通でがんす

いろんな広島を知って、ひろしま通になりましょう!
(旧ブログタイトル:通じゃのう)

スペクトラム作品集

2024年05月02日 | 音楽
深夜23時から早朝5時まで、NHKラジオが毎日放送している深夜番組『ラジオ深夜便』。
午前2時台は、ロマンチックコンサート。
今日はジャパニーズ・ロック、スペクトラム作品集じゃった。

いや~、この時間枠でスペクトラムの特集をやってもらえるとは、夢にも思わんかった。
わしの知る限りじゃったら、2020年7月25日、作詞家の故・山川啓介(やまかわ けいすけ)の特集で、「サンライズ(SUNRISE)」を取りあげてもろうたくらいじゃったけぇの。





今日は、スペクトラム作品集についての話でがんす。





スペクトラムは、ホーンセクション(トランペット×2、トロンボーン)を中心にした、ブラスロックバンド。

メンバーは、以下の8人。

トランペット、ボーカル:新田一郎(ニッタ・イチロー)。
トランペット:兼崎順一(カネザキ・ジュンイチ。またはカネザキ・ドンペイ)。
トロンボーン:吉田俊之(ヨシダ・トシユキ)。
ベース、ボーカル:渡辺直樹(ワタナベ・ナオキ)。
ギター、ボーカル:西 慎嗣(ニシ・シンジ)。
キーボード:奥 慶一(オク・ケイイチ。またはオク・ケーイチ)。
ドラムス:岡本郭男(オカモト・アツオ)。
パーカッション:今野拓朗(コンノ・タクロー)。
(注:名前のカタカナ表記は、LPレコードの表記による)

リーダーの新田は、渡辺プロダクションの所属。
伊丹幸雄(いたみ さちお)のバックバンド:ロックンロール・サーカス、あいざき進也(しんや)のバックバンド:ビート・オブ・パワー、そしてキャンディーズのバックバンド:MMP(ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)に参加。

新田は、キャンディーズのマネージャーだった大里洋吉(おおさと ようきち)が立ちあげたアミューズに移籍。
同じくアミューズに所属するサザンオールスターズの初期の楽曲に、ホーンアレンジなどで参加。
元ワイルドワンズの渡辺茂樹(わたなべ しげき)の弟で、MMPのメンバーだった渡辺や、同じくMMPのメンバーだった兼崎とスペクトラムを結成し、1979年8月にデビュー。
スペクトラムは、70年代前半に流行した、ブラスロックのシカゴ、フュージョンバンドのブレッカー・ブラザーズの影響を受けている。



(「サンライズ(SUNRISE)」レコードジャケット)

スペクトラムといえば、古代ローマの戦士を思わせる甲冑(かっちゅう)、北欧のバイキングのようなかぶり物など、当時の金額で1000万円かけたという、ド派手で金ピカな衣装。
西のロック系ボーカルに、渡辺のAOR系ボーカル、そして、新田のファルセットボーカル(アグネス・チャンみたいな声!)。
そして、ホーンセクションの3人と、ギター、ベースの計5人が最前列に並び、演奏しながら、トランペットはもとより、ギター、ベースまでも回して、振り付けを合わせて踊るというパフォーマンスをステージで繰り広げる。
ビジュアル面を重視し、見る者に強烈なインパクトを与えた。

1981年9月、武道館での解散コンサートを最後に、2年間の活動に幕を閉じる。



この日放送された曲目は、以下の8曲。

1.アクトショ-(ACT-SHOW)
2.トマト・イッパツ(TOMATO IPPATSU)
3.イン・ザ・スペース(IN THE SPACE)
4.フ・ラ・イ(F・L・Y)
5.ミーチャン・ゴーイング・トゥ・ザ・ホイクエン(ミーチャン GOING TO THE HOIKUEN)
6.サンライズ(SUNRISE)
7.夜明け(アルバ)
8.ナイト・ナイト・ナイト(NIGHT NIGHT KNIGHT)

この時間枠は、ふつうなら最低でも10曲はかけるところを、たったの8曲。
曲数は少なくなるが、シングル(短縮版)バージョンを2曲(4・5曲目)に抑えて、あとはアルバム(長尺)バージョンにこだわっての選曲。
本当に、ありがとうございました。



最後に、曲紹介を簡単にしておこう。


1.アクトショ-(ACT-SHOW)
(1stアルバム『スペクトラム(SPECTRUM)』A面1曲目)


タイトルは「アクトショ-」だが、歌詞は「アクシュショウ(=握手しよう)」となっている。

アクシュショウ アクシュショウ カルイキモチデ with me
アクシュショウ アクシュショウ wake up baby

(作詞:宮下康仁(みやした やすひと))


ソレニシテモ、コノ カシカード ヲ ハジメテ ミタトキハ、ビックラコイタ モンジャ。
カタカナ ト エイゴ ダケデ カカレタ カシカード ナンテ、ソレマデ ミタコト ナカッタケェノ。
アノカオ アノカオ………ケ ケ ケッ!



