ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

泉大津市最西端2

2020年06月20日 20時51分45秒 | ウォーキング

奥にあるフェニックスに向けて、
トラックがごうごう行き交う道路の横に、
深い緑の緑道が続いています。



左へ曲がれば火葬場のある
「汐見埠頭東」の交差点に到着です。
ゲートがあるのは気象状況なんかで
閉められるのかなあ。



その交差点もまっすぐ突き抜けて
進んでいきますが、
途中距離を稼ぐこともあって
北側の海沿いなんかにも寄っていきます。



このあたりはねえ、釣り人の天国ですね。
昔聞いた時にはタコが釣れる
なんて話もあったので、
何回か行きましたが坊主でしたねえ。



釣り人たちはもうアウトドア風のいでたちで、
ソファに座ったりしながら
家族で遊んでいます。
なんと水着のおネイサンも。

見てたら、アジっぽい魚が釣れているようでした。
そんな湾岸も、出入りはややこしく
数か所しかない道路から
入っていくことになっているので、
結構ウロウロしました。
よしよし距離が稼げるな。

また自動車道の方に戻って
海の先の方を目指します。



以前この辺りの三角点を取材したなあ
と思ったら、ちゃんとありましたよ。
そういえば奥の汐見公園の
あたりにもありましたねえ。





緑の濃い緑道を進んでいくと、
ようやくその汐見公園に到着です。
そういえば昔ここのグランドで
子供会のソフトボール大会が
ありましたねえ。
そんな行事に参加するので、
日曜日なんかは時間が
削られることが多くて、
マラソン練習に差し支えていました。
なのでこんな距離での
ソフトボールなんかは荷物を
車の人に預けて、早めに家を出て
走ってきたこともありましたね。

まあそんな団体の中では
変人扱いぽいですねえ。

さあではそんな汐見公園の中に
入ってゆきましょう。



ここが三角点ですね。
四等三角点ですが、
きれいに整備されています。

え~っと、もしかしたら建設省で
三角点の清掃業務なんてのがあって、
元気な年寄りに委託とか
していないですかねえ。
内容的にはなんかひかれるのですがねえ。
今日は一等三角点の清掃だあ、
ウシッ!みたいにね。

今日のコースはここから左折して、
大津川の先端方向を目指しますよ。
こんなところに人いるのかなあ
と思いましたが、いやあ結構な人がいます。
ベンチに座っている人、
芝生にシート広げて寝ている人、
カメラを持ってウロウロしている人
なんかがいましたよ。



海の北の方を向いて、
双眼鏡で眺めている人がいます。
で、そちらを見てみると、
どうも白バイ隊員たちの
練習場のようです。

あの密着警察24時なんかに
出てくる鬼の白バイ隊員
みたいな人を要請しているようですねえ。

その先に大阪湾が見え、
さらに遠くに六甲の山並みが
見えています。

ああ、なんかボーっとするなら
いい場所かもしれませんね。
doironには似合いませんけどね。



そしてついに到着しました。
本日の最遠方地点です。
また我が市の最西端です。
向こうに見える堤防のあたりが、
大津川の先端ですねえ。

忠岡の新浜緑地の東端ですね。

ではここから大津川を
さかのぼって帰っていきましょう。
この汐見緑地の先端には、
ラピュタのロボットの頭みたいな
建造物があるのですが、
結構緑に覆われてきています。



また整備してほしいなあ
とか思いながら、ずっと川を
さかのぼっていきますと、



太平の湯あたりに出てきます。

ああ、ここでふろに入って
ビール飲んだらうまいやろなあ
とか思うのですが、
この時期はあいてないのかなあ。

どんどん川をさかのぼり、
板原のあたりから帰宅していく
doironなのでした。

この日歩いたのは、20332歩で
距離は16.8キロ。

地図にプロットするとこんな感じです。



よしよしなかなかいい地図に
なってきました。

さあ次はどこかなあ。
地図を見てたら堺の平井大橋の方かなあ。
でも足の不調もこの辺んで
ちゃんと直さないと長引くぞ、
なんて思ってしまいます。

少し休養してしっかり治すかあ
などと考えているdoironなのでした。

 


泉大津市最西端1

2020年06月19日 20時48分00秒 | ウォーキング

家から往復を歩いて、
行った場所を地図に落としてきました。
これは光明池に行った時の
地図です。



まあこの地図の場所くらいが
往復17kmくらいの場所で、
ウロウロあちこちを
回っていくとたまに
23キロくらいになったりもする
地点を表していることになります。

