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ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

瓦版091 闇夜のカーニバル

2009年05月29日 | ユクレー瓦版

 マナの故郷は確か、オキナワではなく倭国だったと覚えているが、気分的にはユクレー島が彼女の故郷のようで、島にやってくると、
 「帰ってきたよー。」と言い、「何しに来た?」と問えば、
 「里帰りさあ。」と答える。彼女の実家はユクレー屋のようである。

 で、そのマナが今朝、里帰りしてきた。双子の子連れだが、ユクレー屋のカウンター係りがいないと聞いて、子守しながら、夕方からカウンターに立っている。
 「久々だね、マナのママさん。」
 「だね。何だか懐かしい感じ。それにしても目の前にあんた一人というのがね、ちょっと・・・。いると煩いけど、いないと寂しいもんだね、ケダも。」
 「うん、ケダが旅に出てもう二週間過ぎたよ。今頃どこかの空をふわふわ漂っているんだろうな。まあ、そのうちまた、ぶらっと顔を見せると思うけどね。」

 そんなこんなの近況報告をしているうちに、ガジ丸一行(ジラースー、トシさん、テツさん)がやってきた。いつもよりだいぶ速い時間だ。「早いね」と訊くと、
 「マナを遅くまで働かすわけにはいかないと、この愛妻家が言うんでな。仕事を急いで済ませてきた。」とガジ丸は言って、ジラースーを見る。ジラースーはガジ丸を睨み返しながら、マナには優しい目を向けながら、トシさん、テツさんと共に奥のテーブルへ向かった。ガジ丸もその後に続こうとしたが、マナに呼び止められた。

 「このあいださ、ユイ姉の店に行ったんだ。そしたらさ、その数日前にガジ丸もゑんも行ってたんだってね、マミナ先生から聞いたよ。」
  「あー、トリオG3のライブを覗きにな。」
 「私達もそれが目的。でさ、ガジ丸の作った『新月の宴』を聴いてさ、マジムンたちも祭りがあるんだと知ったさあ。ガジ丸みたいな猫、この世にいっぱいいるの?」
 「化け猫がいっぱいいるかどうかってか?」
 「化け猫なんて言ってないよ、私。」
 「構わんよ、化け猫で。・・・猫には限らないが、いっぱいっていうか、まあまあいるな。たまに集まってもいるぞ。集まってお祭りやってる。」
 「でも、闇夜の祭りって、何か不気味な感じ。」
 「そうでもないぜ。飲めや歌えや、食えや踊れやの楽しい祭りだ。現代は、マジムンたちにとっては生き難い世の中になっているから、祭りでは大はしゃぎだよ。」
     

 「そういえばさ、」と私が口を挟む。「あの後、ガジ丸と二人で、何人かの人間と話をしたんだ。この不況の時代は、お父さんたちも生き難い世の中みたいだったよ。」
 「おー、それそれ、その時聞いた話を唄にしたんだ。後で披露する。」とガジ丸は言って、ユクレー島運営会議に加わり、それが終わった後、ピアノを弾き、歌った。
 唄は2曲だった。どちらもユイ姉の店で聞いたオヤジ達の愚痴を歌ったもの。『ないないないばー』と『金稼げ虫』。勝ち組になれなくて開き直ったオヤジ達の歌。

 記:ゑんちゅ小僧 2009.5.29 →音楽(ないないないばー 金稼げ虫


使う脳は浮かれる

2009年05月29日 | 通信-その他・雑感

 使わない筋肉は衰える、のと同様に、使わない脳味噌も衰える。なので、逆に言えば、使っていれば衰えの進行は遅くなるということだ。父の自伝も、最初に比べると1回における書く量が増えている。昔を思い出し、書くことで脳が活性したのであろう。
 一ヶ月ほど前の『ガジ丸の島』のコラム『資源の枯渇2009.4.24』で、「唄作りは時間がかかる。やっと詩ができて、曲ができても、そのアレンジにさらに時間がかかる。正式に音楽を学んだことの無い私はリズムにも和音にも、そのアイデアが不足している。その少ない資源が今、枯渇しつつある。」と書いたが、その後、唄作りに時間をかけていたら、それに慣れてしまったのか、一ヶ月で6曲も完成した。枯渇しつつあった資源が、脳を働かすことによって、どこからか湧いてきたみたいである。

 使う脳が活性化したからといって、時間が増えたわけでは無い。1日はいつもの通り24時間しかない。仕事で9時間、炊事、食事などに2、3時間、睡眠に6、7時間、買い物にも行き、洗濯もし、週末は掃除、畑仕事、散歩もやっている。
 テレビを1、2時間は観るので、唄を作ったり、HPのための調べものをしたり、絵を描いたり、文章を書いたりできるのは1日平均して、だいたい3、4時間となる。この一ヶ月間は、その時間のほとんどを唄作りに費やした。先週末の土日を除いては。

 先々週、知人の設備会社社長のGさんから「口径決定の計算」なるものを頼まれた。とても面倒な計算みたいで、「私には難しくてね、だけど、あんたならできる。」と言う。煽てられた私は少々調子に乗って、ついつい引き受けてしまった。
  私は水道工事会社に勤めたこともアルバイトしたこともないので、水道工事に関する知識はほとんど無い。Gさんに渡されたのは100ページ以上もある管工事仕様書、関係するのはその内の3ページほどとGさんは言っていたのだが、その3ページを理解するにはその前の十数ページを読まなければならなかった。
 資料を読んで、「何でこうなるの?」をある程度理解しつつ、「口径決定の計算」の表を作るまでに述べ8時間ほど費やした。8時間も費やしたその知識はしかし、たぶん、私のこれからの人生にはほとんど役に立たないものと思われる。役に立たないことのために時間を費やすほど私は暇では無かったはず。土曜日は父のパソコン講座もあったので、この週末は記事書きと散歩はほとんどできず、畑仕事は全くできなかった。
          

  まあ、しかし、私の人生には役に立たないが、Gさんの役には立っている。人助けをしていると思えば「まっ、いいか」となる。父のパソコン講座も父の役に立っている。その功徳によって、私は死んだ後、どちらかというと天国に近いはず。フ、フ、フ。
 死んだ後、私の目の前に明るい色をした、両側を花で飾られた階段がある。いかにも天国への階段。「ヘッ、ヘッ、ヘッ、思った通りだ。」と私はほくそ笑み、階段を意気揚々と上っていく。上りきって、光り輝く扉を開くと、そこには美女がわんさか・・・。
 滅多に使わない数学脳を酷使したせいか、その近くにある妄想細胞が刺激されたのか、私の脳は今、ちょっと浮かれ気味のようである。天国ではないけれど、美女がわんさかいる中で、モテモテとなっている夢を何度も見てしまった。大丈夫か?
          

 記:2009.5.29 島乃ガジ丸