ーパンズ・ラビリンスー
2006年 メキシコ/スペイン/アメリカ ギレルモ・デル・トロ監督 イバナ・バケロ 、セルジ・ロペス 、マリベル・ベルドゥ 、ダグ・ジョーンズ 、アリアドナ・ヒル 、アレックス・アングロ 、エウセビオ・ラサロ 、パコ・ビダル 、フェデリコ・ルッピ
【解説】
1944年のスペイン内戦下を舞台に現実と迷宮の狭間で3つの試練を乗り越える少女の成長を描くダーク・ファンタジー。『デビルズ・バックボーン』のギレルモ・デル・トロ監督がメガホンをとり、ファシズムという厳しい現実から逃れるため、架空の世界に入り込む少女を通じて人間性の本質に鋭く切り込む。イマジネーションあふれる壮大な視覚技術を駆使して生まれたクリーチャーや深く考察されたテーマに根ざした巧みな演出が衝撃的。
【あらすじ】
1944年のスペイン内戦で父を亡くし、独裁主義の恐ろしい大尉と再婚してしまった母と暮らすオフェリア(イバナ・バケロ)は、この恐ろしい義父から逃れたいと願うばかり自分の中に新しい世界を創り出す。オフェリアが屋敷の近くに不思議な迷宮を見つけ出して足を踏み入れると、迷宮の守護神が現われ彼女に危険な試練を与える。 (シネマトゥデイ)
【感想】
第79回アカデミー賞、撮影賞・美術賞・メイクアップ賞を獲得した作品。
その他にもたくさんの部門でノミネートされていて、とても興味のあった作品です。
残酷シーン有りと事前に聞いていて、友人はその酷さに途中退席したと言っていました。
すごく覚悟をしてみていました。
結論から言うと、確かに残酷シーンがたくさんあるけど、行き届いた配慮を感じることができたので、その後は安心して見ることができました。
主人公のオフェリアが置かれた過酷な現実と、魔法の国での過酷な試練。
いたいけな12歳の少女オフェリアは果たして、自分にとってはどちらも現実の試練を、乗り越えることができるのでしょうか。
☆ネタバレ! 注意!!
1944年、スペインの内戦が納まった頃のスペインの山岳地帯。
ゲリラの鎮圧のため駐留している軍の大佐ビダルの元へ、臨月の母と呼び寄せられたオフェリア。
夢見る12歳の少女の荷物はほとんど本だけでした。
母は再婚。
大佐との間に愛情が存在したのかどうかー大佐はお腹の赤ちゃんを男の子と決めつけ、母の具合が悪くなると医者に「いざとなったら子供を優先させろ」と命令する始末。
ビダル大佐
この大佐という人物、独裁政権にありがちな、疑心暗鬼でだれも信用しない男。
自分の目障りになる人間は、誰であっても容赦なし。
神経質で、油断しない男です。
母は、自分の身とお腹の赤ちゃんのために、この極悪非道な男にすがるしかない弱い女性です。
オフェリアがこの状況で生きて行くためには、お話がいるということが容易に理解できます。
小公女のセーラも、赤毛のアンも、アンネも自分の想像力だけを武器に、苦境を乗り切ったのでした。
でもオフェリアの場合は、現実逃避のおとぎ話ではなく、もうひとつの過酷な試練となってしまったのです。
おとぎ話はこうやって生まれるんだなあと思いました。
いまでこそ、わたしたちはこんなふうにお気楽に生きているけど、人間にとってこの世は実に生きにくい世界ですよね。
特に、子供が親に頼れないとなると、お話の中で生きていくしかありません。
しかし、オフェリアの場合、自分を救うはずのおとぎ話は、現実以上に過酷な無理難題を押し付けて来るのです。
妖精に導かれて迷い込んだラビリンスの中で会った牧神パンも、うさん臭く、油断がならない感じです。
でも、いまのオフェリアにはその言葉に従うしか、選択肢がないのです。
自分には王女様のしるしがあるのですもの。
最初の試練は気味の悪い大蛙との闘い。
腐りかけた木の根っこのじくじくした地面を這うように潜り込んで、にょろにょろ動く虫や降りかかる泥をものともせず、ただ前へ進んで行きます。
少女にとって、気絶しそうに気味の悪い物たちとの闘い。
最後は不気味な大蛙。
太い舌で攻撃してきます。
オフェリアはどんなにドロドロネバネバになっても、潔く闘いました。
偉い!!
