映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

乱暴と待機

2010年11月07日 | 邦画(10年)
 映画の原作者に関心があることもあって、『乱暴と待機』をテアトル新宿で見てきました。

(1)本谷有希子氏の作品については、これまで戯曲では『遭難、』(講談社、2007年)、小説では 『ぜつぼう』(講談社、2006年)といったものを読み、また、彼女の作品を原作とする映画は『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)を見ましたが、いずれも大層おもしろかったことから、本作も期待したわけです。

 物語は、番上貴男(山田孝之)とあずさ(小池栄子)の夫婦が、郊外の市営住宅に引っ越してくるところから始まります。あずさは妊娠してお腹が大きいところ、引越しの挨拶のため近所回りをして、すぐ近くに高校の同級生だった奈々瀬(美波)が「お兄ちゃん」と称する男・山根英則(浅野忠信)と一緒に暮らしているのを発見してしまいます。それだけでなく、先に挨拶に行った夫・貴男が、どうも奈々瀬に関心を持ってしまったようなのです。
 そこで、奈々瀬がなぜ男を「お兄ちゃん」と呼んでいるのか疑問に思ったあずさは、夫の行動を監視する意味もあって、その家に上がりこんでいろいろ調べようとします。
 あずさは、ついに、奈々瀬と山根との関係を解明するのですが、しかしその一方で、……。

 映画が始まってしばらくして、番上と奈々瀬との初対面のシーンがあるところ、奈々瀬がとてもおかしな口調で喋り、その挙句にお漏らしまでしてしまうのですから、ナンダこの映画はと面喰ってしまいます。
 さらには、足を引きずって歩く山根(膝から下が動かないのです)が、マラソンに出かけると言ったり、後半では颯爽としたスーツ姿に身を包んで、足を引き摺ることなく歩いたりしていて、これにも唖然とます。
 そればかりか、お腹の大きなあずさが、キレて自転車を山根の家に放り込んだりするのですから、いやはやと言う感じにもなります。

 ですが、そういったことを引き起こす一番の原因が、奈々瀬の人に嫌われまいとする健気な態度だとわかってくると、にわかにこの映画が面白く思えてきます。
 というのも、ひとつには、現代日本で見られる現象に、人に嫌われたくない症候群があると思えるからでもあります。特別な個性などドウでもいいから、ソコソコでかまわないから、八方美人になって誰にでも好かれる人間になりたい、と考える人が今や増えているのではないでしょうか?学校や職場での厳しい人間関係の軋轢から身を守るための方策といえるかもしれません。
〔もっと一般化すれば、大ヒット商品でなくともソコソコ売れる商品であればいいと願う企業の姿勢とか、断トツでなくていいからソコソコの視聴率がとれる番組を考えるTV局のプロデューサーナーの姿などにも認められるのではないでしょうか〕。

 ただ、そのような態度を取ることによって、逆に周囲には大変な害毒を流すわけで、奈々瀬は、山根との関係を長年続けていながらも番上と出来てしまうのです。その場面を目の当たりにしたあずさが怒って包丁を持ち出し、さらには山根も登場してめちゃくちゃな事になります。

 とはいえ、この作品は、さらにその上を行っていて、実のところは山根と奈々瀬とのラブストーリーといえるのです。なにしろ、2人の関係が破綻して、奈々瀬が山根の家を出て行くことになるのですが、突然英則は家の前で車に跳ねられ、結局は奈々瀬の介護を受け続けなくてはいけないことになるのですから!
 というのも、昔の事件がきっかけで、英則は、奈々瀬に復讐をしなくてはならないということで家に同居させているわけで、奈々瀬はその復讐をズッと待ち受けているという構図になっているのです。それで、2人の関係も兄弟ということにして長年暮らしてきましたが、口に出して言いはしないものの、実のところは互いに好きあっていたのです。
 ですから、英則の事故によって、もう一度その関係が修復されて、一応のハッピーエンドを迎えるわけですが、なんとも凄まじいラブストーリーではあります!

 この映画では、芸達者の俳優が揃っていると言えるでしょう。
 何しろわずか4人の登場人物なのですから、当たり前と言えば当たり前ですが。

 まず注目すべきは、山根役の浅野忠信です。昨年は『鈍獣』や『劒岳 点の記』それに『ヴィヨンの妻』などで健在ぶりを示し、本年も今回の作品や、引き続いて公開される『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』に出演しています。
 今回の作品でも、この人間ならありうるかも、と妙な説得力ある演技を披露していて、特に、天井板を外して屋根裏に上がり、隙間から密かに奈々瀬の行動を覗き見するのですが、実に様になっていて笑いを誘います。



 さらに、英則の趣味は、カセットテープの編集ということで、ヘッドフォンをつけて机の前に座っているシーンが何度か映し出されます。



 アレッこれはどこかで、と思って考えてみたら、先に取り上げた『森埼書店の日々』で触れた『珈琲時光』でも、浅野忠信は鉄道マニアで、録音機材を持って電車に乗り込み周囲の音を録音するのですが、その際にヘッドフォンをずっとつけているのです。
 ちなみに、少し前のKDDI-auのCM 「このヘッドホンステレオはときどきケータイになる」で使われているヘッドフォンは形態が違うものの、どうやら浅野忠信は“平成ヘッドフォン男”といえそうです!

