kan-haru blog 2007
箱根駅伝
年明け初春の1月2日と3日は、住まいと目と鼻の先の第一京浜国道を恒例の箱根駅伝が通り、沿道に大勢の応援者が新聞社の配る小旗を振って声援する情景は、大森町に住んで久しく続く年中行事の風物詩であり、力走する選手を見て正月を迎えたことを実感するのです。
箱根駅伝は、「東京箱根間往復大学駅伝競走」と云う長い名前で呼ばれ、第83回を迎えております。コースは、大手町をスタートして、鶴見、戸塚、平塚、小田原の中継所を経て箱根町芦ノ湖までの往復217.9kmを10人でタスキをつなぐ駅伝競走であり、20校が出場して母校の名誉を賭け、上位10位までのシード権を争います。
駅伝の出場資格は、シード権を獲得した10校が次の年は無条件に出られ、毎年10月に行われる予選会の成績が6位以内と、予選会7位以下はアドバンテージタイムを加味した3校の出場と、予選会を通過できなかった大学の記録上位者を中心に結成した関東学連選抜で争われる競技です。今回、予選会10位拓殖大学は、9位の国士舘大学との最終総合タイム差が、僅か1秒で涙を呑んだ熾烈な争いでした。
明治大学の箱根駅伝
母校の明治大学は、今回予選会6位で出場資格を果たしました。明治大学は、過去50回の出場で7回優勝しておりますが、優勝は第2,5,6,9,10回の箱根駅伝初期時代と、戦後復活した第23回(1947年)と翌々年の第25回だけの古豪でしたが、近年は全く奮わず第68回(1992年)から第80回(2004年)までは予選落ちの不甲斐無さでした。
近年の復活に向けて強化策が徐々に実りつつあり、第81、82回の箱根駅伝では18位の成績でしたが、今季は全日本にも初出場し、第83回ではシード権を目指しての参加です。
往路の応援
箱根駅伝の往路は、2日8時に大手町の読売新聞社本社横をスタートし、大森町付近には8時40分頃通過の予定です。明治大学校友会城南支部の応援団が、梅屋敷傍の大田区体育館脇(スタート点から大田区体育館まで地図参照)で応援するので、応援に行きました。
例年の箱根駅伝では、大森町付近は殆ど一団となって駆け抜けて行きますが、今回は東海大の佐藤悠基選手が早くから飛び出して大田区体育館付近では独走し、それに続いて東洋大の大西智也選手が追走し、他チームは3位集団でけん制し合う展開でした。
鶴見中継所では、佐藤選手は1時間1分6秒の区間新記録のタイムで2位に4分1秒の差をつけてリレーしました。

・・・・・・箱根駅伝広報車・・・・・・・・・・・15キロ地点・・・・・・・・・・明大応援団(写真拡大)

・・・・・・独走の東海大佐藤悠基選手・・・・・・・大田区体育館前を駆け抜ける選手団
往路の争いは、5区の中継所でトップの東海大との差が4分9秒差の5位で中継した、山登りの神様と呼ばれる順大の今井正人選手が、4位早大、3位日大、2位東洋大と次々に抜き、16キロで東海大の石田和也選手に追いつき、ゴールでは2分34秒差の区間新記録で往路を制しました。
明治大学の成績は、鶴見中経所で石川卓也選手は1時間5分52秒の16位で、2区岡本直己選手にリレーし区間9 位の1時間9分24秒で10位に浮上し、シード権の期待が持てました。次の3区池辺稔選手の区間15位の1時間5分42秒で13位に、4区東野賢治選手の区間18位の58分16秒で14位に後退しましたが、しかし、5区の尾籠浩考選手が区間2位の1時間20分39秒で頑張り、11位を取り戻しました。
これにより、7位の駒大から14位の中大まで2分14秒差で、シード権の確保は復路の争いとなりました。(第83回東京箱根間往復大学駅伝競走往路記録)
復路の応援
3日の復路は、第一京浜国道の大森町駅付近(鶴見中継所から大森町まで地図参照)で応援をしました。
往路優勝の順大が総の厚さを見せ、9区長門俊介選手が区間1位、10区の松瀬元太選手が区間新記録で11時間5分29秒の総合優勝を果たしました。2位の日大は、箱根を5位でスタートして、アンカーの阿久津尚二選手が残り1キロの地点で東海大を抜き、15年振りに順位を上げました。
シード権争いは、14位スタートの中大が9、10区の2選手の活躍で23年連続のシード権を守りました。昨年優勝の亜大は、13位でのスタートで、6区で15位に後退したが、8、9区と頑張りすれすれで10位に食い込みました。