次は、目のない、垂れ下がった皮膚が何段にも重なったようなフリルみたいなペイルマン。
絶対にそこにある物を食べてはいけない、と言われていたのに、ぶどうを食べてしまったがために、彼を起こしてしまい、追いかけられるはめに。
ここは、悪夢と同じ、怖かったです。
それでも、果敢に乗り切ろうとする彼女の勇気に感動しました。
最後の試練は、パンがあろうことか、生け贄のために弟の血を少しくれというのです。
オフェリアはそれだけはできないと、きっぱりと拒みました。
そうしたら、おとぎ話は消え、現実の危機が迫ってきました。
もう、オフェリアを守ってくれるものは何もなくなってしまったのです。
試練を、現実の世界で体現していたのが大佐の召使いメルセデス。
彼女を助けていた医者が「命令に従う者は、人の心を持たない者だ。心を持たなければ、それは人間ではない」と言いますが、この映画の重いテーマのひとつでしょう。
メルセデスは自分を卑怯者と涙しながらも、大佐に使えながら、弟が率いるレジスタンスを支援します。
彼女と同じ無垢な魂を持つ少女、オフェリアとの心の絆にも感動しました。
メルセデスが大佐を殺しておけば、あとの悲劇は免れたのかも、とも思いますが、そこは、メルセデスの情けが仇となったのでしょう。
レジスタンスに囲まれて、大佐は自分の父親がしたように、時計を形見にと言いますが、メルセデスは「名前も言わない」と容赦がありませんでした。
あの啖呵は、すかっとしました。
ラスト、オフェリアが横たわる姿を見て、メルセデスが子守唄を歌ってあげます。
涙があふれました。
オフェリアの穏やかな顔。
おとぎの国のお父さんとお母さんの元で、末永く幸せになったと信じないではいられません。
そして、世界中の厳しい現実を生きている子供たちが、一日も早く、辛いおとぎ話の世界から抜けて、現実の世界で幸せになれるように祈らずに入られません。
折しも、7歳の少女が自宅前で刺されたというニュース。
この日本でも、子供の安全は保障されていないのですね。
悲しいことでした。
2006年 メキシコ/スペイン/アメリカ ギレルモ・デル・トロ監督 イバナ・バケロ 、セルジ・ロペス 、マリベル・ベルドゥ 、ダグ・ジョーンズ 、アリアドナ・ヒル 、アレックス・アングロ 、エウセビオ・ラサロ 、パコ・ビダル 、フェデリコ・ルッピ
【解説】
1944年のスペイン内戦下を舞台に現実と迷宮の狭間で3つの試練を乗り越える少女の成長を描くダーク・ファンタジー。『デビルズ・バックボーン』のギレルモ・デル・トロ監督がメガホンをとり、ファシズムという厳しい現実から逃れるため、架空の世界に入り込む少女を通じて人間性の本質に鋭く切り込む。イマジネーションあふれる壮大な視覚技術を駆使して生まれたクリーチャーや深く考察されたテーマに根ざした巧みな演出が衝撃的。
【あらすじ】
1944年のスペイン内戦で父を亡くし、独裁主義の恐ろしい大尉と再婚してしまった母と暮らすオフェリア(イバナ・バケロ)は、この恐ろしい義父から逃れたいと願うばかり自分の中に新しい世界を創り出す。オフェリアが屋敷の近くに不思議な迷宮を見つけ出して足を踏み入れると、迷宮の守護神が現われ彼女に危険な試練を与える。 (シネマトゥデイ)
【感想】
第79回アカデミー賞、撮影賞・美術賞・メイクアップ賞を獲得した作品。
その他にもたくさんの部門でノミネートされていて、とても興味のあった作品です。
残酷シーン有りと事前に聞いていて、友人はその酷さに途中退席したと言っていました。
すごく覚悟をしてみていました。
結論から言うと、確かに残酷シーンがたくさんあるけど、行き届いた配慮を感じることができたので、その後は安心して見ることができました。
主人公のオフェリアが置かれた過酷な現実と、魔法の国での過酷な試練。
いたいけな12歳の少女オフェリアは果たして、自分にとってはどちらも現実の試練を、乗り越えることができるのでしょうか。
☆ネタバレ! 注意!!
