映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

理系・文系(上)

2009年10月11日 | 
1.はじめに
 このところ、「理系」・「文系」という亡霊があちこちに出没して悪さ(?!)をしているようです。
 折も折とて、SE兼マンガ家よしたに氏が描く漫画「理系の人々」も、この10月6日より場所を変えて新たに連載されることになりました(コレまでの連載分はここで)。
 そこで、ちょっと目に止まったものを2回に分けて取り上げてみることといたしましょう。

2.政治の世界
 小飼弾氏のブログ「404Blog Not Found」の10月5日の記事に、『日経サイエンス』11月号には「理系政権?の持つ意味」というエッセイが載っているとあったので、早速読んでみました〔この論考は、日経新聞論説委員・塩谷喜雄氏が『日経サイエンス』で連載中のコラム「いまどき科学世評」に掲載〕。




 エッセイの冒頭、伊賀忍者と甲賀忍者の抗争めかして、「日本列島の支配をめぐって、闇に潜む2つの勢力が、暗闘を繰り返してきた」とあり、なんのことかと読者の気を惹きます。
 筆者の塩谷氏によれば、この2つの勢力は「力は拮抗しているのに、勝負は常に一方的だった」ようで、一方の「「文」を旗印に掲げる潮流」が「人心を集めて君臨してきた」のに対し、他方の「「理」を掲げる潮流」は、「検証の厳密さや合理性の尊重ゆえに、柔軟さを欠くとして権力の座には遠かった」とのこと(注1)。

 ナンダこれなら、従来より世間(特に、政治の世界)では「文系」が「理系」よりも幅を利かせてきた、という巷でよく耳にする話でしょう(注2)。

 とはいえ、その勢力分布図が、今回の鳩山由起夫氏の総理就任で、大いに書き換えられるかもしれないのです。何と言っても鳩山氏は、「東大工学部で計数工学を学び、米スタンフォード大学で博士課程を修了」(Ph.D.を取得)しているのですし、「副総理・国家戦略担当としてナンバー・2を務める」菅直人氏も「東工大卒」(理学部応用物理学科)なのですから!
 外国を見渡すと、サッチャー元英国首相は「オックスフォード大学で化学を学」び(専門はコロイド化学が専門)、ドイツの現首相のアンゲラ・メルケル氏も「物理学の学位」を得ているとのこと(現ライプツィヒ大学を卒業後、旧東ドイツの科学アカデミーで量子化学を研究、理学博士号を取得)。

 今回の民主党政権樹立によって、漸くわが国も西欧並みになったというところでしょうか(でも、アメリカやフランスの歴代大統領のうちに理系出身者がいたという話は、あまり聞いたことがありませんが?)。

 そしてどうやら塩谷氏は、「科学や技術の持つ普遍性や合理性を、政策判断に取り入れなかったことで、論理的結論を出さないまま既得権益を温存する政策ばかりが実行されてきた」これまでの状況が、今回の政権交代で「理系」が「権力の座」を占めたことによって、覆されるのではと強く待ち望んでいるようです。

 特にそれが期待されるのが「気候変動問題」の取扱い。何しろ、「科学を軽んじる言動を続けていた」ブッシュ前大統領と同じく、「麻生前首相も、経産省や経団連の説明を鵜呑みにして気候変動問題の本質的理解を避けた結果、世界から失笑を買う目標しか掲げられなかった」のですから!

(注1)「理系」の小飼弾氏のブログ(06年9月1日)は、「理系はよく内省する一方、視野が狭くなる傾向はあるかと思う。理系にとって、自分に見えない世界は世界ではないのだ。そこもまた、正しさはさておき過程と物語で見えないものを演繹する文系に付け入られる隙ではないのだろうか」と述べています。
(注2)小飼弾氏のブログ(08年10月7日)によれば、いつも「理系」が不利というわけではなく、例えば、「実際、「理系はもてない」というのは「まんじゅうこわい」のたぐいではないかというのがオレ統計。…文系と理系では理系の方がカレカノがいる率が高い」ようです!

3.気候変動問題
 塩谷氏は、「初の理科系政権」の活躍を「科学的に見守りたい」と、エッセイの末尾で述べているくらいですから、必ずやこの「気候変動問題」についても、十全な「科学的な認識」をお持ちのことと推測されるところです。

 ところが、やや昔のことになりますが、気鋭の経済学者・池田信夫氏がそのブログ(2008年7月20日)で、次のように塩谷氏の「気候変動問題」を巡る見解に激しく噛みついています(注1)。
「きょうの日経新聞の「中外時評」で、塩谷喜雄という論説委員が「反論まで周回遅れ」と題して、最近の温暖化懐疑論を批判している。彼によれば、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は第4次報告書で人為的温暖化の進行を「断言」したのだそうだ」。しかしながら、「原文を読むと、……むしろ慎重に「断言」を避けている」のであり、また、塩谷氏が「「査読つき論文誌では異論はゼロに近い」というのも嘘である」云々。

 仮に池田氏の言い分が正しければ(注2)、東北大学理学部卒である「理系」の塩谷氏は、「検証の厳密さや合理性の尊重ゆえに、柔軟さを欠く」というより、むしろ〝単に頭が固くて「柔軟性を欠」いている〟と批判されても仕方がないかもしれません。

 そして、「理系」「文系」という議論の仕方自体が疑問に思えてきます。「理系」の人だって、「自然科学や技術体系が持つ哲学的な意味、普遍性、国際性、合理性、論理性、予見性」といった特性を身につけていない場合もあるようですから!

(注1)あるブログによれば、池田氏が問題にしている日経新聞の「中外時評」(7月20日)に掲載された塩谷氏のエッセイ「反論まで周回遅れ―温暖化巡る日本社会の不思議」の冒頭は次のようです。 「科学的には決着している地球の温暖化について、ここに来て「温暖化と二酸化炭素の排出は無関係」と言った異論・反論が一部の雑誌メディアを騒がせている。……四半世紀の間、世界の科学者を集め、情報を積み重ねて気候モデルによる解析を続けてきた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、昨年第四次報告書で人為的な温暖化の進行を「断言」した。これまで慎重に科学的な姿勢を貫き、断言を避けてきた組織が、ついに結論を世界に示してのだ。……IPCCはついに「断言」という伝家の宝刀を抜いた」。
(注2)あるいは、安井至・東大名誉教授の言うように、「「中外時評」の書き出しの文章である「科学的に決着した温暖化」という表現は、単独で読む限り、誤解を招くおそれがある」くらいが穏当なのかもしれません。  なお、本問題については、このブログに旨くまとめられていると思います。


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