ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

発明034 時計仕掛けの俺ん家

2009年05月15日 | 博士の発明

 久々にシバイサー博士の研究所を訪ねた。新しい発明があるかどうかも気になるところだが、ケダマンまでもが島を離れるというニュースを知らせるため。
 博士は在宅で、ほぼいつものことだが、お昼寝中。ゴリコに訊くと、そろそろ起きる頃だと言うので、庭でゴリコとガジポの遊び相手をしながら博士の目覚めを待った。
 30分ほどで、博士が出てきた。昼寝の後は散歩する習慣だ。声をかける。
 「博士、散歩ですか、お供します。」
 「おー、君か、来ていたのか。」

 海岸へ向かって歩きながら、話を切り出す。
 「博士、ケダマンも旅に出るそうですよ。」
 「あー、そうか。彼も今回は長くいたからな。で、いつ?」
 「明日発つそうです。」
 「それはまた急だな。そうか、ふむ。」と博士は少し考えて、
 「そうだ、彼にピッタリのプレゼントがあるな。」
 「プレゼント?博士の発明品ですか?」
 「そうだ。何年か前に作ったものだが。」
 「どういったものですか?」
 「組立式の小屋だ。そうだ、ケダマン用に小さくしなくちゃ。」と博士は言って、ユーターンして、研究所の中へ入った。私も後に続く。

 プラスチックのような材でできた板の束を取り出して、電動ノコで短く切って、それを組み立てて、1時間ほどで小屋は出来上がった。犬小屋ほどの大きさ。
 「犬小屋みたいですね。」と見たままのことを言う。
 「見た目はそうだが、とても役に立つ機能が付いている。」
 そういえば、天井にたくさんの歯車、電池、針、ゼンマイなど、まるで時計の内部のような機械が付いている。再び、見えたままのことを訊く。
 「どんな役に立つんですか?時計みたいなものが付いてますが。」
 「その通り、これは全体が時計仕掛けとなっている。ケダマンのようなルーズな者向けの家だ。つまりだ、生活の全てをこの家の時計が管理して、住む者に規則正しい生活を強制する。その名も『時計仕掛けの俺ん家』と言う。」

 「博士、それはキューブリックの映画『時計仕掛けのオレンジ』のもじりでしょうが、そうとう古い映画ですよ。ほとんど知らないと思いますよ。」
 「何を言っている。名作だ。名作は時代が変わっても名作だ。」
 「名作であることは認めますが、それを知っている人が多いかどうかは別です。」
 「そうなのか、今は知らない者が多いのか。ふむ、洒落が理解されないというのは、私の発明品としては大きな欠陥だな。うーん、困ったものだ。」
 「それに博士、これをプレゼントされたって、『規則正しい』が大嫌いのケダマンは喜ばないでしょう。たぶん、受け取りを拒否すると思いますよ。」
 「そうなのか、うーん、そう言われればそうかもしれんな。じゃあ止めよう。」
 博士はあっさりと諦めたが、別に残念という気持ちはないようだ。おそらく、ケダマンがルーズであってもなくても博士にとってはどうでもいいことなのであろう。さらに言えば、ケダマンが旅に出るなんてこともどうでもいいと思っているに違いない。

  「博士、他に何か新しい発明品はないですか?」
 よくぞ訊いてくれたとばかりに、博士の顔が輝く。
 「あるぞ、『みかんのみかん』ってのが。」
 「それはまた何ですか?」
 「なかなか熟さないミカンのことだ。」
 「あー、未完の蜜柑ってことですか、・・・で、それが何の役に立つんですか?」
 「役に立つかどうかを問うているのではない。」
 「何を問うているのですか?」
 「面白いかどうかだ。」
 「それのどこが面白いんですか?」
 「実った果実は、普通は熟して食えるようになる。それが、このミカンはいつまでたっても食えないのだ、普通じゃない。普通じゃないってことは面白い。」
 ということであった。『時計仕掛けの俺ん家』は規則正しさを追求しているのに、『みかんのみかん』は規則を破っている。天才の考えることは、凡人には理解できない。
     

 その夜、ケダマンの送別会が行われた。といっても、ユーナもマナもマミナも勝さん、新さん、太郎さんもいないので、また、博士もゴリコも来なかったので、ガジ丸とウフオバーと私と本人の4人だけというちょっと寂しいパーティーとなった。
 途中で、ガジ丸が新曲を披露したが、ケダマンに何か関係あるのかと思って、
 「今の、ケダマンに贈る唄なのか?」と訊いた。
 「贈る唄っていうか、人間だった頃のアイツを思い出していたら出来た唄だ。」とのこと。その後、特に盛り上がるということもなく、夜は淡々と更けていった。

