goo blog サービス終了のお知らせ 

ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

発明024 ホット君

2008年04月25日 | 博士の発明

 風涼しく、気温穏やか、空は晴れて良い散歩日和だ。夕方までの1、2時間ブラブラしようと、村はずれの海岸に出て、浜伝いにシバイサー博士の研究所に向かって歩く。
 ユクレー屋が近くにある浜辺まで来た時、ケダマンを見つけた。将来に不安の無い日向の猫のように砂浜に寝っ転がっていた。声をかける。
 「やー、何してるんだ?」
 「おー、ご覧の通りボケーっとしている。」
 「ボケーっとするんだったら、店で酒飲みながらの方がいいんじゃないか?」
 「まー、そりゃあそうだが、あそこは今、ちょっと熱過ぎる。」
 「何だい、熱過ぎるって?」
 「ジラースーが来てるんだよ。マナと二人で仲良く料理をしてるんだ。二人のやり取りがよ、少々熱過ぎて、居心地悪いんだよ。」 
 「そうか、二人は仲良くやってるのか。いいことじゃないか。」
 「そうかぁ?60過ぎのオジーと40前のオバサンだぜ。そのオバサンがちょっと鼻にかかった甘えた声を出したりするんだぜ。気持ち悪いったらありゃしないぜ。」
 「まあ、そう妬みなさんな。ところでさ、こんなところでゴロゴロしているくらいなら一緒にシバイサー博士のところへ行かないか?博士とちょっとユンタク(おしゃべり)して、それからユクレー屋に向かえば、ちょうど良い宵時になるんじゃないか?」
 「うーん、そうだな。・・・そうするか。」
 ということで、二人でシバイサー研究所へ向かった。

 博士は在宅であった。ゴリコとガジポも在宅であった。一人と一匹の遊び相手をケダマンに任せて、私は博士としばしユンタク。
 「もうすぐ夕暮れという時間に、君らがユクレー屋にいないなんて珍しいことじゃないのか?いつもならもう飲んでいる時間じゃないのか?」
 「まあ、そうなんですが、ケダマンによると、ユクレー屋は今熱いらしくて、居心地が悪いんだそうです。」
 「熱い?・・・何でだ?」
 「ジラースーが来ていて、マナと二人で仲良く料理をしているらしいです。その場面が熱くて、居た堪れないんだそうです。」
 「ほほう、そうか、二人は熱いか。」と博士は言って、何か思い出したようだ。
 「そうか、二人は熱いか。そりゃあケダマンも落ち着いて酒が飲めないわな。そうかそうか、ヘッ、ヘッ、ヘッ。」と博士は笑いながら席を立った。倉庫の方へ行く。そして、すぐに戻って来た。手に小さな水筒のようなものを持っている。
 「何ですか、博士、それ?」
 「うん、名前はホット君と言う。」
 「ホット君ですか、ポットの洒落ですね?」
 「君もまだまだだな。駄洒落道の奥深さを知らんとみえる。確かに、これはポットの形をしているが、ポットの駄洒落だけというわけでは無い。」

 博士によると、このホット君を熱々カップルの傍に置いておくと、その熱々波動をホット君が感じて、中の水が暖められ、熱々の度合いが大きいとお湯にまでなるとのこと。

  「それだけのことですか、博士?」
 「それだけって、電気を使わずにお湯が沸かせるんだぞ、たいした省エネだ。」
 「いや、それはそうなんですが、熱々カップルの傍で、居心地が悪くて、落ち着いて酒が飲めないケダマンのような者には何の役にも立たないような気がしますが?」
 「熱々カップルのことは無視しなさいということだ。他人のイチャイチャなんぞ気にしなさんなという意味を、これは持っている。ホットクンダ。分るか?」
 「???・・・ホットクンダ?」
 「そうだ、放っとくんだ。どうだ、カッ、カッ、カッ。」博士は得意げに笑った。

