ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

煮豆

2012年04月13日 | 飲食:果物・菓子

 自作豆菓子

 豆の料理というと真っ先に思い浮かぶのが「ぜんざい」、沖縄のぜんざい。子供の頃から食べているかき氷の載ったぜんざい。倭国のぜんざいは小豆が使われるが、沖縄のぜんざいに使われる豆は概ね金時豆、金時豆はインゲンマメの1品種。
 ちなみに広辞苑による金時豆の説明、「インゲンマメの栽培品種。種子は楕円形で赤紫色。甘納豆や煮豆とする。」ちなみに、インゲンマメとアズキは同属別種。

  小豆も無いわけでは無い。小学生の頃、駄菓子屋で買い食いする時の私の好物の一つでもあった甘納豆、それは小豆が使われていた。小豆は他にも餡として、餡餅や饅頭に使われている。沖縄の月見の餅、フチャギも概ね小豆。
 豆ご飯というのを、私の母は時々作った。よく覚えているのはエンドウマメ(グリーンピースだったかもしれない)のご飯。父が好きだったようである。何か祝い事があった時に、母は赤飯を作った。赤飯には小豆が入っていた。小豆は、戦前は沖縄でも盛んに栽培されていたらしいが、戦後はおそらく輸入品が多く使われていたと思われる。

 舶来の豆料理もあった。缶詰のポーク&ビーンズという奴、豚肉と大豆をトマト風味の味付けで煮たもの。これも父の好きだったもので、我が家にほぼ常備されていた缶詰の一つであった。大豆の入った料理は他に、ヒジキの炒め煮位しか思い出せない。豆腐は別、豆腐は沖縄料理に多く使われる。味噌汁、チャンプルーに無くてはならないもの。
 豆まきの日に出る大豆の炒ったもの、ビールのつまみになる炒った落花生という豆料理も子供の頃から口にしている。ピーナッツバターなんてのもある。

 そんなこんなの、たくさんある豆料理、沖縄に昔からあった豆料理だが、倭国のお節料理にある煮豆というものを、子供の頃に食った覚えが無い。倭国で売られている弁当に煮豆が入っているのをよく見るが、沖縄の弁当に煮豆が入っているのはあまり見ない。文献を見ると煮豆が無いことは無いようだが、ポピュラーでは無いのだろう。
 甘く無い煮豆はよくある。私の母は弁当の中にエダマメをよく入れていた。弁当を開いてそれを見た高校生の私は「昨夜の親父のビールのつまみの残りだな」と想像しながら、甘い豆より塩味の豆が好きだったので、喜んで食べていた。

  オジサンという歳になってからは甘い煮豆が好きになってる。餡子も好きだが、餡子は酒の肴にならない。ぜんざいを作る時に買うくらいだが、煮豆は日本酒の肴になる。正月はほぼ必ず、そうでない時でも北海道産黒豆の煮豆などを時々買っている。
 不況が長引いて、私の貧乏生活も長引いている。で、今年からは煮豆も買わずに、自分で作るようにしている。煮豆料理は2度作ったが2度とも失敗。失敗の原因は砂糖、黒砂糖を用いた、黒砂糖は煮込むと苦くなる。でも、食えないことは無いので食っている。

 煮豆
 「豆類を砂糖・醤油などで煮しめたもの」(広辞苑)
      
      
 記:2012.3.31 ガジ丸 →沖縄の飲食目次

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行


愛おしいもの、古女房

2012年04月06日 | 通信-音楽・映画

 誰も住む人のいない実家へ概ね週に1回行き、家の掃除、母の持ち物、父の持ち物などの整理をやっている。「自分たちの物は自分たちで整理してくれ」と頼んであった姉やその夫の持ち物がまったく整理されていないのに「糞ったれ!」と思いつつ、それらも整理する。母のものか、父のものか、姉のものか、義兄のものか不明のものも多くあり、姉や義兄のものは勝手に処分できないので整理できない。「糞ったれ!」と思う。
 「糞ったれ!」と思うモノの中にたくさんのビデオテープがあった。明らかに父や母のものだと思われるものは処分したが、想い出のビデオかもしれない誰かが録画したようなタイトルのテープはどう処理したらいいのか悩む。初日は悩んで終わり。
 二日目、良いことを思いついた。映画などビデオ屋から購入したテープは残して、テレビ番組など自分たちで録画したと思われるテープは処分することにした。「古いビデオテープはカビが生えていたから」と言い訳ができる。いちいち一つずつカビが生えているかどうか確認したわけでは無い。いちいち一つずつ再生してみたわけでも無い。たくさんのテープ、いちいち見ていたら時間がかかる。ただ働きなのだ、糞ったれ!

 ビデオ屋から購入したテープと思われるものはハリウッド映画がほとんどであったが、邦画も2、3あった。その中に気になる1本を見つけた。『ホタル』。
 私の大好きな高倉健が主演ということで大いに気になった。「どうする?」、「観たいなぁ」、「家にはビデオデッキもテレビも無ぇぜ」、「実家からテレビとデッキを持って行こう」、「そこまでするか?」、「高倉健だぜ!」、「そうだな」などと、しばらく自問自答して、デッキとテレビとビデオテープを持ち帰った。
 「映画は映画館で観るに限る」と常々思っている私だが、良い映画は家で観ても良い映画に変わり無かった。タバコ吸うのも忘れるくらい、最初から私は引き込まれた。

 『ホタル』は2001年の公開作品。主演女優は田中裕子、出演は他に小林稔侍、奈良岡朋子など芸達者達が脇を固めている。監督は降旗康男。降旗康男という監督を私は知らなかった。もっとも、私が知っている映画監督は5本の指で数えられるほどしかいないので、降旗さんが無名というわけでは全然無い。ネットで調べると、『鉄道員』、『あ・うん』などあり、いずれも私は観ている。監督の名前まで覚えていなかっただけだ。
  映画は夫婦の絆を描きながら、戦争の悲しみを物語る。高倉健扮する主人公は特攻隊の生き残りという設定である。死んだ者も生き残った者も悲しい悲惨な話。
 私は最初からナダ(涙)ウルウル状態。しかしそれは、特攻隊の悲惨のせいでは無い。高倉健扮する夫が田中裕子扮する女房を気遣う眼差しと、それに感謝するかのように夫を見つめるシーンでナダウルウルとなっていた。「心通ってるなぁあんたたち」と。

 こんな女房であれば結婚したいと、いやいや、こんな夫婦なら結婚したいと思った。女房も心優しく、一途で可愛いらしいのだが、夫が、高倉健がまさしくそうであろうと思われるような心の広い、心の深い人物であった。そうなのである。良い結婚生活を送るには自らが良い夫でなければならないのだ。だぜ、M(会うたんびに女房の悪口を言っている友人)よ。・・・なんて他人のことは言えない。無理だろうなぁ私も。
          

 記:2012.4.6 島乃ガジ丸