団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

パトカー追跡

2023年10月04日 | Weblog

  午後の買い物に車で出かけた。人呼んで『黒いスーパー』。そのスーパーの外壁が黒いのでそう呼ばれている。中型のスーパーである。住む町の他の店には売っていない、東京まで行かなくてもそろう商品が多いので、使っている。

  このスーパーの難点は、駐車場にある。10数台ずつ3か所に設けられている。入り口が2か所。出口が1か所。2か所は、道路から歩道を越えて、直接パーキングスポットに入れる。歩行者に気を付け、対向車にも注意しなければならない。

  そんな駐車場の空きスペースに私が車を入れようとした時、背後から猛スピードで私の車を追い抜いた箱型の黒い軽自動車。ぶつかる、と思った瞬間、軽自動車は、対向車線にハンドルを切った。すると今度は、けたたましくサイレンを鳴らしたパトカーが来た。パトカーも相当なスピードだった。「前の車、止まりなさい」。サイレンの音をかき消すような怒鳴り声。軽自動車は、交差点を右に曲がった。信号は赤。道路の他の車両は、すべて路肩に避難している。軽自動車に続いて、パトカーも赤信号の交差点をタイヤを軋ませながら、通過。黒いスーパーの駐車場の入り口は交差点を右折した所にある。スーパーに入ろうとしていた車に軽自動車がぶつかりそうになった。何とか軽自動車は、よけて通過。パトカーじゃ、「ほら、危険だろう。止めなさい。止まれ!」と絶叫。サイレン、スピーカー、エンジン音、タイヤの軋み音。軽自動車とパトカーは、静かな住宅街の奥に行ったようだ。

 やれやれと思っていると、今度は黒いスーパーのすぐ近くにある百円ストアの狭い小路から黒い軽自動車が歩道の段差で大きく跳ね上がって、道路に着地。そのまま再び黒いスーパーの方へ向かって来た。そのすぐ後を、パトカー。「危険だろう、止まれ、止まりなさい」の連呼。私が駐車した隣の車から私と同じくらいの年齢の男性が降りてきた。誰に話しかけるでもなく、「馬鹿だね。逃げ切れるわけがねえのによ」と言った。私は「そうですよねえ。逃げ切れるわけないですよね」と言いかけたがやめた。

  私は、すっかり忘れていた苦い過去を思い出した。上田に住んでいた時、私の悩み事を相談していた私より5歳年上の人がいた。東京出身で上田に工場がある会社に勤めていた。私は、彼の人となりや多才なところと常識的な生き方を羨望していた。突然、彼は離婚した。二人の子どもがいた。奥さんは、埼玉の実家に戻った。彼から電話が来た。別れた奥さんに荷物を車で届けるので、一緒に行ってくれと頼まれた。世話になっていたので行くことにした。碓氷峠を越えて、群馬県に入った。国道18号線を走っていた。すると後ろからパトカーがサイレンを鳴らして迫って来た。「クラウンの運転手さん、路肩に車を停めてください」 私は、彼が車を当然停めるだろうと思った。彼は停めようとするどころか、逆にアクセルをふかして脇道に入った。まさか彼が逃げるなんて。小心者の私は、震えが止まらなかった。

  結局20分ぐらい逃げ回って、パトカーに捕まった。パトカーの警察官は、彼を逮捕するのかと思ったが、驚くほど優しかった。

  私の友人は、離婚という大きな人生の節目に気持ちが荒んでいたのだろう。私も自分の離婚で経験した。黒いスーパーの前を駆け抜けた黒い軽自動車がどうなったか知らない。ただ「馬鹿だね、逃げ切れる…」と言ったおじさんの言葉が耳に残っている。人が正気を失うには、それぞれの理由がある。馬鹿な事をしでかさないように、あと少しの人生を辛抱したいという教訓を得た。


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