 博士の言う「駄洒落道の奥深さ」というのは、そのことかと気付いたのだが、私にはそれが奥深いものとはあまり感じられなかった。「ただのオヤジギャグじゃないの。」と思った。が、それを顔には出さず、「あーそうなんですね、はっ、はっ、はっ。」と愛想笑いをして、さっさとおいとますることにした。早くビールが飲みたくなった。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2008.4.25


発明023 ハンナギヒンナギ

2008年03月14日 | 博士の発明

 土曜日の昼間、天気も良いし、風も心地良いし、散歩がてらに先週行きそびれたシバイサー博士の研究所を訪ねた。
 ゴリコとガジポの遊び相手を一通りやって、まだ明るいのだが、時間に関係なく酒を飲んでいる博士の、その酒の相手をする。博士にとってはほとんど関心の無い事項とは思ったのだが、このところ噂の、マナの結婚話をちょっとした。

 「そういえばマナは、最近女らしくなったなあ。」と言う。
 「女らしく、男らしくなんて、最近流行らないみたいですよ。」
 「うーん、そうかぁ。はんなりとかひんなりとか、女の武器としてあった方が良かろうと思うんだがな。おっぱいが大きいとか、美人だとかいうのも武器になるが、はんなりひんなりもそれに劣らない武器になると思うがな。」
 「そうですね、私もそう思います。見た目の作りが少々不細工でも、所作の良い女は容姿もきれいに見えますからね。ところで博士、最近、何か発明はないですか?」
 「発明か、最近寒かったから、なかなか良いアイデアが浮かばないな。あっ、そういえば、はんなりひんなりといえばだ、昔、ハンナギヒンナギという機械を作ったぞ。」
 「ほう、ハンナギヒンナギですか。いったいどういう機械ですか?」
 「そうだなあ、まだ残っているかなあ。」と博士は立ち上がって、倉庫の方へ向かう。それを私は引き止めた。つまらない発明だったら、取りに行くだけ無駄だからだ。
 「博士、実物は後でいいです。話を伺ってからにしましょう。」

 博士は「あーそう。」と肯いて、座りなおした。少し気に障ったのか、ギロっと私を一瞥して、泡盛を一口飲んで、それからハンナギヒンナギの説明を始めた。
 「ハンナギヒンナギは、面倒なことになった時に、何もかもくしゃくしゃ丸めてポイっと捨てる機械だ。名前の説明は要らないな?」
 ウチナーグチの解る私に説明は要らないが、知らない人のために、ハンナギは「放り投げる」という意味。ヒンナギはそれから発生した言葉で、同じ意味。
 「その機械の前で悩みを打ち明ける。するとその機械がその悩みを吸い取って、それを文章にして、紙にプリントして、その紙をくしゃくしゃ丸めて、ポイっと捨てるわけだ。もう悩みたくない!って時に有効で、どんな悩みも一発解消となる。」
 「でも、それは、悩みを忘れただけで、悩みそのものが解決されたってわけじゃないですよね?」と、私は博士を傷付けないように遠慮がちに訊いた。
 「ふむふむ、もっともな質問だ。だがな、三十六計逃げるに如かずって言うだろ、何事もだな、もっとも有効な解決法はそのものから逃げるってことだ。悩みなんか悩んでいるだけ無駄っていう哲学的意味も含んでいる。カッ、カッ、カッ。」と博士は、発明品を説明する時はたいていそうであるように、今回も大いに得意げである。

 ここで博士は一息ついた。酒を一口飲み、鰹節を一齧りして、さらにもう一口酒を飲んでから、ハンナギヒンナギの話を続けた。
 「これにはまた、もう一つ機能がある。ハンナギカレンダーなるものを作ってくれる。例えば、仕事が辛くて、仕事から逃げたいとか、女房が煩くて、女房から逃げたいと悩んでいる人間がだ、そのハンナギカレンダーの日付を赤く塗ってしまえば、その日は仕事や女房から解放される。この世に責任を持たなくて良いというカレンダーだ。」
  「ほう、それはいいですね。そういう人は多いですからね。毎日赤く塗ってしまえば、毎日が自由の身ってことですよね。うん、それは面白いですよ。」
 「そういうことだ。それで全ての悩みから開放されるわけだ。ただしだな、あまり頻繁に赤い日を作ってしまうと、カレンダーが真っ白になる場合がある。」
 「真っ白って、どういう意味ですか?」
 「その日が来ないってことだ。つまり、この世に用無しとなるわけだ。悩みが無いってことは、すなわちそういうことだっていう哲学的意味も含んでいる。どうだい、カッ、カッ、カッ。」と、博士はさらにふんぞり返って、椅子から転げ落ちそうになった。

