風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

『ぢいさんばあさん』『お祭り』 @歌舞伎座(4月24日)

2022-04-29 16:51:28 | 歌舞伎



先週末に、第三部を観てきました。
雨の夜の歌舞伎座には独特の美しさがあるといつも感じる

【ぢいさんばあさん】
森鴎外の原作、宇野信夫の作・演出の新歌舞伎で、1951年初演。
頻繁にかかっている演目だけれど、私は観るのは初めて。

©松竹

前半の若い二人の場面、仁左衛門さん78歳&玉三郎さん72歳なのに、違和感なすぎ
いや見た目はさすがに赤ん坊を産んだばかりの夫婦には見えないかもだけど、空気が若い。それに、原作でも当時にしては晩婚の夫婦なんですよね。
ラブラブバカップル場面は、その場で居たたまれなくなった久右衛門(隼人)の気持ちがよーー-くわかった
といって南北作品でのニザ玉コンビのようなツーカー具合ともちょっと違う、武家の若夫婦らしい距離感は、帰宅後に読んだ鴎外の原作の設定そのもの
春らしい爽やかな色合いの着物も素敵

©松竹

この京都の川床で、江戸のるんから届いた桜の花びらを伊織がチラチラと散らせる場面、美しかったなぁ。。。。。遠く離れたるんを想う伊織の寂しさと、この先の運命を予感させる静かな儚さが感じられて。
ニザさまの立ち姿や指先までの美しさが相乗効果となって、凄みさえ感じた場面でした。

ところでこの刀傷事件、仮名手本の高師直と違い、下嶋(歌六さん)の言い分にも一理も十理もあると思うのよね。「人から借金しておきながら、その金で買った刀の披露の宴に招かないのは筋が違う」というのも、「借金のある身で刀に結構な誂えをしたり、宴をするのは贅沢だ」というのも。下嶋に「俺のことが嫌いなんだろう!」と聞かれ、伊織ってばカラッと「実はそうなんだ」とか答えちゃってるし。なのに伊織は、いくら罵倒され足蹴にされたとはいえ、ついカッとなって下嶋を斬っちゃう。これが、彼の生来の欠点である癇癪持ち。るんと一緒になってから抑えられていたその欠点が、彼女と離れてしまったがために出てしまい起きた悲劇。

しかし、口論で頭に血が上って思わず斬ってしまったという部分は癇癪持ちで理解できるけれど、借金をしてまで良い刀を買いたいという感覚も独特といえば独特。もちろんそういうタイプの人も世の中にはいるけれど、この物語で伊織をそういう設定にしたのは何故だろう、とお芝居を観ながら興味深く感じました。
帰宅して鴎外の原作を読み、それからググってみたところ、こちらの論文(林正子著、岡山大学)を見つけました。「芸術の非功利的な価値を認める鴎外の価値観」。借金をしてまで良い刀を買うのも、それに相応の誂えをするのも、原典史料にはない鴎外の創作とのこと(原典の方は「借金のある身で刀を買う」となっている)。へえ。この論文では、物に対するそういう価値観を貫いた人間が悲劇に陥る鴎外作品の特徴について論じられていて、鴎外自身がそういう価値観を持つ人だったからだろうと推測しています。
私は漱石は好んで読むけれど鴎外は数作しか読んだことがなく、全く詳しくないのです(漱石の葬儀の弔問に来た鴎外の受付をしたのが芥川、とかそんなトリビアにだけは詳しい)。「芸術の非功利的な価値を認める」というのは漱石も同じだけれど、鴎外の方がその傾向がより強いのかも。ちょっと鴎外という人に興味が湧いたので、他の鴎外作品も読んでみたいと思います。
そして宇野信夫の脚本・演出は、鴎外原作のそういう部分をよく汲み取っているように感じる。宴席で下嶋が刀を馬鹿にする形で伊織を挑発しているのも、この場面での刀の冷え冷えとした美しさと不穏さ、散る桜の花びら、夜空に浮かぶ月。
歌舞伎での下嶋の設定が「悪い奴ではない。しつこいだけ」であることや、ラストで伊織が「(赤ん坊の墓参りだけでなく)下嶋の墓にも行こう」と提案していることからも、これは決して伊織=良い人、下嶋=悪い人という図式の物語ではないんだよね。あの史料からあの小説を書いた鴎外も素晴らしいし、その小説からこの歌舞伎を作った宇野信夫も素晴らしい。

話をお芝居に戻して。
それから37年の月日が流れ、二人が再会する場面。やはりこの後半がこのお芝居の白眉。
決して重くなりすぎず、さりげなく、その自然さが37年という時間の重みとともに、しみじみと沁みたなあ。。。。。
仁左衛門さんと玉三郎さんの自然な良さが、この後半部分にとてもよく合っていたように感じられました。全く大袈裟な演技をしていないのに、37年の月日とその心情が静かに滲み出ているというか。
玉さまのるんの凛とした品のよさと伊織への愛情、ニザさまの伊織の子供のような可愛らしさと透明感のある誠実さ。
しみじみとよかった。。。涙が出そうになった。。。周りの客席の多くが本気泣きしていました。
この二人はこれからこの屋敷で、鴎外の原作のように、たわいのない日常の幸せを味わいながら、二人の時間を大切に過ごしていくのだろうなあと心から感じられるラストでした。