なのでこれを見ながら
歩き先を考えるのですが、
西の方となるとどうしても
海があるので、十分な距離を
とることができないという感じになります。

でもなあ何とかこの地図を
見た目いいものにするためにも
西側にプロットを残して
おきたいんですよねえ。

そうなると出来るだけ遠い地点を選んで、
そこまで行ってみようと考えたのだ。

今回計画したのは、我が市の最西端で
大津川が大阪湾にそそぐ所
ということになる。

そう汐見公園の西の端ということだ。

まあ海岸線をウロウロしながら
歩けば距離も稼げるだろう。
では出発しましょう。

まず家を出て、一年くらい前から
広くなったこの交差点を越えていきます。



こういう道の変更はよく事故を起こすねえ。
一年間、何回もここに
救急車が来ているのをみたなあ。

その交差点の所には、
地域のサッカーファンに
人気のショップがあります。



年に一度くらいの売り出しの時には
車があふれるようにやってくるんだよね。

そこからさらに海向いて行くと、
ここがタコの滑り台で
有名な古池公園だ。



グランドもあり、その周りには
桜がびっしり植わっているところ。
みんなの散歩コースにも
なっているねえ。

ちょっと前に少し整備された
みたいやけど、公園の案内板が
お金をかけているわりには、
地図にタコの滑り台を
書き込んでいないのは、
なんか愛想ない。
上にはタコが書かれているけど、
何かねえと思うのですよ。
地元じゃ古池公園といっても
わからない人が多く、
タコ公園といって
はじめてわかるという状態なのだ。
公園整備のK担当課長、
そう思いませんか。



コースはこの公園を左折し、
南に向かって進んでいきます。



今度は、市立病院の所という感じですね。
遠く年月をさかのぼれば、
doironが生まれた病院でもあります。



この病院の裏庭には藤棚があるのですが、
どうでしょう。
あ、咲いているようですねえ。



季節的にはちょうど
そんな感じですねえ。
まあ今年はあまり病院に
藤でも見にいってて感じでは
ないかもしれませんね。

そのあたりから駅の方を目指します。





いろんな飲み屋さんもありますが、
どんな感じなんでしょうか。



そういえば長いことジョッキの
生ビールを飲んでませんねえ。
早く「忘年会」ならぬ「忘コロナ会」を
したいものです。

駅前から大津神社の方を
通ってゆきます。



ここの神主とも知り合いに
なりましたねえ。
一緒に交通安全の取り組みをしています。
社務所を見てもこの日は姿はありませんでした。

そこから商店街の方を
通ってゆきます。



あ、ここの八百屋さんでは昔、
フキノトウを買ったことがありますねえ。



で、なんと買うときに
これってどうやって調理するの?
って店の人に聞かれました。

「てんぷらやで」というと、
そうなんやあと言ってましたね。
まさかね八百屋さんに
そんな質問を受けるとは
思ってもみなかったです。

そこから「港」の交差点に出て、
臨海道路沿いの歩道を歩いてゆきます。



ゴルフの打ちっぱなしが
見えてきましたねえ。



よくここには行きました。
やっぱりゴルフは大勢の人は
予想したとおりに、doiron
趣味にまでは至りませんでした。

そのゴルフ場の先が
「汐見町」の交差点です。

上には湾岸道路が通っており、
沖にはフェニックスの
埋め立て地がある交差点です。

この交差点のところから
海の方へと向かっていくのですが、
この時初めて気が付きました。



ここには「汐見緑道」という
歩道が続いているのですね。

続く

 


信太山を越えていけ2

2020年06月18日 21時03分26秒 | ウォーキング

この左手奥あたりが
信太山丘陵の山頂やなあとか思いつつ、
歩いてゆきます。



子どもの時の記憶では
丘のような山頂で、石段を上がり
山頂近くに大きな木が
あったような記憶があるのですが、
間違ってるかなあ。

もう50年以上前ですからねえ。
自衛隊で山を閉鎖してしまうのは
もったいないなあって感じですが、
あんなに植物豊富な山を
これだと荒らされないよなあと思うと、
そちらは大歓迎。
複雑な気持ちですねえ。