 博士の言う通り、ハンナギヒンナギは確かに哲学的であったが、悩みを捨てる代わりに死んでしまうんじゃあ、欲深い人間達の需要があるとはとても思えない。ハンナギヒンナギが倉庫に眠ったままであったことの理由が私には理解できた。倉庫までわざわざ取りに行かせなくて良かったと私は思いつつ、研究所を離れたのであった。
 あっ、そうそう、博士はハンナギヒンナギのコマーシャルソングも作っていて、その時歌ってくれた。『ハンナギ節』という題。これはなかなか良かった。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2008.3.7 →音楽(ハンナギ節)


発明022 ニララン節

2008年01月11日 | 博士の発明

 「ガソリンが値上がりしてるんだって。」と、突然マナが言う。
 「何の話だ、急に。・・・あっ、そうか、オートバイの話か。」(ケダ)
 「そう、昨日、ジラースーに持ってきてもらったんだけどね、ガソリン。」
 「ふーん、石油の生産が不足してるのかなあ。」(私)
 「埋蔵量はまだ十分あると思うんだがな。」(ケダ)
 「十分って、あと何百年も持つってこと。」
 「さあ、よく分らんが、それほどは無いと思うぜ。今のように湯水のごとく使っていたら、百年も持たないと思うぜ。人間もマジムン暦に従えばいいんだ。」(ケダ)
 「マジムン暦に従うって、どういうこと?」

 マジムン暦についてはケダマンが週刊ケダマンで、マジムンたちが多く住む異次元の世界の暦では13月まであるという話をしている。その補足を少し。
 その世界の暦は私達マジムンには馴染み深いもので、人間が使う太陽暦や太陰暦より合理的であると私は思う。人間が使う別の暦、二十四節季に近い。冬至の10日後を1月1日としているが、それは人間の暦に多少合わせたもの。それから28日を1ヵ月として、春分が3月26日頃、夏至が7月5日頃、秋分が10月14日頃、冬至が13月20日頃となる。春分、夏至、秋分、冬至は太陽を観察すればその日が正確に分る。太陽の出ている時間が長いか短いかは多くのマジムンにとって生活のリズムを形成するのに大きく影響する。よって、13月まであるその暦はマジムンにとって便利なのである。
 マジムン暦に従うってことは、太陽の運行に合わせて生きるってことで、まあ、早い話が明るいうちは起きて働いて、暗くなったら寝るということになる。

 というようなことをマナに説明していたら、マナの隣で、椅子に腰掛け、それまで黙って我々の話を聞いていたウフオバーが口を開いた。
 「人間もね、本当は日の出と共に起きて、暗くなったら寝るというのが自然かもしれないねぇ。それが自然の摂理に合っているかもしれないねぇ。」と言う。
 「そうすると、電気をあまり使わないで済むね。資源の節約だね。」とマナが納得顔で応える。ちょうどその時、ドアが開いてシバイサー博士が入ってきた。外はもう暗くなりかけている。週末のこんな時間に博士がユクレー屋にやってくるのは珍しい。

