ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

宮崎アニメの魅力

2004年12月17日 | 通信-音楽・映画

 先週木曜日、ネコの糞を踏んで、土曜日の昼食後に、糞を踏んだ靴と糞まみれになった車の運転席のマットを洗った。燦燦と輝く太陽の下に干した。
 その日の夜は那覇で忘年会があった。忘年会の前に、宮崎駿監督の映画「ハウルの動く城」を観ようかと思い、新聞で上映時間を調べる。3時55分開始のがあった。映画館は那覇新都心にある、2時43分のバスに乗れば十分間に合う。途中、新都心の草木の写真でも撮りながら、柔らかな陽射しの中、のんびり散歩しながら行ける。
 アパートからバス停までは5分ほど、余裕をもって10分前に、よっこらっしょと立ち上がった。座卓の上に重ねられていた数冊の本に気が付いた。図書館から借りた本、返却期限は今日、真面目な私はバスを諦めて、本を持って図書館へ向かった。
 実は、図書館のちょっと手前に別のバス停があり、そのバスはモノレール首里駅前で停まる。バスからモノレールに乗り換えても新都心までは30分ほどで着く。映画の前に、草木の写真を撮りながらのんびり散歩する時間は十分ある。
 図書館の20mほど手前にあるバス停を過ぎ、さらに10mほど歩いたところで、バスが通り過ぎた。この路線のバスは20~30分置き、次のバスまでは待てない。本を返した後、首里駅まで歩いた。太陽が輝く中、10月並みの気温の中、汗をかいた。
 のんびり散歩する時間があるかどうか微妙であった。が、思い切って映画館近くの駅の一つ手前、古島駅で降りる。映画開始までの余裕は30分、普通に歩けば大丈夫。
 でも、その時、普通には歩けなかった。新都心には面白そうな建物が一杯あって、あれこれ眺めているうちに映画の時間が迫ってしまった。急ぎ足になり、汗をかき、遅れた。
 忘年会で飲んでいる時に雨が降った。マットと靴を干してあったのを思い出した。
 そんな、不運な日ではあったが、映画「ハウルの動く城」は楽しかった。宮崎駿監督の思想と感性はちゃんと表現されていたと思う。絵もきれいだし、音楽も良かった。が、「千と千尋」に比べると、そう大きな感動は無かった。で、今回は「ハウルの動く城」の感想では無く、2年前の「千と千尋」の感想、友人たちへ送ったメール文をそのまま。

   千と千尋とハリーポッター
 私はハリウッド映画が好きではない。ハリウッド映画の全てがそうだとは思わないが、概ねテレビドラマ「水戸黄門」と同程度に底が浅い。視聴率を稼ぐために妥協したり、あるいは姑息な方法に頼り、または大金に頼り、何かあくせくしているようにしか見えない。
 「ハリーポッター」は退屈だった。善人がいて悪人がいて、どんでん返しがあって、善人が勝つというパターンは予想通り。スクリーンを見ながら、私は「千と千尋」のことを考えていた。「千と千尋」には生命に対する優しさが溢れていた。敵対する者は抹殺しろといったブッシュ的短絡思考では、「千と千尋」の慈愛にはとうてい及ばない。

