巣窟日誌

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罰ゲームな翻訳

2010-03-14 19:17:03 | 英語
「罰ゲームな翻訳」という種類の翻訳が存在するわけではない。が、仕事の一部に翻訳が入っていると、時々「これはいったい何かの罰ゲームでしょうか?」と思うような文書を翻訳しなければならないことがある。

「内容が限りなくくだらない」「翻訳したってだれも読まないだろうに」というものは、翻訳者のやる気をそぐものだ。それとは別に、「英語自体が変」という、翻訳する側にとってはまことに厄介な文章の翻訳のニーズが巷には結構ある。この手のものは英語をピボット言語とした翻訳に多い。
ピボット言語とは、Aの言語からBの言語に訳したいが、Aの言語からBの言語へ直接訳せる者がいない場合に、その仲立ちをする言語ことだ。(この場合、Aの言語は「起点言語」とよばれ、Bの言語は「目標言語」と呼ばれる。)日本人が関わるものについては、大体は英語がこのピボット言語になる。

たとえば、ベトナム語で書かれた文章の日本語訳がほしいが、直接日本語へ訳せる者がいない場合には、まずベトナム語から英語に訳してもらい、その英訳を日本語に訳すことになる。

わたしにまわってくる英語をピボット言語とした翻訳は、大体が法律文書だ。法律文書というのは、その言語の持つ言語構造のほかに、その国の法体系や商習慣などにも大きく影響されるため、正しく訳したものであっても「英文の法律文書」としては奇妙なものになることが多い。そのうえに、「英語自体が変」が加わると、まさに罰ゲームの世界になるのである。

「文法が変」とか「句読点の打ち方が変で、どの部分がどこにかかっているのかが判断できない」というのも厄介ではあるが、大体は解釈ができる。(とはいえ、やはり問題は残り、後で原文との厳密なすり合わせが必要になる。)しかし、ときに英文がこちらの常識とは異なった内容に解釈できたり、同じ文書内の他の記述と矛盾した内容であると解釈できる場合は、ブチ切れて的場遼介のごとく「ウォォオオ」と吠えたくもなる。(的場遼介が誰かを知らなくても、別にこの人物について調べる必要はない。)

たとえば「A社とB社で折半している企業なのに、この譲渡の条項では一方の当事者に著しく都合がよい」「X条では取締役会の権限を制限していながら、Y条では取締役会はほとんどやりたい放題ができることになっている」などと解釈できている文章にぶつかったとする。

問題は、このような英語を見た場合:
(1) 起点言語からの英訳が間違っている;のか
(2) 英訳自体の内容は正しくて、本当にこんなトンデモ条項/規定がある、
のかは、こちらには区別できない。
(もちろん 「(3) 英語を翻訳をしている人間が英文を誤解した」という可能性もあるのだが、ここではそれは置いておくとして。)

このようなものに下手な配慮をしてしまうと、「本当は (2) だったのに、 (1) であろうと勝手に解釈して、日本語訳を妥当性のある文章にしてしまったため、問題を覆い隠してしまった」ということが、起こる可能性がある。ゆえに、こういう内容を含む文書の翻訳の場合、わたしは英文から解釈できる訳をつけておいて「おそらく英訳で間違えている」と指摘しておくとともに、「もう一度原文を訳し直してチェックした方がよい」と、文書に残して申し上げることにしているのだが…

過去に、そのような英文にぶちあたり、翻訳提出時にその旨を伝えたところ、「じゃあ、きちんとした英語に直してくれましたか?」と言われて、ずっこけて(死語?)しまったことがある。起点言語はロシア語であり、すでに発効してしまった文書である。こちらの一方的な判断で、法的に効力のない英訳のほうを「正しいと思われる英語」に直したところで、何の解決にはならない。

何故こんなことを書いたのかというと、つい最近、またもこの「罰ゲームな翻訳」があったのである。まったく別の業界の別の会社で。しかも「英語がおかしく、英訳の解釈が原文の意図と異なると思われる個所があるので、原文をチェックし直した方がよい」との指摘に、またも「英文は直しましたか?」という質問が来た。

いや、常識的に考えて、起点言語で書かれたオリジナルを見てもいないのに ― 見たとしてもわたしにはわからない言語だが― そんな怖いことをするはずないって! もう、吠える気力もないから歌っちゃうぞ!

「夜の街にヤオー! オフィスビルの谷間にヤオー!」