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クーデター

2015年09月18日 | 洋画(15年)
 『クーデター』を新宿バルト9で見ました。

(1)いつもお世話になっている「ふじき78」さんが、そのブログ「ふじき78の死屍累々映画日記」の8月28日の記事で「おもろいから見に行ってほしい」と述べているので、映画館に行ってきました。
 これは、ちょうど4年前、『この愛のために撃て』を見た時と全く同じ状況です!
 その際も、「ふじき78」さんが、そのブログで「大傑作だ」とか「いやあ、おもろいよ」と述べていたのを見て映画館に足を運んだところ、まさに「映画の面白さが凝縮して」いる作品であり、大満足しました。
 果たして今回は如何に?

 本作(注1)の冒頭は、東南アジアの某国。
 首相官邸でしょうか、明かりが煌々と点けられている大きな建物が映し出されます。
 その中には、護衛の兵士がいたり、また東南アジア風の踊りを女が踊ったりしています。
 ドリンクが係りの者によって運ばれ、警護官が毒味をします。
 その少し先では、首相と米国企業カーディフ社の幹部とが話し込んでおり、交渉がまとまったのでしょう、乾杯の盃をあげます。
 その後、警護官は、カーディフ社の幹部を見送るために持ち場を離れますが、突然銃声が聞こえます。
 警護官が慌てて戻ると、首相が血を流して倒れており、そばには武装したテロリストたちが。
 警護官は、ナイフで自分の首を切って自決します。

 場面は変わって、飛行機の中。上の出来事の17時間前とされます。
 本作の主人公のジャックオーウェン・ウィルソン)と、その妻アニーレイク・ベル)、長女・ルーシースターリング・ジェリンズ)、次女・ビーズクレア・ギア)が乗っています。
 ルーシーが「この国、楽しい?次の会社も潰れるかも」と言うと、ジャックは「パパがやっていた会社よりもずっと大きいから大丈夫」と答えます。

 某国の空港に降り立ったジャックが、「出迎えの車が来るはずなんだが、約束が違う」と困惑していると、飛行機ですぐ後ろに座っていた男(ハモンドピアース・ブロスナン)が近づいてきて、「詐欺師だらけだから、タクシーを使うのはやめておけ。ホテルまで案内するよ」と声をかけてきます。
 結局、ハモンドがよく知る運転手・ケニーの車に乗って、皆がホテルに向かいます。

 しかし、首相が暗殺されたばかりの国に赴任したジャックらは、無事に新しい生活を始めることができるのでしょうか、………?

 本作は、東南アジアの某国に赴任するアメリカ人の一家4人が、着任日に武装集団の蜂起に巻き込まれるというお話です。タイトルは「クーデター」ながら軍隊が決起したわけではなく、また蜂起した武装集団が外国人を皆殺しにする行動をとったりするなど(今時、黄色人種と白人との対立なんて!)、よくわからない点はあるものの、追い詰められた一家が、何度も陥る窮地をなんとか逃れ出ようとする様子は、見ている者を最後までハラハラさせます(注2)。

(2)本作では、主人公・ジャックが一家を引き連れて、『この愛のために撃て』の主人公・サミュエルと同じように、「ひたすら走る、逃げる、ビビる」のです。
 そこで、『この愛のために撃て』について拙エントリを作成した時と同じように、「ふじき78」さんの本作についてのエントリと、『この愛のために撃て』についてのエントリに依拠しながら、もう少し述べてみましょう。

a.本作について、「恐竜が出たり、ヒーローが大活躍したりなどの過剰な華がない」ために「ヒットしないだろうと思う」と、「ふじき78」さんは述べていますが、クマネズミが見た時もほんの僅かの入りでした。
 『この愛のために撃て』の場合はもっと酷く、「ふじき78」さんが見た際には「お客が5人」状態であり、クマネズミが見た際には「10人ほどの観客」でした!

b.本作について、「発見次第射殺されてもおかしくない状況で主人公家族が如何に逃げ切るか」が描かれていて、「危機また危機」だと「ふじき78」さんは述べていますが、『この愛のために撃て』も「ノンストップ」で「ハラハラドキドキする」シーンの連続でした(注3)!



