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ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

「ほきる」

2006-01-16 | 考えたこと
雨が止んで
土が黒々として
喉の渇きを癒してほっとしたような表情になった。


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今朝は 久しぶりに4キロのウォーキングに出た。

空気も冷たくなく、風も穏やかだったので。

すると
晴れていた空に
どんどん雲が広がっていった。

たちまちどんよりとした空になって
気温も上がらなかったけれど

昼ごろには また晴れてきた。

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寒い日が続いて 雨が降らないと
路地の野菜は 生長が遅い。

雪のせいばかりでなく
野菜が高騰している。

けれど 今回 雨が降って
土が湿ったので
暖かい日がくると
野菜は急に伸びる。

当地では ‘ほきる’と言う。

イバラキでも‘ほきる’、‘ほぎる’と言った。

あるいは、‘いがく(大きく)なる'と言った。



忘れられないのは、

息子が赤ん坊の時に
ベビーカーに寝かせて
保育園のお姉ちゃんを迎えに出たら

近所のおじさんにあい、

「ビニールをかけてちゃあ、
 かなり ‘ほきちゃう’よ。」
と バリバリの当地の言葉で言われた事。

その日は 雨降りだったので、
ベビーカーに 透明なカバーを掛けていたのだ。

息子がビニール・トンネルのなかの
ほうれん草か何かのように思えたのだろう。



『いばらぎじゃなくていばらき』の中の
茨城弁大辞典によると
‘ほきる’と言うのは 「植物などが育つ」の意。
とある(笑)。

国語辞典や 古語辞典には
(探した限りにおいては)見つからないので、
‘ほきる’は 純然たる‘方言’なのだろう(笑)。

日本語は、面白い。



ほうれん草をはじめとする野菜たちが
これから‘ほきる’だろうから
当地の農家は 大忙しになるに違いない。

皆さんの為に 少しは安くなることを祈ろう。


働く女性と家事

2006-01-16 | 考えたこと
家事の中で 一番大事なものは 
料理だと思う。

食べるものが 人の身体を作る。

何を選び、どう食べさせるかは
とても大事な、毎日の 大仕事なはずだ。

昔の人は それを 一日に三度の仕事、
‘おさんどん’と呼んだ(笑)。


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年末に出汁をとるのにたくさん使った昆布を冷凍しておき、
二日がかりで ことことと炊く。

たっぷりの水に そばつゆを(適当に)入れて、
水分がなくなるまで。

みりんを落とせば おいしい佃煮のできあがり!

うん、今回は成功!

柔らかくできた。

水あめは要らない。

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これからの時代は
専業主婦は もっとも贅沢な職業になるのかもしれない、
と書かれた記事を読んだ。

そうかもしれない。

昆布を ふつかがかりで柔らかく炊いたところで、
「ばっかじゃないの!?」と思う人のほうが
多いのではないだろうか。

女性の社会進出を後押ししたものに
自動炊飯器の発明がある、と言われる。

自動炊飯器がある限り、
いや、たとえなくたったとしても
一度 他に認められる快感を味わった女性は
家庭に入って満足することは 少ないと思う。



女性も働くのが当り前の地域では
美味しいお惣菜が 安く食べられる事が多い。
(ような気がする。)

屋台が並んでいて、
夕方から家族でそこで晩ご飯、なんて、
うらやましい風景だ。



私は 古い人間と新しい人間の 
ちょうど中間のアタマを持っているらしく、
外に出たいオンナは どんどん外に出るべきだ、
と思っている。

けれど 自分の事を考えた場合、
家事をしないのは 心苦しい。

遊んでいて 稼いでいないと
ちょっとお高い自分のものを買うのは
気が引ける。



外で働いている女性が
家に帰ってきてまで働かざるを得ないのは
間違っていると思う。

家事をするなら 負担を分け合うべきだ。

私がお勤めしていた頃、私は体力もなかったけど
奥さんがほしいと 半ば本気で思っていた。

玄関で(と言っても一間のアパートだけど)
倒れるように横になり、
どうにか靴を脱いで
そのままそこで寝てしまうこともあった。

目を覚ますと 腹ペコで
お米を研がなくては ご飯が炊けない、
時間はどんどん遅くなる、
お腹が空いてるから イライラする、
早く食べてしまわないと
銭湯が閉まってしまう、
そんな夜も 時々あった。



屋台が並ぶ風景も 都会ならでは、
田舎はまた別なのだろうけれど、

自分では時間をかけて作らずに

栄養があって
余計なものが添加してなくて
食べ飽きなくて
美味しい食事を廉価に提供してくれるお店が
いっぱいあったら

そしたら 働く女性は助かるなあ。

あんなふうな風景が
もし日本に広がっても
当地では無理だろうから
意味がないかなあ。



スローフードなることばができて
昔ながらの ‘良い食べ物’が見直されているのは
良い事だし、ありがたいと思うが、
作るのは時間がかかる。

(だから‘スロー’と言うのだけどね。)

これからも 働く女性は減らないだろうから、
なんとか みんながラクに
‘良い食べ物’を食べられるようにならないだろうか?