映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ソウル・キッチン

2011年02月13日 | 洋画(11年)
 『ソウル・キッチン』を渋谷のシネマライズで見てきました。

(1)事前の情報を全く持たずにいたものですから、最初は韓国の首都にあるレストランの話なのかなと思ったりしていたのですが(『カフェ・ソウル』の連想から)、実際には映画は、ドイツのハンブルグにあるレストランを巡る実に楽しいお話でした。

 レストランといっても、だだっ広い倉庫を改造しただけのものながら、庶民的な料理を低価格で出すことから、常連客はついているようです。
 レストランの若きオーナー兼シェフのジノスが主人公ですが、様々の災難が一度にその上に降りかかってきます。
 たとえば、
イ)恋人ナディーンが、突然上海に特派員として派遣されることになります。
 ナディーンとのコミュニケ―ションはスカイプを使って行っているものの、ジノスはイライラが募ってきて、自分も上海に行きたくなってしまいます。
ロ)高級レストランのシェフだったシェインを雇い入れたところ、庶民的な料理を求めていた常連客にそっぽを向かれてしまいます。
ハ)重い食器洗浄機を動かそうとしてジノスは椎間板ヘルニアを引き起こしてしまい、暫く身動きが取れなくなってしまいます。

 こうした数々の災難は、レストランで披露されるバンド演奏につられてやってくるお客が増えてくることから、次第に解決の方向に向かっていきます。でも単純には物事は運ばずに、何度も危機が訪れて、そして……。

 さて、映画で興味深いのは、
イ)ドイツ映画であってドイツ語がメインながら、監督ファティ・アキン氏はドイツ在住のトルコ系移民であり、またギリシア系移民である主人公のジノス(演じるアダム・ボウスドウコスも両親がギリシア系移民)をはじめとして、映画の中では様々の人種が入り乱れます。



 ジノスの恋人ナディーンは、中国から帰国する際に中国人を連れてきますし、シェフのシェインを演じる俳優はトルコ南部の出身、ジノスの椎間板ヘルニアを診る理学療法士アンナを演じる女優はハンガリー生まれなのです。
 そして、アンナがジノスを連れていく整体師も、「骨折りケマル」といわれるトルコ人で、その待合室にはドイツ語新聞は置いておらず、トルコ式チャイが患者に振る舞われます!とはいえ、大きな病院で高額の手術を受けなければ一生半身不随だとされたジノスの椎間板バンヘルニアが、映画ではこの代替医療で完治してしまいます。

ロ)たまたま映画を見た日の前の回では、トークショーが行われ、出演した音楽評論家のピーター・バカラン氏の姿を映画館の入口のところで見かけましたが、映画のゴージャスなところは様々の音楽をふんだんに聴くことができる点でしょう。
 なにしろ、バンドマンのルッツが「ソウル・キッチン」の従業員であり、時間があると店でリハーサルをしていますし、またジノスの兄イリアスは、DJセットを盗んできて、レストランでレコードをかけまくるのですから!



 ただ、音楽のこと(さらには、映画に登場する料理のこと)は、劇場用パンフレットの解説に任せることといたしましょう。
 なお、映画『ノーウェアボーイ』のラストが、ジョンの「ハンブルグに行く」という言葉でしたから、この映画でも何かビートルズ関連のことがあるのかなと思いましたが、そうは問屋が卸しませんでした。

ハ)公的な事柄が随分と映画の中に入り込んできます。
・市の税務当局がレストランまで出向いてきて、滞納分を徴収しようとします。
・旧友ノイマンが、レストランの敷地を取得しようと、市の衛生当局を突き動かしてレストランの厨房を検査させたため、ジノスは短期間のうちにリフォームせざるを得なくなります。
・刑務所の内部が2度ほど映し出されます。
 1度目は、兄イリアスが仮出所が認められ、刑務所内の通路を通って外に出るところ。
 2度目は、イリアスが再度捕まって刑務所内を移動している姿とか、面会室でルチア(ジノスのレストランで働いている画家志望の女)と会っているところ。

ニ)レストランが置かれている具体的な場所が、大体のところ地図上に特定できるのです。
 というのも、旧友のノイマンにレストランの場所を聞かれて、ジノスは「ヴィルヘルムスブルクのインダストリー通り」と答えるのですが、それを手がかりにGoogle Mapのストリート・ビューを使うと、実際にもインダストリー通りの中間点あたりに、映画に登場するレストランによく似た建物が線路の脇に設けられていることが分かります!
 映画のロケ地を地図で探せるなんて、映画を2度以上も楽しめることになります。

 さらに、ジノスはハンブルグの街中にあるマンションから、市の南方にあるレストランに通っていますが、使う電車がs-Bahnであり、Wilhelmsburg駅で降り、そこからバスを使ってレストランに出向いているようです。
 映画では、s-Bahnの電車がたびたび画面に登場します。中でも印象的なのが、運河を跨ぐ鉄橋を通過するシーンでしょう。



 とにもかくにも、この映画は、そのストーリーと言い、出演する俳優と言い、また、音楽、料理等々、滅多矢鱈と興味深い要素が詰まっていて、稀にみる面白さを持った作品と言えます。

(2)上で書いたように、この映画の監督ファティ・アキン氏はドイツ在住のトルコ系移民ですが、最近TVニュース(NHK「海外ネットワーク」2月5日)で、ドイツのケルン市において、約 1,200 人の信者を収容できる大規模なモスクが建設されていることに対して、ドイツ人住民から反対運動が巻き起こっているとの報道がなれていました。
 ケルン市は、いまや10人に1人がトルコ系住民であり、市当局も、トルコ人移民はドイツ社会の一部だとして当該モスクの建設を許可したとのこと。
 ですが、ドイツ人住民からすれば、固まって暮らすトルコ系住民たちは、ドイツ社会の中に溶け込もうとしない異質分子と見えるようで、一昔前のユダヤ人差別につながるような感情を持っているようです。
 ただ、ユダヤ人とは、自分たちでまとまって暮らしているところとか宗教が一般のドイツ人とは別という点などで類似しているものの、言葉がトルコ語であり、食事の内容も異なるし、特に女性の地位が低いことはお話にならないようです。

(3)映画評論家・土屋好生氏は、「確かにこれは港町の片隅に花咲く特殊な移民の物語ではない。が、この国に足場を固めた移民2世による、新しいドイツの顔がここにはある。トルコ系の監督とギリシャ系の主演俳優、そして助演のドイツ人俳優。来るべきドイツ映画の新しい波を予感させる布陣であり、同時に、そこに「移民国家ドイツ」の明日の姿を見るような感覚に襲われるのである」と述べています。



★★★☆☆




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