「聊斎志異」2005.6.21 (再掲)

なんとはなしに「聊斎志異」(立間祥介編訳 上下巻 岩波文庫 1997)を読みはじめたら面白くてやめられない。

「聊斎志異」は中国は清の短編小説集。
これでリョウサイシイという。
書いたのは浦松齢。
これでホショーレーというそう。

解説に浦松齢の生涯が紹介されている。
このひとはずっと受験生だった。
若くして科挙の受験資格を得、将来を嘱望されるが試験に落ちつづける。
50をすぎて、奥さんに「もうやめたら」といわれて試験を断念したという。

「人間観察で得た観察を怪異譚という形式におとしこんだところに浦松齢の独創がある」

と、これはあとになって読んだ「聊斎志異 玩世と怪異の覗きからくり」(稲田孝 講談社 1994)に書いてあった。
うまいことをいう。

「志異」の話はたいてい、どこそこに住むだれそれは、とはじまる。
語り口に乱れがない。
読むのがやめられなくなるのは、この一定の形式のためかと思う。

話は、さえない受験生のもとに美女に化けた狐やら幽霊やらがやってくるというものが多い。
なんとなく、異世界から献身的な美少女がやってくるという少年マンガを思い出す。

少年マンガの恋はなかなか実らない。
その点「志異」は早くていい。
会ったつぎの行では枕席をともにしている。
つぎのページでは子どもが生まれている。

「志異」の世界の特徴は、あの世もこの世も、ひとも狐も幽霊もたいしたちがいはないことだろう。
これが楽しい。

化け物がきたので酒を燗しようとすると、化け物がいう。
「きょうはあたたかいし、冷酒でけっこうでござる」

あるいは出会った老婆がいう。
「わたしはじつは狐で、100年前にあなたの祖父のお情けをいただいたものです」
そういえば祖父には狐妻がいたなと、孫は老婆を家に招く。
――おいおい、狐妻をもつというのは普通のことなのか。
などという疑問には、なんにもこたえてくれない。

上記以外にも、びっくりするような描写や展開がたくさんある。

たとえば「蟋蟀(コオロギ)」の話(上巻47)

宮中でコオロギをたたかわせるのが流行った。
強いコオロギを買うには大金がいる。
受験生の成名(せいめい)はずるい県の役人に里正(町役人)の役を押しつけられてしまった。

成名は住民からとりたてなどできない。
自腹を切ったがその金もすぐにつきた。

死のうと思ったが、妻に、自分でさがしてきたらどうですといわれて、最初はうまくいかなかったが、まあいろいろあって、強そうなコオロギを見つけた。

献上の日までだいじに飼っていたところ、9つになる息子が誤って殺してしまった。
このときの母親のセリフがすごい。こういうのだ。

「おまえはもうおしまいだよ」

泣き泣き告げにきた息子にこういう。
息子もびっくりしただろうけれど、読んでるこっちもびっくりした。

この後、息子は井戸に身を投げて意識不明となるが、同時に成名は強いコオロギを見つけて宮中で勝ちつづけ、労役は免除、試験は補欠合格となる。
1年たって息子は正気にもどっていう。
ぼくはいままでコオロギになっていた。

また、「青鳳(せいほう)という女」(上巻18)。

去病(きょへい)という若者が廃屋で青鳳という美女に出会った。
去病は青鳳のことが忘れられない。
妻の反対を押し切り、廃屋に住みはじめた。

夜、鬼がでてきたが去病は気にしない。
つぎの夜、青鳳があらわれて、ふたりは思いをうちあける。

抱きあっていたところ、青鳳の叔父があらわれた。
昨夜、鬼に化けてでたのもこの叔父だったのだ。

青鳳は恥じ入って身のおきどころもない。
「色気違いめが!」
叔父は青鳳を連れ去った。
去病は大声をあげる。

「わたしが悪かったので青鳳さんに罪はありません。もし青鳳さんを許していただけるなら、わたしはいかようなお仕置きを受けようと、いとうものではありません」

このあとの文章がこうつづく。

「それきりしんとしてしまったので、床に戻って寝た」

寝てる場合じゃないだろう!

もちろん話はこれで終らない。
青鳳と再会し、めでたく暮らすことになる。
ちなみに青鳳は狐だった。

もうひとつだけ。
「冥土の冤罪訴訟―席方平(せきほうへい)」(下巻77)

席方平の父は、富豪の羊(よう)の恨みをかっていた。
羊が死に、数年して父が死んだ。

死ぬさい父は、
「羊のやつが冥府の役人に賄賂をつかって、わしを叩かせている」
と、いいのこした。

席は憂悶のあまり食を断った。
魂がからだからはなれ、冥府にむかった。

父は獄中にいた。
賄賂をむさぼった獄卒たちに足をへし折られたと、はらはらと涙をこぼした。

席は激怒して、城隍神に父の無実を訴えでる。
しかし、そこにも賄賂が届いていて、訴えはしりぞけられてしまった。

知府に訴えでるがこれも駄目。
かわりに拷問をうけるありさま。

ついに閻魔王に訴えでるが、賄賂の手はここまで伸びていた。
席は鞭で打たれたり、熱せられた鉄にからだを押しつけられたりなどの拷問をうける。
こういう残酷な場面が生彩をおびるのは中国ものの特徴だろうか。

ついには脳天からノコギリびきにされる。
席はじっとこらえて声をあげない。

すごい男だ、と獄卒たちは心臓をよけて切ってやることにした。
そのおかげで、つぎのようなことになる。

「ノコギリの歯が曲がりくねって引き下ろされたので、その傷みはまたひとしおだった」

よくこういうことを思いつくなあ。
感心してしまう。

その後、席は天帝に訴えでて、閻魔王以下は相応の罰をうける。

…とまあ、こんな話がたんさんあるので面白くてならない。
岩波文庫におさめられているのは、、全体の3分の2だそう。

柴田天馬による全訳がたしかどこかにあったから、そのうちひっぱりだして読んでみよう。

…で、2009年現在。
いまだに全訳は読めていない。
ううむ。


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