・・・・・日大阿久津選手・・・・・・山梨学院・中央学院競合い・・・・・・国士大黒崎選手

・校旗応援もシード権成らず・・・・・・・大森警察署付近を通過する中継車と付随車
明治大学の成績は、残念ながら6区で中村智春選手が10位に上げましたが、7区安田昌倫選手が12位、8区中門健選手が14位、9区村上選手が15位、10区藤田秀之選手で総合16位の11時間27分57秒でした。(第83回東京箱根間往復大学駅伝競走復路記録、総合記録)
明大の西弘美監督は、「今はこれが精いっぱいの力。箱根に復帰して3回目。少しずつ体で覚えて、ジャンプアップできるチーム作りをしていく」と報道陣に語っております。
12年間の不出場のギャップがあるのですから、時間を掛けて精進し古豪を取り戻したいものです。
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毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております。(12月分掲載Index前へ、Index後へ)
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箱根駅伝
年明け初春の1月2日と3日は、住まいと目と鼻の先の第一京浜国道を恒例の箱根駅伝が通り、沿道に大勢の応援者が新聞社の配る小旗を振って声援する情景は、大森町に住んで久しく続く年中行事の風物詩であり、力走する選手を見て正月を迎えたことを実感するのです。
箱根駅伝は、「東京箱根間往復大学駅伝競走」と云う長い名前で呼ばれ、第83回を迎えております。コースは、大手町をスタートして、鶴見、戸塚、平塚、小田原の中継所を経て箱根町芦ノ湖までの往復217.9kmを10人でタスキをつなぐ駅伝競走であり、20校が出場して母校の名誉を賭け、上位10位までのシード権を争います。
駅伝の出場資格は、シード権を獲得した10校が次の年は無条件に出られ、毎年10月に行われる予選会の成績が6位以内と、予選会7位以下はアドバンテージタイムを加味した3校の出場と、予選会を通過できなかった大学の記録上位者を中心に結成した関東学連選抜で争われる競技です。今回、予選会10位拓殖大学は、9位の国士舘大学との最終総合タイム差が、僅か1秒で涙を呑んだ熾烈な争いでした。
明治大学の箱根駅伝
母校の明治大学は、今回予選会6位で出場資格を果たしました。明治大学は、過去50回の出場で7回優勝しておりますが、優勝は第2,5,6,9,10回の箱根駅伝初期時代と、戦後復活した第23回(1947年)と翌々年の第25回だけの古豪でしたが、近年は全く奮わず第68回(1992年)から第80回(2004年)までは予選落ちの不甲斐無さでした。
近年の復活に向けて強化策が徐々に実りつつあり、第81、82回の箱根駅伝では18位の成績でしたが、今季は全日本にも初出場し、第83回ではシード権を目指しての参加です。
往路の応援
箱根駅伝の往路は、2日8時に大手町の読売新聞社本社横をスタートし、大森町付近には8時40分頃通過の予定です。明治大学校友会城南支部の応援団が、梅屋敷傍の大田区体育館脇(スタート点から大田区体育館まで地図参照)で応援するので、応援に行きました。
例年の箱根駅伝では、大森町付近は殆ど一団となって駆け抜けて行きますが、今回は東海大の佐藤悠基選手が早くから飛び出して大田区体育館付近では独走し、それに続いて東洋大の大西智也選手が追走し、他チームは3位集団でけん制し合う展開でした。
鶴見中継所では、佐藤選手は1時間1分6秒の区間新記録のタイムで2位に4分1秒の差をつけてリレーしました。

・・・・・・箱根駅伝広報車・・・・・・・・・・・15キロ地点・・・・・・・・・・明大応援団(写真拡大)

・・・・・・独走の東海大佐藤悠基選手・・・・・・・大田区体育館前を駆け抜ける選手団
往路の争いは、5区の中継所でトップの東海大との差が4分9秒差の5位で中継した、山登りの神様と呼ばれる順大の今井正人選手が、4位早大、3位日大、2位東洋大と次々に抜き、16キロで東海大の石田和也選手に追いつき、ゴールでは2分34秒差の区間新記録で往路を制しました。
明治大学の成績は、鶴見中経所で石川卓也選手は1時間5分52秒の16位で、2区岡本直己選手にリレーし区間9 位の1時間9分24秒で10位に浮上し、シード権の期待が持てました。次の3区池辺稔選手の区間15位の1時間5分42秒で13位に、4区東野賢治選手の区間18位の58分16秒で14位に後退しましたが、しかし、5区の尾籠浩考選手が区間2位の1時間20分39秒で頑張り、11位を取り戻しました。
これにより、7位の駒大から14位の中大まで2分14秒差で、シード権の確保は復路の争いとなりました。(第83回東京箱根間往復大学駅伝競走往路記録)
復路の応援
3日の復路は、第一京浜国道の大森町駅付近(鶴見中継所から大森町まで地図参照)で応援をしました。
往路優勝の順大が総の厚さを見せ、9区長門俊介選手が区間1位、10区の松瀬元太選手が区間新記録で11時間5分29秒の総合優勝を果たしました。2位の日大は、箱根を5位でスタートして、アンカーの阿久津尚二選手が残り1キロの地点で東海大を抜き、15年振りに順位を上げました。
シード権争いは、14位スタートの中大が9、10区の2選手の活躍で23年連続のシード権を守りました。昨年優勝の亜大は、13位でのスタートで、6区で15位に後退したが、8、9区と頑張りすれすれで10位に食い込みました。

・・・・・日大阿久津選手・・・・・・山梨学院・中央学院競合い・・・・・・国士大黒崎選手

・校旗応援もシード権成らず・・・・・・・大森警察署付近を通過する中継車と付随車
明治大学の成績は、残念ながら6区で中村智春選手が10位に上げましたが、7区安田昌倫選手が12位、8区中門健選手が14位、9区村上選手が15位、10区藤田秀之選手で総合16位の11時間27分57秒でした。(第83回東京箱根間往復大学駅伝競走復路記録、総合記録)
明大の西弘美監督は、「今はこれが精いっぱいの力。箱根に復帰して3回目。少しずつ体で覚えて、ジャンプアップできるチーム作りをしていく」と報道陣に語っております。
12年間の不出場のギャップがあるのですから、時間を掛けて精進し古豪を取り戻したいものです。
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毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております。(12月分掲載Index前へ、Index後へ)
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