「唐宋伝奇集」 2005.8.29〈再掲〉

「聊斎志異」が面白かったので、手もとにある未読の中国ものに手をだす。

まずは「唐宋伝奇集」(今村与志雄訳 上下巻 岩波文庫 1988)。
唐宋時代に書かれた短編小説をまとめたもの。

時代順に編集されているよう。上巻は少々読みづらい。
下巻のほうが短い話が多く、文章も洗練されていて読みやすい。

「伝奇集」の作品は後世さかんに翻案されたから、どこかで読んだような話がたくさんある。

「杜子春」にはびっくりした。
いわずとしれた芥川龍之介の「杜子春」のもとの話。
すじがずいぶんちがっているのだ。

まず、話の枠組そのものがちがう。
芥川「杜子春」は、仙人に弟子入りする話。
伝奇集「杜子春」は、仙薬づくりの手伝いをする話。

芥川「杜子春」は、声をあげてはいけないと仙人にいわれ、数々の試練にたえる。
しかし、父母が殺されるまぼろしを見せられて、思わず声をあげる。

伝奇集の杜子春も、声をあげてはいけないのはおなじ。
それから、個々の試練がちがう。
杜子春は妻を殺され、自分も殺され、女として生まれ変わる。
結婚し、子をもうけるが、無言のままの妻に腹を立てた夫が息子を殺す。
このとき杜子春は声をあげるのだ。

なんというか、味わいが複雑でたいそう面白い。

しかもこのあと、声をあげたために仙薬がだめになったと、杜子春は仙人に怒られてしまう。
中国ものは主人公に容赦しないなあ。

「赤い縄(つな)と月下の老人」の話がまたすごい。
とんでもない話なのだ。

杜陵(とりょう)に韋固(いこ)という若者がいた。
結婚相手をさがしていたが、なかなか縁談がまとまらなかった。

あるときひとりの老人と出会った。
老人は仙人で、将来の夫婦の足を赤い縄でつなぐのが仕事だという。

ここのところ、足と足に赤い縄というのが面白い。
小指と小指に赤い糸ではないのだ。

さて、韋固の赤い縄は、いま3歳になる娘につながっている。
結婚するのは娘が17になったとき。
だからいま結婚相手をさがしても無駄だ、と老人。

老人の案内で、韋固は市場に娘を見にいった。
娘はひどくやつれていて醜かった。
ここで韋固は老人にとんでもない問題発言をする。

「殺してもいいですか」

というのだ。
寝転がって読んでいたが、このときはとび起きた。
だから結婚できないんだよ、と思わず本にむかって口走ってしまった。

話はもっとすごくなる。
韋固は発言を実行にうつす。
金持ちなので自分ではやらない。奴隷にやらせる。

奴隷は仕損じて、市は騒然とし、韋固と奴隷の主従は逃げだす。

以後は略すけれど、 こういうものすごい展開の話があるので目がはなせない。

もうひとつ。
「空飛ぶ侠女─聶隠娘(しょういんじょう)」
達人たちのチャンバラの話。
さすが白髪三千丈の国、誇張表現がすごい。

聶隠娘という娘がいた。
10歳のとき、ふしぎな尼にさらわれて武芸をしこまれた。
5年たってもどってきたが、両親は不気味に思い、もう隠娘を可愛がらなかった。

夫を得て数年後、隠娘は魏博節度使にやとわれた。
陳許節度使、劉昌裔(りゅうしょうえい)の殺害を命じられたが、劉の人柄に心服し、逆に劉の護衛をすることになった。

魏博節度使からは刺客が送られてくる。
まずは精精児(せいせいじ)。

隠娘は精精児がくることを予想していた。
手段をつくして殺します、と隠娘が劉にいったその夜、赤と白の2本の旗がたがいに攻めるように宙をただよった。

しばらくすると、頭とからだが分かれた人物が宙からころがり落ちた。
隠娘は薬をつかい、死んだ精精児を髪の毛1本のこさず水に変えてしまった。

つぎは妙手空空児(みょうしゅくうくうじ)。
腕は隠娘より立つ。

隠娘は劉の首に玉をつけさせ、自身は虫に変化して劉の腹中にひそんだ。
あとは運を天にまかせる。

夜、寝つかれない劉の首のところでカチンと鋭い音がした。
隠娘は劉の口から踊りでて、ぶじを祝っていった。

「妙手空空児は一撃して命中しないと、それを恥じて千里先へ去ってしまうのです」

その後、隠娘はいとま乞いをして旅にでた。

年月がすぎ、劉は亡くなった。
その息子が陵州に赴任する途中、隠娘に出会った。
隠娘はまったく変わっていなかった。

赴任先で大変な災難に遭いますよと、隠娘は忠告したが、劉はあんまり信じなかった。
隠娘は贈物をなにひとつ受けとらず、ただ酒にしたたか酔って去ったという。

――この、酒にしたたか酔って去ったというところがたいへん好きだ。
 
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