特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

痩心

2014-01-11 08:42:39 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
ゴミの片付け依頼が入った。
電話の向こうは、中年女性の声。
現場は、女性が暮す賃貸アパート。
間取りは2DK。
床一面をゴミが覆い尽くし、更に、それが結構な厚さに堆積しているとのこと。
「どれくらいの費用がかかりそうですか?」
との問いに、私は、想定の概算費用を返答。
「やっぱり、それくらいかかりますか・・・」
女性は、その金額を聞いて、しばし沈黙。
声のトーンを落とし
「分割で払うことはできますか?」
と、言いにくそうに訊いてきた。
女性の資力が乏しいことは、聞かずとも明白だった。

代金の分割払いは原則として可能。
しかし、そこには、おのずと条件がつく。
頭金の金額、月々の支払金額、支払期間、安定収入の有無etc・・・当社にとって受忍できる範囲のリスクを超える場合は、契約することができない。
しかし、それも原則。
諸条件をクリアすることも大事だけど、最後は人物で判断する。
イザとなった場合、契約書も契約書も何の役にも立たないから。
(それが痛い思いをする原因にもなるわけだけど。)
そこで、私は、質問がプライベートなことに及ぶことをあらかじめ詫びて、女性の経済力を知るべく、色々と質問をしてみた。
すると・・・
職業は派遣スタッフ。
月の収入は十数万円、しかも不安定。
クレジットカードの与信はなし。
資産や預金類、担保になりそうなモノもなし。
お金を貸してくれそうな人も保証人になってくれそうな人もいない。
・・・とのこと。

それでも、私は、女性がある程度の予算は確保しているものと思っていた。
ところが、女性はそれを一切持っておらず。
まとまった額の頭金もなく、その上で分割払いを希望。
「ちゃんと払いますから、何とかお願いします!」
と、声のトーンを上げた。
それを聞いた私は、逆にトーンダウン。
私が聞いたもの以外の借金や滞納がないとも限らないし、それがなくても、月々の収入は、家賃を払って食べていくのがやっとではないかと思われるような金額。
「こりゃ仕事にならないな」
と、内心で思いながら、
「その条件で分割払いは無理です・・・」
と、私は、展開した話を締めにかかった。
それでも、女性は引かず。
「何とかならないでしょうか・・・お願いします!」
と、切羽詰った様子で訴えてきた。

女性は、当方に相談する前に、既に、自分で探しうる各方面・各業者にも相談していた。
だが、女性に資力がないことがわかると、どこも、女性を相手にせず。
現場は、東京の隣県の某市。
「近い」とは言えない距離。
現場を見に行けば、時間もかかるし移動交通費もかかる。
仕事にならない可能性が極めて高いとなれば、二の足を踏んでしまうのも当然。
しかし、誰も相手にしたがらない相手を相手にするのが私の仕事でもある。
私は、無駄足にならない可能性を探すため、無駄足になる可能性が高い現場に向かって車を走らせた。


訪れた現場は、住宅地に建つ二階建のアパート。
女性宅は、その一階。
私は、いきなり訪問してインターフォンを押すようなことはせず、少し離れたところに車をとめ、そこから女性に電話をかけた。
これは、依頼者に心の準備をしてもらうためであり、近隣対策のためでもあり、また、ゴミ部屋を訪問する際の私なりのマナーでもあるのだ。
そして、その心づかいは、女性も気づいてくれたよう。
部屋を見て驚かないよう心の準備をしてくること、近隣住民に気づかれないように玄関を入ること等、訪問するにあたって注意する点をいくつか教えてくれた。

玄関を入ると、目前には想像通りのゴミ野原。
悪臭も著しく、天井や壁には何匹ものゴキブリが張りつき、あちこちにネズミが走り回っていた。
玄関には靴を脱ぐ隙間もなく、また、広がっているのは靴を脱ぐ必要があるような光景でもなく、私は、「土足のままで構わない」という女性の言葉よりも先に、靴のまま上がりこんだ。
そして、あまり驚くと女性に失礼なので、私は、事務的かつ淡々と、狭い部屋に広大に広がるゴミ野原を散策した。

