映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

聖者の午後

2014年04月14日 | 洋画(14年)
 『聖者の午後』をユーロスペースで見ました。

(1)久しぶりにブラジル映画を見てみようということで、映画館に足を運びました。

 本作の舞台は、ブラジル最大の商業都市サンパウロ(注1)。
 3人の若者が登場します。



 一人は、祖母の年金を頼りにして、祖母と一緒に暮らすルカ。実際にはタトゥショップを開いているものの、客は余り寄り付きません。
 二人目は、ドラッグストアで働いているものの、解雇を言い渡されているルイス
 三人目は、ルイスの恋人で、しがない熱帯魚店で働いているルアラ
 3人共、抜け出たくとも出口のないどうしようもない生活に押しつぶされそうになっていながらも、それでもなんとか生きていかなくてはならない様が、モノクロの映像によってあますところなく描かれています。

 ルーラ前大統領時の華々しい経済成長によって21世紀の大国(BRICsの一角を形成)と持ち上げられていたブラジルですが(注2)、今のジルマ・ルセフ大統領になってからどうも思わしくなくなり(注3)、この6月に開催されるサッカー・ワールドカップにしても(2年後のリオ・デ・ジェネイロのオリンピックも)、うまく運営されるのだろうか危ぶまれている状況です(注4)。そんなブラジルにおける若者たちの生態の一端が本作から窺われるのではないかと思いました。

(2)大まかな雰囲気としては、この間見た『コーヒーをめぐる冒険』に類似しているようにも思えます。
 何しろ両作ともモノクロですし、一方の『コーヒーをめぐる冒険』の主人公ニコは、周囲に対してなんとなく違和感を覚え、大学を中退したまま(大学を続けていると偽って親から生活資金を得ていました)、何をするあてもなくぶらぶらしていて、映画はそのニコのとある1日の姿を描いたものです。
 他方で、本作においても、まともな状況で働いているのはルアラくらいで、それにしても収入は少なく、3人はいつも週末になるとルカの家に集まり、ビールを飲んだりしながらなんとなくの不満を募らせているだけなのです。

 あるいは、邦画の『ジ、エキストリーム、スキヤキ』に似ているでしょうか。
 同作は、ある男が大学時代の親友のところに突然現れ、親友の同棲相手などと4人で車に乗って海岸に向かい(注5)、なんとはなしに公園でスキヤキを食べて帰るというものです。
 この映画でも、一方で、男たちは本作のルカたちと同様に、就職もせずにぶらぶらしており、他方で、女たちは本作のルアラと同様に働いてはいるものの、先行きに何かしら不安を抱えているようです(注6)。

 どこの国の若者も、なんとか今の状況を脱出しようともがくものの、なかなかうまくいかないという状況の下で不安にかられたりしているのかもしれません。
 でも、やはり、先進国ドイツや日本の若者と、中進国ブラジルの若者とは違っているようにも見えます。
 『コーヒーをめぐる冒険』のニコや『ジ、エキストリーム、スキヤキ』の4人組については、不安を抱えているにしても、気持ちを変えさえすればその内にうまくいくのではという期待が彼らから感じ取れるのに対して、中進国ブラジルの3人組からは、学歴も何も持たないという問題もあり(注7)、事態は生易しいものではなくもう寝っ転がる他仕様がないという雰囲気を感じてしまいます(注8)。

(3)外山真也氏は、「セリフやストーリーに頼らない映画作りには好感が持てるし、モノクロなのに「Cores(色)」という原題も利いている。ブラジル映画、相変わらずレベルが高い」として★4つ(5つのうち)をつけています。
 なかざわひでゆき氏は、「殆ど何も起きない映画なので、96分の上映時間は少々長く感じられるが、新自由主義経済の暗部を冷静に見つめた作品として興味深い」として★3つ(5つのうち)をつけています。

