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家族はつらいよ

2016年03月23日 | 邦画(16年)
 『家族はつらいよ』を渋谷シネパレスで見ました。

(1)山田洋次監督作品ということで映画館に行きました。

 本作(注1)の冒頭は、平田家。
 電話が鳴って、飼い犬のトトが廊下をうろつき、長男・幸之助西村雅彦)の嫁・史枝夏川結衣)が電話に出ます。
 「平田です」「俺だよ」「俺ではわかりません。そんな古臭い手で騙されません」。
 ゴルフ場にいる平田周造橋爪功)が、「不愉快だな」「用事は、今夜は服部君と飲むから夕食は要らない」と携帯で話しています。

 次の場面は、居酒屋。
 周造の友人の服部岡本富士太)が「ざまみろ、いつか言ってやろうと思ってた」と言います。
 これに対し周造が「全く考えられるか」と応じると、女将のかよ風吹ジュン)が「平田さん、怒ったの?」と訊くものですから、周造は「怒った。(帰ったら)どやしつけてやる」と答えます。
 服部が「いい嫁さんじゃないか」と言って、「孫は二人とも男の子?」と尋ねると、周造は「上は来年高校だ」と答えます。
 服部は「いいな3世代で」と呟きますが、周造は「次男坊までいる」「うるさい女房が家にいない方がいいのだけれど」と言います。
 これに対し女将のかよが、「奥様はカルチャーセンターに行ってるんじゃないの?」と言うと、周造は「創作教室だって」と笑います。
 すると服部は、「そんなことを言っていると、君なんか追い出されるかも」と言います。

 周造が家に帰ると、史枝が出てきて「電話で失礼しました。オレオレ詐欺と間違ってしまって」と謝ります。

 周造が自分たちの部屋に入ると、花があるので妻の富子吉行和子)に尋ねると、富子は「創作教室の仲間から誕生日ということでもらった」と答えます。
 周造は、「いい歳をして気持ち悪いよ」と応じながらも、「俺も久しぶりに誕生日のプレゼントをするかな。高いものはダメだぞ」と言います。
 すると富子は「ほんとうにいいの?値段は450円ほど」と言いながら、机の引き出しから書類を取り出して、「私がいただきたいのはこれ。ここに判子をついて署名をしてもらいたいの」と言います。周造が「なんだ、これ?」と訊くと、富子が「離婚届よ」と答えるものですから、驚いた周造が「冗談だろ?」と言うと、富子は「本気よ。考えてちょうだい」と宣言します。



 さあ、これから平田家はどうなっていくのでしょう、………?

 小津安二郎監督の『東京物語』をリメイクした『東京家族』(2013年)と同じ監督・俳優たちがほぼ同―のキャラクター構成で喜劇作品を作り上げたのが本作です。ただ、『東京家族』では、ある程度現代的な問題が触れられていましたが、本作では喜劇仕立てということもあって、全編ごく他愛のないお話に終止してしまっています。母親が言い出した離婚話を皆で協議する家族会議の場面などはなかなか面白いとはいえ、このくらいのお話でわざわざ映画にまでするのかなという感じにもなりますが、でも、問題意識過剰気味の荒っぽい映画が多く作られる現在、こういう清涼剤ともなりうる作品もあっていいのかなとも思えてきます。



(2)本作は、山田洋次監督にとって『男はつらいよ』シリーズ以来の喜劇作品とされています(注2)。特に、タイトルには「つらいよ」が含まれてもいるのですから、『男はつらいよ』との関連性を見ても面白いかもしれません。

 でも、上記したように、本作に登場する主要人物は『東京家族』と全く同じであり、ただ、名前が若干違ったり(注3)、就いている職業などが若干変更されていたりするに過ぎません(注4)。
 それに、本作の中では、『東京家族』のポスターが壁に飾られていたり(注5)、ラストでは周造が『東京物語』をDVDで見ていたりするのです。
 としたら、本作は、『東京家族』を通して『東京物語』を充分に意識した作品と言えるでしょう。

 とはいえ、そのテイストは、『東京物語』はもちろんのこと、『東京家族』とのかなり違っています。
 なにしろ、『東京物語』や『東京家族』で描かれる家族は、かなりバラバラになってしまっていますが、本作ではなにはともあれ3世代が一軒の家に同居しているのです(注6)。
 それに、『東京物語』や『東京家族』では、母親の死という重大問題が起きるのに対して、本作で見られる事件といったら、周造・富子夫婦の離婚騒動といった実に他愛ないものです。
 もっと言えば、『東京物語』や『東京家族』で伺えた同時代の社会的問題も、本作ではスッカリ影を潜めてしまっています(注7)。

 とすると、『東京物語』や『東京家族』と本作との関係をどう捉えたらいいのかが問題となるでしょう。
 といって、はかばかしい答えを用意しているわけではありません。
 ちょっと思いつくことと言ったら、本作は、『東京物語』や『東京家族』のネガティブな要素をいろいろ排除した上で、登場する女性の強さを前面に出そうとした作品のように見えるというくらいです。

