特殊清掃「戦う男たち」コメント公開

戦友の意見交換の場として公開しています。

老の行方 ~その二~(公開コメント版)

2017-03-21 07:48:07 | その他
先月下旬、久しぶりに実家に行った。
数えてみると、両親と顔を合わせるのは三年九ヶ月余ぶりで、
「え!?もうそんなに経った!?」
と、自分でも驚いた。
ただ、よくよく振り返ってみると、それも仕方なかった。
私の仕事は、土日祝祭日も盆も正月も関係なく、私には“盆暮に実家に顔を出す”という習慣がない。
おまけに、私などは、あまり休みをとらないものだから、たまの休暇は自分のことをこなすだけで手一杯で、“親の顔を見に行こう”なんて気は起きない。
せいぜい、一~二ヶ月に一度くらい、様子伺いの電話を入れるくらい。
今回も特段の用があったわけではなく、たまたま仕事のタイミングがよかったのと、老い先短い両親ことが ふと頭に浮かんだからだった。

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老の行方 ~その一~ (公開コメント版)

2017-03-15 08:53:29 | ゴミ屋敷 ゴミ部屋
「ゴミの処分をお願いしたいんですけど・・・」
「ただ、“ゴミ”といっても、普通のゴミじゃなくて・・・」
ある日、中年の男性からそんな電話が入った。

「ゴミの処分」と言ったって、自分で片付けることができれば、ほとんどの人は自分でやるはず。
自分の手には負えないから、他人に頼むわけで・・・
で、“自分の手に負えない”ということは、“それだけ困難な事情が発生している”ということ。
“ゴミが大量にたまってしまっている”とか、“ゴミが極めて不衛生”とか、または、その両方であるとか。
したがって、私は、すぐにゴミ部屋を想像し、また、男性が いよいよ追い詰められて相談をよこしたであろうことを察し、その緊張感や羞恥心を刺激しないよう、終始 明るい応対に努めた。

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大心災(公開コメント版)

2017-03-11 16:36:31 | その他
今日は、2017年3月11日。
あれから六年が経った・・・
“六年”という年月は、長いようで短く、短いようで長い・・・
ある人にとっては長く、また、ある人にとっては短かっただろう。
ほとんど第三者の私が、わざわざこのタイミングを選んで大震災のことに触れるのは“ありきたり”で安っぽいことかも。
また、まるで何かの記念日のように、節目の日だけ感傷に浸っているようで、偽善色を濃くするだけかもしれない。
しかし、地震大国に暮す以上、他人事にはできない現実があるわけで、そこのところを啓蒙するため、また、自分(人)にとって大切なことを訓ずるため、繰り返しになる内容を承知で書こうと思い立った。

被災地に比べれば、私の生活圏はほとんど“無傷”。
当初は色々な不自由が発生したけど、どれもこれも早々に解決。
街にも身体にも心にも、コレといった傷跡は残っていない。
ただ、この小さな一生において、あれほどの出来事に遭遇することは稀だろう。
そして、アノ時の衝撃は、生涯忘れることはないだろう。

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ドンマイ!ドンマイ!(公開コメント版)

2017-03-07 08:55:08 | 特殊清掃
つい先日、一件目の現場から二件目の現場に行く途中のこと。
通りはかなり渋滞しており、車は、ノロノロ動いたり止まったりの繰り返し。
それに退屈した私はスマホを手に取り、自分で撮った写真を開き 思い出を楽しんでいた。
すると、“ピピーッ!!”と笛の音が。
スマホを手にした姿が、歩道をパトロール中の警官の目にとまったのだった。
とっさのことで少々慌てた私だったが、すぐに状況を把握。
「ハァ~・・・ついてねぇな・・・」
と、溜息まじりに苦笑い。
しかし、運転中にスマホを手にしたのは事実。
端から抵抗するつもりはなく、
「ルールはルールですからね・・・」
と、素直に非を認め、指示通りに路肩に車をとめた。
そんな私の態度が意外だったのか、警官は、同僚を呼ぶ無線で
「当人は認めています!認めています!」
と、ややハイテンションで業務連絡。
そして、言われる前に車検証と免許証を差し出した私に(←違反キップに慣れている)、
「お仕事中、申し訳ありません・・・急いで済ませますから・・・」
と、どっちが悪者なのかわからないくらい腰を低くした。