1キロちょいある原野の
歩道のない道を進んでいきます。



昔はこの辺に焼き肉屋とかも
あったのになあと思っていたのですが
もう今はないようです。

また自衛隊の車の教習所とかもあったのに、
今は使われていませんねえ。
あ、ここに原野の入り口がありますよ。
入り口名が「乙女西門」とか
つけられていますよ。



そんな町名もないのにねえ。
なんでこんな名前なんですか
と聞いても「軍事機密です」とかいって
教えてもらえないんやろねえ。

その先でやっと信号のある
「伏屋町南」の交差点に到着です。



光明池にはこれを左折していきます。
和田福泉線に出たら右折です。
その先に今回確認しておきたい
地蔵がひとつありました。



いつもそこにあるのは
知っていたのですが、
反対向きなので車からだと
確認できなかったんです。



実際歩いていってみると、
まあなにか案内があるような、
そんな地蔵ではなかったので
ちょっとガックシです。

でもまあちゃんとお祈りして
伏屋の村中に入ってゆきました。



このあたりは古い家が続きます。



そして光明池の運転免許試験場迄行けば、
もう光明池の駅はすぐそばです。





今回は駅の見えるこのあたりから
帰ることにしましょう。



帰りは泉北高速に沿って歩き、
和田福泉線に出たら、
来る時に通ってきた信太山原野の
道を避けて、和泉市の坂本の方に
下っていくことにしましょう。

左に杉谷の乗馬クラブを
見て歩いて行きます。



とちゅうでコンビニがあるので
お茶の補給をしました。
そうして歩いていると、
かばんに引っ掛けてあった
タオルを落としたようです。



横を歩いていた男子高校生と母親が
「落としたよ」といってくれました。

高校生が走ってひらい
もってきてくれました。

「ありがとう」というと、

「あ、ナマケモノのマスクやあ」
といって喜んでいます。

そうこの日つけていたマスクは
こんなやつです。



お母さんと二人で「いいマスクやねえ」
と愛想よく挨拶をいただきました。

ああ、コロナのおかげで
こんなふれあいがあったりもするのですねえ。

礼儀正しい高校生と
お母さんの爽やかな二人連れでした。
ありがとうねえ。

向こうの方にみえる丘の上が、
往路で通った歩道のない自動車道です。
その下あたりに道があるような
ないような感じですねえ。

こんどはもう少しあの辺の道を
研究してからくることにしましょう。



郷荘神社に立ち寄って、



芦部の方への村中の道を
海方向へと向かって行きます。

doironの家当たりの田んぼの水は、
光明池から流れてくるのですが、
どうもこの辺りを通って
いるんじゃないかと思っています。

芦部のところで、ようやく
黒鳥の方に出てゆきます。



まあもうここまで来たら
あと少しですね。
黒鳥山公園の駐車場のところから、
信太山自衛隊のところに出てゆき、
歩いて行きます。



ちょうど、自衛隊の隊員たちが
ランニングの訓練をしている
ところでしたねえ。

トライアスロンでもここには
強い隊員たちがいましたねえ。

しっかりトレーニングしているんやねえ。



自衛隊の正面入り口まで来たら
あと約1.5キロで帰宅となります。

この日歩いたのは22371歩で
17.2km。
まあまあですね。
ずっと歩けなかった信太山の道も
クリアしたし、上出来です。

地蔵さんに帰宅の報告も
しておきましょう。



そして作成している地図に
また赤い点を付けておきましょう。



いい感じです。
さて次は海の方かなあと思いつつ
今回の歩きはこれで終了です。


信太山を越えていけ1

2020年06月17日 20時59分55秒 | ウォーキング

さあ、では今日は歩きのお話です。

我が家を中心として歩いた場所の
地図が少しずつできてきました。

前回歩いた臨海の道を
プロットしたものがこれ。



この地図を見ながら少しずつ歩いていく
場所を増やしていきましょう。
最後は一つの円になるようにね。

で、今回歩こうと考えたのが、
光明池駅方面です。
ここにも前から一度歩いて
行ってみたかったのですが、
途中の経路が信太山自衛隊演習地の中で
歩道のない車道で通りにくいなあ
というのがネックになっていました。

でも仕方ないですねえ。
一度はやはり通ってみたい道ですから、
安全に注意してチャレンジしてみましょう。
では出発です。

信太山へ上がっていく道で、
中我が村の地蔵さんの前を
とおるので、無事に帰れるように
お祈りしていきましょう。



あ、でもどうなんでしょうか。
今年は地蔵講の集まりはあるのかなあ。
かなり心配ですね。

おにぎり配布で結構人が集まるしなあ。
そのうち講の総会が開かれるでしょう。
ではお地蔵さん、行ってまいります。

まずは小学校の横のグランドを
通ってゆきます。
今は「体験のひろば」なんて
言われてますが、昔はこのあたりを



「ばばたん」

と呼んでいたのです。
肥溜めがあったからかなあ。
そしてその先で国道26号を
わたってゆきます。



JRの踏切もこえ山方向へと向かいます。
ここにあるのは、
すこし有名な洋食屋さんです。



何回か行きましたが、
う~んという感じでしたね。

舌の痩せたdoironには
高級すぎるのかなあ。
少し急になってきた傾斜を上がると、



そこが熊野古道の平松王子です。



乱舞する宴会が開かれたという王子です。
ここからは西の方に海までの
敷地も見渡せ、泉州地方を
見下ろすような高台に
熊野古道は通っていたのですねえ。

今回のコースはまだそこからも
ずっと上の方に登ってゆきます。

コース設定の都合上、
標高69.4mの信太山丘陵を
越えていくことになるのです。

ここが丸笠山古墳ですね。



先日歩いて行った黄金塚古墳と
ほぼ同時期に作られた前方後円墳で、
ずっと中に入っていけます。

このときはそれを横に見て通過。

泉北水道企業団のところまで来ると、
信太山原野が始まります。



ここは湿地なんかも多くて、
そしてなんと植物の宝庫です。



まだ原野内立ち入り禁止に
なっていなかった頃によくきました。
モウセンゴケや
イシモチソウといった食虫植物。
カキランやトンボソウなどのラン。
近辺ではあまり見られないような
植物が満載でしたねえ。

コースの右側は青少年の家が
設置されています。



ここにはプールもあったなあ。
なんか本当にこの辺は
自然に囲まれた聖地のような感じでした。
いまも広い山や湖を残しており、
今回のコースを歩いていると、



右のフェンスの内側で
何か生き物がガサガサしている
ような気配がしていました。
タヌキやキツネやアナグマなどの
動物がきっといるんでしょう。



このあたりは広い歩道もあるので
のんびり歩いて行けますし、
高齢者の散歩者も何人か見かけました。
そんな原野の合間の道を進んでいくと、
信号のある交差点に出ます。