2.トマト・イッパツ(TOMATO IPPATSU)
(1stアルバム『スペクトラム(SPECTRUM)』B面3曲目)


スペクトラムのデビューシングル曲であり、彼らの代表曲のひとつであり、そして、解散コンサートで最後を飾った曲でもある。

フタリノ アサハ ネムイ セナカヲムケ チョイト

(作詞:宮下康仁)


歌詞に「シビレタ アサハ TOMATO」とあるところから、新田が「トマト(というタイトル)一発でいきましょう」と提案。
これを聞いた担当者が「トマト」でなく、「トマト一発」と聞き違えたため、「トマト・イッパツ」というタイトルになったという。
ウソ ノ ヨウナ ホントウ(?)ノ オハナシ。



3.イン・ザ・スペース(IN THE SPACE)
(2ndアルバム『オプチカル・サンライズ(OPTICAL SUNRISE)』A面4曲目)


テクニクス(Technics)のコンポーネント・ステレオ「ザ・スペース(THE SPACE)」のCMで使われた曲である。

君ゆけば 空が動く
はらはらと 心動く

(作詞:宮下康仁)




(1stアルバム『スペクトラム(SPECTRUM)』レコード帯裏面より)



4.フ・ラ・イ(F・L・Y)
(3rdシングル、両A面)


2ndアルバム『オプチカル・サンライズ(OPTICAL SUNRISE)』A面2曲目でもある。

時計仕掛 狭クナッタ 夢ハ フワフワ
波瀾万丈 金ピカピカ Fantasy 答エハ

(作詞:Mabo)



5.ミーチャン・ゴーイング・トゥ・ザ・ホイクエン(ミーチャン GOING TO THE HOIKUEN)
(3rdシングル、両A面)


2ndアルバム『オプチカル・サンライズ(OPTICAL SUNRISE)』B面1曲目でもある。

インストゥルメンタル曲で、当時、保育園児だったミーチャンとスペクトラムのメンバーとの会話が入っている。
武道館で行われた解散コンサートでは、保育園を卒業して小学校に入学したことが、ミーチャン自身の声で報告された。
そして、『スペクトラム スーパー・リミックス1991』の「トマト・イッパツ(Live Power Mix)」では、ミーチャンの「アタシ、もう、高校生だよ」に対して、新田は「お兄ちゃん、知らなかったなぁ」と、旧いギャグで返している。
ちなみに、ミーチャンとは、アミューズの創業者・大里洋吉の娘さんである。

広島でいうと、「あっちゃん」こと西田篤史(にしだ あつし)のラジオ番組「あっちゃんのSay春ing(せいしゅんアイエヌジー)」のテーマソングに、この曲が使われとったんじゃの。



6.サンライズ(SUNRISE)
(2ndアルバム『オプチカル・サンライズ(OPTICAL SUNRISE)』B面3曲目)


プロレスラーのスタン・ハンセンの入場テーマ曲として使われていたことで有名。
そのせいか、テレビ番組の乱闘シーンなどでは、今でもこの曲のイントロが使われることも。

汚れていないその手で
時代のページを開け
おれたちが行くあとから
目覚めた都市(まち)がつづく

(作詞:山川啓介)



7.夜明け(アルバ)
(3rdアルバム『タイム・ブレイク(TIME BREAK)』B面1曲目)


セイコー(SEIKO)の腕時計・アルバ(ALBA)のCMで使われた曲である。



(3rdアルバム『タイム・ブレイク(TIME BREAK)』レコード帯裏面より)



8.ナイト・ナイト・ナイト(NIGHT NIGHT KNIGHT)
(4thアルバム『セカンド・ナビゲーション(Second Navigation)』A面1曲目)


3rdアルバムまでは、アルバム全体として統一したイメージで作られ、作曲はスペクトラム名義だった。
ところが、この4thアルバムは、スペクトラムの各メンバーが作った40曲以上の中から選ばれた11曲で作られているため、作曲はメンバー個人の名義となる。
同時に、曲としての完成度は高いが、アルバム全体としては統一の無いものとなった。