 他方で、作家の星野智幸氏は、「静かなブラジル。フットボールのないブラジル。サンバもボサノバもないブラジル。無為なブラジル。その日常は、希望も絶望も断たれた日本の若者のそれと、驚くほど似ている。これこそが、世界から捨てられた人々の実像なのだ」と述べています。
 また、毎日新聞の「シネマの週末」(3月28日)に掲載された「広」氏による映画評でも、「彼の国といえばカーニバルとサッカー。華麗な装いやドリブルから思い浮かぶのは、生きる喜びに満ちた人々だ。だが、原題「Cores(色)」をあざ笑うようなモノクロ画面の本作は、サンバの国のアンニュイを、少ないセリフで、人物や街の表情から見事に浮かび上がらせた。同じく閉塞感に悩む日本の若者の大いなる共感を得るだろう」と述べられています。
 いずれの映画評も、ブラジルというとすぐに持ちだされる三点セット(サッカー、カーニバル、サンバ)を取り上げ、この映画にはそれが見出されないと同じように強調していますが、確かに日本ではもっぱらその三点セットばかり報道(注9)されるとはいえ(付け加えるとしたら、アマゾンのピラニアでしょうか!)、ブラジルでは日本の1.5倍くらいの人々が日本の23倍もの広大な国土で暮らしているのです。いったい3点セットが見られないから「無為なブラジル」になって「アンニュイ」が感じられるのでしょうか?
 もうそろそろ、そんな単純な視点からブラジルを見るのをやめにしたらどうでしょうか(注10)?



(注1)本作の登場人物の一人ルアラが住むアパートの部屋は、ベランダに出ると間近に空港の滑走路が見えます。サンパウロには、空港としてコンゴニャス空港がありますが、それは市内の周囲にビルが林立する中にありますから、ルアラのアパート近くの空港は、おそらくサンパウロの北東25kmに位置するグアルーリョス国際空港ではないかと思われます(もしかしたら、サンパウロの北西100kmに位置するヴィラコッポス空港かもしれませんが、かなり遠すぎるように思われます)。



(注2)ルーラ前大統領の任期最終年の経済成長率は7.5%(任期は、2003年~2010年)。
 なお、本作では、そのルーラ大統領が「ブラジルは低迷期を脱しました。雇用の時代に入りました」と宣言するニュース番組を見ているルカが映し出されます。

(注3)昨年のブラジルの経済成長率は2.3%。

(注4)6月のサッカー・ワールドカップについては、この記事(3月5日)によれば、「2013年中にはすべてが完成するはずだった国内12都市の試合会場のうち、現在も5会場で建設作業が続いている。突貫工事の影響か工事現場での事故も相次ぐ。完成は直前までずれ込みそうで、テスト試合なども行わず本番を迎える会場もありそうだ」とのことであり、さらには、本年1月には開催反対のデモがブラジル各地で見られ、一部は暴徒化しました(この記事)。驚くことに、この記事によれば、「国民の80.2%が、W杯開催のために投じられる多額の資金は医療や教育に使われるべきだ、と考えているという」調査が発表されているくらいですから!

(注5)本作でも、3人組は、ルカの祖母までも連れて、ルカの車に乗って海岸に向かいます。ただ、途中で車が故障してしまい、その車をルカの家までけん引してもらうのになけなしのお金を使うハメになります。

(注6)『ジ、エクストリーム、スキヤキ』は、冒頭で主人公が自殺を図るシーンが描かれていたりするなど死のイメージで覆われている感じもしますが、本作では、ルカの祖母が倒れて病院に運ばれたり、ルイスがチンピラに殴られて怪我をしたりするものの、死のイメージは余り感じられません。

(注7)ルカの言うように「問題は経済だ」とはいえ、ルイスが「1日まじめに8時間働くのは、少しずつ死んでいくようなものだ」と言ったりしますから、労働意欲に欠ける面もあるように思われます。

(注8)ルイスは、ルカの祖父が持っていた銃を身につけるものの、使うことは出来ずに、逆にチンピラからひどく殴られます。
 そんなルイスが「我々にチャンスはあるか?」と尋ねると、ルアラはたちどころに「ない(nunca mais)」と応じるのです。
 なおルアラは、パイロットの制服を着た男から言い寄られますが(ルイスからこの男に乗り換えようと誘いに応じたりしますが)、この場面はまるで『クヒオ大佐』だなと思ってしまいました。

(注9)例えば、3月7日にNHKBS1スペシャルで放映された「体感!ブラジル サッカー紀行」は、ラモス瑠偉らが現地に行って、サッカー王国ブラジルの秘密を探り出す番組でした(無論その番組では、ブラジル各地で出来上がりつつある豪華なサッカー競技場の模様が映し出されるものの、ワールドカップ開催反対運動については全く触れられていませんでした)。

(注10)例えば、VW車の「かぶとむし」は今やドイツではなくブラジルで生産されていることからもわかるように、ブラジルの工業生産はかなりの水準に達しています。



★★★★☆☆