 記:2004.12.12 千と千尋とハリーポッターは2002.7.27 ガジ丸


知識と感性の飽食

2004年12月10日 | 通信-社会・生活

 先週土曜日、職場の、社員たちだけによる忘年会があった。場所は泉崎。近くにパレット久茂地がある。パレット久茂地には映画館がある。シネマパレットでは確か、「笑いの大学」をやっていたはずだ。ついでだ。忘年会の前に映画を観ようと思った。
 出掛ける前に(ウチナーンチュの多くは用意周到では無い。たいていギリギリになってあれこれ準備する。)新聞の映画の欄を見る。目的の「笑いの大学」は無かった。予定変更し、那覇私立中央図書館行くことにした。図書館には5時に着いた。忘年会は8時からなので、調べ物をする時間は2時間半ほどある。机の上に資料を3冊並べ、しばし、没頭する。いくつかある調べ物のうち、一つがやっと終わるかどうかという時に突然、館内に音楽が流れ、閉館間近を告げるアナウンスがあった。土曜日の閉館時間は6時とのこと。しょうがなく図書館を出る。
 季節外れの台風が台湾付近にあるせいで、外は強い風。そんな中をトボトボ歩く。行き先はパレット久茂地。図書館にポスターがあった。パレット久茂地のリウボウホールで、沖縄県公文書館が主催する「記録で辿る那覇の今・昔」という催し物をやっていると書かれてあった。
 図書館からパレット久茂地までは徒歩約30分。途中から雨も降る。用意していた折り畳み傘を差すが、強風に煽られ、何度も傘を逆に折り畳まれしながら30分後、到着。
 「記録で辿る那覇の今・昔」の「記録」は文献や絵、写真だけでは無く、映像もあった。ホールの前に貼り出されていたプログラムを見ると、映像は朝から十数種類を上映していたようだ。それらはいずれも、図書館で私が調べたいと思っていた内容のようであった。その他、文献も写真も私が興味を持っているもので溢れていた。が、短い時間では、十分の鑑賞はできなかった。
 出掛ける前に新聞さえ見なければ、5時にパレットへ着いて、興味深い映像を少なくとも5種類は観ることができたはずだ、図書館で得るよりもはるかに多くの情報を得ることができたはずだ・・・などと、じつは、オジサンは後悔していない。友人が面白いと勧めてくれた「笑いの大学」を観ることができなかったことについても、ちっとも後悔していない。
 知識を得る、感性を高めるということに貪欲になることは良いことかもしれないが、自分にとって必要の無い物まで食べてはいまいか。隣の人が持っているから私も持つ。今流行りだから私も観る、聴く、買うなどということになってはいまいか。ありとあらゆる情報が溢れる中で、それらの情報に翻弄されて、自分の心が望むものを忘れてはいまいか。などということを、畑仕事をやるようになってから考え、現代は知識と感性の飽食でもある、と思うようになった。
 「ナイルウッピドゥナイル」というウチナーグチがある。成るだけしか成らないといった意。化学肥料を用い、農薬を撒いたりして生産高を上げる方法もあるが、それはたぶん、大地に無理を強いていることになる。知識も感性も無理して増やしたり、鍛えたりしなくて良かろう。自身の心に無理を強いることは無かろう。知識を得る機会も感性を鍛える機会もあればあったでいいや、とのんびり構えてもいいではないか、と片手間農夫は思うのであった。
 ちなみに、土曜日の午後、もし、直接パレットへ向かっていれば、雨に濡れることも無く、傘を壊されることも無かったのだ。・・・ということについては、農夫は後悔している。

 記:2004.12.10 ガジ丸


人力時間

2004年12月03日 | 通信-社会・生活

 先週土曜日、鹿児島からきた友人Nと久高島を歩いた。久高島は知念村に属する小島。周囲約7.8km、人口200人前後。本島から5kmの距離だが、橋は無い。安座間港からフェリーと高速船が出ている。高速船での所要時間は約20分。
 いくつかの御嶽(ウタキ)以外には特に観光名所があるわけでも無い、特別きれいなビーチがあるわけでも無い、そんな久高島なので、観光地化はされていない。ダイビングショップも無い。リゾートホテルも無い。よって、沖縄の田舎の風景が十分楽しめるだろうと期待した。
 周囲が約7.8kmしかないということなので、島を一周してみようということになり、オジサン二人トボトボ歩く。車がすれ違うような大きな道(といっても幅員4~6m)はコンクリート、またはアスファルト舗装されている。島に滞在していた3時間の間に、そういった舗装道路を車が走るのを見たのは4、5台もあっただろうか、車同士がすれ違うのは一度も見なかった。
 舗装道路は、港から港のすぐ傍にあるの周辺と、島を縦断する幹線道路だけのようで、から抜け、ちょいと脇道へ入ると、そこは昔ながらの沖縄の道。私が子供の頃は那覇市内でもあちこちに見かけられたイシグー(コーラル)の道。昔ながらの沖縄の白い道だ。白い道は足の裏に優しい。「急げ!モタモタすんな!」などと人を急かさない。のんびり、ゆったり歩いていくのに適した道。歩くための道と言っていい。
 道の海岸側はフクギ、アダンらの木々が並び、もう一方は主に畑となっている。キャベツ、ニンジン、芋などが植えられてあった。景色を眺めながら、島の空気を感じながらの時間は、隣の同行者がオジサンではあっても、十分に楽しいものであった。
 久高島の白い道をのんびり歩いていて思った。人間が生きるには、それに適した速さがあるだろう。歩く速さで生きると楽な生き方ができるかもしれない。忙しいときには、せいぜい走る速さで働くが、基本的なリズムはアンダンテなのではないかと思った。
 人間がその能力の範囲内で進む時間のことをたとえば人力時間とすると、車に乗って進む時間は機械時間となる。何が違うかと言うと、人力時間で進む限りではなかなか死ぬほどの事故は起こらない。人と人が走ってぶつかったとしてもちょっと怪我するくらいだ。人力時間で進む限りでは、したがってそう深く相手を傷つけることは無い。
 人力時間の、歩く速さで進んでいると、道端でアリの数匹が歩いているのに気付くこともある。風に匂いがあることにも気付く。機械時間で進んでいるとそうはいかない。足裏に大地の温もりを感じることもなく時が過ぎていく。自然が「見て、見て」と声を掛けているのにも気付かない。機械時間は、人間の能力の限界以上で進んでいるということかもしれない。そういう日常はきっと疲れるに違いない。毎日毎日ぐったりなのだ。現代人は皆、お疲れ様なのだ。久高島の白い道を歩きながら、オジサンはそう思ったのだった。

 記:2004.12.3 ガジ丸