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日本100名城紀行 小谷城

2010年09月18日 | 往年の名車 メグロ
日本100名城紀行 小谷城
 
9月9日((木)台風9号も去りまた猛暑が帰って来た。
岐阜のホテルを午前7時40分に出発、岐阜市内の国道を乗り継ぎ名神道の岐阜羽島ICから名神道下り線に乗った。
台風一過快晴である。
米原JCT経由で北陸道に乗り長浜ICで降り国道365で小谷城に向った。
小谷城には、午前9時43分に着いた。


小谷城

小谷城は、湖北町と長浜市にまたがる小谷山(495.1m)にあり、浅井(あざい)家が3代にわたって居城としていた。築城は1524年ごろで、中世三大山城のひとつで、戦国の美女、お市の方ゆかりの城で、城跡からは琵琶湖や湖北3郡を一望することができる。

 織田信長との戦いで浅井家が滅んだ後、羽柴(はしば)(豊臣)秀吉(ひでよし)に与えられましたが、秀吉は今浜(いまはま)(現在の長浜)に城を築いた
ために、そのまま廃城となってしまった。

小谷山全山におよぶ城跡の遺構から、当時の面影を偲ぶとともに、薄幸のお市の方と3人の娘たちの生涯に思いをはせる。
 
自然の地形を利用して、東西の尾根づたいに各郭が配置され、本丸、大広間跡などから建物の礎石が出土した。最頂部の大獄(おおずく)(495m)にも土塁が残っており、清水谷には、平時における浅井氏と家臣たちの館跡がある。

昭和12年(1937)、国の史跡に指定された。

以上頂いた資料にある。・・が文中に中世三大山城とある。
日本人は何かと「日本三大・・・」とつけるのが好きなようである。

画像は、小谷城戦国歴史資料館前にある記念写真用パネルで、浅井長政とお市の方なんでしょう。


小谷城は、日本100名城第49番目の指定で、私は68番目の紀行である。
次は、第52番観音寺城に行く。
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