c.本作の主役のオーウェン・ウィルソンについて、「等身大の普通の“父ちゃん”」であり、「当たり前に強くない」ものの、「負けたら二人の娘と妻が殺されるから、ギリギリで踏ん張る。このギリギリ加減がとてもいい塩梅で上手い」と、「ふじき78」さんは述べています。
 こうした主役についての「ふじき78」さんの把握の仕方は、『この愛のために撃て』の主人公・サミュエル(ジル・ルルーシュ)について、「元CIAとかじゃなくって、縁側でスイカ食ってるのが似合いそうな“おっさん”」と「ふじき78」さんが述べているのに通じています。
 実際にも、ジャックは民間人であり(水道整備事業の技術者)、病院の看護助手であるサミュエル同様、諜報機関などに関与したことなどありません。

d.ジャックたちが窮地に立たされた時に、ハモンド(「現地に溶け込んでる手練れの男」)が救い出してくれますが、この人物には、『この愛のために撃て』におけるサルテと同じような雰囲気が漂っています(注4)。



 そして、ロシュディ・ゼムが演じるサルテについて、「ふじき78」さんが、「怪しい犯罪者くささとプロフェッショナルが同居しててかっこいい」と述べているのと同じように、本作のハモンドに扮するピアース・ブロスナンについても、「年取ってからの方がみんなよくなってる」007役者の一人だと評価しています。

(3)とはいえ、本作については、若干ながら疑問点があります。
 まず、邦題の「クーデター」です。
 本作の元々の原題が「The Coup」だったようですから(注5)、邦題を「クーデター」としてもかまわないとはいえ、本作でジャックらが巻き込まれた騒乱は、いわゆる「クーデター」のようには思えないところです。

 一般には、「クーデター」とは、Wikipediaが言うように、「支配階級内部での権力移動の中で、既存の支配勢力の一部が非合法的な武力行使によって政権を奪うことであり、行為主体である軍事組織により、臨時政府の樹立と直接的な統治が意図された活動」を指すものと思われます(注6)。
 例えば、1936年の2.26事件は、陸軍内の派閥争いから、皇道派が統制派を排除しようとしたクーデター未遂事件と見ることができるでしょう。
 翻って本作で描かれている騒乱を見てみると、リーダーめいた人物はおり、また暴徒たちはかなり銃器を携えてはいるものの、警官隊と衝突した際には、棍棒とか石などが使われたりしています。要するに、一部は組織立っているとはいえ(注7)、大部分は自然発生的な騒ぎではないでしょうか?



 とても「既存の支配勢力の一部が非合法的な武力行使によって政権を奪う」事態のようには見えません。特に、リーダーや彼を取り巻くグループの外観からは、かれらが「支配階級」に所属しているようにも見えないところです。

 そして、本作についての最大の疑問点は、一体この国の軍隊は何をしているのかという点です。
 首都でこれだけの騒乱が起き、なおかつアメリカ大使館の爆破という大変な事態まで招いているのです。どうして軍隊がすぐにも出動して治安の回復をしようとしないのでしょうか?
 にもかかわらず、本作には軍部が登場しないように思われます(注8)。

 あるいは、この騒乱の裏で糸を引いているのが軍部なのかもしれません。リーダーたちに資金を与えて、首相の暗殺を要請したことも考えられます。
 でも、政権奪取のためであれば、外国人を皆殺しにしたり、アメリカ大使館の爆破まで行ったりする必要性は酷く乏しいのではないでしょうか?
 そうではなくて、軍部はこの騒乱に何も関与しておらず、暴徒に警官隊が蹴散らされてしまったのを見て恐怖を感じ、兵舎に閉じこもってしまったのでしょうか?
 でも、東南アジアの国々の軍隊は、どの国でも相当に強力なはずで、持てる力は警官隊の比ではないものと思われます。

 それにまた、暴徒たちの行動がどうも不可解な感じがします。
 暗殺された首相に結びついている人たち(現体制で利益を受けている人達)を襲うというよりも、むしろ、外国人排斥の方に重点を置いているようなのです(注9)。
 となると、あるいは清朝末期の「義和団の乱」(1900年)に類似しているのかもしれません。
 ただ、そんなことをすれば、「義和団の乱」と同じように、直ちに外国の軍隊の介入を招いてしまいます。
 この騒乱が、「クーデター」であり、「行為主体である軍事組織により、臨時政府の樹立と直接的な統治が意図された活動」だとしたら、そんな大きなリスクを招くようなことはしないのではないでしょうか?

