駿河台から神保町へ
駿河台は台地であるので坂道が多い。ちなみに、明大通りから山の上ホテルまでの坂道は、吉郎坂という名が付いています。坂道の石の標識は、山の上ホテルとその周辺(その1)掲載写真「山の上ホテルの案内板」(再掲)の歩道左側の奥の植え込み付近にあります。
錦華坂
山の上ホテルからの帰途は、ホテル右手を散策しながら進むと錦華坂(付近地図参照)です。
錦華坂は、錦華公園の脇にある標識の説明では、次のようです。
名称は坂下に錦華小学校があるからです。この坂は大正13年(1924)8月政府による区画整理委員会の議決により新しく作られたものです。「議決要綱の三」には ”南甲賀町より袋町三番地を横断して裏猿楽町二番地先錦華小公園東側に通ずる六米道路を新設す”とあります。
お茶の水小学校
錦華坂を下り、錦華公園を周るとお茶の水小学校・幼稚園が見えます。
お茶の水小学校の前身の錦華小学校は、平成5年4月に近隣の小川小学校、西神田小学校と統合され「千代田区立お茶の水小学校」となりました。
錦華小学校の変遷は、明治6年(1873)5月、久松学校として開校。その後錦坊学校、錦華学校、錦華尋常高等小学校、錦華尋常小学校、錦華小学校と改称しました。
現在、お茶の水小学校には、孫が在学中です。さすが、お茶の水小学校は、先輩夏目漱石ゆかりの学校で、一年次には漱石の小説「坊ちゃん」、「我輩は猫である」などのさわりを暗唱して発表しております。
夏目漱石文学碑
お茶の水小学校の校庭の外に夏目漱石文学碑があります。
・夏目漱石(186~1916)
錦華小学校第104回卒業生の卒業記念として、夏目漱石の略歴から
漱石の父、夏目直克が明治初期に第4大区(今の錦町、小川町、西神田と文京区の殆どと早稲田のあたりまで含む)の区長をしていた。また、樋口一葉の父則義と東京府で同僚だったそうだ。
漱石が錦華小学校に転校したのは明治11年。「一っ橋」は当時一ッ橋にあった府立一中、現在の東京都立日比谷高等学校である。
靖国通り裏の飲食店街
お茶の水小学校を周回し錦華通りを右折すると細い路地裏が、神保町の靖国通り裏の飲食店街である。白山通りに出る中間点の四つ角に「こんごう庵 神保町店」があり、山の上ホテルで開催した東京都異業種交流会H11メトロ暑気払い後の希望者による2次会で、はな金を過ごしました。
東京都異業種交流会H11メトロ
東京都異業種交流会とは、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターが異業種交流事業(異業種交流グループ)は、異なる業種・分野(たとえば、電子機器製造業、機械加工業、情報処理業)の人々が、新たなビジネスチャンスの創造、発見のために相互の経営、技術ノウハウ等を持ち寄って交流する”場”を提供しています。
”東京都異業種交流グループ”は、昭和59年に初めて募集、設立され、以来毎年1又は2グループが設立されてきました。設立年度の翌年からは、グループが自主的な運営、独自の活動を行っています。
「東京都異業種交流会H11メトロ」は、平成11年に設立されたグループで、会員数が18名でWebに共有のグループサイトを設けて毎月定例活動を開いております。H11メトロ暑気払いは、毎年7月に恒例で開催しており、今年は山の上ホテル本館2階の宴会場で開催しました。
なお、H11メトロには分科会「XML応用研究会」があり、ビジネスをインターネットとコミュニケーションを活用して、経営改革に供するための研究・学習会を毎月開催しております。皆様の参加を、お待ちしております。

H11メトロ暑気払い (於山の上ホテル 平成18年7月7日 拡1・拡2)
毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております。(6月分掲載Indexへ)
<前回 風景・風物詩(A1) 東京百景 山の上ホテルとその周辺(その2) へ
次回 風景・風物詩(B1) 夏の風物詩 入谷の朝顔市 へ>
