団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

東京電力OL殺人事件

2012年06月28日 | Weblog

 私がネパールのカトマンズに住んでいたのは、1993年から1995年までの2年5ヶ月間だった。今回東京電力女性社員殺害事件で東京高裁の再審開始決定を受け、釈放されたネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリ元被告(45歳)が日本に入国したのが1994年だったという。私がネパールに住んでいた時、マイナリさんは日本に向けてネパールを出発したことになる。事件の前、彼は不法滞在を続け、ネパールの家族に3年間仕送りを続けた。事件は1997年3月8日の深夜に起こった。

 マイナリさんが収監されていた15年間、私はその一分一秒全ての時間を自由に生きてきた。ところがマイネリさんは殺人の容疑で逮捕されて以来、その期間ずっと拘束されていた。長い時間である。それは私と妻がネパール、セネガルで住んだ後、旧ユーゴスラビア、チュニジア、ロシアのサハリンと移り住み、ついには日本に帰国して今日まで暮らした期間に相当する。その間マイネリさんが刑務所で囚われの身でいて、どれほど自由を制限され、故郷のネパールを想ったていたのか想像すらできない。

 ネパールは貧しい国である。人口800万人面積は、日本の本州を除いた九州、四国、北海道の合計面積と同じくらいの国である。この貧しく小さな国は、政治的にも安定せず、またこれといった産業もない。この国の貧しい人々が唯一稼げる方法は外国への出稼ぎである。かつてカナダ出身でハーバード大学教授だった経済学者ガルブレイスは「貧しい国に生まれてしまい、その貧困から逃れる対策のひとつは、先進工業国へ行って働いて稼ぐことだ」と言った。

 マスコミは今までマイナリさんのことなど小さく扱うだけだった。釈放されネパールに帰国することになってから、俄然扱いが変わった。まるで罪人扱いから突然、英雄扱いのようである。テレビのニュースでも帰国してカトマンズの家に到着して母親との再会を劇的なものと放映した。マスコミの変わり身の早さには驚くばかりだ。

 ニュースでテレビに映し出されたマイネリさんの家を見た。ネパールのカトマンズに住んだことがある私が見ても、ネパールの平均的な住居と比べて立派な家である。レポーターは「マイネリさんが日本から3年間にわたって仕送りしたお金で建てた家」と言った。カトマンズで外国人に住居を貸す人々の多くは、グルカ兵や海外で稼いだ人である。そういう点でマイナリさんもガルブレイスが言うように貧困が均衡し停滞しているネパールを飛び出し、日本で不法滞在して稼いだからこそ、あんな家を建てられることができたのだろう。

 しかし不法滞在に対して言い逃れも正当性も主張できない。ましてや東京電力OLを買春して肉体関係を結んでいた事実も言い逃れできない。“君子、危うきに近寄らず”“分別は勇気の大半”と諺は警告するぐらい人は己の誘惑に弱い。いくらネパールを離れ、家族と別れて暮らしていたとしても寂しかったというだけで説明がつく問題ではない。

 今後、無罪が確定されれば、マイナリさんへの補償問題が出てくるのだろうか。国の法律は、その国に合法的に在住する者に適用される筈だ。私は法律に詳しくない。どうなるにせよ自国内だけでも大変な問題がたくさんある。そこへいろいろな国から多くの人々が往来する。ひとたびその人々が関わる犯罪が発生すれば、そこから国際問題となってしまう。この国は、いまだに国際化があらゆる面で遅れている。これから克服しなければならない大きな課題である。

 冤罪は許せない。この事件から学ぶことは、いかなる国に暮らしてもその国の法を遵守しなければならないということである。ある国に入国するには、その国の法に服する覚悟が必要だ。欲望は誰にでもある。性は、個人と個人との誰もが立ち入れない問題である。マイネリさんが正式な査証を得て、品行方正に暮らしネパールの家族のためにせっせと仕送りしていたら、このような事件に関わることもなく、15年間の時間の無駄もなかったはずだ。貧困がマイネリさんの人生を狂わしたとも言える。一方殺された東京電力の女性会社員は、貧困による生きるための売春でなく、物質主義に起因する空虚な豊かさゆえの精神的貧困が産む歪んだ性への依存からのものだった。この対比にこそ日本とネパールの現状を如実に表している。

 この事件の真相は私にはまったく分からない。殺された東電のOLの無念を晴らすためにも、まず真犯人が逮捕されることが殺された女性に対しての供養となり、マイネリさんへの謝罪の第一歩となる。日本の警察、司法が威信をかけて事件を解決してくれることを切に願う。


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