特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

夢のカケラ

2017-08-16 08:38:17 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
八月も後半に入るというのに、相変わらず、梅雨のような天気が続いている。
しかし、専門家によると、これでも“異常気象”というほどではないらしい。
でも、何だか おかしな感じがする。
そうは言っても、悪いことばかりではない。
常々不眠症に悩まされている私でも、雨が降っているとよく眠れるから。
気圧のせいなのか湿度のせいなのかよくわからないけど、何故だか昔からそう。
ただ、その分、朝がツラい!
普段、寝起きがいい私も なかなか起きられず、いつもより寝坊してしまうこともしばしば。
もちろん、仕事に遅刻するようなヘマはしないけど、ショボショボする眼とボーッとする頭が朝の私を鈍らせる。

そんな今日この頃、お盆休みが終わった人、また、終わる人も多いだろう。
家族サービスや渋滞混雑で、仕事より疲れた人もいるだろう。
それでも、やはり、長期休暇の後の仕事は憂鬱だろうか。
ま、盆休も正月休もない私には無縁のこと。
長期休暇なんて夢のまた夢。
ただ、そのおかげで、休み明けの鬱に遭わないですんでいる。
また、ここ数日は一部の商業地域を除いて都内は道路が空いていて快適だった。
「いつも、このくらい空いてればいいのにな・・・」
そんな風に思いながら、お盆休みなんかない私も、その平和な雰囲気だけは楽しんだ。



出向いた現場は、郊外の賃貸マンション。
間取りは1K。
依頼者は若い女性。
依頼の内容はゴミの片づけ
そう・・・女性の自宅はゴミ部屋となっていた。

主なゴミは食べ物・飲み物関係。
そこへ、雑誌・衣類・生活消耗品等が混ざっている感じ。
「山のように積まれている」というほどではなかったが、床は見えておらず、そこそこの厚みをもって堆積。
ともなって、ゴミ部屋特有の異臭も充満。
特掃隊長の腕が鳴る前にガス警報器が鳴りそうなくらいだった。

また、台所シンク・浴室・トイレ等の水廻りもヒドい有様。
掃除なんてまったくしていないようで、どこもかしこもカビだらけ垢だらけ。
女性がこれを日常生活で使っていることを思うと、こっちが恥ずかしくなるくらい。
“女=きれい好き”といった男の先入観(エゴ?願望?)を持ち出してしまうと、女性の顔を見て話すのが躊躇われるくらいだった。

ただ、そんな状況に驚いたり顔を顰めたりするのは無神経だと思った私は、あえて表情を変えず、淡々とした口調でコメント。
そして、率直な感想を口にしながらも、針の筵(むしろ)に座らされているかのように表情を強張らせる女性が気の毒に思えた私は、
「でも平気ですよ・・・もっと凄いとこ、たくさんやってきましたから・・・」
と、自分なりの優しさをそっと後付けした。

そうは言っても、状況は、ライト級より重め。
したがって、見積もった費用は、まあまあの金額になった。
「やっぱり、それくらいになりますか・・・」
「ちょっと厳しいです・・・」
おおよその金額は覚悟していたものの、それが現実とわかり、女性は、もともと曇っていた表情を更に曇らせた。

事情をきくと、女性は、学生ではなく社会人。
しかし、定職には就いておらず。
派遣のアルバイトをしながら生活。
ただ、それは、何らかの目的があってのことのようだった。
しかし、収入は不安定で、貯えもほとんどなし。
家賃や公共料金の滞納はなさそうだったが、経済的に逼迫した生活を送っていることは容易に想像できた。

当方としてもビジネスとして成り立つ範囲内なら値引きにも応じる。
しかし、女性の資力は見積金額と随分かけ離れており、とても そこまでの値引きに応じることはできず。
当然、最終的に折り合わなければ、契約はできない。
“ここは仕事にならなそうだな・・・”
私は、内心でそう諦めながら、
「でも、キャッシングとか、変なところで借りたりするのはやめたほうがいいですよ!」
「その気になれば、自分で片づけることもできるはずですし・・・」
と、親切心を押し売り、足労が無駄になった自分を慰めて現場を後にした。


それから、二年近くが経った頃、会社に現地調査の依頼が入った。
依頼者は私の名を挙げ、
「以前、見に来てもらったことがある」
「もう一度、見に来てほしい」
とのこと。
会社からその報を受けた私だったが、あちこちの現場を走り回り、色んな人と関わっているため(おまけに記憶力も悪いため)、すぐには、その依頼者や現場のことを思い出すことができず。
ただ、自ずと 今回も私が出向くことに。
「“流れた”と思っていた仕事が二年近くもたって舞い戻ってくるなんて・・・先のことはわからないもんだよな・・・」
私は、そんな些細なことに人生の機微を重ねながら、事務所の壁にあるスケジュール表に現地調査の予定を書き込んだ。

現地調査の日。
建物を確認すると、その瞬間、それまで何も思い出せなかった私の脳裏に、多くのことが蘇ってきた。
同時に、二年近く経って部屋がどうなっているのか、野次馬根性に近い興味も湧いてきた。
それから、暗かった女性のことも思い出され、それに合わせるため、私は、自分の明るさも暗めに調節。
そうして、やや緊張しながらインターフォンを押した。

