シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

偽りなき者

2013-03-29 | シネマ あ行

中学校か小学校(?)の教師をしていたがその学校がなくなり、いまは幼稚園で保父をしているルーカスマッツミケルセン。離婚していまは一人暮らし。小さな町で近所中が幼馴染のような関係で、しばしば男同士集まっては狩りに出かけたり、お酒を飲んだり、時には冬の湖の飛び込んだりと子供のときのままのような友人たちがたくさんいる。

隣に住むテオトマスボーラーセン一家ともそのような関係で、忙しい両親にほったらかされがちな一家の末っ子の5歳のクララアニカヴィタコプの面倒もルーカスがよく見ていた。自分に親切にしてくれるルーカスにクララは好意を持つようになり、幼稚園でハート型のモチーフをプレゼントし遊んでいるときにルーカスの唇にキスをした。ルーカスは「このハートは誰か男の子にあげなさい。それと唇にキスはダメだよ」とクララを諭すが、それがクララの小さな女心を傷つけてしまう。

落ち込んだクララは園長先生スーセウォルドに「ルーカスは嫌い。おちんちんがあるから」と言う。「パパにもお兄ちゃんにもおちんちんがあるのよ」と言う園長先生にクララは続けて「でもルーカスのはピンと立ってるの」と聞き捨てならないことを口走る。クララはたまたま前の日にお兄ちゃんの友達がインターネットポルノの画像をクララに見せ「ピンと立ってるだろう」とか言って面白がっているのをそのまま言っただけだった。それがどんな重大な結果をもたらすかをまったく知らずに。

幼女への性的虐待を追及されたルーカスはもちろん全面否定するが、誰もルーカスの言う事など聞いてはくれない。あろうことか他の園児までがルーカスに性的虐待を受けたと証言し始める。

こうなると味方になる者は非常に少なかったが、離婚して離ればなれになっていた息子マルクスラセフォーゲルストラムはルーカスを思いやって来てくれた。仲間のうちの一人ブルーンラースランゼは周囲が何を言おうがルーカスを信用し、ブルーンの兄弟や父親もルーカスの無実を信じてくれていた。しかし、それ以外の人々は町中が全員ルーカスの敵となった。マルクスがスーパーに行っても追い出され、ルーカスが行った時には暴行された。

ルーカスは警察に連行されるものの、証拠不十分なのか釈放される。この時点でルーカスは逮捕もされていない。それでも住民たちがルーカスに向ける憎悪はとどまることを知らず、家に石を投げいれられ愛犬を殺されてしまう。

そんなことになってもルーカスはこの町にとどまった。仕事も信用もないが自分は何も悪い事はしていない。その信念がルーカスにあったからなのか。一緒に育ってきた仲間たちがいつか分かってくれる。そう思っていたのか。

クリスマスイヴの日、町中から総スカンを喰らっているルーカスだが、一人静かに町の人が集まる教会へ向かった。そこにはクララの一家もいる。「お前がウソをつくときはすぐに分かるよ」とルーカスに言っていたほどの親友だったクララの父親テオ。彼に向かって満身創痍のルーカスは自分の無実を訴えかける。

クララが傷ついた気持ちは分かる。小さな女の子にもらったハートを突き返すなんてルーカスはしちゃいけなかった。でもまさかその代償がこれとはね…このハートを返し唇へのキスを咎めたのには、ヨーロッパでのセクハラへの対応の慎重さというものがあるのだろう。その慎重さが裏目に出るとはなんとも難しい。

クララもここまでの大騒ぎになるとは思わず実はすぐに母親に「本当は何もなかったの」を告白しているのだが、「つらい目にあったことは頭が忘れようとするのよ」とクララの告白を封じてしまう。これも確かに母親としては仕方ない、というか当然の対応と言えるだろう。

まず「子供はウソをつかない」という前提は非常に間違っている。子供は平気でウソをつくし、自分でついたウソが本当のことなんだと本気で錯覚も起こす。それでもねぇ、、、小さな女の子にあんなこと言われたら、まさか自分の想像で言えるわけないし、どこかで仕入れて来た情報だなんて思わないし、本当のこと言ってると思うよね、普通。しかも周りの幼稚園児まで同じようなことを言いだすのだから始末が悪い。周囲の大人の集団ヒステリーとともに子供たちも一種の集団ヒステリーに陥っていたのだろう。子供というのは結構簡単に思い込みでものを言うものだ。

見ているこちらとしてはクララはウソを言っていることを知っているし、ルーカスの苦悩を見ているから町の連中憎し!と思うけど、自分が町の連中の立場だったら絶対あんなふうになると思う。ルーカスを殴ったりはしないだろうけど、殴った人の気持ちも分かると思ってしまうだろう。自分が簡単にどちらの立場にもなり得ると思うと恐ろしいドラマである。展開は淡々としているのに、こちらの集中の糸が切れることはない。やはりトマスヴィンターベア監督の力量とマッツミケルセンの素晴らしい演技の賜物だろう。

最終的にクララの父親テオが長年の友人ルーカスの言い分を信じたこととと娘のウソの告白を受け入れたことでルーカスの容疑は晴れる。そして、1年後まるで何事もなかったかのように昔からの仲間が集まりルーカスの息子マルクスの猟デビューを祝うのだが、、、

あのラストの戦慄。みんなで猟に出かけ森の奥でルーカスを一発の銃弾が狙う。弾は外れたが、あれを撃ったのは誰だったのか?いや、果たしてあれは実際に起こったのか、それともルーカスの被害妄想だったのか。先日まで放映していたドラマ「サキ」でのセリフを思い出した。「真っ白な色に一度黒が落ちるともう二度と白に戻すことはできない」ルーカスとその仲間たちはもう二度と昔のようには戻れないのだ。



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