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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ズートピア

2016年06月03日 | 洋画(16年)
 『ズートピア』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)ディズニー・アニメながら評判が大変良いので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、バニーバロウという町にある大きな小屋の中で演じられている子供達の劇のシーン(注2)。
 ウサギのジュディが舞台に現れ、「恐怖、裏切り、流れる血。数千年前、私たちの世界は大きな力で支配されていて、捕食者(predator:肉食動物)は獲物(prey:草食動物)を求め、草食動物は肉食動物を怖れていました」と叫び、舞台の上ではウサギがジャガーにやられて血を流して死にます。
 ジュディは、「世界は昔2つに分かれていました。危ない動物とおとなしい動物とに」と言った後に、さらに「でも、時間が経つに連れて私たちは進化して、おとなしい動物になりました」と付け加えます。
 そして、ジュディが「今や若い動物たちは様々な可能性を持っています」と言うと、ヒツジは「私は宇宙飛行士にだってなれる」と、ジャガーは「アクチャリーになる」と言い、ジュディは「より良い世界にするために、大きくなったら警察官になるの」と宣言します。
 最後に、ジュディは、「340km先に素晴らしい都市があります。ズートピアです。そこでは何にでもなれます」と述べます。

 小屋の外で、ジュディの父親は「夢を諦めたから幸せになったんじゃないか、母さん?」、母親は「そうよ。警察官になるのは大変よ」、二人で「夢を持つのもいいが、人参作りがいいよ」と口々にジュディに言うのですが、ジュディは、「いいえ、私が世界で初めてウサギの警察官になる」と主張します。

 その時、ジュディは、キツネのギデオンが子ヒツジをいじめて、切符を奪い取っているのを見ます。ジュディが「返しなよ」と言うと、ギデオンは「ウサギが警察官になれるか」と無視します。
 ジュディが「あんたなんか怖くない」と言うと、ギデオンはジュディを殴り倒し、「お前は人参を作ることしか出来ないマヌケなウサギなんだ」と罵ります。
 ジュディは起き上がってギデオンにとびかかっていきますが、結局はやられてしまい、ギデオンは笑いながら立ち去ります。
 ですが、ジュディは奪われたはずの切符を取り出しながら、「取り返したよ!」「私は絶対諦めない!」と叫びます。

 こんなジュディは、15年後に警察学校を主席で卒業してZPD警察官となり、ズートピアに向かいますが(シティーセンターの第1分署に配属)、さあそこではどんなことがジュディに待ち受けているのでしょう、………?



 本作は、登場するキャラクターがすべて動物のアニメ。誰でも夢をかなえることができるとされるズートピアに行って立派な警察官になろうとしたウサギと詐欺師のキツネとが、ズートピアで引き起こされる大事件に巻き込まれて、…というお話しながら、映し出されるアニメーションがとても綺麗で素晴らしく、また描かれる物語もサスペンスが溢れて実に面白いので、大人の鑑賞に十分耐える仕上がりとなっています。

(2)本作の公式サイトの「作品情報」に掲載されている「監督からのメッセージ」では、「ズートピアの住人たちは、私たち人間のようなもの。どちらも同じように、性別、年齢、学歴、出身地、見た目…そんな“違い”から生まれる様々な偏見の中で生きています。もし、その“違い”を個性として認め合うことが出来たら、私たちの人生はもっと豊かになることでしょう」と述べられています。
 劇場用パンフレット掲載の小林真理氏のエッセイでも、「子どもにもわかりやすい、ポジティブなメッセージ」として、「動物も人も、見た目や先入観だけで判断してはいけないのである。昨日の敵とも今日の素敵な友だちになることができるし、自分を変えることで何にでもなることができるのだ」という点が指摘されています。