右は黒鳥山公園の方から
上がってくる道で、
左は蔭涼寺や和泉霊園の方に
行く道になっています。



doironが歩くのはまっすぐです。



住宅前の小さな歩道を進んで、
こんな喫茶店を通り越したら、
もう歩道もなくなります。
車の通行は結構多いので要注意です。

もしトラックが荷造り紐を
たらしていたりしたら、
こわいですねえ。

それほどすぐ横を車が
ビュイーンと通ってゆきます。

こんなところでけがや
事故でもしたら、笑いものですねえ。



景色よりも周りの車の
様子の方を気にして、
1キロちょっとの道を
こわごわ歩いてゆきます。

続く

 


新聞社さん、ありがとう

2020年06月16日 16時20分43秒 | お絵かき

この水ナスの絵は、
皮の黒さとそこにあたる光、
そして皮の下のみずみずしさが
テーマやなあなんて思いながら
頑張って描きました。
これがそのモデルです。
スーパーで買ったものを
並べてみました。



このモデルから、配置を変えて
描きましたよ。
実の微妙な黄色も工夫しましたよ。
エイの人の親切な思いとか考えつつ
描いていたら、言葉も自然に
浮かんできました。

「熱い想いも一緒に漬けこんでいます」

いいじゃないですか。
エイのママさんの気持ちを
表しているようです。

完成したので梅雨作品の前に
これを送ってみようと考えました。
採用ならないかなあ。

競争率はどうなのかなあ
とかも考えましたよ。
まえに抱いた疑問について、
そうかではここでひとつ
策略をはかってみましょう。

応募要項の中には氏名のフリガナは
必ず書きなさい、とは書かれて
いませんので抜いておくようにしましょう。
年齢も生年月日でいいというので
歳の数は書きませんでした。

これが何の策略かと言いますと、
もしうれしくもまたこの絵が
採用されるときには、
氏名のフリガナとか年齢を
きっと確認してくるはずだ
とにらんだのです。

まああの氏名の漢字を書いて
doiron」とは読めないでしょう。

でも新聞社にしてみれば
「この人の名前は」と聞かれたら、
ぜったい「知りません」とは
こたえられないでしょうから、
もし新聞に掲載するなら
必ず問い合わせてくるだろう
とにらんだわけです。

そしたらその時に担当者と
話しが出来ればという、
新聞社相手の陰謀なわけです。

前の絵の掲載は連絡もなく
突然でしたけど、さて次は
どうなんでしょうかねえ。
まあ前提が今回も採用されるなら
という都合のいい理由なので、
そううまくいくはずはないのですが、
もしもの時に備えての
準備なわけです。

そしてその水ナスの絵を送ってから
5日ぐらいたったある日のことです。
ジムでの運動を終え外に出ますと
携帯がピコピコなっています。

ロッカー内は携帯が圏外なので
外に出たときに一気につながるのです。
で見てみると、番号の知らない連絡が
複数入っています。

そしてさらにシュートメールも
入っています。

確認してみると、
おお~新聞社からの連絡です。
なんと次の水ナスの絵も
掲載が決まったそうです。

ウヒャー、ありがたいじゃないですか。

飛び上がるほどうれしかったです。

ショートメールのフリガナと
年齢の問い合わせに
メールで答えると、
すぐに電話が入りました。

そんな掲載の喜びも抑えつつ、
お礼を述べて、陰謀通りに
いくつか気になっていたことを
聞いてみることにしたのです。

「このイラストコーナーは全国版ですか」
「はい、そうですよ。関東版と関西版から
送られてきたのを合わせて掲載しています」
とのこと。

「イラストコーナーの応募者って多いんですか」
「はいイラストは大変多く送られてきますよ」
とのこと。

ウヒャーそうなんですか、
そんな中で掲載をしてくれて
ありがとうございます
といっておきました。

自分で言うのもなんですが
競争率が高い中よくぞ
拾ってくれたものです。
言葉がよかったのかなあ。

エイに対する熱い想いが、
選者の胸を打ったのかなあ。

電話では、そのほか過去の
掲載のこととか、懸賞品のこととか
を話しして、最後に再度
お礼を言って終わりました。

よかったです。

知りたかったことも全部聞けましたし、
応募はがきにこめたdoironの思惑は、
見事にヒットです。

早速ジムの帰り道、
コンビニに入って高級ビールを
お祝いに買って帰りました。

ミセスになんでこんなん
買ってきたん?と聞かれて
実はねえと話すと、
彼女も近所のコンビニに走って行って
ビールを買いに行った模様です。

こうして掲載されたら、
またまた頑張って描こうって
気になりますね。



掲載されたのは今日の朝刊です。
いやあS経新聞社さん、
ほんとにありがとうございます。

さあ次の絵もよろしくお願いします。


お絵かき遊び

2020年06月15日 21時12分43秒 | お絵かき

先日、頑張って描いた絵を
毎日見ているS経新聞に送ったら、
「イラスト」コーナーに
見事に掲載してくれた。



まさかねえ、自分のそんな絵を
掲載してくれるとは
とてもびっくりで、
めちゃめちゃうれしかったことがある。
4月の末の頃だ。
しかも送ったのは、
旧のはがきで送付料が63円のところ
62円の分で送るという
へまをやらかしたのだが、
まあ新聞社は見事にそれを
飲み込んでくれました。
ありがたいことです。

