ウォー・ヴェテラン

「ウォー・ヴェテラン」(フィリップ・K・ディック 社会思想社 1992)

現代教養文庫の一冊。
副題は「ディック中短篇集」。
編訳、仁賀克雄。

収録作は以下。

「髑髏」
「生活必需品」
「造物主」
「トニーとかぶと虫」
「火星人襲来」
「ウォー・ヴェテラン」

ディックは、アンソロジーに収録された作品以外では、「ニックとグリマング」(筑摩書房 1991)しか読んだことがない。
でも、気になる作家だったので、本をみかけるたびに買っていた。
それがだいぶたまってきたので、すこし読んでみることに。

さきに、ぜんたいの印象をいってしまうと、ディックは俯瞰ということをしないようだ。
上から状況の説明を述べるようなことはしない。
視点はつねに、ひとの目の高さからはなれない。

そして、ディックはしばしば怖い考えに陥ってしまうよう。
まったく突然に、人間が人間でないとわかったりする。
物理的な暴力とともに、アイデンティティの危機が突発する。
それが成功すると、素晴らしい効果を発揮する。
けれど、うまくいかないと、なにが起こっているのかいまひとつわからない、五里霧中の作品になってしまう。

書かれている内容もスリリングだけれど、作品がきちんと着地するかどうかという点でもスリリング。
じつにディックはスリリングな作家だ。

「髑髏」
囚人のコンガーは、議長と呼ばれる男からある取引をもちかけられる。
それは、2世紀まえにあらわれた教祖を殺害すること。
コンガーは、教祖の身元を知るただひとつの手ががりであるドクロを手渡され、過去へととぶ。

いきなり会話からはじまり、なんのことやらわからないものの、読み進めていくうちに状況がみえてくる。
この手法がすこぶる効果的。
オチは、この手の小説をよく読むひとならすぐわかってしまうようなもの。
そのため、多少失速するのは否めないのだけれど、構成がしっかりしているため最後まで面白く読めた。
それにしても、転機の瞬間を書くディックの筆はじつにさえている。

「生活必需品」
必要があるんだかないんだかわからないもののために、戦争をやめないひとびとを描いたショート・ショート。
寓話的で、ちょっと星新一っぽい。

「造物主」
とある小惑星に着陸したX-43Y号。
安全確認のためハムスターをそとにだしたところ、ハムスターは全身を硬直させのびてしまう。
あわてて小惑星から離脱しようとするが、3人の乗組員は2日間もの昏睡状態に。
そして、目をさましたときには恐るべき事態が。

なつかしい感じのアイデア・ストーリー。
いきなり状況を開始するディックの作風では、セリフが大きなウェイトを占める。
この作品もそうで、セリフで3人の乗組員の関係を浮かび上がらせる手際がみごと。
また、オチのつけかたでは本書随一。

「トニーとかぶと虫」
とある植民星に住む一家。
ある日、戦争の相手であるかぶと虫野郎に人類が敗北を喫したというニュースが。
少年トニー・ロツシがいつものように町に遊びにいくと、いままで友人だった原住民たちが急に悪意をあらわにしはじめる。

戦争の推移により立場が変わってしまったことを、子どもの視点から描いた作品。
最近読んだ「 堀田善衛上海日記」(集英社 2008)を思い出した。
ディックの作品では、かぶと虫野郎たちのあいだのディティールがはぶかれ、話がわかりやすくなっている。
ひょっとすると、話をわかりやすくするために、子ども視点を採用したのかも。

「火星人襲来」
ときどきあらわれる、火星人におびえる地域を書いた作品。
この作品でも、子ども視点が効果的。
火星人と子どもの、一瞬の交感の場面に力がこもっている。
また、火星人が群集に排除される場面が生なましい。

「ウォー・ヴェテラン」
火星や金星といった植民星と一触即発の状態にある地球。
そこにひとりの老人があらわれる。
老人は退役軍人として登録されており、敗戦にいたった戦争の経緯をとうとうと話すが、その戦争はこれから起こるはずのものだった。
老人を中心に、戦争をしたい政府高官フランシス・ガネット、老人の話を聞いた医師のヴァシェル・パタースン、パタースンの同僚である金星人ジョン・スティヴンスらの思惑が錯綜する。

戦争の結果を知ったスティヴンスは、わざとテロを起こし、地球からの報復攻撃を誘いだそうとして精神病院に収容される。
いっぽう、ガネットは戦争の経緯を詳しく聞きだすことで、敗戦を回避できると考える。

本書でいちばん長い作品。
一度読んだだけでは、なんのことやらわからない。
ディックの作品には、タイプライターを打つ音が聞こえてくるような、書きとばしたものがあるけれど、ひょっとすると本作もそのひとつかもしれない。
わかりにくいのは、登場人物の立場や行動の動機がよくわからないせいだ。
何度か読むと、立場や行動はわかってくるのだけれど、動機はいまいちわからない。
でも、これから起こる戦争を知る退役軍人というアイデアは秀逸だと思う。

本書のなかで気に入ったのは、「髑髏」「造物主」だ。
でも、ディックを好きなひとは、この作者がもつ生なましさのようなものが好きなのかもしれない。
そうなると、また好みの作品が変わってくるだろう。
手もとに本はまだまだあるので、そのうちまた別の本を読んでみたい。

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