 語り:ケダマン 2009.5.15 →音楽(夢酔い覚まし)


叫びを静かに歌う人

2009年05月15日 | 通信-文学・美術

 私は家にインターネットを引いていないので、ガジ丸HPやブログのアップ、個人的なPCメールのやり取り、知人のブログを読むなどは、金曜日の職場でやっている。
 家にインターネットは無いが、平日(月~木)も内勤の時はインターネットを利用している。職場のパソコンから役所の、公共工事関係の資料を見たり、積算のための情報や、CAD関連の情報を見たり、取引先とのメールのやり取りをしたりする。
 社長には内緒だが、職場のインターネットを個人的なことに使うこともある。めったにないことではあるが、飲み会のお知らせなどを元同僚達にメールしたりする。それから、インターネットでニュースも時々見ている。インターネット画面を開くと、ヤフーもOCNも最新ニュースを載せているので、気になるものは記事を読んでいる。

 先週金曜日、知人のブログを覗くと、二人のブログに忌野清志郎についての記事があった。私と同世代のMさんは娘からのメールでそのことを知り、泣いたと言う。私とは二世代若いSさんもまた、思い入れの強い内容の記事であった。
 「忌野清志郎が亡くなった」というニュースはテレビでも大きく取り上げていたので私も知っていた。ところが、私は忌野清志郎について思うことがほとんどない。彼の作品で知っているものといえば最初の頃の『僕の好きな先生』くらい。
 情熱、熱く燃える、戦う、叫ぶ、などということを私は苦手としている。なので、熱い心を持って叫ぶようにして歌う忌野清志郎も苦手にしている、と思われる。

 忌野清志郎の訃報から数日後の先週木曜日、インターネットのニュースに、私にとっては忌野清志郎よりずっと関心のある記事があった。漫画家やまだ紫の死。
 今は全くと言っていいくらい読まないが、10年ほど前までは、私は漫画をよく読んでいた。買ってまで読んでいた。よって、私の部屋には数多くの漫画本がある。その中でやまだ紫の本は、いしいひさいち、大友克洋、手塚治虫、ますむらひろし、白土三平、東海林さだおに次ぐ数。さっき棚の奥にあるものも出して数えたら10冊あった。
 私は少女マンガが苦手で、大きな目にキラキラと星が輝いているのが苦手で、女流漫画家は皆そのようなものだと思っていて、作家が女性名の漫画本は、大人になるまで手に取ることもなかった。が、「大きな目にキラキラ星」では無い女流作家もいることを知ってからは、何人かの女流作家の本を買っている。やまだ紫はその内の一人。

  最初に読んだのは、たぶん20年ほど前、本のタイトルは『空におちる』。絵には空間が多く、線は細く少ない。でも、絵の表現している空気は解りやすい。文章は多い。多くて達者。漫画なのにまるで純文学のような、心にずっしりとくる読後感。「こりゃあ面白い」とファンになり、その後、彼女の本を買い求め、読んだ。
 彼女の作品には怒ったり笑ったり泣いたり、憎んだり愛したり拗ねたり、彼女の、もしくは彼女の想像する日常生活が描かれている。ギャーギャー喚いたり、ドロドロしたりの現実の生活を、彼女は冷静な目で表現する。「何という理性!」と思う。思いながら、その淡々とした表現に私は魅入られていく。ギャーギャー騒ぐな、落ち着いて話せ、と、私は熱く叫ぶ人にいつも思うのだが、彼女こそ、叫びを静かに歌う人であった。

 なお、彼女のブログに彼女の夫の記事があった。合掌。

やまだ紫(本名白取三津子)は2009年5月5日
午前4時16分、永眠しました。享年60歳でした。
4月26日未明に脳出血を起こし、病院へ搬送しましたが、
手術も虚しく、5日の早朝に亡くなりました。

やまだ紫を愛してくださった皆様、ありがとうございます。
本人は亡くなりましたが、作品は残ります。
これからも末永くご愛読いただければ、幸いです。

2009年5月6日夕
白取千夏雄(夫)
          

 記:2009.5.15 島乃ガジ丸