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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

書道ガールズ(下)

2010年06月27日 | DVD
 前日取り上げた『書道ガールズ』に関連することを、以下では若干取り上げてみましょう。

(1)前日の記事の(3)で触れた映画評論家の福本次郎氏は、『書道ガールズ』についての論評の末尾で、「男子部員は添え物扱いだが、彼らが活躍する日は来るのだろうか。。。」と述べているところ、仮にそんな日がやってきたらこんなことになるかもしれないと思わせる映画が『書の道』といえるでしょう!
 昨年末に公開されていて、その際は見逃したものの、早くもDVD化されているのでTSUTAYAから借りてきて見てみました(注1)。



 この作品は、昨日の記事で取り上げた『書道ガールズ』とは、類似する面と相違する面とをあわせもっています。
イ)『書道ガールズ』は女子高生が中心的でしたが、こちらの『書の道』は男子大学生のお話です。

ロ)『書道ガールズ』では、売れっ子の成海璃子をはじめとするフレッシュな女優陣が大活躍しますが、こちらの作品でも、主な登場人物の5人の大学生(一人は主人公の友人でボクシング部)を「今をときめく演技派イケメン男子」が演じているのです(と言っても、クマネズミは初めて見る顔ばかりです!)。
 ただ、『書の道』では、意図的にこういた俳優を使っているのでしょうが、いわゆる書道のイメージからは随分と外れていると感じざるを得ません。何しろ、それこそ現代風のイケメンの皆が、きちんと正座して筆を持って静かに書を書くのですから!



ハ)『書道ガールズ』では、皆とのコミュニケーションがうまく取れない生徒とか、家庭の事情で書道部を続けられない生徒も出てきますが、最後はまっすぐに一致団結して「書道パフォーマンスス」に挑みます。
 こちらの映画では、事故で腕が十分に動かなくなったキャプテンが精神的に落ち込んで、自分の作品ばかりか他の仲間の作品まで引き裂いてしまうという事件が起きます。また、主人公の学生は、ボクシング部を退部して書道部に入りますが、ボクシングに未練があるようです。
 といった具合に、『書道ガールズ』よりも、主人公たちの内面がある程度ながら重視されているように思われます。



ハ)『書道ガールズ』のクライマックスは、最後の方で開催される「書道パフォーマンス甲子園」です。他方『書の道』でも書道パフォーマンスのシーンはあるものの、単なる一つのエピソードにすぎ、ません。とはいえ、躓いて墨を紙の上にぶちまけてしまうシーンは、こちらでもキチンと描かれています。



ニ)『書道ガールズ』では、主人公の書道部は優勝できませんでしたが、こちらでは、目標とした「全国大学書道展」において、4人の部員による共作が「団体賞」を獲得しました。

ホ)『書道ガールズ』では、書道部の顧問に臨時講師の男性(金子ノブアキ)が就いて「書道パフォーマンス甲子園」に向けて指導するところ、こちらでは書道部の先輩で今では大学の講師を務めている女性(平田弥里)が、書道展に向けて指導をします。



 ここには男性と女性という違いが見られるものの、どちらもメインイベントが終わると、その場所に長くとどまってはいないという点は類似しています。
 また興味深いことに、目標に向かってそれぞれの書道部を指導するに際して、どちらの指導者もまず体を鍛えることから始めるのです(特に、こちらでは、書道展の締め切り1週間前まで筆を握らせてもらえません。ただ、鍛錬の細部は異なってはいるものの、なぜかランニング重視という点では一致しています)。

 これは、最近DVDで見た『グラキン★クイーン』でも同じ感じです。なにしろ、伝説のカメラマンの下で修行をする高校生カメラマンのニコは、カメラを持たせてもらえず、連日讃岐うどんを作らされるばかりなのですから!

ヘ)『書道ガールズ』では、舞台が高知県の四国中央市であることが強調され、町おこしとしての「書道パフォーマンス甲子園」が提唱されますが、こちらではそうした社会とのつながりはほとんど描かれてはいません。

 全体として見ると、『書の道』は、大学生の内面がある程度ながら描かれている分だけ社会的な視点がなくなっているのではないかという感じがします。

(2)他に『書道ガールズ』を見て思いついたことと言えば、例えば次のようなものがあります。
イ) 最近、『劇場版TRICK』が公開されたところ、TVドラマや映画作品として人気のある「トリック」シリーズでは、仲間由紀恵が演じるヒロイン・山田奈緒子の母親(野際陽子)が書道教室の先生なのです。



 上記の画像は、『トリック劇場版2』のものです。

ロ)最近その個展が開かれ話題を呼んだ画家の会田誠氏には、なんと「書道教室」なる作品があります。



 この作品について、作家自身は次のように述べています(注)。
 「かなり純度の高い、現代美術そのもの、みたいな作品だと思います。でも外国人には何にも伝わらないだろうなあ…。なぜこれをエリオットさんが選んだのか謎です。僕は日中韓にしか存在しない書道という芸術ジャンルの非普遍性に興味があるようです」。

 さらに、安積桂氏のブログ「ART TOUCH」には、概略次のような記事があります。
 「《書道教室》では、文字の図形的絵画的なものが、文字の言語的なものを抑圧し、文字と言葉の結びつきを壊している」。「《書道教室》は巨大である。……《書道教室》は大きすぎて読めない。一階に降りる階段の横の壁いっぱいに掛けてある。……少し、離れて全体を見渡したが、絵だか文字だか判らない」。しかしながら、「《書道教室》には二つの自己否定の契機がある。一つは、手書きの文字が巨大すぎて、手書きが不可能なことだ。それから、もう一つは、手書きの書を教える塾の看板が手書きではなく、コンピュータのフォントで切り抜かれていることだ」。

 「二つの自己否定の契機」があったりすると、このブログの管理者・安積桂氏にとっては、「会田の最高傑作は依然として《書道教室》である」ということになるようですが(5月19日の記事より)、そこらへんの事情が素人にはよく飲み込めないながら、この作品が、現代芸術において注目すべき作品なのだろうな、となんとなく予感させるものがあるのではと思っているところです。

ハ)『書道ガールズ』関係で、さらに若干興味を引く点としては、実際に開催されている「書道パフォーマンス甲子園」の報道には日本テレビが力を入れてきており、この映画の制作においても日本テレビが強力にバックアップしてきたにもかかわらず、読売書法会ではなく毎日書道会の名がクレジットに挙げられ、書道の指導には石飛博光毎日書道会理事(創玄書道会理事長)が当たっている点でしょうか。



(注1)「書道」を題材にした映画やドラマの公開がこのところ相次いでいることについては、朝日新聞の記事を参照。
(注2)ビエンナーレ・オブ・シドニー (本年5月12日~8月1日)に展示される本作品に関するメール・インタビューの中で、会田氏が述べています。
また、「阿部知代アナの@artlover」のvol.15では、この作品は「看板屋に発注」したものだと会田氏は語っています。

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