社労士(社会保険労務士)さんのひとり言

社会保険労務士ブログは早く卒業して、グルメブログにしたいものです。

時効取得決断の日。様々な変化。

2012年09月03日 16時10分49秒 | Weblog
前項で「アメリカへ行ってしまった叔父が土地を売り払っていた。」と書きました。その文章を見て疑問に思われた人もおられたのではないでしょうか。

「共有の土地がなぜ売れる?」

簡単に言うと、父が(叔父が相続していた)真ん中の土地を第三者から買ったとき、共有部分はなくなっていました。

つまり、共有部分を外して売り払っていたのです。

母に、「印鑑を押した覚えがあるか。」と尋ねたら・・・。よくわからないそうです。

母・母の姉が印を押さない限り・・・。共有部分を消せるはずはないのですが・・・。


叔父はアメリカへ行ったきり。

一方、母の姉は、土地の交換をしてからしばらくして亡くなりました。

母の姉の土地は息子達が相続した後、市が収用。道路拡張に使われました。

残った土地は、現在、父が購入し駐車場になっています。


今年に入って、私は、司法書士さんに依頼し土地問題の最終解決に入りました。

母の姉の子供達に委任状を貰い、登記を終了。これで「母」と「母の姉」の間の問題は、解決したことになります。


アメリカの叔父には手紙を出し、サインと拇印。さらにアメリカ領事館の公証を貰ってくれるよう書いて送ったのですが・・・。

1月以上経っても返ってきません。

わたしの考えでは、叔父は母の「最後に残った兄弟」ですし・・・。できれば、穏便な形で土地問題を終了させたかったのです。

しかし、領事館が遠いからか?

それとも「何で俺がそんなことをしなければならないのか?」と思ったのか?

梨の礫です。


今日、帰って、手紙が届いていなかったら・・・。

時効取得に入ることにしました。

母も、「もう送ってこないよ。」といっています。

母の姉の子供で、兄弟の委任状を集めてくれた「S子さん」も・・・。

「仕方がないね。」と言ってくれました。

母の気持ちが痛いほど分かるんですけど・・・。

もう決断することにしました。
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時効取得決断の日。

2012年09月03日 07時52分36秒 | Weblog
土地問題は、おそらくは祖父からの相続から始まったと推測しています。

祖父の死去から祖母と祖母の子供(3人)が共同相続したため、4人の名義になったのでしょう。

その後、祖母の死去により祖母の子供が3人で相続。そのため、共同名義の土地になった…と。

その時に土地の交換を行い、共同名義を消してしまっておけば…。私が苦労?せずに済んだのかも知れません。(その時に登記を行った司法書士から提案がなかったことも問題ですけど。)

その後、公道からみると真ん中の土地を相続した叔父(母の弟)が、我々には知らさずにアメリカへ移住。それを知ったのが、真ん中の土地を叔父から買った第三者から知らされたという…。

そこら辺の経緯は、土地問題が収束してから書こうと思っています。

ちなみに真ん中の土地は父が取得しました。だいぶ後になって、第三者から購入を持ちかけられたのです。


私が土地問題を手掛けたのが、叔母(母の姉)が入院していた時です。

共同名義のうち、母と叔母の分を交換しました。

大きな問題は、解決しましたが…。

ネックになったのがアメリカの叔父。

ある問題から、叔父とは疎遠になってしまうのであります。


もう1つ問題になったのが、私の体調が悪化していったこと。

心機能の低下により、生命力というか…。物事をやろう…という意欲がなくなって行きました。

そのため、土地問題は、解決が遅れることになります。
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