 確かに、本作を見ると、偏見とか先入観が渦巻いています。
 具体的には、劇場用パンフレット掲載の「Production Notes」の中で、バイロン・ハワード監督は、「私たちは一般的に、動物界を支配しているのは捕食動物だと思いがちですが、実際には彼らは少数派(注3)なのです」と述べています(こうしたリサーチから、固定観念や偏見を扱ったストーリーにたどりついたとされています)。
 また、原案の一人のジョン・トリニダードは、「私たちは徐々に動物にまつわる固定観念(ゾウは決して記憶を忘れない、キツネはずる賢い、ウサギはシャイ)を扱う方向に傾倒していきました」と述べます。
 実際にも、例えば、ジュディは「ウサギが警察官になれるはずがない」とのべつ言われますし、警察学校を主席で卒業して任務につきながらも、水牛のボゴ署長は、同僚の図体の大きな動物たちにジュディを紹介せず、さらには彼らを行方不明事件の捜査に当てるのに対し、ジュディを駐車違反の取り締まりという意気を阻喪させる仕事に振り向けたりします。
 それに、ジュディとコンビになるキツネのニックは、ずる賢くて信用出来ないとの偏見に対し開き直って、むしろ詐欺師として生きています(注4)。



 ただ、先入観とか偏見に人はとらわれがちだからそうしたものを持たないようにしようといった一般的なレベルであれば、わざわざ言われなくとも人はよくわかっているのではないでしょうか?
 クマネズミには、そうした言い様ではなくて、問題なのは、例えば、「動物界を支配しているのは捕食動物」とか、「ゾウは決して記憶を忘れない、キツネはずる賢い、ウサギはシャイ」といった具体的な個々の固定観念の方ではないかと思えます。
 もともと人は何らかの固定観念とか偏見なしにモノを見ることが出来ないのでしょうから、そんなものすべてを取り除くことなど不可能でしょう。むしろ、個々の偏見とか先入観とかが他の人の生活までも酷く脅かすことになるような具体的な場合に、個別的に一つ一つそれを取り除いたり、うまく取り扱ったりすることを考えるべきではないでしょうか?

 それはともかく、本作においてさらに注目したいのは、さまざまな偏見に遭遇して苦労するジュディ自身もまた、そうした偏見に囚われていることも本作で描かれている点です(注5)。
 “お前は偏見や固定観念に縛られている”と他人を批判することはある意味たやすいとしても、そのように批判する人自身が自分自身を振り返って自分も偏見に囚われていると理解することはなかなか難しいのではないでしょうか(注6)?

 ただ、こうした教訓めいたこと、あるいはメッセージとかは、本作を楽しむ上ではどうでもいいことでしょう。映画を見ながらそのような教訓を学ばなくてはいけないとしたら、映画が楽しくなくなってしまいます。
 むしろ、ジュディが最初に警察署に出向いた時に大きな問題になっていた行方不明事件の捜査を巡って描き出される冒険譚は、大層スリリングであり、また解明された真相の意外性もあって、見ていて大層面白いと思いました(注7)。

(3)渡まち子氏は、「まさに大人も子ども楽しめるスキのない作品で、見所はたくさんあるが「努力すれば夢はかなう」という希望が見えにくい現代社会だからこそ、この作品のメッセージが胸に迫ってくるのだ」として80点をつけています。
 前田有一氏は、「もっとも、そうしたテーマ性にしろ、表面上のストーリーにせよ、それほど優れたようにも思えないので結果的にこの映画が歴史に残ることはないだろう。それでもこの程度ならいつでも出せますよというのだから、ディズニーの底力たるや恐ろしいものがある」として60点をつけています。



(注1)監督は、バイロン・ハワードリッチ・ムーア

(注2)こんな感じの劇です。

(注3)バイロン・ハワードによれば、「およそ9割にあたる動物たちが、捕食される側の動物」とのこと。

(注4)ジュディは、街でキツネのニックを見つけると、怪しいと睨んで後をつけます。するとニックは、子どものキツネ(実は小さなフェネックギツネ)を連れてアイスクリーム店に入りますが、店長のゾウが、「俺の店でトラブルはごめんだ」と言って出て行かせようとします。ニックは、「トラブルは起こさない。息子のためにアイスクリームを買いに来た。息子はゾウが大好きだ。子供の夢を叶えてやりたい」などとしゃべります。にもかかわらず売ろうとしないゾウを見たジュディは、「お客さんは知っているのかな、アイスに鼻水が入っていることを」と脅しをかけながら、「優しいパパと息子にアイスクリームを売ってあげて」とゾウに頼み込み、それがうまくいくと、財布を忘れたというニックに代わって代金を支払ってあげます。
 ですが、ジュディは、ニックたちが、買ってあげたアイスクリームを小分けして売り歩き、ネズミが買うのを見てしまいます。
 呆れたジュディが「助けてあげたのに酷いじゃない」と詰ると、ニックは、「詐欺師と言ってほしい。あきらめるんだな、ニンジンよ。俺はこの道のプロなんだ」と答えます。