©松竹
ラストシーンの二人。
降り注ぐ、桜の花びら。
この桜が咲くのを二人で見るのに37年の時間がかかったんだね。ようやく果たされた約束。。。
でも、会えないけれどどこかにいる愛する人を想いながら、いつか会えると信じながら過ごす37年というのは、一概に不幸なものとも言えないように思う。たとえその途中でどちらかが斃れてしまうことがあったとしても。もしかしたらその相手がもう約束を忘れてしまっていたとしても。
そういう相手がいるがために不安も抱え続ける人生と、そういう人を持たずに不安になることもない人生とでは、どちらが幸福なのだろう。どちらが良い悪いということではなく、ただ、前者は不幸とは言い切れないように思う。
このお芝居を観ながら、『雨月物語』の“浅茅が宿”と、その話をベースにした中島みゆきさんの夜会『花の色は~』を思い出していました。みゆきさんは「受け身で待っているだけでなく、自分から前へ進みなさい」という人。この『ぢいさんばあさん』のるんも、そういう人生を生きた人ですよね。ちなみにるんの人物設定については、鴎外の理想の女性像として描かれているという解釈を見かけました。なるほど。
そうそう、甥っ子夫婦の橋之助千之助も若々しい爽やかさと聡明な感じが、とてもよかったです。久右衛門が、姉夫婦のためにこの家をずっと守り続けてきたというところも、さりげなく泣けるよね。。。

(30分間の休憩)
休憩、20分かと思っていたら30分もあって驚いた。
玉さまの準備が必要だものね。

【お祭り】
©松竹

 日枝神社の祭礼「山王祭」に浮き立つ江戸の赤坂。そこへ一人の芸者が姿を現します。祭りに酔った芸者が色っぽく踊りを披露すると、祭りの若い衆も絡み派手に踊って見せます。

 江戸の二大祭りといわれた「山王祭」を題材にした清元の舞踊です。今回は、芸者の一人立ちの形でお届けいたします。江戸の活気と粋で華やかな風情あふれるひと幕をお楽しみください。
(歌舞伎美人より)


「待ってましたっっっ!!!」という耳に聴こえない声が客席中からはっきりと聴こえた玉さまの『お祭り』
いやあ、素敵!
30分前の穏やかな婆とのギャップがたまらない。
『ぢいさんばあさん』→『お祭り』の流れがこんなにトキメクとは予想外であった。今月の演目を決めたひと、GJ
舞台中央に一人立つ艶やかな芸者姿の玉さまに「なに、待っていたって?待っていたとはありがたい」(←正確な台詞は覚えてないです、すみません)とあの声で言われると、問答無用で「姉御!どこまででも付いていきますっっっ!!!」という気分になる。宝塚ファンの人達もこういう心境なのだろうか。
仁左さまの『お祭り』も極上だけど、玉さまの『お祭り』も極上だわ。。。。。。。。。。。
ほろ酔い気分の芸者の色っぽさ、江戸らしいきっぷの良さと粋。玉さま~~~とひたすら見とれた12分間でございました。泣く演目じゃないのに涙が出そうになってしまった。上演時間は短いけど、登場から花道の引っ込みまで大大大満足。
大和屋!!!



歌舞伎座に行く前に、恒例の上野動物園へ。
鯉のぼりが飾られていました

『ぢいさんばあさん』令和4年4月歌舞伎座にて上演決定!

仁左衛門さんと玉三郎さんがこの演目で共演するのは、12年ぶりとのこと。
この映像は12年前のものかな。

ぢいさんばあさん(青空文庫)

仁左衛門が語る、大阪松竹座「七月大歌舞伎」
2015年に時蔵さんと『ぢいさんばあさん』を演じたときのインタビュー。あの美しい川床は、十三世仁左衛門のアイデアだったんですね

 「大好きな狂言です。ほのぼのと温かみがあり、涙あり、笑いもあり」と、仁左衛門は『ぢいさんばあさん』の伊織のような笑顔を見せます。「私はのんびりしているようで、かっとしやすいほうで…」と明かし、眼目の一つである下嶋殺しの場は、下嶋とやりあう中で武士として恥辱的な言葉を吐かれ、「ついかっとなって反射的に、自分の意志で斬ってしまい、後悔する」という気持ちで伊織を演じます。

 原作ではこの場は2階座敷となっていますが、「父(十三世仁左衛門)が京都で演じたときに夏だったので、“床”に変えました。私も夏の雰囲気が出るのでそうしています」。一方、再会の場では、「父の伊織は、隠居している身として裃(かみしも)を着けなかったのですが、私は、殿に拝謁してきたのだから裃を着けているだろうと、十七世勘三郎のおじさんのほうの衣裳にしています」。

 「うまくまとまっている短編」に、父からの教えだけでなく、さまざまな工夫を加えて再演を重ねてきました。るんとの会話でも、初演した折に(平成6年3月歌舞伎座)玉三郎とのやりとりで、新たにせりふを入れたりしています。「伊織の気持ちは変わりませんが、るんのタイプで夫婦の雰囲気は変わってきます」と、今回の時蔵との初コンビにも期待を寄せました。

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