その4thアルバムの巻頭を飾ったのが、「ナイト・ナイト・ナイト(NIGHT NIGHT KNIGHT)」(作曲:渡辺直樹)。





以下、余談。


唯一、残念じゃったのが、5thシングル「夜明け(アルバ)」のB面、「やすらぎ(Love for You)」がオンエアされんかったこと。
アルバムバージョンはインストゥルメンタルじゃが、シングルバージョンは歌入りで、しかも、無伴奏=楽器を使わずに歌う、全編英語詩のアカペラ。
次回があれば(あることを願います!)、是非ともオンエアして欲しいもんじゃ。



↓「やすらぎ(Love for You)」については、こちら↓

「SPECTRUM スペクトラム やすらぎ」YouTube





【参考文献】

「日本ロック元年」『昭和40年男 2020年12月号』クレタパブリッシング 62ページ






今日は、スペクトラム作品集について話をさせてもろうたでがんす。

ほいじゃあ、またの。



(文中、敬称略)
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「ゴンドラの唄」はどんな歌詞だった?【改訂版】

2024年01月03日 | 音楽
「♪いのち短し 恋せよ乙女(おとめ)」

「なんね、その歌?」

「「ゴンドラの唄」いう歌じゃ」

「ほぉ」

「この歌は、黒澤明(くろさわ あきら)監督の映画『生きる』(1952年)で使われとったんよ」

「どのシーンで?」

「映画のラストで、志村喬(しむら たかし)演じる主人公が、雪の降る夜に公園のブランコに乗って、低くつぶやくように口ずさむのがこの歌なんじゃの」



「その『生きる』が、1月8日(月)にNHK総合で放送されるけぇ、歌いよったんじゃ」



↓映画『生きる』については、こちら↓

「黒澤 明 監督の傑作!今も世界中で愛される名作をお届け」NHKオンライン



↓「ゴンドラの唄」については、こちら↓

「生きる (Ikiru) 黒澤明 テーマ曲 -ゴンドラの唄-」YouTube





「今日は、「「ゴンドラの唄」はどんな歌詞だった?」についての話でがんす」





「「ゴンドラの唄」は1915(大正4)年、松井須磨子(まつい すまこ)の主演で上演された『その前夜』の劇中歌として作られたんじゃの」

「どんな歌詞なんかね?」



いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 褪(あ)せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日(あす)の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬(ほ)を 君が頬(ほ)に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
波にただよい 波のよに
君が柔わ手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪(あ)せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

(「ゴンドラの唄」ウィキペディア)




「1915年いうけぇ、今から109年も前の歌じゃの」

「そのくらいむかしの歌じゃけぇ、ちょっと意味が分かりづらいところもあるよね」

「現代語訳があるけぇ、それを紹介してみようか」



いのちある時は短いのです 恋をなさいよ、お嬢さん
あなたの赤く艶々とした唇が 色褪せてしまわないうちに
あなたの肌の下を熱く流れる血潮が 冷え切ってしまわないうちに
明日の月日など あてにならないのですから

いのちある時は短いのです 恋をなさいよ、お嬢さん
さあ、手に手をとって あちらの小舟に乗り込みましょう
さあ、私の燃える頬を あなたの頬に触れさせてください
ここにはだれも 来やしませんから

いのちある時は短いのです 恋をなさいよ、お嬢さん
波の間に間にゆらゆらと 波のように揺れながら
あなたの柔らかな手を 私の肩にかけてください
ここには 人目はありませんから

いのちある時は短いのです 恋をなさいよ、お嬢さん
あなたの黒々とした髪が 色褪せてしまわないうちに
燃えたぎる心の炎が 消えてしまわないうちに
今日という日は 二度とやって来ないのですから

