風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ゲルハルト・オピッツ ピアノリサイタル @神奈川県立音楽堂(12月24日)

2021-12-29 01:18:53 | クラシック音楽




初オピッツさんです。
先日ネット配信されたノット&東響とのブラームスのピアノ協奏曲第二番の演奏がとても良かったので(私は一、二楽章が好きでした。ノットさんの解釈なのか、最終楽章は突き抜け感が足りなく感じられた…)、生音をリサイタルで聴いてみたいなと思っていたところ、良席を半額以下で譲っていただけることになり感謝
神奈川県立音楽堂は昨年のヴィルサラーゼのリサイタル以来2度目でしたが、このホールの素朴な音響はやっぱり好きだな。1,054席というサイズも心地よい

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 
第8番 ハ短調 op.13「悲愴」
第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」
私事ですが、少し前に仕事関係で気が滅入ることがあり、自分の中にドロドロした嫌な感情が生まれてしまっていて、会社に対してよりも自己嫌悪でうんざりしていた心理状態で出かけたのが、今回の演奏会でした。
そして、ベートーヴェンの音楽にはそんな人間のドロドロした感情をも受け入れてくれる懐の深さがあることを知りました。ドロドロが浄化されて、こんな自分でも生きていていいのかもしれないと感じることができた。そんな風に私の心の闇を払ってくれた「悲愴」だけれど、これはベートーヴェンが難聴を自覚し始めた時期に作曲された曲なんですよね。彼はどんな心境でこの美しい曲を作曲したのだろう。
そして映画『地球交響曲第九番』の中で「悲愴」の二楽章を例にコバケンさんが仰っていたことも、今日の4曲のベートーヴェンを聴きながら改めて感じたな。さりげない音も、ただの音じゃない。そこに深い意味、深い感情を感じる。
それはもちろん第一にはベートーヴェンの音楽の力だけれど、それを感じることができたのはオピッツさんの演奏の力もあるのだと思う。
といってもこの「悲愴」と「月光」では、息をとめて聴き入ってしまうとか、その世界に入り込んでしまうとか、そういう感じではなく、「嫌いじゃない演奏だなあ」と思いながら聴いていました。それは決して軽い意味からではなく、オピッツさんの朴訥とした演奏は何気ないようでとても貴重に感じられるというか、今どき滅多に聴けないようなレベルの飾らなさで(でもその音色は深みがあり温かい)、だからこそベートーヴェンの音楽の力もストレートに感じさせてもらえて、いい演奏だな、好きな種類の演奏だな、と感じていました。ものすごく好きな演奏で興奮する!という感じとは違うけれど、良い意味でそれもオピッツさんというピアニストの個性に感じられる。

(休憩)

第17番 ニ短調 op.31-2「テンペスト」
これは、あまり好みな演奏ではなく(スミマセン)。以前サントリーホールで聴いたピリスの演奏がとても好きだったので、どうしてもそれと比べてしまい。最後の音も、さりげなく遠ざかって消えていくようなピリスのような弾き方が私はとても好きなので、音を長く残すオピッツさんの弾き方は、、、うーむ、、、。
今回予習で聴いたバレンボイムの演奏も、良かったな。バレンさんも最後の音を伸ばさずに終えてくれている。

第23番 ヘ短調 op.57「熱情」
この「熱情」の演奏は、今夜のプログラムの中で別格で素晴らしかったです。最初から最後まで強く惹きつけられて、聴き入ってしまった。まるで20年くらい若いオピッツさんが目の前に降りてきて弾いているようで、音に羽が生えているようだった。この曲でも決して自己主張が強いわけではなかったのだけれど、この演奏でだけ垣間見えた魔性のようなものも、このピアニストの個性の一面なのだろうなと感じました。圧巻の演奏でした。ブラボー!
演奏後の客席の反応もこの曲のときが格段に熱かったです。

ブラームス:間奏曲op.118-2(アンコール)
そんなわけで大喜びの客席は拍手で何度もオピッツさんを呼び戻すけれど、オピッツさん、どうやらアンコールは予定していなかったようで、少々困り顔になりながら再びピアノへ。
そして演奏されたのは、まさかのブラームス。先日他の会場(別プログラム)のアンコールで弾いていたop.118-2です。
この曲の演奏を生で聴くのは、ペライア、フレイレ、シフに続いて4回目。
今日のオピッツさんの演奏はオピッツさんらしい実直な演奏で、フレイレのそれと違い、あちらの世界はそれほど近くにはなくて。それはシフも同じで。
こうして色々なピアニストでこの曲を聴いていると、フレイレの弾き方が決して一般的なわけではなかったことに気付く。フレイレはどうしてあれほどあちらの世界を感じさせる音でこの曲を弾いていたのだろう…、とオピッツさんの演奏を聴きながら、そして帰りの電車の中でも考えてしまった。あの日フレイレがこの曲をアンコールで弾いてくれたときに見えた、柔らかな光に包まれた花々が風にそよぐ草原。あの風景は今もはっきりと思い出すことができる。フレイレは今、あの場所にいるのだろうか…。

そんなわけで、オピッツさんの真っ直ぐなベートーヴェンに心のドロドロを浄化していただき、熱情に興奮し、最後に思いがけず聴くことになったブラームスのop.118-2にフレイレを想う、そんなクリスマスイブの夜でございました…。


Brahms: 6 Piano Pieces, Op. 118 - 2. Intermezzo in A

引き続き、フレイレの追悼をさせてください。アルバム『BRAHMS』より、op.118-2。

András Schiff - Sonata No.23 in F minor, Op.57 "Appassionata" - Beethoven Lecture-Recitals

今回初めてシフのこのレクチャーシリーズをちゃんと聞いたのですが(「テンペスト」と「熱情」)、面白いですね!すごく勉強になるし、シフのユーモアセンスも楽しくて、45分間があっという間。シフのゆったり英語も、リスニング的に疲れずに聞けて有り難い(8分音符ってイギリス英語でquaverっていうのか)。
シフは「熱情」について、「”熱情”というよりも、”悲劇(tragic)”ソナタと呼ばれるべき作品です。ギリシャ悲劇のような曲だからです。最後はカタストロフィで終わります。そこにカタルシスはありません」と。
シフとオピッツさんは同い年なんですね。

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