 博士はのそのそとカウンターに近付きながら、
 「おー、マナ、資源の節約って全くピッタシカンカンのセリフだ。」と言って、ビールを注文し、ドカッと椅子に腰掛けて、オバーに声をかける。
 「オバー、良いもん発明したぞ。資源の節約になる発明だ。」と言って、博士は懐から黒い塊を出した。何か鰹節に似ている。
 「何か、鰹節みたいですが、何なんですかそれ?」(私)
 「うん、おっしゃる通り鰹節である。が、ただの鰹節では無い。」
 「いくらぐらいするんだ?」(ケダ)
 「そういう意味のただでは無い。タダモノじゃないってことだ。これは、削らなくて済む鰹節だ。このままお湯の中に入れて、少し経てば出汁が取れるっていう鰹節だ。」
 「そのまま煮るって、そしたら鰹節が煮えて、後、使えなくなるじゃない。」(マナ)
  「これは特殊な合成樹脂で出来ていて、煮ても煮えない。だから、ニララン節というんだ。内部に鰹節のエキスがたっぷり含まれていて、煮るとそのエキスが染み出てくる。ボタンが3つ、お吸い物、味噌汁、煮物とあって、それらに合った出汁が出ると自動的にエキスを出すのを止める。どうだ、優れモンだろ?カッ、カッ、カッ。」と博士は、発明品を発表する時はたいていそうなのだが、胸を張って高笑いした。
 「歌も作ったぞ。」と、さらに続ける。「前に作った『ねたらん節』が好評で、その2番の歌詞も同時に作ったもんだから、『ニララン節』の歌詞とごちゃ混ぜになって、どれが何やら訳が分らなくなってしまったがな、どっちも傑作だ。」

 『ねたらん節』がどこで好評だったのか、2番の歌詞を誰が要望したのか、それが傑作なのかどうか、などについて疑問は大いにあったのだが、
 「博士、それは確かに良い発明ですね。」と私は、一先ず褒めておいた。が、ウフオバーに反応が無い。カウンターの中の椅子に腰掛けたままニコニコ笑っているだけだ。今回の発明品にもまた、何か欠陥があるのかもと私は直感した。すると、マナが、
 「それってさあ、本物の鰹節から鰹エキスを取るんでしょ?だったら資源の節約にはならないじゃない。普通の市販のカツオ出汁パックと同じじゃない。それにさあ、その大きさだと保存が面倒だしさ、何度も使うのは不衛生だしさ、パックの方がずっといいよ。」と言う。ウフオバーが大きく肯いた。博士の顔から笑いが消えた。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2008.1.11
 →音楽(改訂ねたらん節 ニララン節


発明021 ニーブタワタブタ

2007年11月16日 | 博士の発明

 マナが恋をして、振られて、旅に出て、マミナ先生がユクレー屋の手伝いをして、マナが帰ってきて、モク魔王が久々に顔を見せて、グーダもやってきて、などなど、このところいろいろあってすっかりご無沙汰していたが、先日、久しぶりにシバイサー博士の研究所を訪ねた。ドアをノックすると、「はーいっ」とゴリコの声がして、ドアが開いた。ワンワンワンとガジポも歓迎してくれる。ゴリコとガジポとも久々であった。
 「やあ、ゴリコちゃん、久しぶりだね。元気そうだね。」
 「ハイサイおじさん。ちゃー元気さあ。」
 「何だいそれ、博士に教えてもらったの?ウチナーグチ。」
 「うん、ハイサイおじさん、ハイサイおじさんって歌、教えてもらった。面白い歌、もっとあるよ。」
 「へぇー、そうなの。歌ってみて。」
 「うん、いいよ。せーの、ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブ、もいっちょ、ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブ、だってさ。ね、可笑しいでしょ?でも、博士のことじゃないよ、チビでハゲデブって。」
 「だよね、博士はデブでハゲだけど、チビではないからね。」元々明るい性格のゴリコだが、博士との生活も楽しくやっているようだ。
 「ところでさ、博士はいるの?」
 「うん、いるよ。中だよ。」と言って、ゴリコは私を案内するように先になった。