女性は、すぐに玄関を開けてくれた。
そして、私の顔を見るなり、旧知の友に再開したときのように、照れくさそうな笑みを浮かべた。
私の中で、女性については暗い印象しか残っていなかったため、その笑顔は意外なものだったが何だか嬉しいものでもあった。
そんな雰囲気に安心した私も笑顔を返し、今回は、淡々とした姿勢をあらためて感情ある人間味を醸し出した。

幸か不幸か、部屋の状況は大きく変わっておらず。
ただ、二年近くが経過していた割にゴミは増えておらず。
水廻りは相変わらずの汚さだったが、ゴミが詰められたゴミ袋が十数個あり、女性が自らの手で片づけているような形跡が残っていた。
そして、女性自身も、その労苦を やや誇らしげに私に話してきた。

見積金額は、女性の労苦を勘案し、前回より若干低めに。
それは、女性の許容範囲内だったようで快諾
ただ、女性の経済力を知っていた私には、精算について疑義が残った。
通常、代金は、作業が終わってから銀行の会社口座に振り込んでもらうことが多いのだが、女性の場合、その辺のところの信用度が低い。
作業が終わった後で値引きを要望されたり、不払いの問題を起こされたりしたらたまらない。
だから、作業後、現地で全額現金精算させてもらうことを条件に契約を結んだ。

女性は、相変わらず、派遣アルバイトで生活。
収入は低く、しかも不安定。
ただ、実のところは、実家の親にいくらか仕送ってもらって生活を成り立たせていた。
そして、今回の費用も、「自分の資力では賄えないので親に出してもらう」とのこと。
それを聞いた私は、瞬間的に複雑な心境に陥った。
が、当方にリスクがあるわけではないので、余計なことは考えずビジネスとして割り切ることにした。


職業は派遣アルバイト。
生計は親の仕送りがないと成り立たない。
家はゴミ部屋。
ルーズな人間・だらしない人間として世間は扱うだろう。
かくいう私も、そういう見方をする。
しかし、そんな女性でも、必死に夢を追いかけていた時期があったよう。
夢見た職業があったよう。

しかし、理想と現実は違ったのだろう。
理想を甘く描きすぎていたのか・・・
現実が厳しすぎたのか・・・
スタート地点に到達することさえできなかったのか・・・
チャレンジするチャンスさえ掴めなかったのか・・・
夢は破れ、それを追うことも諦めてしまったようだった。

そんな女性には、徐々に、ここでの生活の限界が見えてきた。
今はまだ若くとも、時がたてば年をとる。
親も老いていき、仕送りも永久には続かない。
ここにいては、片づけられない習性も変えられない。
結局、親の勧めもあって、女性は、この部屋を引き払って実家に戻ることにしたよう。
そして、夢から離れた定職に就くことを志すよう。
生きる環境を変えて、生き方をリセットするつもりのようだった。


人生、思い通りにならないことはたくさんある。
思い通りになることより、思い通りにならないことのほうが多いかもしれない。
それでも、人は、岐路に立つ度に、次の道を取捨選択して歩いていく。
生きているかぎり、生かされているかぎり、それが不本意な道でも、失望の道でも進んでいかなければならない。
そして、それが人を育み、人生を彩る。

ただ、夢を持ったこと、夢を追いかけたことは無駄ではない。
夢に破れたことも無駄にはならない。
夢はなくなっても、そのカケラは残る。
涙して悩んだこと、汗して努めたこと、歯を食いしばって耐えたこと、勇気を振りしぼって挑んだこと、熱く燃えたこと・・・そのカケラは残る。
そして、それは、次の道の歩みを強めるバネになる。


作業後の私は、汗と脂と汚れにまみれて疲弊。
それでも、無事に終わった安堵感と ささやかな達成感と 心地よい疲労感が心身を覆った。
そして、領収証と引き換えに受け取った紙幣を数えながら、
「ありがとうございます・・・これで、なんとか今月も食べていけますよ」
と冗談を言う余裕も生まれていた。

傍らに立つ女性は、その時、満面の笑顔を浮かべた。
部屋がきれいになった安心感、新しい道を決めた爽快感、新しい道に進む期待感、そういったものが女性に笑顔をもたらしたのかも。
また、女性の耳には、くたびれたオッサンの冗談が冗談に聞こえず、また女性の目には、その気の毒さの中にある幸福感が滑稽に見えたからかも。
とにかく、それは、私にとって、何かいいものを拾ったような喜ばしい笑顔だった。


夢をみたことがない私でも、人の夢に触れることはできる・・・
夢を持ったことがない私でも、夢のカケラを拾うことはできる・・・
そして、夢を追いかけたことがない私でも、誰かに夢をみせてあげることができるかもしれない・・・

汚仕事に次ぐ汚仕事でボロ雑巾のようになっている中年男だけど、私は、そんな夢をみているのである。



ゴミ部屋の片づけについてのお問い合わせは
0120-74-4949

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