でもねえ、こんな大きな新聞に
掲載されるのだから、
このコーナーは大阪版とかで
競争率は低いんだろうなと
思ったりもします。

しかしこの前も一緒に掲載されているのが
千葉県の人だったりしたから、
どうなんでしょうか。
その辺がよくわかりません。

ネットでゴニョゴニョ調べてみると、
やはりこのコーナーは
全国版のような感じが
しないこともないのです。

おお~となると全国の人が相手かあ、
でもあんな素人絵で載せて
くれたりするのだから、
どうも納得しきれていない部分もあるのだ。



もしかしたらちょっと
昔の仕事の関係で知り合った
この新聞社の記者が、
こちらの部署に移動していて、
名前に気づいてくれて
乗せてくれたのかもしれない、
なあんてこともちらっと
考えたりもした。
でもねえそんなことはないだろうね。
もう年月もかなり経つしねえ。

となるとやはりコロナの時代に
タイムリーという言葉が
うけたのかもしれませんね。

このコーナーの応募状況、
全国版かどうかの確かな情報
という部分にいくつか疑問を持ったまま、
まあそれでも掲載の喜びに
浸ってはいたわけです。

次のクリエイターとしての
作品展示会の強い味方にも
なるわけですしね。

のんきにそんなことを考えているうちに、
日にちは流れていきました。

で、それからは毎日、新聞の
このイラストコーナーは
眺めるようになりました。

土日以外はずっと掲載されています。
ああこんな漫画のような絵もあるんやなあ、
この人は言葉がきれいなあ
とか感心しつつ眺めています。

また、週に一回だけカラー掲載の日も
あるのでこんな時に載ったら
いいやろなあなんてのも考えます。

だいたい描いた人の年代は
70歳以上の人か、
子どもが多いようですねえ。

そんな風に毎日眺めていますと、
またまた掲載してほしいなあ
なんて風に思いが募り始めました。

普段自分がやってることを、
はがきにして送るだけのことですから、
さほど手間がかかることではないのです。

今の季節だったら何がいいかなあ、
梅雨というのもテーマかなあ。
と思いを走らせます。

じゃあ一つ書いてみるかと、その
梅雨をテーマに作品を二つ作りました。

まず一つは梅の実です。
梅雨って、やはり梅の実が生る時期やから、
「梅雨」になっているんですね。
では実がなっているところに出かけて
観察してみましょう。
錦織公園なんかはいいですね。
梅にしっかり実がなっています。
よしよしと雨の日に筆を走らせて
まあそこそこのものが出来ました。



そしてもう一作がムラサキツユクサの絵です。
doiron家の墓のところに
よく咲く花です。
これも言葉がいいのん見つかりましたよ。
これは応募作にするので
ちょっとここには乗せずに置きます。
なかなかいい言葉で絵手紙の枠を
少し超えるいいものです。

なので送るのは後者にしましょう。

選者の人にしゃれっ気があったら
いいかもなあていう言葉です。

でもねえ、もういちど検討です。
これを送るんだったら
もう少し後の梅雨の真っ最中が
いいなあって感じです。
今すぐに送るんだったら
別のものを描いたほうが
いいかもしれません。

スーパーに行って素材探しをします。

今の時期によく並んでいる商品で、
地域の特産のようなものであれば
最高です。

おお~、ありましたよ。
これがぴったしの素材です。
それはなんと「水ナス」です。

エイでもよく食べましたねえ。
包丁を使わずに、裂くようにして
出してくれました。

一杯飲んで楽しい話をして、
最後にこれをつつくというのが
よかったですねえ。
いいのが漬かったときには
よく出してくれました。
エイの人の熱い想いを感じる
そんな食品でした。

ではそんな言葉を入れつつ
あのおいしい漬物を絵にしてみましょう。

続く

 


一等三角点俎石山登山3

2020年06月14日 21時25分44秒 | ウォーキング

階段の登りの途中で休憩し、
再度階段を上ってゆきます。
最後のきつい登りです。



でもこのあたりはヤマザクラなんかが
生えていていいですねえ。
さあ上に上がり切ったぞ
と思ったら道案内が出ていました。



ではここから俎石山の頂上に
向かって稜線の道が続くのですが、
結構山がぼこぼこしていたので、
上ったり下ったりという感じに
つながっていくはずです。

しばらく進んでいくと、
なんか景色が開けてきましたよ。



ここが今回のコースの
一つ目の展望台です。



この陵線の北側の海の方が
よく見えています。

阪南市の住宅街の向こうに
大阪湾が広がり、そこに
関空が見えますねえ


ウヒャーいい眺め。

ちょうどそのときに
関空に飛行機が着陸する状態だ。
風も気持ちいいなあ。
コロナがなければ
さわやかな季節なのになあ。

そしてここの下の桃の木台には
昔からのエイ友達が住んでいます。
この辺りはとても自然の豊かなところですねえ。
ゆっくりお茶を飲み、
さあまた進んでいきましょう。
道はやはり下から見えていたように、
細かいアップダウンが続きます。
意外に体力を消耗しますねえ。
下の方の景色よりも
今度は左側の山の景色がよく見えてきます。
この左側の谷底は「鳥取池」です。
ここは灌漑用溜め池(土堰堤)で、
戦時中の昭和19年に着工し、
昭和23年に完成したという
古いダム湖ですねえ。
残念ながらそちらまでは
見ることができません。