 博士はたいていそうであるように、作業場兼休憩所にいた。いつものように昼間から飲んでいるようで、作業台の上には酒瓶と湯飲みが置かれてある。そしてまた、多くの場合そうであるように、博士は寝ていた。私は、そっとしておこうと思ったのだが、ゴリコが博士に飛びついて、耳元で大声を出した。
 「はーかせっ!お客さんだよーーー。」
 「うへー、へっ、へっ、へっ、ハイハイハイ、なんだ、なんだ、なんだ。」と寝ぼけた声を出しながら、博士は目を覚ました。
 「やあ、博士、お早うございます。といっても、もう昼過ぎですが。」
 「あー、はい、あー、君か。うん、お早う。」と博士は言って、「はあー」と伸びをして、それから湯飲みに手を伸ばし、まだ半分ほど残っていた酒をゴクリと飲み込んだ。
 「ふー、はいっ、目が覚めたぞ。」
 「博士、久しぶりです。」
 「おー、ゑんちゅ君、まあ、座りなさい。」
 「はい、どうも。で、早速ですが、最近、何か発明はありますか?」
 「ある、ある、ある。」と横からゴリコが口を挟んだ。「ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブがあるよ。そこ。」と言って、部屋の隅を指差す。見ると、そこには高さ1mほどの太った豚が座っていた。
 「何ですか、それ?」
  「うん、ニーブタワタブタという名前のロボットだ。シェイプアップのための間接的な機械だ。人がこれの前に立つと、その人の体の状態を分析し、ロボット自身が体を変化させ、その人の将来の姿を見せてくれる。怠けていると、そのロボットも太っていく。吹き出物もできる。自分がいかに太っているか、美容健康に悪いことをしているかを客観的に見ることのできる機械だ。シェイプアップしなくちゃ、と思うわけだ。」
 「ここにあるということは、博士自身のために作ったんですか?」
 「いや、私は太ろうが痩せようが、健康には何の関係も無い。世の中の痩せたいと思っている多くの人に売れるんじゃないかと思ったのだ。で、先ずはと、マミナの所へ持っていったんだ。ところが、『私には無用』と断られたよ。」
 「ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブって歌さあ、この豚さんのテーマソングなんだよ。」とゴリコが楽しそうに歌う。
 「ニーブタは吹き出物、ワタブタは腹の出ていること、ニリルは飽きる、ウジルはうんざりする、ワジルは怒る、ダリルはだれるって、みんなウチナーグチですね。」
 「あー、ニーブタワタブタって言葉が先に浮かんでな、それで、こんなもん作ってみたんだ。自分の醜い将来の姿を見て、うんざりしたり、腹が立ったりするだろう。ということでニリル、ウジル、ワジル、ダリルって歌も思いついたんだがな、『自分の醜い将来の姿なんて誰も見たくないよ。売れないよ。』とマミナにキッパリ言われたな。」
 そりゃあまあ、確かに、マミナ先生の言う通りだと、私も思った。というわけで今回もまた、博士の発明は失敗作となったが、博士はさほど気にしている様子では無かった。その日はゴリコの遊び相手をしつつ、夕方まで博士の酒に付き合った。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2007.11.9


発明020 アリンクリン

2007年09月21日 | 博士の発明

 マナが帰ってきた。約一ヶ月ぶりのことである。マナは元気だった。心のモヤモヤは消えたみたいで、晴れ晴れとした表情をしていた。
 「帰ってきたばかりで疲れてるでしょ、今日は休んでていいよ。客としてそこに座ってなさい。」と優しく言うマミナ先生に、
 「大丈夫だよ、ゆったり、のんびりした旅だったからね、疲れはほとんど無いの。リフレッシュしてさ、すっごい元気なんだよ。」と答え、カウンターに入った。

 ユクレー屋は、昼間は雑貨屋兼喫茶店であり、夕方から飲み屋となる。ケダマンはほぼ毎日、私は週末のみ、飲み屋開店のだいたい1時間前から店に入り、開店前の準備を手伝っている。主に掃除、テーブルのセッティングなどをやっている。マナがやってきたのは我々が掃除をしている最中のことであった。
 我々が掃除をし、テーブルのセッティングをしている間、オバーとマミナとマナは三人で料理とカウンター内の準備をしている。二人でできることを三人でやっているのだ。ずいぶんと余裕があるようで、ずっとユンタク(おしゃべり)している。
 三人のユンタクのほとんどは私の耳にも届く。私に聞こえた限りでは、その内容の多くは、一ヶ月もの間マナがどこで何をしていたかということのようであった。
 それによると、マナの一ヶ月はそのほとんどを、ガジ丸に紹介してもらったユイ姉のところに厄介になっていた。ユイ姉はナハの街で小さな飲み屋をやっており、そこで働かせて貰い、また、ユイ姉のアパートに寝泊りしていたとのこと。