しばらく前から、このアパートにはゴキブリやネズミが発生するように。
始めは、その原因は不明で、その駆除については各戸がそれぞれ対応。
しかし、その発生はおさまるどころか、増える一方。
そのまましばらくの時が経つ中で、次第に、女性宅が原因として怪しまれるように。
窓にゴキブリが張りついているのを見られたり、周辺に漂う異臭が女性宅からでていることを勘付かれたりしたのだ。
決定的なのは、隣の住人に室内を見られたこと。
窓は中が見えないようカーテンを閉めっぱなしにしていたのだが、玄関ドアは出入りの際に開けざるを得ない。
その際は、室内の光景が外からの視線に晒されないよう細心の注意を払っていたのだが、ある時、隣の住人と玄関前で鉢合わせ。
瞬間的とはいえ、閉じかかった玄関ドアの隙間から室内の一部が露に。
以前から女性宅を疑っていた隣人にとって、それは、疑心を確信に変える絶好の材料となった。
隣人は自分の目を疑うことなく、すぐにアパートの管理会社へ通報。
そして、管理会社は、数日後に立入検査を行う旨を通知してきたのだった。

部屋の惨状を管理会社が目の当たりにしたら、タダでは済まないことは容易に想像できる。
ただちにゴミを片付けることはもちろん、すみやかにアパート退出することを命じられるだろう。
そして、重汚損が残留するであろう部屋を原状に回復させる責任を負わされるはず。
しかし、一連の費用を工面できない女性は、即座に行き詰るだろう。
住処をなくし、路頭に迷うかもしれない。
八方ふさがって、“死”が頭を過ぎることになるかもしれなかった。

それでも、この状況を招いた責任は女性にある。
他人の所有物である部屋を借りている女性には、その使用にあたって、善良なる管理者としての注意義務がある。
一般的な良識・常識をもって、社会通念を逸脱しないよう借用物を善良に使用する義務があるのだ。
女性がそれを怠ったのは明らかで、女性に非があるのも明らか。
普段から、ゴミを出す生活をしていればこんなことにはならないわけで、他の誰が悪いわけでも、他の誰かの責任でもない。
「自業自得の自己責任」としか思いようがなく、私の中には、代金の分割払いにおいて女性を信用する気持ちは一向に沸いてこなかった。

せっかく現場を訪問した私だったが、結局、無駄足にならない可能性を見つけることはできず。
数万円規模の仕事なら裏切られても浅いキズで済むので請け負った可能性が高いけど、これはその域をはるかに越えたもの。
私は、会社に相談するまでもなく女性の依頼を断った。
すると、女性は、とうとう泣きだした。
そして、
「お願いします!お願いします!お願いします!」
と、必死に懇願し、とめどなくあふれる涙もそのままに、私に向かって手を合わせた。

その必死さは私にも伝わった。
ただ、同時に、“人間は、ノドもと過ぎればすぐに熱さを忘れる生き物”という冷めた思いも頭を過ぎった。
また、女性が、情に訴えようとして涙をみせたわけではないこともわかった。
しかし、私の中には、イヤな不快感も沸いてきた・・・
正確に言うと、女性が涙をみせたことが不快だったのではなく、女性の涙を不快に感じてしまう自分の痩せた心が不快だったのかもしれなかった。


特掃隊長は、優しさや親切心が“売り”のようになってしまっている。
“しまっている”と、まるで不本意なことのように書きながらも、それは、“他人から善人に見られたい”という気持ちが強い私の本意でもある。
善人ぶりがわざとらしくて、あまりいい印象をもたれていないかもしれないけど、中には好印象をもってくれている人もいるかもしれない。
しかし、私は、それを売りに仕事をしているわけではない。
人のためになることがあっても、人のためにやっているのではない。
自分のため、金のため、ビジネスと割り切って仕事をしている。
人に優しくできるのは、ふくよかな心を持った人。
人に親切にできるのは、ふくよかな心を持った人。
自分を犠牲にできるのは、ふくよかな心を持った人。
ふくよかな心は、きっとあたたかいはず。
そういう心を持たない私は、特掃隊長の皮を被った別の人間なのかもしれない。


私の判断は、仕事としては正しかったと思う。
しかし、人として正しかったのかどうかまではわからない。
仕事として請け負うことはできなくても、人として手助けできることは他にあったかもしれないから。
人は、助け合って生きている・・・助け合わないと生きていけないのだから。

事情はどうあれ、自分に助けを求める人が目の前のいたのに、私は、それを見捨てた。
ここに挙げたのは仕事上の一事だが、残念ながら、私という人間は万事がそう。
後悔とか罪悪感にまでは及ばないけど、その度に、少しずつ心が痩せていくような気がして、寒い思いをしているのである。



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