 尤も、本作で描かれているような騒乱に類似した事件がこれまで実際に起きていることもあり(注10)、またなによりも、本作で描かれるジャック一家のサスペンスあふれる逃走劇の無類の面白さからすれば、ここで申し上げたことはどうでもいいことなのかもしれません。

(4)渡まち子氏は、「土地勘もないのにスイスイと動くことや、顔にスカーフをまいただけの変装など、少々浅い描写が気になるが、夫が弱気になれば妻が叱咤し、足手まといな行動ばかりの娘たちが意外なところで踏ん張るなど、家族愛のドラマとしても楽しめる」として55点をつけています。
 前田有一氏は、「リアリティある設定の割にアクションの見せ場は少々非現実的で一瞬なえかけるが、まじめに作られた映像演出によりなんとかもった感じ」として70点をつけています。
 小梶勝男氏は、「まさにノンストップと呼ぶにふさわしいスリラーの秀作」であり、「映画はあくまで、主人公の家族の視点で進む。現地人は恐怖の対象で、人間的には描かれていない。その意味ではゾンビ映画に近いかもしれない。それがスリラーとしての緊張感を高めている」と述べています。



(注1)本作の監督はジョン・エリック・ドゥール
 原題は「No Escape」(なお、下記の「注5」を参照してください)。

(注2)出演者の内、オーウェン・ウィルソンは『ミッドナイト・イン・パリ』で、ピアース・ブロスナンは『ゴーストライター』で、それぞれ見ました。

(注3)「ふじき78」さんは、『この愛のために撃て』についてのブログ記事で、「地下鉄のシーンが凄い。追い詰める側の顔が獰猛なドーベルマンみたいで、こんなんから逃げオオせられはしないだろう、緊迫感が更に高まる」と述べているところ、本作でも、ジャックの一家が宿泊するホテルを襲撃する武装した暴徒は、まさに「獰猛なドーベルマン」然としており、ホテル内の各部屋を徹底的に捜索している様子を見ると、ジャック一家は「こんなんから逃げオオせられはしないだろう」と思えてきてしまいます。
 なお、『この愛のために撃て』においてサムエルとサルテは、“水平方向の流れ”に従って逃げ回っているところ、本作におけるジャック一家は、当初ホテルを“垂直方向”に逃げていますが、そこを脱出すると、今度は“水平方向”に逃げ、最後は川を利用することになります。

(注4)ハモンドは、「自分がこの騒ぎの元凶だ」などとジャックに打ち明けます(英国CIAの工作員?)。それが正しいのであれば、彼は、『この愛のために撃て』のサルテなど足元にも及ばないほどの悪人といえるかもしれません。

(注5)このサイトの記事の「Production」によれば、まず「The Coup」と題する映画が制作されることが2012年に報道され(この記事:また、この記事も参考になります)、その後2015年2月になって、タイトルが「No Escape」に変更されると発表されたとのこと(Wikipediaの記事が引用する記事においては、タイトル変更の理由として、映画館に足を運ぶ人たちの中には、教育程度が低くて「coup」の意味を理解できない人も混じっているように思われるから、と述べられています)。

(注6)Wikipediaの「クーデター」についての記事の冒頭には、「クーデター(仏: coup d'État)とは一般に暴力的な手段の行使によって引き起こされる政変を言う」と述べられていますが、これではあまりに包括的にすぎるものと思われます。

(注7)なにしろ、一国の首相を暗殺してしまうほどなのですから。
 また、ホテルの屋上に逃れた開国人を銃撃するヘリコプターが出現したり、アメリカ大使館を爆破したりしますから、リーダーたちには一定の計画があったものと考えられます。