でもその上部に連なる南側の稜線は
「雲山峰」を中心とした山々です。
紀泉アルプスですね。
今から7年前の秋に登りましたねえ。
キノコがいっぱいある
山だった記憶があります。

そしてやがて到着する二番目の展望台は、
こちらの紀泉アルプスが
見渡せる展望台でしたねえ。


ここで稜線のほぼ中ほどです。
こんな山道をさらに進んでいきます。
まわりの音を聞いてると、
どうもこの辺りには春ゼミがいそうだ。
なんかちょっとあまり
上手じゃない鳴き声が
山に響いている。

ゴールデンウィークから
6月にかけてなくセミなのだ。

コロナ、コロナと世間は騒いでいるが
自然はちゃんと流れていくんやねえ。
セミもゴロナ、ゴロナって鳴いてるし。



コースには何本も丸太が道を
横切るように置かれている。

あれ、こんな丸太は歩きにくいじゃないか
と思ったら「車止め」と書かれてあるよ。

自転車やバイクが通りにくいように
してあるんやね。
そしてその先で、鳥取池に降りていく
道のところに出てくきます。
またいつかこの道も降りて
いけたらいいかもねえ。

左に陸軍省の石票が立っています。



「由良要塞」と書かれており、
このあたりは昔は立ち入り禁止
だったそうです。
そして到着したのが三番目の展望台です。
ここも眺めがいいですねえ。



写真撮影しましたが
小さすぎてわかりません。

もうそこから俎石山はすぐです。
ここがその頂上。



たしかに一等三角点が埋め込まれています。



ここで昼食を食べ、
大福山に向かうかどうか相談しましたが、
そちらはキャンセルとなりました。
また次の機会に行きましょう。

この時はコロナで学校も休みで、
子どもたちも親に連れられて
登ってきてましたよ。

山頂は結構にぎやかでした。

では今上ってきた道を
下っていきましょう。



とちゅう、わが校の名前の入った
標識を見つけました。
もしかしたら伝統的に登っているかもね。

そして下りはやはり足の甲の不調に
気を付けないといけませんね。

稜線を過ぎ、階段を下りたところで、
桃の木台に直接出ていくところから
山を出たら、でっかい駐車場も
ありましたよ。



ああ、ここまで車で来たら
俎石山まで1時間短縮ですねえ。
今度大福山に行く時は
きっとそうしましょう。

桃の木台のきれいな住宅街を眺めながら、
箱作りへと下ってゆき、
ようやく初の俎石山は終わりです。

この日は26501歩きました。
でも距離は13.3km
アップダウンで歩数は多かったですね。

この俎石山は気軽に行ける山としては、
コースもきれいだし
とてもいい所ですねえ。
これだけ人もいたら安心だしね。

 

一等三角点もいいものです。

 

ぜひともまた昇りに来ることに

しましょうと思いつつ、

今回の山行きはおしまいです。


一等三角点俎石山登山2

2020年06月13日 21時02分04秒 | ウォーキング

箱作駅からまっすぐ山の方へ歩いてゆき、
公衆トイレのある分岐点が
見えたら登山道の入り口です。



この登山道にはこのあと
トイレはありません。
ここが最後のトイレなので
用事を済ませておきましょう。



さあでは徐々に登っていきますよ。
これくらいののんびりした歩き方だと、
足の不調は全然大丈夫です。
このあたりは、上の方の住宅地も
含めて関空建設時の土壌を
大量に採取したところですから、
大きな施設が作られていますねえ。