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努め人(公開コメント版)

2017-03-03 09:09:23 | その他
暦のうえでは、三月は春。
気象の世界でも三月からは“春”とされるらしい。
しかしながら、春暖は、少しずつやってくるもの。
三月に入ったからといって、急に暖かくなるわけではない。
したがって、今、春になってもまだ寒い日が続いている。

寒暖の苦楽はあっても、春夏秋冬には、四季折々の趣と深い味わいがある。
そういった意味では、寒いことも暑いことも悪くはない。
ただ、日々の生活においては、寒冷より温暖のほうがいいし、暑熱より涼冷のほうがいい。
寒暑の酷は心身に堪えるから。

寒さが堪えるのは起床時。
多くの人がそうだろうけど、あたたかい布団から寒空に出ていくのは なかなかツラい。
あとは、入浴(シャワー)時。

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曇空の下(公開コメント版)

2017-02-21 08:52:25 | 特殊清掃
二月も早下旬。
立春を過ぎても、まだまだ寒い日が続いている。
とは言え、私の感覚では、今年の冬は暖かい。
雨(雪)も少なく、青空を仰げる日が多い。
寒いことは寒いけど、例年に比べると穏やかだと思う。
しかしながら、このところ、気分が晴れない日が続いている。
特に悪いことがあったわけでもないのに、身に周りに いいことはたくさんあるはずなのに、漠然とした過去の後悔と現在の不満と将来の不安が心を曇らせている。

例によって、最もキツいのは起床前の朝。
まだ夜も明けきらぬ暗いうちから、重い虚無感・疲労感・倦怠感に襲われて難儀している。
それでも、毎朝、重い身体を引きずり起こし、決めた時間に決めた通り動かす。
そしてまた、重い足を引きずるように、会社に向かって家を出る。
その壁を越えると、少しずつながら、気分は落ち着いてくる。
そして、会社に着く頃には、だいぶフツーに戻っている。
更に、現場に出てしまえば、欝々している余裕(?)もなくなるので、欝気は楽になる(別の意味での苦しさはあるけど)。

コイツとはもう長い付き合いなので、自分がどういう状況に陥っているのか、わりと客観的に把握することができていると思う。
で、その対処法も、いくつか持っているつもり。
しかし、それらを駆使しても、一向に気分は晴れていかない。
虚無感は感性が鈍いせい、疲労感は怠け心のせい、倦怠感は心構えが悪いせい・・・
旧態依然・・・燃えない自分が、強くならない自分が、賢くならない自分が情けなくて、涙が出ることもある。

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生きじまい(公開コメント版)

2017-01-17 08:11:35 | 生前相談
ある年の晩秋、空気が涼から冷に変わりはじめた頃。
私は、都会の喧騒遠い閑静な住宅地に建つ依頼者宅を訪れた。
依頼者は、高齢の女性。
病気を患っており、病院や老人施設を転々としながらの療養生活。
依頼の内容は、家財生活用品の処分・・・いわゆる生前整理について。
老いには逆らえず、身体は徐々に弱まっており、人生をしまう仕度をしようとしているのだった。

女性宅のエリアは、区画整理された住宅地。
だいぶ前の分譲地で、一帯は古い建物ばかり。
しかも、人影や車の通りもなく、寂しい雰囲気。
その中にある女性宅は、一段と寂れた様相。
庭や外周の手入れも行き届いておらず荒れ気味で、また、建物のメンテナンスもキチンとされておらず。
空き家っぽい雰囲気・・・生活の体温が感じられない冷えた佇まい(たたずまい)で、周囲の家とは趣を異にしていた。

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難儀談義(公開コメント版)

