シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

帰ってきたヒトラー

2016-06-23 | シネマ か行

自殺したはずのヒトラーオリヴァーマスッチが現代社会にタイムスリップ。彼を発見したテレビマン・ファビアンザヴァツキファビアンブッシュが彼を物まね芸人だと思いこみテレビに売り込んで聴衆にバカ受けする。

まったく予想していなかったのですが、このファヴィアンとヒトラーが一緒にドイツ中を旅をして回るシーンがあり、そこでヒトラー(の物まね芸人とみなが思っている人)を目の前にドイツ人や外国から来た観光客がどのような反応をするのかというのがドキュメンタリーとして撮影されていた。現代のドイツ人の政治的な悩みに耳を傾けるヒトラー。ネオナチたちに会い表面上ヒトラーに憧れるばかりで彼の信念など何も理解していないネオナチの本当の姿を暴いてみたり。過去に彼のやった身の毛もよだつ行為は別として、彼の政治的手腕の高さがここで非常にうまく表現される。一人一人の市民の意見を聞き、政治的な不満があるならそれを政治家にぶつけなさいと話し、本当の民主主義を勝ち取るのだと鼓舞する。そう、彼はもっとも民主的な憲法のもと選挙で一般市民から選ばれた首長なのだ。

始めは現代によみがえったヒトラーが状況を把握するまでに、周囲の人とチグハグな会話を繰り広げてそれが面白かったのだけど、瞬く間に状況を理解し、現代のテクノロジーを駆使してプロパガンダを広めることを習得してしまう彼の姿に慄然とする。彼を芸人だと思って面白がっている人たちも、彼の言うことに一理あるとか、不満を聞いてもらって満足したりとか、徐々に彼の色に染まっていく社会の姿がありもう笑うに笑えない状況になっていく。

ヒトラーの所業を見ていると、どうして国中があんな奴の言いなりになってしまったのか?という単純な疑問が頭をもたげてくるのだけど、頭の中では危険な思想を持ちながら、人当りがよく礼儀正しくはっきりした主張をするヒトラーの姿を映し出されると彼が巧みに民衆を味方につけていった様子をまざまざと再現されるようで戦慄が走る。

それが終盤の現在ドイツやヨーロッパ、ひいては日本も含め世界全体が置かれている内向きの視点に支配されている世の中に突如として現れたヒトラーが一気に支持を集めそうな気配につながっており、製作者側としてはそこに警鐘を鳴らしているのだろうけど、その警鐘が届きそうもない現代の社会の状態に恐ろしさを感じた。

ここまでヒトラーをネタにできるドイツ人たちの懐の深さというものも今回試されているのだろうと思う。ユダヤ人問題をこの蘇ったヒトラーはどう考えていたのかという部分はさすがに深くは掘り下げなかったようですが。ドキュメンタリー部分でもユダヤ人との直接のやりとりはなかった。さすがに演じる役者の身の安全も考えてのことだったのかもしれません。テレビ局で「ユダヤ人ネタは禁止」と言われるシーンでうまく触れないようにもっていっています。

ヒトラーを演じたオリヴァーマスッチは正直あまりヒトラーに似ていないなぁ、もっと似てる人選べたんちゃうん?と最初は思っていたのですが、演説(ネタ)前の自信たっぷりの沈黙ぶりや、熱の入った演説、時に激高して見せる姿などが(本物を知っているわけではないけど)迫力があってリアルにだんだんヒトラーに見えてきました。

こんな話にどうやってオチをつけるのだろうと思いながら見ていたのですが、ゾッとする終わり方でした。ここまで巧く非常に強烈に風刺をやってのける作品は珍しいと思います。これから変化していく社会情勢の中でこの作品の位置づけがどのようなものになっていくのかも興味深いところです。