(注8)東京大学法学部教授の石川健治氏が、「あの日(安全保障関連法案が衆議院を通過した9月16日)、日本でクーデターが起きていた」と述べていることに対して(この記事)、池田信夫氏が「軍の関与しないクーデターなんて歴史上ひとつもない」と批判しているように、本作の騒乱は「クーデター」とは思えないところです。
(ちょうど昨日、アフリカでクーデターが起きたようです。この記事によれば、「西アフリカ・ブルキナファソで16日、大統領警護隊が首都ワガドゥグで開かれていた閣議に乱入、暫定政権のカファンド大統領やジダ首相らを拘束した。17日には、軍が国営テレビやラジオで「暫定政権の解散」を宣言、事実上のクーデターを表明した」とのこと。まさに軍が関与しています。)
 ただし、石川氏は、「国民から支持を受ける「革命」に対し、国民を置き去りにした状態で法秩序の連続性を破壊する行為を、法学的には「クーデター」と呼ぶのだ」と石川氏は述べています。とはいえ、仮にそうした定義に従うとしても、本作で描かれる騒乱を「クーデター」とは呼べないのではないでしょうか(本作で描かれているのは民衆の自然発生的な騒乱のように見えるため、国民を置き去りにした状態」とは言えないように思われます)。

(注9)本作で描かれる外国人排斥の対象は、外国人一般というよりも、むしろ白人に限定されているようにも思われます。ですが、今時、そのような白人嫌悪の運動が行われている国が東南アジアにあるのでしょうか?

(注10)2012年に起きたリビアの米国領事館襲撃事件では、駐リビア大使ら4人が武装集団によって殺害されています。ただし、これは軍部による「クーデター」絡みの事件ではありません。



★★★☆☆☆



象のロケット:クーデター


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4 コメント

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Unknown (ふじき78)
2015-09-18 08:27:17
どうも。何かこそばゆいです。

私は面白いけどお客が入らない映画の味方です。『この愛のために撃て』との相似は気づきませんでしたが、似た構造の映画なら好きになる確率は高まるでしょうね。

「クーデター」というよりは「大暴動」でしょうか。暴徒はコントロールされているように見えず、積年の恨みをただ晴らしてるように見えました。軍隊に関しては国のトップが暗殺された事で、命令系統がマヒ、暴徒に鎮圧されたか、併合されたか、なんだと思うのですが、最初の暗殺者集団が最後まで暴徒をコントロールしてるようにも見えず、その辺りも含めて甚だ曖昧です。ただ、そこが分からなければ楽しめない映画でもないのであまり気にしてませんでした。ゾンビ映画に近い感覚で観てましたね。

白人排斥といえば幕末日本とか?
Unknown (クマネズミ)
2015-09-18 21:36:15
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、本作は、東南アジアの人々を「ゾンビ」同様とみなしているのかもしれません(「「東洋」を不気味なもの、異質なものとして規定する西洋の姿勢」である“オリエンタリズム”の現れなのかもしれません)!
クーデター (KGR)
2015-10-04 11:41:42
組織化された武力集団の蜂起であれば、非軍事クーデタも理論的にはあり得ると思いますが、現実には軍が最も強大な武力を持っているので「軍事クーデター」しか成功しないと思われます。

観賞時には思いつきませんでしたが、大使館が襲撃されたとなれば、在外国民を守るために外国軍による武力介入が絶対起こるはずですよね。

外国人排斥と言えば、上海の反日暴動のように当局が暴徒の行動を見て見ぬふりをしているはずですが、それも当初の武装警官隊と暴徒の争いとは矛盾します。

それもこれも政治的意図や背景は別にして、一家がただ襲われ殺される恐怖の理由づけにしか過ぎないのかもしれません。
Unknown (クマネズミ)
2015-10-05 05:40:56
「KGR」さん、わざわざコメントをありがとうございます。
おっしゃるように、本作は、「一家がただ襲われ殺される恐怖」を描いたものであり、暴徒たちの「政治的意図や背景」は二の次のこととして描かれているように思います。

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