2017-01-10 08:45:38 | 特殊清掃
「全滅・・・」
汚腐呂の扉を開けた私は、呆然と立ち尽くした。

賃貸マンションの浴室で住人が死亡。
そして、そのまま約一ヵ月が経過。
故人(遺体)は、湯(水)に浸かったまま溶解し白骨化。
浴槽には、暖色の腐敗粘土が大量に溜まり、底は見えず。
また、遺体(遺骨)が引きずり出された痕の汚染も残留。
更に、発生した虫によって侵された天井・壁・洗場は原色をとどめておらず。
黒茶・黄色・緑色に変色し、夜空に輝く満天の星のごとく(表現がミスマッチ?)涌いたあとの虫殻も無数に付着していた。

悪臭は浴室内にとどまらず、部屋全体に充満。
しかも、部屋死亡の腐敗臭に比べて風呂死亡の腐敗臭は生臭さが強い。
それは、玄関を開けただけで「風呂死亡」とわかるくらい。
さすがに、私は、吐気をもよおすことはなくなったけど、慣れていない人だと吐くかもしれない(慣れている一般人なんていないけど)。
空気を肺に入れたくなくなるような、何とも不快な臭気なのである。

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幸せのドン底(公開コメント版)

2017-01-04 09:20:41 | その他
2017謹賀新年。
古来より何ら変わることがないスピードで時は過ぎ、また新たな年が明けた。
そして、正月三が日も終わり、街は祝の余韻を残しながら乾いた日常に戻りつつある。

世の中には、私のように、年末年始関係なく働いた人もいれば、休暇を楽しんだ人もいただろう。
そして、晴々した気分で仕事始めを迎えた人もいれば、欝々とした気分で仕事始めを迎えた人もいるだろう。
私の場合、元旦の朝、快晴の空とは裏腹にちょっと欝っぽくなってしまった。
寒いはずなのにジットリと脂汗がでて、夜が明けることに疲れを覚えた。
長年の付き合い・・・慣れた症状とはいえ、なかなかしんどいものがある。
何はともあれ、こうして新年を迎えることができたことに感謝!感謝!

そんな年末年始、多くの人が財布の紐をゆるませたことだろう。
私の財布の紐も少しはゆるんだけど、ほんの少しだけ。
質素倹約生活が身に滲みついているため、そんなに出費はかさまなかった。
また、仕事柄、複数日の旅行や遠出のレジャー等に出かけられないわけで、それも出費が抑えられた要因になっていると思う(嬉しいような、嬉しくないような・・・)。

とにもかくにも、お金は、得難く、使い易いもの。
気を抜いていると、アッという間に、しかも無尽蔵になくなっていく。
だから、細かいところも意識して、質素倹約を心掛ける必要がある。
いい年した社会人のクセに、一円もお金を遣わない日だってザラにある。
自分で言うのもなんだけど、その倹約ブリ(ケチぶり)は自慢してもいいくらいのレベルだと思う。
だけど、バカ丸出しになってしまうから、あまり細かな話は差し控える。

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無才凡人(公開コメント版)

2016-12-31 09:03:14 | 遺品整理
「怪しそうな人が来るんじゃないかと思ってました・・・」
依頼者の女性二人は、そう言って、気マズそうに笑った・・・・・


知人を介して、現場の調査依頼が入った。
依頼の内容は遺品処理の見積り。
訪れた現場は、郊外の住宅地に建つ古いマンション。
依頼者は、二人の初老女性。
二人は姉妹で、亡くなったのは二人の姉、三姉妹の長姉。
間取りは一般的な3LDK。
一人で暮すには広すぎるくらいの部屋だったが、夫に先立たれ子がなかった故の一人暮らしだった。

故人は老齢となった頃、癌を罹患。
ただ、高齢者特有の病状で、その進行はかなり遅く、病とは長い付き合いとなっていた。
そうは言っても、病状は少しずつ進み、晩年は、ほとんど病院生活。
そんな故人は、自分の死期を悟り、少しずつ家財を片付け始めた。
それは、“自分の後始末はできるだけ自分でしたい”との意志と、“残される親族の負担を少しでも軽くしておきたい”との配慮からくる故人なりのケジメだった。
だから、残された家財の量も多くはなく、室内は生活感がないくらい整然としていた。

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