シバイサー博士とガジ丸がのんびりと釣りをしていた先週、その”のんびり”を邪魔するのも悪いと思って、私はほんの少し声を交わしただけですぐに引き上げた。家に帰ってから、「あっ、博士に近況を訊くのを忘れていた。」と思い出して、翌日、再び博士の研究所を訪ねた。その日も晴れて、風の涼しい気候。博士は浜辺で寝ていた。
博士の昼寝を邪魔しないよう、私もしばらく海を眺めながらのんびりするかと、寝ている博士の傍にそっと座ったら、
「ゑんちゅ君か?酒持ってる?」と背中を向けたまま博士がボソッと言う。見ると、博士の頭の傍にある四合瓶は空っぽであった。
「あっ、いえ、今日は持ってきませんでした。」
「あー、じゃあ、ちょっと済まんが、台所の戸棚にあるから取ってきてくれんか。」と言うので、私はそうした。酒を持って戻ってくると博士は起きていた。
「あっ、済みませんね。昼寝の邪魔をしたみたいですね。」
「いや、酒が無くなったので寝転がっていただけだ。ちょうど良かったよ。」
「はい、酒です。一升瓶もありましたが、銘柄もいくつかありましたが、これで良かったですか?」と『恋島酒』とラベルの付いた新しい四合瓶を渡す。
「ありがとう。ウフオバーの造った酒だ。これが一番旨い。」と言いながら博士は湯飲みに酒を注ぎ、そして、
「君の分のコップも持ってきたか?」と訊く。もちろんであった。私は黙ってコップを差し出す。それに博士が酒を注ぐ。で、何にということもなく乾杯する。そして、その酒をちびりちびり飲みながら、しばらく秋の風に吹かれる。
「博士、昨日訊くのを忘れていましたが、最近何か発明品は無いですか?」
「うーん、最近は何も思いつかんなあ。自動魚釣り機なんてのを昨日釣りしながら考えたんだが、魚の引きを感じ、竿をしならせながら釣り上げるのが釣りの楽しみだからな。それを機械が自動でやったなら、釣りをする意味が無いからな。ダメだな。」
「はあ、そりゃあそうですね。」と私は納得し、肯く。
「あー、そうだ。このあいだデンジハガマの話をしたろ。それで思い出した発明品がある。もう50年も前に作ったものだが、米と水を入れたら自動的にご飯を炊いてくれる機械だ。デージハガマという名前だ。デージというのは大事の沖縄読みで、大変な事とか大そうな事とかいう意味だ。ここでは大そうな羽釜ということになる。」
「米と水を入れたら自動的にご飯を炊くというのは電気炊飯器と同じですよね?」
「いやいや、デージハガマは直火用の羽釜だ。ある種の電磁波を発し、直火の上に浮くようになっている。焚き火の上に羽釜が浮いていると想像すりゃいい。デージハガマは火の上で、ちょうど良い火加減になるよう自動的に距離を調整するんだ。で、美味しいご飯を炊いてくれるという優れモンだ。だから、『大そうな』と名が付いている。」
「ほう、それは確かに『大そうな』ですね。キャンプの時に大いに活躍できますね。でも、50年前に作っているのに、私は今まで一度もデージハガマを見たことが無いし、その名前を聞いたこともありません。流行らなかったのですか?」
「うん、ウフオバーのために作ったんだがな。彼女は竈でご飯を炊くからな。こんなのがあったら便利だろうと思ってな。でも、何故か、使ってないようだ。」
ということで、その何故かを調べるために博士と別れた後の夕方、ユクレー屋を訪ね、ウフオバーにデージハガマのことを訊いた。
「博士のデージハガマ?・・・あー、そういえば、そういうのあったねぇ。でも、役に立たなかったさあ。竈では使いにくかったねぇ。火加減は米の種類によって違うし、炊き込みご飯やお粥を作りたいと思っても、みな同じような火加減にしようと勝手に動いて、私の言うことを聞かなかったさあ。強情な機械だったよー。」ということであった。
記:ゑんちゅ小僧 2006.9.24