団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

映画『禅』

2009年02月04日 | Weblog
 先月22日、東京へ出る用事ができたので、ついでにかねてから観たいと思っていた映画に行くことにした。角川映画の『禅』という映画である。今はインターネットで事前に調べれば、どこの映画館で観ることができるか、簡単に調べられる。用事が新宿だったので、用事を終えてから、角川シネマ新宿映画館で13:15の回の上映に間に合った。

 私は、離婚という人生の最悪の事態に、30年前、ただ為す術もなく翻弄された。二人の子どもを守ろうとすればするほど、燃えるような嫉妬と怨念に囚われた。知人の紹介で家から車で約一時間の禅寺に坐禅に通った。朝3時に起きて、できるだけ毎日2年間通った。よほどの形相だったのだろう。禅寺の和尚に「相手が憎いか?ならば坐禅で相手を殺せ!坐禅で憎み尽くせ!坐禅でだけだぞ!わかるな」と教えられた。この教えによって、私は自分の状況と向き合った。逃げることなく真正面から対峙した。苦しくて悔しくて憎くて、脂汗をかいた。涙も流れた。坐禅とこの教えのおかげで、私は何とか自分を破滅への暴走から救った。

 冬、寺に着くと凍った水場の氷を割って、水を頭から被って、身を清めた。寒さで歯をガジガジ言わせて、坐った。あれほどの寒さが、じわじわと自分の36.5度の体温で温まってきた。その温かさに自分が生きていることの感謝を感じた。自分を愛おしく感じた。自分を大切に生きようと思った。坐禅を続けていると、苦しめるのは自分の体重である。最初教えられた「坐禅で相手を殺せ!坐禅でだけ思い切り相手を憎め!」は坐禅を継続するにつれ、潮が引くように納まってきた。私の問題の全ての原因は自分にあると、体重による体の痛みが教えてくれた。

 『禅』という映画を通して自分の過去を見ていた。坐禅を開拓した道元とは比べるべくもない小さな存在である。現在私は禅寺に行くこともない。離婚という挫折がなければ、坐禅をすることはなかった。道元は最後の最後まで坐禅を続けた。一時の坐禅ではあったが、坐禅が現在の私を作った、と信じている。再びあの荒修行ができるとは、思わない。人間、追い詰められると、信じられないほどの力を発揮できる。坐禅の経験のない人々にとって、この『禅』という映画は、退屈に違いない。そう感じる人は、自分の今までの人生が恵まれていたとあらためて考えて欲しい。普通の幸せな道を外れてしまった者たちは、ああでもせねば立ち直れないと観て欲しい。

 人間は、できるだけいろいろな経験を積んだほうがよい。傷つき、挫折し、打ちのめされた者のみが、それを乗り越えた時、持てる優しさがある。私はキリスト教を学び、坐禅して、ヒンズー教の国に3年住み、イスラム教の国々に都合6年住み、キリスト教の正教の国々に4年住んだ。これだという宗教に出会うことは、できなかった。どの宗教を信じる人々も、理想の人間ではなかった。結局答えを見つけられないまま、私は人生を終えることになると思う。それで良いと思う。坐禅も結局私自身の宗教にならなかったが、道元が「あるがままに生きよ」と言う意味を、私は自分勝手に解釈している。私の生きる指針になっていることは、事実である。

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