1944年、スペインの内戦が納まった頃のスペインの山岳地帯。
ゲリラの鎮圧のため駐留している軍の大佐ビダルの元へ、臨月の母と呼び寄せられたオフェリア。
夢見る12歳の少女の荷物はほとんど本だけでした。
母は再婚。
大佐との間に愛情が存在したのかどうかー大佐はお腹の赤ちゃんを男の子と決めつけ、母の具合が悪くなると医者に「いざとなったら子供を優先させろ」と命令する始末。
ビダル大佐
この大佐という人物、独裁政権にありがちな、疑心暗鬼でだれも信用しない男。
自分の目障りになる人間は、誰であっても容赦なし。
神経質で、油断しない男です。
母は、自分の身とお腹の赤ちゃんのために、この極悪非道な男にすがるしかない弱い女性です。
オフェリアがこの状況で生きて行くためには、お話がいるということが容易に理解できます。
小公女のセーラも、赤毛のアンも、アンネも自分の想像力だけを武器に、苦境を乗り切ったのでした。
でもオフェリアの場合は、現実逃避のおとぎ話ではなく、もうひとつの過酷な試練となってしまったのです。
おとぎ話はこうやって生まれるんだなあと思いました。
いまでこそ、わたしたちはこんなふうにお気楽に生きているけど、人間にとってこの世は実に生きにくい世界ですよね。
特に、子供が親に頼れないとなると、お話の中で生きていくしかありません。
しかし、オフェリアの場合、自分を救うはずのおとぎ話は、現実以上に過酷な無理難題を押し付けて来るのです。
妖精に導かれて迷い込んだラビリンスの中で会った牧神パンも、うさん臭く、油断がならない感じです。
でも、いまのオフェリアにはその言葉に従うしか、選択肢がないのです。
自分には王女様のしるしがあるのですもの。
最初の試練は気味の悪い大蛙との闘い。
腐りかけた木の根っこのじくじくした地面を這うように潜り込んで、にょろにょろ動く虫や降りかかる泥をものともせず、ただ前へ進んで行きます。
少女にとって、気絶しそうに気味の悪い物たちとの闘い。
最後は不気味な大蛙。
太い舌で攻撃してきます。
オフェリアはどんなにドロドロネバネバになっても、潔く闘いました。
偉い!!
