟進行に関する照会書 T地方裁判所民事第8部 宛て」の紙が手渡された。
照会事項に記入して、早急に担当部に提出するお願いだった。
照会事項は、
「1 郵便による訴状送達の可能性
2 被告の就業場所について
3 被告の欠席の見込み
4 被告との事前交渉
5 被告との間の別事件の有無
6 事実に関する争い
7 和解について
8 その他、裁判の進行に関する希望等、参考になることがあれば自由に記入してください」
甲野は、効率的な裁判運営に欠かせない事項も入っているが、最後のところなど自由に記載できる内容であることから、一見裁判所というと、ひとがなかなか近づけないイメージがあるが、少し親近感を抱いたのであった。
最後に、訴訟で必要となる郵便の切手代などの予納6000円の説明がなされた。
甲野にとっては、予想外の出費である。
大金を財布で持ち歩かない甲野にとっては、偶然に一万円札が一枚入っていて、その足でさっそく出納係に行けた。
甲野にとって、人生で初めての書類の提出が終わった。
一体、何がはじまろうとしているのだろうか。
夜、ふとつけたテレビ。検察を描く人気ドラマの一場面が写った。
有名俳優が、法廷に立ち、裁判員に向かって語りかけていた。
「世の中には、いくつもの正義があります。検察には、被害者を守る正義、弁護人には、被告人を守る正義。そして、裁判員の皆様には、公平な裁判をする正義。」
(正確には、検察は、被害者を守る正義もあるが、冤罪をゆるさない被告人を守る正義もあり、結局、社会を守る正義がある。)
甲野も信じている。
自分の出した訴状は、自らも属す乙会のガバナンスを正すための正義からのものであると。
201×年9月22日、昼間はさわやかな秋空、夜は、めっきり涼しくなってきた秋の日の出来事であった。南の島では、大型で強い台風16号が、本州上陸をうかがっていた。
<つづく>
*この小説は、フィクションです。
登場人物、団体は、実在するものといっさい関係ありません。
でも、今、自分は、そこにいる。
同じような役所でも、申請を出したあと、どきどきすることはない。
形式面だけの審査であろうけど、あまりにも形式が整っていなくて突っ返されたらどうしようと不安であった。
「訴状」
ホッチキスで二個左端を止めた3枚の紙。
収入印紙を張ることで、少しだけ立派に見えるようにはなったが、内容面ではどうかわからない。
すでに、しくじっている。総会決議不存在確認請求の主位的請求と総会決議取消請求の予備的請求のふたつをそれぞれ別個の訴訟物としてカウントして、それぞれ160万円に相当し、その2倍として、320万円、これに損害賠償請求1円を足して、321万円分の収入印紙22000円を買っていた。
主位的請求と予備的請求は、ひとつでカウントするようで、14000円の印紙でよさそうだった。
今後、あまり使うことのない8000円分の収入印紙を、甲野は、大切に持つ羽目になったのである。
丁寧に係りのひとは見て下さっているのであろう。
また、時間の進みも遅く感じた。
手持ち無沙汰に、訴状作成でまねた本、そして、今後もバイブルのように参考にすることになるであろう『第一審 民事訴訟手続き』を読もうとするが、あんまり頭に入らない。
果たして、「甲野さん。」と呼ばれた。
「はい。」
おそるおそる窓口に近づく。
「被告 乙会 代表理事 丙山次郎」のところにピンクの付箋がひとつつけられていた。
代表理事の前に「代表者」を入れるように言われた。
甲野にとっては、内容面はともかく、この部分は、考えた上での結論だったので、そもそも「代表理事」と既につけているのであるから、「代表者」であることはわかるから、わざと「代表者」をつけなかったのであるが、係りのひとの指示に、もちろん従うことにした。
訂正は、そのひとつだけだった。
甲野は少し安堵した。
係りのひとから、次の説明が始まった。
出した訴状に番号が付された。
「平成2×年(ワ)〇〇〇〇〇号」
そして、担当となる部は、
T地方裁判所民事第8部担当」と伝えられた。
「法人」のことだからという理由のようだ。
次に、
「訴訟進行に関する照会書 T地方裁判所民事第8部 宛て」の紙が手渡された。
照会事項に記入して、早急に担当部に提出するお願いだった。
照会事項は、
「1 郵便による訴状送達の可能性
2 被告の就業場所について
3 被告の欠席の見込み
4 被告との事前交渉
5 被告との間の別事件の有無
6 事実に関する争い
7 和解について
8 その他、裁判の進行に関する希望等、参考になることがあれば自由に記入してください」
甲野は、効率的な裁判運営に欠かせない事項も入っているが、最後のところなど自由に記載できる内容であることから、一見裁判所というと、ひとがなかなか近づけないイメージがあるが、少し親近感を抱いたのであった。
最後に、訴訟で必要となる郵便の切手代などの予納6000円の説明がなされた。
甲野にとっては、予想外の出費である。
大金を財布で持ち歩かない甲野にとっては、偶然に一万円札が一枚入っていて、その足でさっそく出納係に行けた。
甲野にとって、人生で初めての書類の提出が終わった。
一体、何がはじまろうとしているのだろうか。
夜、ふとつけたテレビ。検察を描く人気ドラマの一場面が写った。
有名俳優が、法廷に立ち、裁判員に向かって語りかけていた。
「世の中には、いくつもの正義があります。検察には、被害者を守る正義、弁護人には、被告人を守る正義。そして、裁判員の皆様には、公平な裁判をする正義。」
(正確には、検察は、被害者を守る正義もあるが、冤罪をゆるさない被告人を守る正義もあり、結局、社会を守る正義がある。)
甲野も信じている。
自分の出した訴状は、自らも属す乙会のガバナンスを正すための正義からのものであると。
201×年9月22日、昼間はさわやかな秋空、夜は、めっきり涼しくなってきた秋の日の出来事であった。南の島では、大型で強い台風16号が、本州上陸をうかがっていた。
<つづく>
*この小説は、フィクションです。
登場人物、団体は、実在するものといっさい関係ありません。