風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

セルゲイ・ババヤン ピアノリサイタル @東京文化会館小ホール(3月29日)

2022-04-04 20:45:13 | クラシック音楽




2019年のマリインスキー来日公演で協奏曲の演奏が予定されていたババヤン。直前にピアニストが真央君に変更となり、ゲルギエフ×マリインスキー×真央君には素晴らしい演奏を聴かせてもらえて大大大満足の演奏会でしたが、やはりババヤンのピアノも聴いてみたいと思いつつ早2年半。ようやく聴くことができました。
しかし649席の小ホールでも7割程度しか埋まっていなかったな。ババヤンって日本で一般的には人気がないのだろうか。客席にはピアニストらしき方達が多数いらしていました(上原彩子さんなど)。

【J.S.バッハ(ブゾーニ編):無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 より シャコンヌ】
【シューベルト(リスト編):《美しき水車小屋の娘》S.565 より「第2曲 水車小屋と小川」】
【シューベルト(リスト編):《12の歌》S.558より「第8曲 糸を紡ぐグレートヒェン」、「第2曲 水に寄せて歌う」】
【ラフマニノフ:練習曲集《音の絵》op.39 より「第5番 変ホ短調」、「第1番 ハ短調」】
【ラフマニノフ:《楽興の時》 op.16 より「第2番 変ホ短調」、「第6番 ハ長調」】

今回は直前に曲目変更がありウクライナ情勢の影響では?との噂もありましたが、変更後の曲目は1月から演奏されている彼の今シーズンのプログラムのようなので、おそらくそこに特別な理由はないのではないかと。
ピアノはスタインウェイ。けれど弾き始められると、意外なほど音が響かない。以前同じホールでレオンスカヤを聴いたときもやはり響かなくて、その時はYAMAHAだからかなと思ったのだけど、このホールの音響なのかも。あるいは休憩後の方が響きが増していたように感じられたので、曲目や調律の関係もあるのかも。
ババヤンは時々指がもつれ気味だったのが意外で、それとホールの音響に私の耳が慣れるまで少々時間がかかってしまったけれど、個人的に「第2曲 水車小屋と小川」がとってもとってもよかったなあ。。。。。私的前半の白眉はこの曲でした。レオンスカヤやヴィルサラーゼもそうだったけど、ロシア系のピアニスト(ババヤンは旧ソ連のアルメニア出身でモスクワで教育を受け、アメリカに移住した人。詳細はこちら)って低音域の音はもちろん特徴的だけれど、中音域の夢見るように歌う音色がもっっっっのすごくいいですよね。この温かみと暗さをもった幻想的な音。それとともに変化する空気の色。その響きの中に風景も感情も全てが内包されているような…。怖いほどの魔法のような音色にうっとりしてしまう。音楽を聴いたというより体験したという感覚。
そんなババヤンですが、曲によっては典型的なロシア系ピアニストと違い濃厚こってりなだけじゃなくジャズのような軽さも所々にあって、個性的で面白いピアニストだなと感じました。
ラフマニノフの「第1番 ハ短調」もとてもよかった。ただそれ以外のラフマニノフは、彼の録音のそれと比べて今日の演奏は私の耳には少々単調な音に聞こえてしまったりも。シンフォニックな響きは素晴らしかったです。

(20分間の休憩)

【リスト:バラード 第2番 ロ短調 S.171】
【シューマン:クライスレリアーナ op.16】
この2曲も、とてもよかったな。いわゆるリストっぽい、シューマンっぽい演奏ではないのかもしれないけれど。
先ほども書いた、中音域の歌うような音色の素晴らしさ。そしてロシア系独特の低音を含めた多彩な響きに空間が満たされる感覚。ピアニシモでも芯のある温かな音色。そして明るさだけではない、音の深みと重みと暗さ。今後ロシアの音楽界がどんな風になっていくのか想像がつかないけれど、この音色だけは絶対に失われないで受け継がれていってほしいと心の底から思ってしまう。こういう大胆な熱とエネルギーをもった大きな流れの、でも繊細なところはしっかり繊細な表現豊かな演奏って、現代ではすごく貴重だと思うから…。
一方『クライスレリアーナ』の第8曲の主題のリズムが諧謔とは真逆だったりと、この人の弾き方はやはり独特だなとも感じました。
※リストのバラード2番はホロヴィッツの演奏、クライスレリアーナはヴィルサラーゼの演奏も素晴らしいよ。

