9日は、真夏日になるという朝の天気予報だった。駅に妻を送って家に戻り、すぐ支度して日課の散歩に出ることにした。少しひさしが大きめの野球帽、紫外線カットの白いメッシュの上着、アベノマスクよりずっと大きく顏を隠せるダチョウの抗体のマスク、サングラス。このところずっと天気が良く、半袖だとどうしても露出部分が陽に焼ける。腕の皮膚が痛かゆくなり、風呂に入るとしみる。それを防ぐための支度をととのえた。
歩き始めた。川のほとりを上流に向かった。橋を渡って反対側の歩道に入った。あら珍しや。目の前20メートルぐらいに若い女性が歩いていた。散歩!手に何かコンビニのバッグらしきもの。真っ赤なシャツにベージュのゆったりしたスラックス。旅のお方か。今、ここのホテルや旅館は、営業自粛で閉めているのが多い。何やら不思議な人に見えた。それでもいつものようにロングブレス。1,2,3と数えながら鼻から息を吸う。その吸った息を1,2,3,4,5,6,7と唇を細めて口笛のような音を出しながら肺が空になるのではと思えるところまで吐き切る。青い空。川のせせらぎ。歩道と川の間に生い茂る草木。大輪の朝顔が草木にまとわりついて咲いている。カメラを持ってくればよかったと悔やむ。コキジ(古稀+2歳)になって確かに足が弱くなった。自分で脚を上げて歩いているつもりでも、歩道の舗装の突起や、ずさんな工事の余計な傾斜にけつまずく。ふくらはぎの痛みは、常態化している。思えば歳を取ったものだと先を行く、若い真っ赤なシャツの女性に羨望のまなざしを送る。
大きなホテルの前に来た。真っ赤なシャツの女性が走り始めた。えっ彼女あの格好でジョギングなの!でも靴もヒールが高いサンダルのようだし。変だよ。女性が振り返って私の方を見る。顔に恐怖が浮かんでいる。間違いなく彼女の視線は、私を見ている。その上恐れている。顔が引きつっている。真っ赤なシャツが恐怖を燃え上がらせる。私は立ち止まった。そして自分の姿格好を点検。誰が見ても怪しさ満点。気が滅入る。この距離で、若い女性をこれほど怖がらせるコキジなのだ。ロングブレスよりもっと強烈なため息。暑さの汗ではない汗。冷や汗がタラーリ。
その時だった。休業中のホテルの植え込みの中から猿の群れが出て来る、出て来る。道路を渡って歩道に向かってくる。私は恐怖で固まった。目を見るな。後ずさりする。10匹以上が渡った。私はそろりそろーりと道路を猿とは反対側に渡った。最後尾にいたボス猿らしいのが、振り返った。目と目が合った。ダメか。多勢に無勢。ボス猿、川の茂みに張り込んだ子猿に目を移すとノッシノッシと動き出した。私の冷や汗が体全体を寒くした。震えた。
過去にも私は散歩中に猿に追いかけられた。当時はまだ足腰が今よりしっかりしていた。だから捕まる寸前に攻撃をかわせた。過去の経験が蘇った。そして老化が速度をあげてきていることを認識させられた。
7日の日曜日のお昼時、妻が叫び声を上げた。妻が叫ぶのは、ゴキブリかムカデ。私は床を見る。何もいない。妻が外を指さし「猿!」と言った。家の前の庭に4匹いた。ゆっくり日向ぼっこ。のどかな風景だった。
その2日後、まさか散歩中に別の群れに出くわすとは。それにしても真っ赤なシャツの女性の反応が猿へのものでよかった。犯罪者にはなりたくない。服装いで立ち雰囲気要注意!