『甦る『ゴンドラの唄』─「いのち短し、恋せよ、少女」の誕生と変容─』山形大学 人文社会科学部






「以下、余談じゃ」


「山形大学の相沢直樹(あいざわ なおき)教授によると、「ゴンドラの唄」を作詞した吉井勇(よしい いさむ)の全集にも、底本が収録されていないそうじゃ」

「底本が収録されていないということは、初出が特定されていないということ?」

「ほいじゃけぇ、劇の脚本や当時の楽譜を参考に復元するしかなかったらしいの」

「ほぉ」

「それが、静岡県立大の細川光洋(ほそかわ みつひろ)教授の調査で、1915年4月1日発行の総合雑誌『新日本』であることがわかったそうじゃ」

「それはすごいね」



↓「ゴンドラの唄」の初出については、こちら↓

「恋せよ、少女(をとめ)こゝから 「ゴンドラの唄」初出判明 100年越しの謎解ける」東京新聞 TOKYO Web 2021年12月9日





「今日は、「「ゴンドラの唄」はどんな歌詞だった?」について話をさせてもろうたでがんす」

「ほいじゃあ、またの」


(文中、敬称略)
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『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌が低い音から始まるのは、海底から飛び立つから

2023年12月07日 | 音楽
♪さらば地球よ 旅立つ船は
宇宙戦艦ヤマト

(作詞:阿久悠)



今さら紹介するまでもないが、
アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌で、
ささきいさおさんが歌う
「宇宙戦艦ヤマト」の出だしの部分。

作曲したのは、2006年に亡くなられた
故・宮川泰(みやがわ ひろし)さんで、
告別式でこの曲が演奏されたのは
ご存じのとおりじゃの。

出だしの部分の音域が低いのは、
ちゃんとした理由があるそうじゃ。



↓「宇宙戦艦ヤマト」については、こちら↓

「宇宙戦艦ヤマト 宮川泰 ささきいさお」YouTube

「Isao Sasaki: Uchuu Senkan Yamato」YouTube






今日は、
『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌が
低い音から始まるのは、
海底から飛び立つから
についての話でがんす。





宮川さんと親交が深かった方の中に、
ピアニストの西村由紀江
(にしむら ゆきえ)さんがおられる。

宮川さんから聞いた話の中で
印象に残っているのもののひとつが、
「宇宙戦艦ヤマト」を
作曲したときのエピソードだという。

宇宙戦艦ヤマト=戦艦大和らしく
勇ましい感じを出すため、
高い音から始まる曲を宮川さんが作った。

しかし、プロデューサーの
故・西崎義展(にしざき よしのぶ)さん
から、イメージが違うといわれた。


「宮川さん、ヤマトは海底から飛び立つ戦艦です。始まりは低い音でいきましょう。ではこのぐらい? いや、もっと低く、もっともっと。それでこの音から始まることになったのよ」

(西村由紀江「①宇宙戦艦ヤマト 始まりの低い音を追求~飛び立つ名曲 宮川泰生誕90年」中国新聞セレクト 2021年10月9日)



…というわけで、
低い音域から始まる曲になったそうじゃ。

なるほどのぅ、
海底から飛び立つから
始まりは低い音というわけかぁ…。



↓ささきいさおさんについては、こちら↓

ささきいさお オフィシャルウェブサイト



↓西村由紀江さんについては、こちら↓

西村由紀江 Official Website





以下、余談。


低音で思い出すのが、
今から2年前の2021年、
作曲家・編曲家の
すぎやま こういちさんが
亡くなられたときに知ったこと。

すぎやまさんが作曲した
ザ・ピーナッツの
「恋のフーガ」(1967年)の
編曲を担当したのが宮川さんだった。

イントロ部の高音


♪パヤ パヤパヤ


のところで、合いの手のように


♪ドコドコドンドン


と、低音のティンパニーが入る。

録画された宮川さんの解説によると、
パヤ、パヤパヤ
の高音に合う低音を探していくと、
当時、歌謡曲で使われることがなかった
ティンパニーの音にたどり着いたそうじゃ。

プロデューサーの西崎さんも、
ヤマトに合う音を探していって、
あの低音にたどりついたのかもしれんの。



↓「恋のフーガ」については、こちら↓

「ザ・ピーナッツ 恋のフーガ」YouTube





以下、さらに余談。


明日、2023年12月8日(金)から、
全国36の映画館にて3週間限定で
『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』の
4Kリマスター上映開始。

こちらも楽しみじゃのぉ。



↓『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』4Kリマスターについては、こちら↓

「2作品連続公開決定!『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』4Kリマスター/『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』4Kリマスター」starblazers-yamato.net

「『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』 & 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』 4Kリマスター 2ヶ月連続公開 予告 [4K UHD]」YouTube






今日は、
『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌が
低い音から始まるのは、
海底から飛び立つから
について話をさせてもろうたでがんす。