(注5)上記「注4」の冒頭にあるように、ジュディは、キツネのニックを見るとそれだけで怪しいと睨んで後をつけたりします。
 また、ジュディは、行方不明者を探し出して時の人となり記者会見を開きますが、その席で、「肉食動物だけが凶暴になるのはDNAが関係するように思う。何らかの理由で野生に戻るものと思う」と述べてしまいます。
 その記者会見を聞いたニックは、ジュディに「俺が怖いか?凶暴になると思うか?お前を食うと思うか?」「肉食動物を相棒にするのはやめた方がいい」と言って、ジュディの元を去ってしまいます。反省したジュディは、「ZPDの顔になってもらいたい」と言うヒツジの新市長ベルウエザーの要請を蹴って、警察バッジを返却してしまいます。
 その後、肉食動物が凶暴になる原因がわかり、大いに反省したジュディはニックに謝り、二人で行方不明事件の真相解明に当たることになります。それで暴き出された真相とは、………?

(注6)この記事で、「サヨク ウオッチャー」の筆者は、「(本作の)最大のポイント」として、「差別や偏見を捨て去ることでどれだけ世界の見方が広がり、人生が豊かになり、日々が楽しくなるかを興奮とともに実体験させてくれる」という点を挙げています。
 のみならず筆者は、通り一遍の見方では「偏見にもとづいた間違った思い込み」による解釈しかできないことを教えてくれます。そして、「詐欺師ディズニーが巧妙に隠していた正解は「強者のうさぎに差別され親にまともな職もなく家庭でネグレクトされてきたマイノリティの狐(黒人)が、差別的な草食獣(白人)による偏向教育で脅迫の方法を学びそれを武器にし抵抗した」というものなのだ!」という点が明らかにされます。「既に7回も見てしまった」と述べる筆者だけあって、さすがに深い解釈と思います。
 ただ、「強者のうさぎに差別され親にまともな職もなく家庭でネグレクトされてきたマイノリティの狐」という点は、本文でも触れたように、バイロン・ハワード監督が夙に述べているということはさておいても、筆者が「サヨクやリベラルはよく、「差別は正義に反するからやめろ!」「偏見を持つのは良くない」などと偉そうに説教をしつつその実平気で差別するどころかテロ等の暴力さえ振るう」と述べる時、「サヨク」とか「リベラル」にまつわる偏見とか固定観念に筆者自身が囚われていないのでしょうか?

(注7)何しろ、トガリネズミのMr.ビッグにジュディとニックは捕らえられて、氷漬けにされる寸前になったりするのですから!



★★★★☆☆



象のロケット:ズートピア

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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2016-09-23 08:16:47
記事を読んでて、個体差は勿論あるのだけど、組織としての差、種族としての差、と言うのも実は傾向として存在するがそれは無視せざるを得ないのだなあ、それはしょうがないよなあ、と言う事を感じました。

ジュディは個体として努力する事で警察官として機能し得るようになったが、兎という種族は警察捜査を行うのに必ずしも適した種族ではない。もっと極端にピグミーとマサイ族くらい体格差があったら、肉体労働を募る立場だったらみんなマサイ族を雇うでしょう。

更に、今回の犯罪は全て理由がある犯罪だったけど、連続殺人犯のような、割と出自に関係のないような個体差だけの犯人が登場したらジュディの捜査は難航してしまうのかもしれない。流石、人間社会は複雑だ。
Unknown (クマネズミ)
2016-09-23 20:52:08
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
個体差・種族差という観点は、とても興味深いと思います。
ただ、「警察捜査」は、肉体労働ばかりでなく(靴底を減らしての捜査とか、犯人逮捕の大捕り物など)、頭脳労働の側面も大いに持っているので(様々な証拠を集めて推理するなど)、警察学校をトップの成績で卒業したウサギのジュディにはかなり適しているとも考えられますが。

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