これは消防署と物流センターです。

あ、この登山道の奥に
駐車場もありますよ。



しまったあ、ここまで来たら
無料でしたねえ。
仕方ないです。
とりあえずは距離を稼いだ
ということにしておきましょう。

道は少しずつ登山道的な
雰囲気になってきます。



この季節はちょうど桐が花を
咲かせる頃ですねえ。



娘が生まれたらこの桐の
若木を持ってきて植え、
娘が大きくなって来たら
その桐を箪笥の材料にして
娘を嫁がせるという伝説が
よく出てきます。

木としては湿気に強く軽い
ということでよく使われますし、
また五三の桐は紋にも
使われていることでも有名です。

そうそう、コロナの関係で
総理大臣が会見をするとき、
たまにその机を見てください。



そこにも桐の絵が描かれていますが、
あれが五七の桐の紋で
総理大臣の紋となっていますので
注目してみてください。

そんな桐を眺めていると、
ここらあたりから
大注意なことが発生してきますね。



それは毛虫や尺取虫が大量に発生し、
上の木からぶらさがって
いることが多いのです。

中には噛むのかさすのか
知らないけど痛みが残る傷を
つけるやつもいるようですから
気を付けましょう。

川の様子もどんどん山の中のような
感じになってきますし、



遠くに見えるこれから登る稜線も
デコボコしていて、
アップダウンがありそうな
感じに見えています。



そしてさらには山の中には、
この道は一体どこに通じているの
というような立派な道が
残っていて入れないようになっています。



土砂や土の運搬に使った道かなあ、
それとも地元の林業とかで
使っているのなあという
とてもしっかりした道が
山の中の方へと続いていってます。

はじめてきた地域なので
なんか景色が謎めいていますねえ。

そんなことをみんなで話しながら、
さらに山の中に入ってくると、
桃の木台から入ってくる道と
合流したところで小さな橋に到着します。



そこに俎石山、大福山の
案内があります。



Mさんはこの標識を見て

「う~ん、俎石山は標高4200mかあ」
と言ってます。
ウヒャーそれだったら
日本最高峰じゃないですか。

さすがに標高5895mの
キリマンジャロに登っただけの
ことはあるという、
すごい間違いでしたねえ。

そしてその標識の横には
杖がいっぱい置かれていますよ。



地域の人の用意してくれている
貸し杖ですねえ。
上からぶら下がる毛虫の
対策のこともありますので、
必要な方はここで借りてゆきました。

地形図全体から見ても、
この山はここからの登りが
一番のハードコースのようです。

稜線に出るまで、登って登って
進んでいきます。



途中にはまた正体不明の道があったり、



山の木陰を映す池があったりします。



なんかカエルの鳴き声なんかも
聞こえてきますねえ。
あまり人が通らないときは、
岩の上でカッパが
日光浴してそうな池です。

そんな池を過ぎたら、
さらに道が急になり、
階段が始まります。



てくてくと登り始めると、
汗が出てきますよ。
それでもここだけだろうと
頑張って登ります。

ちょっと疲れが出て来たかなあ
と思うところにはベンチが
ありますので休憩しましょう。



いろいろと登山者のことを考えて、
登りやすい山にしてあげよう
という地域の人たちの
親切さを感じますね。

続く

 


一等三角点俎石山登山1

2020年06月12日 21時20分04秒 | ウォーキング

コロナの今の時代に
それでも知り合いの人々は
いろんな形で運動とかをしている。

中には古墳に潜り込んだりしている
友達の話なんかも聞くとびっくりするなあ。
それから山友なんかの活動も
あちこちでかけているから、
話を聞いてるだけでも面白かったりする。

そんな山友から、山行きのお誘いが来たのだ。

まあゆっくり山歩きをする人だし、
doironの足も不調なので
のんびり歩くのもいいかもしれない
とそのお誘いを受けることにした。

お誘いというか、未知の阪南の山行きなので
道案内をしてほしいというものだったけどね。

しかしねえ、道案内といってもなあ、
阪南あたりだと雲山峰に行ったくらいだ。



でも興味のある山はあるのです。

大阪で六点ある一等三角点のひとつが
阪南にある「俎石山」です。
「まないたいしやま」と読みます。

高槻市の石堂ヶ丘、生駒山、

堺市の蘇鉄山、金剛山、
岸和田の葛城山と、この俎石山が
大阪の一等三角点だ。
蘇鉄、金剛、葛城

何度か行ったことがある。
蘇鉄山は完登証明書も持っているもんね。
でも高槻は知らないし、
生駒山は記憶があいまいだ。
多分あの生駒山上遊園地の
遊具のところにあるのだろう。

そして今回目指そうと思っている
俎石山は多分未踏だ。
多分というのはもしかしたら
高校の頃にここの山に
登ったようなかすかな記憶があるのだが、
詳細は全く覚えていない。

下りの道で思いっきり転んで
おしりを打ったのが唯一の記憶の山行で
もしかしたらここに
きているかもしれないのだ。

そんなこの山に今回行ってみるかと考えたのだ。

地図を見てみると、手持ちの昭文社の
地図「紀泉高原」に掲載はされているが、
どうも小さすぎる。
これはもうやはり阪南市で
作っているような地図が
あるのではないかと思い、
ネットで見てみると

「とっておきのはんなん」

というパンフを作っているようなのだ。
これを印刷してもいいのだが
やはり写りが悪いだろうからと、
車で阪南市役所まで
行ってみることにした。
そうすれば時間的なところも
わかるだろうしということを
見越してのお出かけだ。

りんくうまで湾岸道路を行き、
そこから旧国道26号に入って
しばらく行くとその市役所に到着する。



まあ一時間はかからないようやね。

市役所に入ってゆき、
担当部所に声をかけていただいたのが、
こんな地図だ。



開いてみると、俎石山周辺の山の
地図がばっちり書かれてある。



これはいいですねえ。
無理をいって二部もらい、
帰ってきました。

帰宅してからコースを検討です。
何人かの人を連れていくので、
何かあった時のエスケープ道を
検討しておく必要もあるでしょう。

でも何より、コースを作成しておく
必要があります。
地図を見る限りでは、
基本的な道しか書いていないので、
検討したうえでこの地域に詳しい
ジダンにも教えてもらいましょう。

