「わしの日曜日の朝の楽しみの一つが、NHK第一ラジオの「なぎら健壱の あのころのフォークが聞きたい」を聞くことなんじゃ」
♪ギターにすっかり魂 抜かれてさ
それからオイラ フォークシンガー
「フォークソングといえば、わしが小(こ)まいころ、マイク真木(まき)の『バラが咲いた』(1966年)が流行(はや)って、幼稚園でも歌いよったのう」
「この曲のヒットで、日本にフォークソングブームが広がっていったんよ」
「ほかにもこんな曲があるで」
森山良子『この広い野原いっぱい』(1967年)
フォーク・クルセダーズ『イムジン河』(1968年)
はしだのりひことシューベルツ『風』
ビリーバンバン『白いブランコ』(以上、1969年)
北山修・加藤和彦『あの素晴しい愛をもう一度』
はしだのりひことクライマックス『花嫁』(以上、1971年)
かぐや姫『加茂の流れに』
ガロ『学生街の喫茶店』
吉田拓郎『結婚しようよ』(以上、1972年)
かぐや姫『神田川』(1973年)
NSP『夕暮れ時はさびしそう』
山本コウタローとウィークエンド『岬めぐり』(以上、1974年)
「こうやってみると、わしゃフォークソングにはそれほど詳しゅうはないが、フォークソングは身近に聞いて育ってきた世代になるよのう」
「お父さんは、PPM(ピーター・ポール&マリー)なんかも聞きよったじゃん」
「ありゃ大人になってから、30歳も間近かになって聞き始めたんじゃ」
「で、今日は何の歌を聞いたん?」
「高石友也(たかいし ともや)の『チューインガム一つ』(1967年)という歌じゃ」
「『チューインガム一つ』? 聞いたことがないタイトルじゃけど、どんな歌?」
「わしも聞いたことがないタイトルじゃし、なんの予備知識もなしに聞いたんじゃが、小学校3年生の女の子が万引きをしたときに書いた作文を基にした歌なんじゃそうな」
↓高石友也の『チューインガム一つ』については、こちら↓
「チューインガム一つ/高石友也tar」YouTube
「万引きかぁ…」
「なぎら氏は、
からだが おもちゃみたいに ガタガタふるえるねん
さかなみたいにおかあちゃんにあやまってん
なんて、子どもでしか表現できんと言うとられとったのう」
「万引きといえば、うちも学校近くの文房具屋で消しゴムを万引きしたことがあるよ」
「わしも小学2年のときに、おもちゃ屋で万引きをしたことがあるんじゃ。何を欲しいと思うたんか今じゃ全然思い出さんのじゃが、店の品物を服の下に隠して店の外に出ようとしたところを、店のおじさんに見つかったんじゃ」
「ほいで?」
「覚えとるのは、いろいろ聞かれたときに、「誰かに言われて盗ったんか?」と聞かれて、「●●に言われた」と答えたんじゃ。もちろん、そんなんは口からでまかせで、●●からそんなことを言われたことは、一度もないんじゃがの」
「ありゃま」
「で、「それじゃあ、その●●を連れて来い」と言われたのを幸いに、店から出てそのまんま逃げてしもうたんじゃ」
「それから?」
「それから間もなくして引越しをしたけぇ、その店には一度も行くことはなかったんじゃ」
「ということは、そのまんまになっとるんじゃね」
「今の今までの…」
「うちの場合はお姉ちゃんに見つかって、「店に返しに行ってきんさい!」と大騒ぎになったんよ」
「わしとこの作文の女の子が違うのは、
店の人以外には知られとらん、
自分のしたこと(万引き)について真剣に向きおうとらん、
ということかのう」
「さっきも言うたけど、うちは知られとうない人に知られてしもうて、そのときは大恥をかいたりもしたけど、今にして思えば、これでえかった(=良かった)んじゃないと思うとるよ」
「この作文の話をすると、万引きを見つかった女の子が、母親に連れられて灰谷氏のところへ来たんよ。そのときに「もうしないから、先生、ごめんしてください」という紙を渡したそうじゃ」
「ふつうなら、それで「反省しました」ということで終わりにするんじゃろうね」
「ところが、灰谷氏は母親を先に帰らせて、女の子と一緒にこの作文を書いたんじゃ」