ほいじゃあ、またの。
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センチメンタル・ダイナ

2023年11月19日 | 音楽
NHK連続ドラマ小説『ブギウギ』は、
「ブギの女王」といわれた歌手
笠置シヅ子をモデルにした、
花田鈴子=福来スズ子(演:趣里)
の活躍を描く物語。

第7週「義理と恋とワテ」の最後で、
スズ子は
「センチメンタル・ダイナ」を歌う。



↓『ブギウギ』については、こちら↓

「ブギウギ」NHK





今日は、
「センチメンタル・ダイナ」
についての話でがんす。





第7週「義理と恋とワテ」では、
大阪から東京へ出てきて
梅丸楽劇団(UGD)に所属するスズ子が、
松永(演:新納慎也)から
ライバルである日宝への
移籍話を持ちかけられた。

松永に恋心を抱いていたスズ子は
UGDへの義理と松永への恋の間で揺れ動く。

「ワテ、松永さんのことが好きです」
と告白するスズ子に、松永は
愛する人がアメリカにいると告げる。

落ち込んで下宿に戻ってきたスズ子に、
羽鳥(演:草なぎ剛)と
藤村(演:宮本亞門)は
新曲を用意して待っていた。

今回の移籍話で迷惑をかけ、
この曲を歌う資格はないというスズ子に、
「僕が聴きたいんだよ」と羽鳥はいう。

スズ子が受け取った楽譜には
「センチメンタル・ダイナ」
と書かれていた。

同じころ、スズ子と同じく大阪から出てきて
UGDに所属していた
秋山(演:伊原六花)は、
中山(演:小栗基裕)のプロポーズを断り、
大阪でもう一度男役として出直すと決めた。

スズ子は羽鳥の歌を歌うため、
日宝への移籍話を断り
UGDに残ることを決意する。

そして迎えた本番の舞台で
「センチメンタル・ダイナ」を歌い踊る。


「ほほえみは消えて 溜息ばかり」
「歌を忘れた 踊りも忘れた」
スズ子に対して、
「ほほえめよ」「歌えよ」「踊れよ」と、
当て書きともいえる歌詞が
盛り込まれている。

自らの決断で次のステップへと進んだ
スズ子と秋山への応援歌ともとれる、
力強い希望の歌。

テレビでは、
舞台で生き生きと歌い踊るスズ子と、
汽車の中でタップを踏む
秋山の踊りがシンクロし、
ふたりの新たな旅立ちを
祝っているかのようだった。



↓「センチメンタル・ダイナ」については、こちら↓

「[ブギウギ]『センチメンタル・ダイナ』フルバージョン オンステージ | 朝ドラ | 連続テレビ小説 | NHK」YouTube



↓「センチメンタル・ダイナ」(笠置シヅ子版)については、こちら↓

「「センチメンタル・ダイナ」(笠置シヅ子) オフィシャルオーディオ」YouTube





以下、余談。




(ディック・ミネ「エンパイア・オブ・ジャズ」テイチクエンタテインメント 2011年)