二部もらった地図のもう一部は
彼の家の郵便受けに入れておきました。

旗立山から登って俎石山、
そして桃の木台へ降りてゆく
コースを考えていたのですが、
どうもこの旗立山辺りはアブが多い
との情報です。
また鳥取池の方に下ったら、
帰路が遠いよとのことなどの
意見ももらい、この時は
箱作駅近辺から登山道に入ってゆき、
桃の木台に引き返してゆく
というシンプルな登山を選びました。

何人来るのかわかりませんし、
足の状態がよくわからないので、
初めてだから安全にという考えです。

その後聞けば、参加するのは
4人とのことなので地図をコピーし
資料を作成。
コロナの制限はあるので、
密にならないよう二台の車で
箱作駅方面へと向かいます。

旧国道26号で箱作りの駅に着く直前に、
激安の駐車場があったので
そこに停め、さあそれでは登山開始です。



駅まで国道の歩道を歩き、



そこから山方向に
徐々に上がっていきます。



これが阪南市のマンふたですね。



市の木マツと市の花サツキを
波の下に書いています。

うん、なにか阪南市を象徴するような
デザインですね。
そうしているうちに
ようやく登山口に到着です。

続く

 


高石街中歩き2

2020年06月11日 21時34分14秒 | ウォーキング

この東助松商店街では、
お世話になっているお店は
たくさんあります。

たとえばこの花屋さん。



年に一度の地蔵講のお参りの時に、
蓮の花入りの立派なのを
用意してくれます。
もうびっくりするほど立派な蓮を
用意してくれるのです。



ここの酒屋さんは祭りのときに、
我が町の子ども会、青年団、若頭、
世話人会の飲み物を用意してくれます。

団体ごとに入れ物を分け、
飲んだ後のごみ箱も
用意してくれますし、
世話人会の人たちには
こっそり日本酒や簡単な
おつまみまで用意して
くれていたりします。

そしてその横にあるのが
たこ焼き屋さんです。



これはねえ、祭りの時ではなく
花見の時に重宝してます。
おいしくておいしくて、
ここのタコ焼きを持っていくと、
この店のんやとすぐに
わかってしまうほどです。

たまに、こうして粉もんが
食べたいときに、大量に買って帰って
ビールパーティを開いたりもします。

まあこちらはコロナで、
マスクもしていますし、
白内障でサングラスもかけているので
変装済みだからばれずに
通過していきます。

あ、ここのかしわやさんの
から揚げはおいしいんですよ。



エイもかつてここの鳥を
買っていたんやないかなあ。

そんな商店街の中には、
ほかにも掲示板で
北助松駅の開発のことや



布引道の解説なんかも
案内されていますよ。



またそれに付随して、
高校なんかの宣伝コーナーも
設けたりしているようです。

そんな商店街もやがて
高石自動車教習所の横に
差しかかります。



ジム友の甥っ子なんかが
ここで教習員として
働いているそうです。

doironも顔を知っているので、
ついつい教習者の運転手の顔を
見てしまいますねえ。

いよいよ地域は高石の中に
入ってきます。
まずは清風南海高校の東側の道を
抜けていきます。





なんかひっそりしていますねえ。
休校状態なんでしょうねえ。
道はやがて高石駅手前の踏切に
差しかかりますので、
ぼちぼちこの辺で
Uターンしていきましょう。



踏切を渡ってすぐに左折し、
千代田の村中へと入っていきます。



このあたりは未知の地域ですねえ。

狭い道、入り組んだ路地が続きます。

もう少し海側に行けば
紀州街道に出るのですが、
今回はこの村中の道を
ウロウロと歩いていきましょう。

あ、お寺がありますよ



「光秀寺(こうしゅうじ)」と

書かれていますよ。
う~ん、これは今止まってしまっている
NHKの大河ドラマの主人公に
かかわるのかと思ったら、
その通りでした。

もともと仁海上人により
創建されたそうですが、
寺紋が桔梗を使っているところから、
明智光秀一族と何らかの
関係があるとされているそうです。

これは知りませんでしたね。
道の村中に入っていくと
こういうお寺があったりするんですね。



もともと北助松にあった寺が
ここに移されているそうです。
お寺はほかにも高石聖天
なんかもありました。



村中もこうして歩いて、
ようやく道は紀州街道の方に
出てゆきます。

こんな一方通行の街道を出て、



小高石橋のひとつ上流の
王子川橋をわたったら
我が市へと入っていきます。



こういうだんじり小屋を抜け



何回か通った地域集会所のさきは
駅前の飲み屋さん街に入ってゆきます。

でも今は休んでいますねえ。
こんな看板もあって、



この地域らしい言葉で
笑ってしまいました。

そして北助松の駅前に出てゆきます。
ああもう少しですねえ。
その先で「カタカナ地蔵」という名の
地蔵を抜け、通っている



歯医者も通り過ぎたら
ぼちぼち帰宅です。

今回は歩数では10556歩で
8.4キロを歩きました。

明後日はジム友たちと
初めて上る山に行く予定ですから、
あすはゆっくりしますかね。

高石街中歩き終了です。