次は、目のない、垂れ下がった皮膚が何段にも重なったようなフリルみたいなペイルマン。
絶対にそこにある物を食べてはいけない、と言われていたのに、ぶどうを食べてしまったがために、彼を起こしてしまい、追いかけられるはめに。
ここは、悪夢と同じ、怖かったです。
それでも、果敢に乗り切ろうとする彼女の勇気に感動しました。
最後の試練は、パンがあろうことか、生け贄のために弟の血を少しくれというのです。
オフェリアはそれだけはできないと、きっぱりと拒みました。
そうしたら、おとぎ話は消え、現実の危機が迫ってきました。
もう、オフェリアを守ってくれるものは何もなくなってしまったのです。
試練を、現実の世界で体現していたのが大佐の召使いメルセデス。
彼女を助けていた医者が「命令に従う者は、人の心を持たない者だ。心を持たなければ、それは人間ではない」と言いますが、この映画の重いテーマのひとつでしょう。
メルセデスは自分を卑怯者と涙しながらも、大佐に使えながら、弟が率いるレジスタンスを支援します。
彼女と同じ無垢な魂を持つ少女、オフェリアとの心の絆にも感動しました。
メルセデスが大佐を殺しておけば、あとの悲劇は免れたのかも、とも思いますが、そこは、メルセデスの情けが仇となったのでしょう。
レジスタンスに囲まれて、大佐は自分の父親がしたように、時計を形見にと言いますが、メルセデスは「名前も言わない」と容赦がありませんでした。
あの啖呵は、すかっとしました。
ラスト、オフェリアが横たわる姿を見て、メルセデスが子守唄を歌ってあげます。
涙があふれました。
オフェリアの穏やかな顔。
おとぎの国のお父さんとお母さんの元で、末永く幸せになったと信じないではいられません。
そして、世界中の厳しい現実を生きている子供たちが、一日も早く、辛いおとぎ話の世界から抜けて、現実の世界で幸せになれるように祈らずに入られません。
折しも、7歳の少女が自宅前で刺されたというニュース。
この日本でも、子供の安全は保障されていないのですね。
悲しいことでした。
こちらもよろしくお願いします。
映像の虜になっていますよ。
よかったー。
私もまだ余韻を引きずっています。
なかなか現実世界に戻って来れない感じ、日常生活に支障をきたしそうだ!!
ヤバい!!
オフェリアの幸せとか、そうそう!弟君のこれからとか、考えてしまうわー
まだまだ、抜け出せないよ。
あの気味の悪いパンとか、いないないバァのペイルマンとか、面白いね。
分かりにくい暗喩から、分かりやすい表現まで、
様々な事を考えさせられますし、
何と言っても映像がとても美しかったですよね。
リンクいただけるとの事ですが、
是非お願いいたします。
それで、コチラからもリンクさせて
もらっちゃってもいいですか?
観ごたえのある映画だったですね!
私もビダルはダメだ!!
大嫌い…
ミーママのお言葉を加えて考えてみてもダメだぁ(爆)
メルセデスの行動は、スカッとしましたね♪
ラストも、良くぞ仰った!!と拍手したかったです。
弟君には、オフェリアのようなお姉さんがいた事、たくさん話してくれるでしょうね…
試練を乗り越えて行くと言うパターンも同じ。
ハリーに出てくるクリーチャーたちも、異様で怖いと思いましたが、この作品にはかないませんね。
それでも、現実の大人たちの方が何倍も怖いんだから、この作り方が絶妙だと思いました。
なんという想像力でしょう!!
HPもなぜかうまく見られないし。
>ある意味、哀れさも漂ってたわ。
やさしいね。
私は、そんなふうには思えないよ。
あの最期で当然と思う。
私もオフェリアは王女だったと思うし、魔法の国では永遠に幸せになってもらいたいです。
メルセデスの「名前も教えない!」の啖呵はスカッとしましたね!
「人間になり損なった植物」マンドレイクは ハリーポッターの薬草学の授業で泣き叫んでいた植物。
イギリスとスペイン、妖精たちは同じなんだと 変なところで感心してしまいました、笑!
ビダル大尉も、ただ悪いだけじゃなかったし~
ある意味、哀れさも漂ってたわ。
幻想世界の不思議な雰囲気もよくできてたね。
ところで、フランコ政権って、いつ頃まで続いたんだっけ?・・・あ、パンフで確認すればいいか・・・(^^ゞ
メルセデスは、本当に芯の通った強い女性でしたね。
きっとあの子は本当に王女様だった、のでしょう~