 具体的に申し上げてみると、本作では、登場人物が亡くなるとか、家族が広島や東京でバラバラに暮らすという深刻な事態は描かれておりません(注8)。
 さらに、男性陣については、ゴルフに行ったり駅前の飲み屋に通ったりすることで暇を潰している父親・周造、会社の上司に取り入ることを第一にしているような長男・幸之助、骨董品集めを趣味にする長女の夫・泰蔵林家正蔵)、それにピアノ調律師の次男・庄太妻夫木聡)という具合に、ことさらな個性など持ち合わせていないような人物配置となっています(注9)。
 他方で、女性陣については、なにはともあれ、母親の富子は、カルチャーセンターにせっせと通うくらいに自意識に目覚めていますし、離婚後の生活設計についてもきちんと考えています。
 長女の成子中嶋朋子)は、税理士事務所を開設して、夫・泰蔵を完全に尻に敷いています。
 長男の嫁・史枝にしても、7人もの家族の中心的存在であり、電話があってもオレオレ詐欺のことがまず頭に浮かんでしまうほどしっかりしています。
 それに、次男・庄太の恋人の憲子蒼井優)は、周造が倒れた際には看護師としての能力を遺憾なく発揮して周造の窮地を救ったりするのです(注9)。

 総じて太平楽な男性陣に対峙する女性陣がこんな強くしっかりした女性ばかりで構成されている作品なのですから、富子が周造に離婚届をつきつけるのも、あるいは時間の問題だったのかもしれません。

 また、幸之助が妻の史枝に「俺が定年退職したら、離婚届に判を押してくれというのはナシだぞ」と言いますが、史枝は「はたしてそれまで“持つ”かしら」と当然のように答えます。なにか、2世代目の家庭でも、周造・富子と同じような騒ぎが持ち上がりそうな気配がします。
 それどころか、3代目の孫達は週末には野球の試合に出るなど実に健全な生活を送っているように見えますから、どうも周造-幸之助と続くサラリーマン家庭は孫達の代まで継続するようでもあり、あるいはそこでもこんな事態になるのかもしれません。
 でも、1000兆円の借金を抱え込む日本は、孫の世代が社会の第一線に出てくる頃まではたして“持ちこたえて”いることが出来るでしょうか?
 それよりなにより、女性たちがこうした男性たちに早々と三行半を突きつけてしまうかもしれません?!

(3)渡まち子氏は、「本作は「男はつらいよ」シリーズの系譜につながるコメディー作品。小津安二郎作品で大女優の原節子が演じた役と同じ“間宮のりこ”を演じる蒼井優がいわば善意の象徴だ」として60点をつけています。
 前田有一氏は、「非常に手堅い、安定の出来映えである。笑いもうまいし「東京家族」(2012)のキャストが再結集した役者たちの演技も的確、演出も筋運びにも破綻はなく、すべてが丁寧でミスもない。もっとここをこうしたら、がひとつも出てこない。ベテランらしい仕事である」として75点をつけています。
 村山匡一郎氏は、「男はつらいよ」シリーズと同様に、家族という共同体がはらむ切なさや遣り切れなさをコミカルに描き出していて楽しめる。その一方、例えばラストで周造が「東京物語」を見ているように、小津安二郎へのこだわり、「東京家族」の映画ポスターが張られているなど、山田監督の遊び心が顔を覗かせている」として★3つ(「見応えあり」)をつけています。



(注1)監督・脚本は、『小さいおうち』の山田洋次

 なお、出演者の内、最近では、橋爪功吉行和子夏川結衣林家正蔵小林稔侍は『小さいおうち』、西村雅彦は『超高速!参勤交代』、中嶋朋子は『東京家族』、妻夫木聡は『バンクーバーの朝日』、蒼井優は『岸辺の旅』、風吹ジュンは『海街diary』、カルチャーセンターの講師役の木場勝己は、ホールの警備員役の笹野高史と医師役の笑福亭鶴瓶は『ふしぎな岬の物語』で、それぞれ見ました。

(注2)公式サイトの「イントロダクション」では、「本作は、その「男はつらいよ」の生みの親である山田洋次監督が、新たに取り組んだ喜劇作品」と述べられています。
 (1995年の『男はつらいよ 寅次郎紅の花』の後に2つの『虹をつかむ男』が制作されています。これらは喜劇作品ですが、その第1作は、制作経緯からすると、『男はつらいよ』の49作目といってもいい作品になっています)。

(注3)例えば、『東京家族』の平山周吉ととみこが、本作では平田周造と富子に変更されていたりします(ちなみに、『東京物語』では、平山周吉ととみ)。

(注4)例えば、『東京家族』の平山周吉は広島県で暮らす元教員ですが、本作の平田周造は東京の郊外で暮らしていて、長年会社勤めをした後、悠々自適の隠居生活を送っていたりします。また、『東京家族』の次男・昌次(妻夫木聡)は舞台美術のアシスタントで、紀子(蒼井優)は書店員ですが、本作の次男・庄太はピアノ調律師で、憲子は看護師です。

