団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

面倒で小さなこと

2012年06月14日 | Weblog

「小さなことをしている時は、大きなことを考えなければならない。その小さなことが正しい方向へと進んで行くように」アルビン・トフラー

 フキが野菜コーナーに並び始めた。さっそく調理して食べた。何と美味しいことか。

 子どもの頃、フキはそれほど美味しいと思ったことはない。それはおそらくフキは店で買うモノでなく、自分の家の庭や山で採ってくるか隣人知人からもらうモノだった。食糧不足、貧困、家族の多さ。毎食、全員が腹に何かを入れることが最優先された。当時、食費を抑える手立てとして、自前調達が普通のことだった。

 安い食品ほど食べるまでに手間がかかるものだ。フキは手間がかかるだけではない。アクが強い。アクを抜くのは、簡単なことではない。フキのすべてが食べられれば良いのだが、数分塩茹でしてから皮をむかなくてはならない。この皮むきがやっかいである。切りそろえたフキを両端から指の爪を使ってむく。爪が短いとむきにくい。爪が長すぎてもダメ。爪の中が見る見るうちに黒ずんでくる。これが気にもなる。

 富山県の富山湾にシロエビという珍しい海老がいる。富山の寿司職人はシロエビの旬になると小指の爪を1センチ近くに伸ばすという。寿司屋ではシロエビを軍艦巻きにする。シロエビの軍艦巻きを口にするたびに、私は無上の喜びに浸る。シロエビを一匹一匹小指の爪を使って剥きだす。大変な手間である。こういう手間と面倒が日本から、イヤ世界から消え始めている。世の中便利になるばかりだ。何でも合理化といって機械化されるが、機械にできないこともまだまだ残っている。

 手間と面倒に目覚めたのは、離婚して二人の子どもを男手ひとつで育てるようになってからである。それまでは気がつくこともなかった食事の用意の大変さを知った。食事の準備に手間をかければかけるほど、子どもたちが喜ぶのを体験で学んだ。

 離婚後、知人の銀行借り入れの保証人をエエカッコしいで引き受けてしまった。結局知人は倒産して夜逃げした。背負い込んだ代理弁済は、破滅への追い討ちのようだった。それでも負けなかった。米と味噌だけをなけなしの給料が出ると毎月まず買った。時々訪ねてくれた民生委員に生活保護の申請を勧められた時期もあった。私は意地になってその進言を拒んだ。

 そんなころ、モヤシは我が家の常備野菜だった。モヤシを袋から出してそのまま使うのではなく、一本一本根を切り、ゴミを取りはずす。この作業が私に多くのことを学ばせた。モヤシの下ごしらえしながら考えた。二人の子どもの未来に想いをはせた。我慢できた。耐えられた。それでも時々、一本ずつモヤシを手にして、まだこれからやらねばならないモヤシの山にヘキヘキして投げ出したくなった。いつしか子どもが私を手伝うようになった。そうして時間が過ぎた。

 孫たちが私を年数回訪ねてくれる。私はモヤシラーメンでもてなす。孫たちは何も知らずに小さな手で私を真似てモヤシの作業をする。最後まで投げ出さずにやる。彼らの父親と母親がそれを優しく見守る。

 「子どもは親や教師の「言う通り」にならないが、「する通り」になる」渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』 幻冬舎 952円+税 


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