わしにとって「ダイナ」といえば、
ディック・ミネの歌じゃ。

「ダイナ」は1934(昭和9)年、
ディック・ミネのデビュー曲として発売、
100万枚の売上(!)を記録し、
テイチクレコード第一号ヒット曲となった。

ちなみに、訳詞の三根耕一は、
ディック・ミネのペンネームなんじゃの。



↓「ダイナ」については、こちら↓

「ダイナ/Dinah」YouTube



「ダイナ」はもともとは外国の曲で、
1925年にアメリカで発表された。

わしがよく聞くのは、
トランペッターにして歌手の
ルイ・アームストロングのカバーじゃ。



↓「ダイナ」(ルイ・アームストロング)については、こちら↓

「Louis Armstrong "Dinah" 1933」YouTube



「ダイナ」で忘れてならないのは、
エノケンこと榎本健一のカバー。

ディック・ミネが、

♪ダイナ 私の恋人
胸にえがくは 美(うる)わしき姿


と、愛の歌として歌っているのを、
エノケン版では、

♪ダンナ 飲ませてちょうダイナー
おごってちょうダイナー


と、酒飲みの歌に変えている。

ちなみに、訳詞を手がけたのは
詩人のサトウハチロー。

この方、こんな歌詞も書かれるんじゃの。



↓「ダイナ」(エノケン)については、こちら↓

「エノケンのダイナ 榎本健一」YouTube





以下、さらに余談。


「ダイナ」といえば、
平成ウルトラマン三部作のひとつ
『ウルトラマンダイナ』
(1997年9月から1998年8月)
も忘れちゃいけん。

この作品では、地球防衛組織
スーパーGUTSのテーマソング
「Take off!! スーパーGUTS」に
ワンダバが使われている。



↓「Take off!! スーパーGUTS」については、こちら↓

「Super guts take off」YouTube





以下、もひとつだけ余談。


「センチメンタル・ダイナ」が
レコードとして発売されたのが、
1940(昭和15)年3月。

1940年といえば、
1937(昭和12)年に起こった
日中戦争が泥沼化し、
翌1941(昭和16)年12月には
太平洋戦争が起こった。

「センチメンタル・ダイナ」
のようなレコードを出しても
ギリギリ許されたころ。

「こんな歌を発売するのはけしからん」
といわれる時代が
すぐ近くまできているのだ。





今日は、
「センチメンタル・ダイナ」
について話をさせてもろうたでがんす。



ほいじゃあ、またの。

(文中、敬称略)
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飯島真理さん、デビュー40周年

2023年10月27日 | 音楽
シンガー・ソングライターの
飯島真理さんが、今年(2023年)9月で
デビュー40周年を迎えた。

9月3日には、40周年記念公演
「The Best Is Yet To Come」を開催、
10月4日には、
「All Time Best Album」をリリースした。



↓飯島真理さんについては、こちら↓

Mari Iijima






今日は、
飯島真理さん、デビュー40周年
についての話でがんす。





飯島真理さんは
1963年5月生まれなので、
わしと同級生ということになる。

小さいころよりクラッシックを学び、
国立音大ピアノ科に進学。

1982年10月から放送された
テレビアニメ『超時空要塞マクロス』では、
中華料理屋の看板娘にしてアイドル歌手の
リン・ミンメイ役を演じ、劇中歌を歌う。



↓リン・ミンメイの歌については、こちら↓

「私の彼はパイロット PARTI」Mari Iijima YouTube




リン・ミンメイ(イラスト:美樹本 晴彦)
(『超時空要塞マクロス サウンドトラック』ビクター音楽産業 1982年)




翌1983年9月、
坂本龍一プロデュースによる
アルバム『ロゼ』でデビュー。

ビクターとワーナーで活動したのち、
1989年から活動拠点を米国に移す。


リン・ミンメイのファンだったわしは、
アルバム『ロゼ』を買い、
ファーストコンサート「noire」も
聞きに行った。

コンサートは良かったのだが、
飯島さんのやりたいことと
会社の方針が合わないようで、
その不満をMCで吐き出していた
ように感じられた。

アイドル・ミンメイのイメージでなく、
シンガー・ソングライター
飯島真理として認められたい
という気持ちが強かったのだ。

セカンドアルバムの
『ブランシュ』(1984年3月)を最後に、
飯島さんの音楽を聞くのを止めた。

わしが飯島さんに求めるものと、
飯島さんが目指すものとが
違っていたからだ。





以下、余談。


『ブランシュ』を聞いて驚いたのが、
アレンジ(編曲)ひとつで
曲の印象がこんなにも変わってしまうのか
ということじゃ。

1984年夏、劇場版
『超時空要塞マクロス
愛・おぼえていますか』が公開され、
飯島真理さん作詞・作曲の
「天使の絵の具」が
エンディングテーマとして使われた。
(編曲:清水信之)

『ブランシュ』にも
同じ曲が収録されていたが
(編曲:吉田 美奈子)、
アップテンポな清水アレンジと
スローテンポな吉田アレンジとでは、
受ける印象がまったく違う。

わしゃ、劇中で使われた
アップテンポの方が好きじゃがの。



↓「天使の絵の具」(編曲:清水信之)については、こちら↓

「天使の絵の具」Mari Iijima YouTube



↓「天使の絵の具」(編曲:吉田 美奈子)については、こちら↓

「天使の絵の具」Mari Iijima YouTube





「愛・おぼえていますか」のシングルレコードジャケット。
B面が「天使の絵の具」(編曲:清水信之)だった。






以下、さらに余談。




今年の初め、引っ越しをしたときに
発掘したのが、これ。

『ブランシュ』の予約特典でもらった、
レコードを入れる透明な袋である。
(縦:460ミリ、横:350ミリ)

コレ、正式にはなんと呼ぶんじゃろ?





今日は、
飯島真理さん、デビュー40周年
について話をさせてもろうたでがんす。



ほいじゃあ、またの。
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