【J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲より「アリア」(アンコール)】
リサイタルの日から、このアリアの響きが耳から離れないでいる。
深みのある音色で、ゆっくりと弾かれたアリア。
私の大好きなシフのゴルトベルクの演奏とはタイプが違うけれど、このアリアも私の眠れない夜の音楽リストに加えたい。しかし、今回の演奏会はご本人の希望で録音されていないのであった
某音楽評論家の方が「追悼というと『G線上のアリア』ばかりが演奏されるのはどうにかならないものか」と嘆いておられたけれど、今日のような演奏ならゴルトベルクのアリアも追悼や鎮魂にふさわしいように思う(オケじゃなくてピアノ曲だけど)。というより自分が死ぬときに聴きたい。そんな風に感じた、ババヤンのアリアでした。この演奏に今のウクライナを重ねた人達がSNSに少なからずいたのが理解できる。
なおアルペジオは全て上↘下でした(覚書)。






Artist of the Year: Daniil Trifonov (musical america)
トリフォノフがババヤンに弟子入りした経緯の話など。
この記事で知りましたが、カーネギーホールの芸術監督のClive Gillinsonって、トリフォノフが優勝した2011年のチャイコフスキー国際コンクールでチェロ部門のjuryだったんですね。先日のゲルギエフ&マツーエフ降板の一件でGillinsonはぎりぎりまで粘ったそうだけど、このインタビューの感じからするとゲルギエフと割と親しそうだな。彼はコンクールの際にトリフォノフの演奏に惚れ込んだとのこと。昨今の騒動の中でもカーネギーホールでトリフォノフのリサイタルが決行されたのは、そういう理由もあったのでしょうね。チャイコフスキー国際コンクールはソ連時代は裏がありありなコンクールだったようですが(ポゴさんがモスクワ音楽院のピアノ科主任だったドレンスキーから1980年のショパンコンクールを捨てれば2年後のチャイコフスキー国際コンクールで一位を取らせると提案され、それに従わずに参加したため例の騒動が起きた話は有名)、今がどうかは不明。でもとてもいい演奏家を世に送り出していますよね。

SERGEI BABAYAN IN CONVERSATION WITH ZSOLT BOGNÁR, 2011
"I value humanity, sincerity, a certain child-like openness to the world, sensitivity, creativity, integrity, warmth, and vulnerability… the list can go on, but these qualities are not fostered or born in competitions."

Daniil Trifonov and Sergei Babayan “His deep love of music sets him apart” (Interude, January 17th, 2018)

※3月26日のFBより。ウクライナ問題についてのババヤンの見解。「アルメニアで生まれモスクワで教育を受け1980年代にソ連を去った音楽家として、Stalinist imperialism(スターリン主義者の帝国主義?)の復活に恐怖を感じている。ウクライナ人は彼らの自由のためだけでなく、自由な世界の市民としての私たちの自由と民主主義のためにも戦っている。私は音楽家として、そして人間として、このような犯罪を前にして中立でいることはできない。私たちは沈黙を守ってはならず、戦争犯罪者のプーチンと彼に仕えたり、彼におもねる人々を止めなければならない」とし、プーチン政権を強い言葉で非難しています。



Der Müller und der Bach (Live)


ババヤンが弾くシューベルト(リスト編)《美しき水車小屋の娘》S.565 より「第2曲 水車小屋と小川」。1992年の演奏です。
2009年のクリーヴランド大学での同曲の演奏は、こちらで聴けます。
この魔法のように空気が変化する音色、おわかりになりますでしょうか。曲の世界の中に引き込まれないではいられない。怖いくらい。失意の青年に死の安らぎの手を差し伸べる小川の優しい囁き…。

Bach-Busoni: Chaconne in D Minor (Kissin)


こちらはキーシン演奏の『シャコンヌ』。
この曲のピアノ編曲版って今回のリサイタルで初めて知ったのですが、とてもいいですね。
バッハの音楽って本当に「全てがそこにある」という感じがするな…。



演奏会前に、恒例のシャンシャン
一周目も二周目(70分待ち)もぐっすり眠っていました。眠っている姿も可愛い


もうすぐ返還期限の6月ですね…。


上野公園は桜が満開でした。もちろん宴会は禁止ですが(宴会はずっと禁止でいいよ…)。


この景観を思いきり損ねている緑色のネットとゴミ箱はどうにかならんの…?





Comment    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  | TOP | 上野の桜 1 »

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。