「書いたいうても、これくらいの作文は書こうと思うても、そんなに簡単に書けるもんでもないよ」
「灰谷氏が女の子に「本当のことを書こう」と言うて書かせたそうじゃ」
「言うのは簡単じゃけど、実際にここまでやろうと思うたら大変よ。
万引きをさせてしもうた1年生に対して「悪かった」という思い。
自分が万引きをしたことで悲しませてしもうたお母さんに対する「ごめんなさい」という思い。
そのお母さんから「家から出ていき」と言われて行ったいつもの公園が、「よその国」のように感じたという思い…。
そんなことを、この女の子はちゃんと文字にして書いとるもん」
「万引きは、自分でも悪いことと自覚して実行しとるんじゃけど、
あんなこわいおかあちゃんのかお見たことない
あんなかなしそうなおかあちゃんのかお見たことない
という現実に直面すると、
わたしは どうして
あんなわるいことしてんやろ
せんせい どないしよ
って思うんじゃろうの」
「言葉はよくないけど、チューインガム、たった一個なのにね」
「女の子はこの作文を書くのに、一文字書いては泣き、一行書いては泣いたそうなんよ。灰谷氏は、その女の子に最後まで辛抱強く付き合(お)うたそうじゃ」
「今の時代は、そういう手間をかけることを切り捨ててきとるよね。学校でも会社でも、社会全体が建前だけですませとる感じがするんよ」
「親か、先生か、地域の人か分からんが、人が悪いことをしたときにきちんと叱れる人がおらんようになってしもうとるよのう」
「おらんというか、そういう人たちを排除してきたような気がするんよね。…なんかえらそうに言(い)いよるけど、うちらも人に言える立場じゃないよね」
「わしも、万引きのことに正面から向き合(お)うて反省しとらんし、うやむやにしてしもうとるけぇ、こんな歌を聴くと心にグサリと突き刺さってしまうんじゃろうの」
「今日は、昨日のNHK第一ラジオ「なぎら健壱の あのころのフォークが聞きたい」で放送された高石友也の『チューインガム一つ』という歌について話をさせてもらいました」
「ほいじゃあ、またの」
♪ギターにすっかり魂 抜かれてさ
それからオイラ フォークシンガー
「フォークソングといえば、わしが小(こ)まいころ、マイク真木(まき)の『バラが咲いた』(1966年)が流行(はや)って、幼稚園でも歌いよったのう」
「この曲のヒットで、日本にフォークソングブームが広がっていったんよ」
「ほかにもこんな曲があるで」
森山良子『この広い野原いっぱい』(1967年)
フォーク・クルセダーズ『イムジン河』(1968年)
はしだのりひことシューベルツ『風』
ビリーバンバン『白いブランコ』(以上、1969年)
北山修・加藤和彦『あの素晴しい愛をもう一度』
はしだのりひことクライマックス『花嫁』(以上、1971年)
かぐや姫『加茂の流れに』
ガロ『学生街の喫茶店』
吉田拓郎『結婚しようよ』(以上、1972年)
かぐや姫『神田川』(1973年)
NSP『夕暮れ時はさびしそう』
山本コウタローとウィークエンド『岬めぐり』(以上、1974年)
「こうやってみると、わしゃフォークソングにはそれほど詳しゅうはないが、フォークソングは身近に聞いて育ってきた世代になるよのう」
「お父さんは、PPM(ピーター・ポール&マリー)なんかも聞きよったじゃん」
「ありゃ大人になってから、30歳も間近かになって聞き始めたんじゃ」
「で、今日は何の歌を聞いたん?」
「高石友也(たかいし ともや)の『チューインガム一つ』(1967年)という歌じゃ」
「『チューインガム一つ』? 聞いたことがないタイトルじゃけど、どんな歌?」
「わしも聞いたことがないタイトルじゃし、なんの予備知識もなしに聞いたんじゃが、小学校3年生の女の子が万引きをしたときに書いた作文を基にした歌なんじゃそうな」
↓高石友也の『チューインガム一つ』については、こちら↓
「チューインガム一つ/高石友也tar」YouTube
「万引きかぁ…」
「なぎら氏は、
からだが おもちゃみたいに ガタガタふるえるねん