 また、番上役の山田孝之については、以前のものでは『手紙』(2006年)くらいしか知りませんが、最近では『十三人の刺客』や『シーサイドモーテル』といったところで重要な役どころを見事にこなしています。この作品では、あずさ役の小池栄子に散々いたぶられながらも、奈々瀬とできてしまうという何とも難しい役をうまく演じています。

 とはいえ、映画の中心となるのは、どうしても奈々瀬役の美波と、あずさ役の小池栄子になるでしょう。



 美波については、実のところ今回初めて見ましたが、劇場で演劇としてなら受け入れられるものの、映画の中でリアルに演じるとなるとどうかなと思える難しい奈々瀬役を、なんとかうまく演じきっているように思いました。

 最後に小池栄子ですが、出演する毎に注目を集めており(最近では、『パーマネント野ばら』 における菅野美穂の親友役が印象的でした)、この映画では、むしろ主役ではないかと思えるくらい、その存在感を遺憾なく発揮しています。
 なにしろ、お腹が大きいにもかかわらず、屋根裏に這いあがったり、美波がこぐ自転車に後ろ乗りで乗ったりと、八面六臂の活躍ぶりです。
 結局のところ、浅野忠信と小池栄子によって、この映画は大いに盛り上がり面白い作品になっていると言えるでしょう。

(2)『乱暴と待機』については、まず舞台(戯曲)があり、ついで小説が書かれ、おそらくその小説に基づいて今回の映画が製作されていると思われます。
 戯曲を作り、その上演に当たり演出し、さらに小説まで書いたのは本谷有希子氏ですから、当然のことながら舞台と小説は類似しているわけですが、ジャンルの違いから異なっているところもあります。
 他方、映画の制作(監督・脚本・編集)を担当したのは冨永昌敬氏ですから、映画は舞台・小説とはかなり違っています(冨永監督の作品は、『パビリオン山椒魚』と『パンドラの匣』を見ました)。
 小説は、MF文庫ダ・ヴィンチ(メディアファクトリー)に入っていますし、舞台の模様はDVD((株)イーオシバイ)で見ることができるので、ここで簡単に比較してみましょう。

 まず、小説と映画との違う点についてだけは、Wikiに取り上げられています。
 たとえば、登場人物の設定が映画では小説とは異なるとして、次のような点が挙げられています。
・山根英則が、小説のように、犬の殺処分の仕事をしている設定とはなっていない。
・番上貴男は、小説のように山根の同僚ではなく、無職で山根と面識がない設定となっている。
・あずさと番上貴男は、映画では恋人関係でなく夫婦になっている。
・映画では、あずさが妊娠中である。

 こうした諸点は、小説と舞台とはほぼ同一といえます。

 ですが、たとえば、その冒頭をみると3つの作品はまるで異なっています。
・映画の冒頭シーンは、引っ越しトラックの荷台からはみ出て見える4本の脚先なのです。これは、番上とあずさの夫婦が市営住宅に引っ越してくるところ、なんと荷台に寝そべる2人を、その頭の方から外に向かって見える光景を映し出しているのです。こういう映像によって、2人が住むことになる市営住宅の周りの風景までもが、見ている者に直ちに理解されます(都市のはずれで、すぐそばに畑が広がっています)。
・舞台では、いきなり山根が突然部屋から走り出て車に轢かれてしまう場面から始まります。突然、こんな場面を見せられたら観客の方は面喰ってしまうでしょうが、そのまま舞台を見続けていると、ストーリーの展開の中で同じ場面が演じられ、なるほどと了解されます。
・小説においては、山根が天井板のズレを発見して、そこから天井裏に上り、下の奈々瀬の様子を覗き見るに至るまでの経緯と、そうすることのうしろめたさ・やましさを吹き消す理屈とが、数ページにわたって述べられています。

 コウ見てくると、同じタイトルの作品ながら、それぞれのジャンルの特性をよく生かした作り方になっていることがよく分かります。
 すなわち、映画においては、移動する媒体からはみ出す身体の一部を見せることによって、舞台では、そのクライマックスの一部を冒頭に持ってくることによって、そして小説でも、屋根裏からの覗き見という人の好奇心を煽る題材を取り上げることによって、いずれも観客・読者の注意を最初の時点で一気に作品に集中させることに成功しているのではと思います。

(3)映画評論家の渡まち子氏は、この映画について、「この映画が好きかと問われれば、間違いなくNOなのだが、何だか無償に気になるのもまた事実。まったく困った作品である」としながらも、「シケた木造住宅、あか抜けないファッション、イラつく登場人物と、およそ共感できない要素がてんこもりの物語を、浅野忠信や山田孝之らの人気・実力ともに兼ね備えた俳優たちが怪演しているアンバランスがこの作品の魅力だ」として60点を与えています。





★★★★☆



象のロケット:乱暴と待機


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2 コメント

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変な映画っすよね (ふじき78)
2010-11-07 14:47:39
記事を読んでて、そう言えばリアルだと許されないような部分がいっぱいあるけど、最初から変な映画だと思って観に来てるから、そんなに気にはならないんだな、という事を再確認しました。その変な部分を助長させる現代音楽のようなBGMも秀逸だったと思います。

奈々瀬の「嫌われたくない」ってのは切実。私はあちこちにけっこうコメントばら撒く人ですが、場合によってはかなり嫌われてるみたいな波動を受けます。ああ、嫌われたくないなあ。でも、奈々瀬みたいな徹底したいい子ぶりっこにもなれないし、あずさのような真っ直ぐな暴れん坊にもなれなうい。うーん。
乱暴と待機 ()
2010-11-13 18:22:18
ご鑑賞ありがとうございます!

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