予告編を見て良さそうだと思ったので見に行きました。1948年のアメリカ映画「山河遥かなり」のリメイクということは最後のクレジットロールまで知りませんでした。原題は「The Search」で1948年版と同じです。
「山河遥かなり」は1948年の作品ということで第二次世界大戦後の世界が舞台だったようなのですが、それをチェチェンに移し「アーティスト」のミシェルアザナヴィシウス監督がリメイクしました。
1999年のチェチェン。ロシアが侵攻してきて両親が殺されるのを隠れて見ていた9歳の少年ハジアブドゥルカリフマムツィエフは姉も両親と一緒に死んでしまったと思い、まだ赤ん坊の弟を連れて自宅から逃げる。逃げる最中に赤ん坊は育てられないと思ったハジは民家の玄関に弟を捨て、そこの家の人が拾ってくれたのを見届けてから自分は国境を目指した。途中車で逃げる一行に助けられ車に乗せてもらって難民キャンプに行くハジだが、両親を亡くしたショックからか、誰が話しかけても言葉が出なくなってしまっていた。
赤十字に保護されたハジだが、銃を持った警備の人を見て怖くなりそこから逃げ出してしまう。町をさまよっていたハジはフランスから人権の調査に来ていたEUの職員キャロルベレニスベジョに出会う。初めは食べ物を渡し去ろうとしたキャロルだったが、ハジのことが気になり結局アパートに連れ帰る。
一方、実は生き残っていたハジの姉ライッサズフラドゥイシュビリは村で捨てられた赤ん坊がいるというウワサから一番下の弟と再会し、赤ん坊を連れてハジを探しに赤十字まで来ていた。赤十字のヘレンアネットベニングはハジと会っていたが、彼が逃げ出してしまってからどこにいるのか分からずにいた。
声を失ったハジと仕方なくハジの面倒を見つつ徐々に愛着が湧いてくるキャロルとの交流は心温まるものがありますが、やはりチェチェンの過酷な状況に胸が痛みました。キャロルもEUの人権委員会でスピーチなどしつつも世界がチェチェンの状況を無視していて苛立ちが募ります。そんなキャロルに対して赤十字のヘレンは人権委員会なんて口先だけで実際の行動をしているのは自分たちだという苛立ちがあり、キャロルに当たってしまうシーンがあります。それぞれがそれぞれの立場で状況を良くしようとしているのだけど、世界に置いて行かれ悪くなるばかりの状態でやるせない精神状態にあることがとても辛いです。
ハジを演じるアブドゥル君がすごく良かったなぁ。大きな瞳で少し困ったような眉で言葉を発しなくてもすべてを表現してみせる演技がとてもナチュラルでした。そして、おそらくお父さんに教えてもらったのであろう魂のダンス。詳しくは分からないけどきっと民族の伝統のダンスなんでしょう。セリフなどなくとも彼の悲しみや情熱がものすごく伝わってくる素晴らしいシーンでした。ハジが捨ててきた弟のことを語るシーンもワタクシはとても好きでした。僕は小さ過ぎて赤ん坊の弟を育てられないから、よその人任せてきた。弟はそれを許してくれると思うとハジは言うんです。陳腐な後悔の念を語られるよりもこの状況で最善のことをしたと分かっているハジがとても愛おしかった。一度話し出すと堰を切ったように話し始めたハジ。語っても語っても語り尽くせない気持ちがあったのでしょう。
終盤お姉ちゃんと再会できて無邪気に喜ぶハジを見て嬉しいんだけど、少し寂しいという表情をしていたベレニスベジョの演技も印象的でした。自分が養子にしようという決意までした子が生き残った肉親に会えてそちらで生きていくことを喜んであげないといけないんだけど、そう単純な気持ちではいられないというキャロルの気持ちがとても伝わってきました。
ハジとキャロルの交流やハジがお姉さんに無事会えるのかというスリルとともに、敵側のロシア兵の訓練の様子も描かれていきます。未成年なのにタバコを吸ったとか軽微の罪で刑務所行きを免れるために兵役につかされる少年コーリャマキシムエメリヤノフ。訓練では理不尽な暴力や先輩からのいじめに耐え向き、どこにでもいるちょっと生意気な少年が殺人マシーンに仕立て上げられていく様子が描かれていくのですが、こちらの話は一体どこへ向かっているのだろうと思っていると、作品の冒頭にあったハジの両親が殺される様子を楽しそうに撮影していた兵士が実はこのコーリャだったということが最後に分かり身の毛がよだつのです。不謹慎な言い方だと思いますが、映画的には非常にうまい作りです。
こういうふうに作ることによって侵攻される側だけではなく侵攻する側にとっても悲劇的な出来事である戦争を引き起こす国家を批判しているのでしょう。
監督がフランス人だからということもあるのでしょうが、世界市場を考えてやたらと不自然に英語を話す映画が多い中、キャロルが独り言のように話せないハジに話しかける時はちゃんとフランス語を使っていたり、チェチェン人なのに英語が話せるハジのお姉ちゃんにヘレンが「どうしてそんなに英語がうまいの?」と聞いたりするところがとても自然に感じました。
ヘヴィですが、たくさんの人が見るべき作品だと思います。
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