春の陽気、ポカポカ天気、柔らかい風が吹いている。私は今、ウフオバーの手伝いで浜辺に来ている。春の海はのどかである。春の海はまた、美味しいでもある。
「ハマウリ(浜下り:潮干狩りのようなもの)の日はまだなんだけど、今年は暖かいからね。様子を見ながらちょっと行ってみるかねぇ。」と言うオバーに荷物持ちを頼まれたのである。この日、マナとケダマンは山に入っている。山の幸を収穫しに行ったのだ。
オバーは海へ入り、お昼までにアーサを籠いっぱい、ウニ数個とテラジャーを十数個採ってきた。オバーに言われて私は浜辺に生えているツルナを少し収穫した。
「今日はこの位でいいねぇ。来週ユーナが帰ってくるらしいから、その時にちゃんとしたハマウリをしようね。あんた、皆にそう連絡しておいてね。」
「はい、承知。今日は、マナたちは山の幸の収穫に行ってるよね。何が採れるの?」
「そうだねえ、オオタニワタリ、ワラビ、ノビル、オカヒジキなんかが採れると思うけどねえ。まあ、収穫が少なかったら庭のフーチバーやンジャナにするさあ。」
「海の幸と山の幸が今夜の酒の肴になるんだ。楽しみだね。」
などと話しながらユクレー屋に着いた。収穫したものを台所へ運び、
「オバー、何か手伝うことある?」と訊く。
「いや、ありがとう。もういいよ。後は一人で大丈夫さあ。」
「じゃあ、夕方また来るよ。肴を楽しみにね。」
ということで、夕方までの時間を潰すために、私はシバイサー博士の研究所を訪ねた。博士は珍しく働いていた。私が顔を出すと、
「おー、ちょうど良いところに来た。今、ちょうど新しい発明が完成したところだ。」と博士は言って、金属製の輪に金槌のようなものが付いているものを見せた。
「何ですか、これ?」
「味覚過敏と言う。食物の味を敏感に感じ取る機械だ。ジラースーが高血圧だって言うんでな、彼のために作った。これで塩分摂取を減らすことができる。」
「ほう、どうやって使うんですか?」
「これをこうやって頭に嵌めるだけだ。舌で感じた味を輪のセンサーが読み取って、塩分量が許容範囲を超えた場合に、この金槌が振り落とされる。塩分の取り過ぎに警告を与える、いわば愛の鞭みたいなものだ。」
「なんか、痛そうですね。」
「あー、痛いぞ。でも、愛の鞭だ。これで塩分摂取は控えられる。」と言い、博士は実験して見せた。博士の舌に濃い塩水を垂らす。すると、金槌が博士の頭を叩く。
「どうだ、優れもんだろ?」と、ちょっと涙を浮かべて博士は言った。涙が出るくらい痛いんだったら、使う人はいないだろうと私は思った。
夕方、ユクレー屋に向かう途中、ジラースーに会った。海の幸山の幸を味わう会に彼も呼ばれたのであろう。
「やー、ジラースー、元気?・・・っていうか、高血圧なんだって?」
「高血圧?俺が?・・・誰がそんなこと言ったんだ?」
「博士だよ。で、あんたのために機械作ったんだ。」
「機械?高血圧が治る機械ってことか?」
「うん、味覚過敏って名前で、食物の味を敏感に感じ取る機械だとさ。」
「あー、意味は解るな。ちょっとした塩味でもしょっぱく感じるわけだ。でも俺は、俺が高血圧なんて話、博士にしたことはないぜ。高血圧でも無いし。」
「ふーん、博士はジラースーのために、って言ってたんだけどな。」
「味覚過敏ね、・・・あっ、そういえば、知覚過敏の話はしたぞ。最近、冷たいものを食べると歯茎が沁みるという話はしたな。」
「そうか、解った。知覚過敏から博士は味覚過敏を思いついたんだ。味覚過敏から高血圧対策を発想したんだな、きっと。」
「おー、必要から発明じゃなくて、発明から必要を逆に発想したというわけだな。博士らしいじゃないか。それに、その味覚過敏、役に立ちそうじゃないか。」
「いやいや、実際に使う人はいないと思うよ。使うたびに頭に瘤ができるからな。」
「何だそれ、どういうことだ?」
「そんな機械ってこと。」
などと話をしているうちに、我々はユクレー屋に着いた。マナとケダマンはそれなりに山の幸を収穫してきており、その夜は美味い肴で大いに楽しんだ。博士の発明、味覚過敏機については、ジラースーからも私からも話題に出なかった。味覚過敏機は、世間の話題に上ること無く、忘れ去られる運命となりそうであった。
報告:ゑんちゅ小僧 2007.3.4