植民地戦争+α

歴史テーマの中量級のボードゲームを制作し、ゲームマーケットに出展しています。
なので歴史とボドゲの話が多いです。

ベルギー消滅!!

2006年12月18日 19時12分18秒 | 国:オランダ・ベルギー
 goo.で耳…もとい目を疑うようなニュースが流れていました。題名は『「ベルギー消滅」で南北対立激化 』と過激なもので、慌てて読んでみると、ベルギーの公共放送RTBFが「北部のフラマン地域が独立し、ベルギーは消滅しました」と臨時ニュースとして、架空のニュースを放送したとのこと。このことでかねてより南北の対立があったベルギーではそれがさらに深刻になったとのこと。
 RTBF側は「悪ふざけではなく、議論を巻き起こすことを目的としたものだった」とのことですが、日本では考えられない放送行為です。
 悪ふざけでないとすると、何の意図を持っての放送だったのでしょうか?

 日本では、チョコレート・ワッフルで有名なベルギー。特にバレンタインで耳にするGODIVA(ゴディバ)は、ベルギーの会社です。

 そのベルギーの歴史はオランダと切手も切り離せない関係にあります。オランダともにネーデルランドと呼ばれていたこの地域は、16・17世紀、北部がオランダとしてハプスブルク・スペインから独立した際にも、そのまま残り続け、スペイン継承戦争でハプスブルク・オーストリア領となります。その理由としては、北部がプロテスタントだったのに対して、南部(今のベルギー一帯)はスペイン・オーストラリアと同じくカトリックだった為です。
 そのネーデルランド南部ベルギーの地域はフランドル(今のベルギー全土と、オランダ南部、フランス北部)と呼ばれ、ヨーロッパ最大の交易都市アントワープを中心に栄えます。
 しかし、この地域を虎視眈々と狙っていたのが、フランスです。フランスは市民革命の際に、遂に革命政府がフランドル全域を支配し、フランス領に組み入れてしまいます。
 そしてナポレオン戦争でフランスが敗退すると、フランドルは今度は列強の枠組みの中で、オランダ領とされてしまいます。それを良しとしなかったフランドルの人たちは、1830年に革命を起こしオランダから独立しベルギー王国を建国します(オランダの独立承認は1839年)。

 こうしてみるとベルギーは単一の地域のように見えますが、実は言語区分線と呼ばれる境が国土の中心を東西に走っており、北部がオランダ語、南部がフランス語を使います。オランダ語がドイツ語派で、フランス語とは異なるので、まさに歴史的に大国フランスと、神聖ローマ帝国に挟まれた境であることが伺えます。
 言葉が違うと互いの理解が難しくなるのか、ベルギーは言語区分を境とした南北での対立があるとのこと。
 今回の放送はこういった背景からのようです。

 ちなみに、パトラッシュで有名な「フランダースの犬」のフランダースとは、まさにこの時代のフランドルのことで、死を迎える聖堂はアントワープ・ノートルダム大聖堂だそうです。


 植民地戦争では、コンゴに植民地を持っていたので宗主国化を検討はしたのですが、さすがにアメリカ独立よりも後に独立しているので、ちょっと無理かな…と断念。

オリジナルカードゲーム 植民地戦争
臨時ニュースで「北部が独立」 ベルギー消滅架空情報 言語圏の対立火に油(西日本新聞) - goo ニュース
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