駿河台は台地であるので坂道が多い。ちなみに、明大通りから山の上ホテルまでの坂道は、吉郎坂という名が付いています。坂道の石の標識は、山の上ホテルとその周辺(その1)掲載写真「山の上ホテルの案内板」(再掲)の歩道左側の奥の植え込み付近にあります。
錦華坂
山の上ホテルからの帰途は、ホテル右手を散策しながら進むと錦華坂(付近地図参照)です。
錦華坂は、錦華公園の脇にある標識の説明では、次のようです。
名称は坂下に錦華小学校があるからです。この坂は大正13年(1924)8月政府による区画整理委員会の議決により新しく作られたものです。「議決要綱の三」には ”南甲賀町より袋町三番地を横断して裏猿楽町二番地先錦華小公園東側に通ずる六米道路を新設す”とあります。
お茶の水小学校
錦華坂を下り、錦華公園を周るとお茶の水小学校・幼稚園が見えます。
お茶の水小学校の前身の錦華小学校は、平成5年4月に近隣の小川小学校、西神田小学校と統合され「千代田区立お茶の水小学校」となりました。
錦華小学校の変遷は、明治6年(1873)5月、久松学校として開校。その後錦坊学校、錦華学校、錦華尋常高等小学校、錦華尋常小学校、錦華小学校と改称しました。
現在、お茶の水小学校には、孫が在学中です。さすが、お茶の水小学校は、先輩夏目漱石ゆかりの学校で、一年次には漱石の小説「坊ちゃん」、「我輩は猫である」などのさわりを暗唱して発表しております。
夏目漱石文学碑
お茶の水小学校の校庭の外に夏目漱石文学碑があります。
・夏目漱石(186~1916)
錦華小学校第104回卒業生の卒業記念として、夏目漱石の略歴から
漱石の父、夏目直克が明治初期に第4大区(今の錦町、小川町、西神田と文京区の殆どと早稲田のあたりまで含む)の区長をしていた。また、樋口一葉の父則義と東京府で同僚だったそうだ。
漱石が錦華小学校に転校したのは明治11年。「一っ橋」は当時一ッ橋にあった府立一中、現在の東京都立日比谷高等学校である。
靖国通り裏の飲食店街
お茶の水小学校を周回し錦華通りを右折すると細い路地裏が、神保町の靖国通り裏の飲食店街である。白山通りに出る中間点の四つ角に「こんごう庵 神保町店」があり、山の上ホテルで開催した東京都異業種交流会H11メトロ暑気払い後の希望者による2次会で、はな金を過ごしました。
東京都異業種交流会H11メトロ
東京都異業種交流会とは、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターが異業種交流事業(異業種交流グループ)は、異なる業種・分野(たとえば、電子機器製造業、機械加工業、情報処理業)の人々が、新たなビジネスチャンスの創造、発見のために相互の経営、技術ノウハウ等を持ち寄って交流する”場”を提供しています。
”東京都異業種交流グループ”は、昭和59年に初めて募集、設立され、以来毎年1又は2グループが設立されてきました。設立年度の翌年からは、グループが自主的な運営、独自の活動を行っています。
「東京都異業種交流会H11メトロ」は、平成11年に設立されたグループで、会員数が18名でWebに共有のグループサイトを設けて毎月定例活動を開いております。H11メトロ暑気払いは、毎年7月に恒例で開催しており、今年は山の上ホテル本館2階の宴会場で開催しました。
なお、H11メトロには分科会「XML応用研究会」があり、ビジネスをインターネットとコミュニケーションを活用して、経営改革に供するための研究・学習会を毎月開催しております。皆様の参加を、お待ちしております。

H11メトロ暑気払い (於山の上ホテル 平成18年7月7日 拡1・拡2)
毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております。(6月分掲載Indexへ)
<前回 風景・風物詩(A1) 東京百景 山の上ホテルとその周辺(その2) へ
次回 風景・風物詩(B1) 夏の風物詩 入谷の朝顔市 へ>