 開店前の準備が終わる。オバーが暖簾をかけ、外の灯がついて、ケダマンと私はカウンター席につく。さっそくビールを頼み、労働後の旨い一杯を腹に入れ、一息ついた後に、カウンターの向こう、目の前に立っているマナに尋ねた。
 「ユイ姉の店にいたんだってね。どんな店?マナは何していたの?」
 「ユクレー屋よりはずっと洒落た感じの飲み屋さんだよ。ジャズバーっていうのかな、ああいうの。小さい店なんだけどね。そうだなあ、ここの三分の一くらいかなあ。ピアノが置いてあって、静かに時間を楽しむ大人の雰囲気の店って感じ。」
 「そのピアノを弾くのがお前の仕事だったのか?」(ケダ)
 「まさか、いや、1回弾いたんだけどさあ、『あんた、下手ねぇ。2、3年はみっちり練習しないと、ここでは演奏できないよ。』ってユイ姉に言われたさあ。私の仕事は料理やお酒を運ぶウェイトレスよ。それから、あんたたちと同じ、掃除よ。」
 「それじゃあ、そこのピアノもここと同じで、ただの飾りなの?」(私)
 「ううん、そこはちゃんとした弾き語りの店だよ。ユイ姉の他にもう一人、若い女の人が一緒に働いていてね、その若い人が時々ジャズを弾いてるの。ユイ姉もジャズをたまに弾くけど、彼女の場合はポップスとか古い歌謡曲の方が多かったな。」とマナは言って、それから何かを思い出したように、ウフオバーに声をかけた。

 「オバー、そういえばさあ、ユイ姉の店って、他の店に比べたらきれいなんだと思うんだけどさあ、ユクレー屋は段違いにきれいだよね。台所なんて不思議なくらいきれいだよね。何か特別な洗剤とか掃除道具を使ってるの?」と訊く。
 「そういわれたらそうだねぇ、私の家の台所も毎日掃除しているんだけど、こんなにきれいって感じはしないねぇ。なんでかねぇ。」とマミナもオバーの顔を見る。
 「あんたたちも使っているから分ると思うけど、道具も洗剤も普通さあ。」とオバーは答える。そう言う通り、確かに台所にある食器洗剤や換気扇用の洗剤は、日本の有名なメーカーである葉王の商品である。スポンジも雑巾も普通のもの。
 「あ、でもねぇ、一つだけ他ではあまり見かけない洗剤があるよー。ゑんちゅとケダマンが使っていた床掃除用の洗剤は他所には無いかもねぇ。」(オバー)
  「おー、それってあれか?」と、さっきまで我々が使っていた洗剤の容器を、ケダマンが掃除道具用の倉庫から取ってきた。その容器にはアリンクリンと書いてある。アリンクリン、そういえば今まで気にも留めなかったが、あまり聞かない名前である。
 「うん、それ。シバイサー博士の発明した洗剤さあ。」(オバー)
 「えっ、それは知らなかった。・・・うん、そうか博士の発明か、さすが博士、優れた洗剤を発明してたんだ。」と私が興奮気味に言うと、オバーは首を振って、
 「何でも洗えるからアリンクリンっていうんだけどね、確かに何にでも使えることは使えるんだけどね、まあ、その意味では優れているかも知れないけどさあ、食器洗いや換気扇洗いなんかは、それ専用の洗剤の方がずっと勝っているさあ。アリンクリン(あれもこれも)って駄洒落だけの発明品だと私は思うさあ。」とのこと。
 「ひつこい汚れにアリンクリン」と得意げに歌う博士に、「役に立っていない」とは言えないので、今は床掃除専用として使っているとのこと。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2007.9.21