(原題:50/50)
----「50/50」ってどういう意味?
「文字どおり“フィフティ・フィフティ”。
可能性は半々ってこと。
じゃあ、簡単にストーリーを…。
アダム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、酒もたばこもやらない普通の青年。
なのに、ある日、ガンを宣告されてしまう。
5年後の生存確率は50%。
映画は、以降、彼とその周囲の人々との関係を描いていく」
----ニャんだか、最近どこかで聞いたような話だニャあ。
あっ、そうだ。
『私だけのハッピー・エンディング』だ。
似たような映画が続いているよね。
確か、『ラブ&ドラッグ』も不治の病の話だったし…。
「そうだね。
でも、個人的にはこの映画がいちばん。
ただ、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが
自ら髪にバリカンを入れているビジュアルはどうかと思うけどね。
この映画のテイストを読めなくさせてしまっている」
----あれはどういうシーン?
「ガンの治療が始まると
副作用で髪が抜けていくことが多いのは
フォーンも知っているよね。
そうなるんだったらいっそ…
ということでアダムは自らスキンヘッドに。
それを後ろで“え~っ。ほんとうにやっちゃうの?”という顔で見つめているのは、
同じ職場の同僚で親友のカイル。
演じるセス・ローゲンは、本作の製作も兼ねている」
----ユニークな顔合わせだね。
「うん。この映画の魅力の一つは、
そのキャスティングにある。
カイルは、友人アダムの身に起こった突然のできごとに
どう、接していいのか分からない。
もとより、女とヤルことしか頭にない彼は、
その姿勢(?)を崩さず、病気をネタにナンパ(汗)」
----そりゃ、また大胆な…。
「まあ、これも彼なりの思いやりってワケだね。
日常の生活を崩さず、病気を笑い飛ばす…。
そんな中、カイルは元より自分と犬猿の仲だったアダムの恋人(ブライス・ダラス・ハワード)が浮気に走る現場を目撃。、
アダムに彼女と別れるように進言する。
このエピソードは、なかなかオモシロかったね」
----へぇ~っ。じゃあ、アナ・ケンドリックの役は?
「彼女が演じるのは新米セラピストのキャサリン。
『』でも、固さの取れない新入社員を
演技とは思えない自然さで演じていたけど、
ここの役柄も、ある意味、その延長線上。
相手の気持ちを落ち着かせようと、
マニュアルどおりアダムの体に手をおいては、
逆に嫌がられてしまうなど、
天然な笑いを振りまいてくれる。
あっ、アダムの母親役にベテラン、アンジェリカ・ヒューストンというのも見逃せない。
いつもはミステリアスなイメージが強い彼女だけど、
ここでは彼女のトレードマークでもある長い黒髪をバッサリ切ってシルバーのショートに。
ごく普通に、日常の中の人を演じている」
----ニャるほど。
キャスティングだけでも映画はオモシロくニャるんだね。
「うん。
でも、ぼくがこの映画が好きな理由はそれだけじゃない。
いちばんの決め手は、その流れるような語り口。
恋人の浮気発覚、仲間の死と葬儀、手術を前に気づく親友の真意…。
これら、物語が次の段階へと移る重要なシーンの後は、
時間の経過をロングに引いた映像だけで見せ、一切の会話を排してしまう。
その代わりに用いられるのは音楽。
主人公の気持ちを作り手が声高に言うのではなく、
観る側の心に委ねていく…。
ムーディに流れすぎているという批判もあるかもしれないけど、
こういう手合いの演出、ぼくはたまらなく好きだな」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「あのビジュアルからは、どんな映画か、想像がつかなかったのニャ」
※ほんとうに観てよかったと言える映画だ度
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こちらは噂のtwitter。
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----「50/50」ってどういう意味?
「文字どおり“フィフティ・フィフティ”。
可能性は半々ってこと。
じゃあ、簡単にストーリーを…。
アダム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、酒もたばこもやらない普通の青年。
なのに、ある日、ガンを宣告されてしまう。
5年後の生存確率は50%。
映画は、以降、彼とその周囲の人々との関係を描いていく」
----ニャんだか、最近どこかで聞いたような話だニャあ。
あっ、そうだ。
『私だけのハッピー・エンディング』だ。
似たような映画が続いているよね。
確か、『ラブ&ドラッグ』も不治の病の話だったし…。
「そうだね。
でも、個人的にはこの映画がいちばん。
ただ、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが
自ら髪にバリカンを入れているビジュアルはどうかと思うけどね。
この映画のテイストを読めなくさせてしまっている」
----あれはどういうシーン?
「ガンの治療が始まると
副作用で髪が抜けていくことが多いのは
フォーンも知っているよね。
そうなるんだったらいっそ…
ということでアダムは自らスキンヘッドに。
それを後ろで“え~っ。ほんとうにやっちゃうの?”という顔で見つめているのは、
同じ職場の同僚で親友のカイル。
演じるセス・ローゲンは、本作の製作も兼ねている」
----ユニークな顔合わせだね。
「うん。この映画の魅力の一つは、
そのキャスティングにある。
カイルは、友人アダムの身に起こった突然のできごとに
どう、接していいのか分からない。
もとより、女とヤルことしか頭にない彼は、
その姿勢(?)を崩さず、病気をネタにナンパ(汗)」
----そりゃ、また大胆な…。
「まあ、これも彼なりの思いやりってワケだね。
日常の生活を崩さず、病気を笑い飛ばす…。
そんな中、カイルは元より自分と犬猿の仲だったアダムの恋人(ブライス・ダラス・ハワード)が浮気に走る現場を目撃。、
アダムに彼女と別れるように進言する。
このエピソードは、なかなかオモシロかったね」
----へぇ~っ。じゃあ、アナ・ケンドリックの役は?
「彼女が演じるのは新米セラピストのキャサリン。
『』でも、固さの取れない新入社員を
演技とは思えない自然さで演じていたけど、
ここの役柄も、ある意味、その延長線上。
相手の気持ちを落ち着かせようと、
マニュアルどおりアダムの体に手をおいては、
逆に嫌がられてしまうなど、
天然な笑いを振りまいてくれる。
あっ、アダムの母親役にベテラン、アンジェリカ・ヒューストンというのも見逃せない。
いつもはミステリアスなイメージが強い彼女だけど、
ここでは彼女のトレードマークでもある長い黒髪をバッサリ切ってシルバーのショートに。
ごく普通に、日常の中の人を演じている」
----ニャるほど。
キャスティングだけでも映画はオモシロくニャるんだね。
「うん。
でも、ぼくがこの映画が好きな理由はそれだけじゃない。
いちばんの決め手は、その流れるような語り口。
恋人の浮気発覚、仲間の死と葬儀、手術を前に気づく親友の真意…。
これら、物語が次の段階へと移る重要なシーンの後は、
時間の経過をロングに引いた映像だけで見せ、一切の会話を排してしまう。
その代わりに用いられるのは音楽。
主人公の気持ちを作り手が声高に言うのではなく、
観る側の心に委ねていく…。
ムーディに流れすぎているという批判もあるかもしれないけど、
こういう手合いの演出、ぼくはたまらなく好きだな」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「あのビジュアルからは、どんな映画か、想像がつかなかったのニャ」
※ほんとうに観てよかったと言える映画だ度
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