さかなみたいにおかあちゃんにあやまってん
なんて、子どもでしか表現できんと言うとられとったのう」
「万引きといえば、うちも学校近くの文房具屋で消しゴムを万引きしたことがあるよ」
「わしも小学2年のときに、おもちゃ屋で万引きをしたことがあるんじゃ。何を欲しいと思うたんか今じゃ全然思い出さんのじゃが、店の品物を服の下に隠して店の外に出ようとしたところを、店のおじさんに見つかったんじゃ」
「ほいで?」
「覚えとるのは、いろいろ聞かれたときに、「誰かに言われて盗ったんか?」と聞かれて、「●●に言われた」と答えたんじゃ。もちろん、そんなんは口からでまかせで、●●からそんなことを言われたことは、一度もないんじゃがの」
「ありゃま」
「で、「それじゃあ、その●●を連れて来い」と言われたのを幸いに、店から出てそのまんま逃げてしもうたんじゃ」
「それから?」
「それから間もなくして引越しをしたけぇ、その店には一度も行くことはなかったんじゃ」
「ということは、そのまんまになっとるんじゃね」
「今の今までの…」
「うちの場合はお姉ちゃんに見つかって、「店に返しに行ってきんさい!」と大騒ぎになったんよ」
「わしとこの作文の女の子が違うのは、
店の人以外には知られとらん、
自分のしたこと(万引き)について真剣に向きおうとらん、
ということかのう」
「さっきも言うたけど、うちは知られとうない人に知られてしもうて、そのときは大恥をかいたりもしたけど、今にして思えば、これでえかった(=良かった)んじゃないと思うとるよ」
「この作文の話をすると、万引きを見つかった女の子が、母親に連れられて灰谷氏のところへ来たんよ。そのときに「もうしないから、先生、ごめんしてください」という紙を渡したそうじゃ」
「ふつうなら、それで「反省しました」ということで終わりにするんじゃろうね」
「ところが、灰谷氏は母親を先に帰らせて、女の子と一緒にこの作文を書いたんじゃ」
「書いたいうても、これくらいの作文は書こうと思うても、そんなに簡単に書けるもんでもないよ」
「灰谷氏が女の子に「本当のことを書こう」と言うて書かせたそうじゃ」
「言うのは簡単じゃけど、実際にここまでやろうと思うたら大変よ。
万引きをさせてしもうた1年生に対して「悪かった」という思い。
自分が万引きをしたことで悲しませてしもうたお母さんに対する「ごめんなさい」という思い。
そのお母さんから「家から出ていき」と言われて行ったいつもの公園が、「よその国」のように感じたという思い…。
そんなことを、この女の子はちゃんと文字にして書いとるもん」
「万引きは、自分でも悪いことと自覚して実行しとるんじゃけど、
あんなこわいおかあちゃんのかお見たことない
あんなかなしそうなおかあちゃんのかお見たことない
という現実に直面すると、
わたしは どうして
あんなわるいことしてんやろ
せんせい どないしよ
って思うんじゃろうの」
「言葉はよくないけど、チューインガム、たった一個なのにね」
「女の子はこの作文を書くのに、一文字書いては泣き、一行書いては泣いたそうなんよ。灰谷氏は、その女の子に最後まで辛抱強く付き合(お)うたそうじゃ」
「今の時代は、そういう手間をかけることを切り捨ててきとるよね。学校でも会社でも、社会全体が建前だけですませとる感じがするんよ」
「親か、先生か、地域の人か分からんが、人が悪いことをしたときにきちんと叱れる人がおらんようになってしもうとるよのう」
「おらんというか、そういう人たちを排除してきたような気がするんよね。…なんかえらそうに言(い)いよるけど、うちらも人に言える立場じゃないよね」
「わしも、万引きのことに正面から向き合(お)うて反省しとらんし、うやむやにしてしもうとるけぇ、こんな歌を聴くと心にグサリと突き刺さってしまうんじゃろうの」
「今日は、昨日のNHK第一ラジオ「なぎら健壱の あのころのフォークが聞きたい」で放送された高石友也の『チューインガム一つ』という歌について話をさせてもらいました」
「ほいじゃあ、またの」