(注5)富子が通う創作教室の壁。

(注6)長女の金井成子(中島朋子)だけは、夫の泰蔵(林家正蔵)と共に別の場所にある家で暮らしています。

(注7)例えば、『東京物語』では、紀子(原節子)の夫(周吉の次男)は戦死していますし、また長男・幸一(山村聡)や長女・志げ(杉村春子)の東京での生活の厳しさが言われますし、さらに『東京家族』では、次男・昌次が3.11の被災地救済のボランティアに出向いた際に紀子と出会ったことになっていたり、周吉(橋爪功)が旧友の沼田(小林稔侍)と酒を飲んだ時に、「この国はどこかで間違ってしまったんだ。もうやり直しはきかないのか。このままではいけない」などと気炎を上げたりします。

(注8)周造は一旦は倒れるものの、憲子の事後処置の適切さもあって、後遺症なしに元通りになりますし、平田家は、なかなか難しいとされる3世代同居家族となっているのです。

(注9)これは、『東京物語』(ひいては『東京家族』)の男性陣と大同小異ではないかと思います(『東京物語』では、上記「注7」で触れたように、次男は戦死しています)。

(注10)本作の女性陣につてのこうした性格付けは、『東京物語』(ひいては『東京家族』)と類似するところがあったり、これほど積極的ではなかったりもします。
 例えば、『東京物語』における長女・志げは、本作の成子と類似する性格付けのように思われます。他方、『東京物語』における母親・とみ(東山千栄子)と長男の嫁・文子(三宅邦子)は、本作における富子や史枝ほど自意識がしっかりしているように描かれているとは思えません。
 また、『東京物語』の紀子(原節子)の言動は見る者に強い印象を残しますが、本作の憲子も、想定外の家族会議の場に遭遇しても、「お父さんは、自分の気持ちを言葉にしなければだめ」と実にはっきりした意見を表明したり、倒れた周造に対し適切な措置をとったりして、その存在感を示します。



★★★☆☆☆



象のロケット:家族はつらいよ


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4 コメント

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Unknown (クマネズミ)
2016-04-29 06:05:46
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
クマネズミは、たまたま『東京物語』や『東京家族』を見ているために、こうしたエントリの書き方になってしまいましたが、見ていなければまた別の感想になったことでしょう。
『スター・ウォーズ フォースの覚醒』も、エピソード4~6を事前に勉強した上で見たがために、高い評価を付けませんでしたが、見ていなければまた違った評価になったかもしれません!
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Unknown (ふじき78)
2016-04-29 00:31:12
『東京物語』も『東京家族』も見る事なく、この映画を見ました。特に問題なく楽しめました。『東京家族』が大ヒットしていたという記憶もないので、『家族はつらいよ』は独立した一本の映画として見たという人が多いのではないかと思います。

という立場から、、、別にそれまでの映画の成り立ちがどうとかを気にしないでも普通に楽しめる軽コメディーでした。同じメンバーを使用したのは監督自身の隠されたメッセージとかではなく、同じ役者や同じ設定を使い回した方が、より簡単に映画が作れるという台所事情から何じゃないかな、と思いました。
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Unknown (クマネズミ)
2016-03-30 06:34:38
「ayame」さん、TB&コメントをありがとうございます。
戦前の「イエ」は戦後もしばらく保たれてきましたが、今や根っ子から崩れてしまっているところに(本作の「平田家」も砂上の楼閣然としているのではないでしょうか?)、少子高齢化社会の到来です。その結果として、まさにおっしゃるように、「「老人問題」(「老人の問題」ではなく)が、介護や子育て、終末看取りや保育所など、さまざまな「家族問題」としてある」ように思われます。とはいえ、この事態をどう乗り切っていくのか、きちんとした青写真を描くのは至難の業のような気もしてしまいます。
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『家族はつらいよ』 (ayame)
2016-03-29 10:19:21
クマネズミさん、こんにちは。「六月の菖蒲」のayameと言います。時々貴ブログは拝見いたしておりますが、コメント投稿は初めてです。

私も「『東京物語』や『東京家族』と本作との関係をどうとらえたらいいのか」という同じ観点から見て、周造の妻の自立へのモチベーションの高さと、それを結局は許すことができない「家族」というものの“しがらみ”を感じました。

しかし、それは決して「家族」だけに責任を押し付けて解決できるようなものではない、何かしら大きな力(「国家」とか「社会」といったようなもの)が働いていること、あるいは最も身近にいる「男」としての「夫」こそ、最大の障害物なのではと思う至りました。もちろん、すべての夫が、という意味ではなくて…。

それは小津作品にも通底する「老人問題」(「老人の問題」ではなく)が、介護や子育て、終末看取りや保育所など、さまざまな「家族問題」としてあるということではないでしょうか。

いつものことながら、貴ブログレビューの的確さに、脱帽です。

最後に、拙ブログにもトラックバックをお寄せいただき、ありがとうございました。
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