『コーヒーをめぐる冒険』を渋谷のイメージ・フォーラムで見ました。
(1)たまにはドイツ映画もいいのではと思い、それに2013年のドイツ・アカデミー賞で6部門受賞した作品とのことでもあり、映画館に行ってきました。
本作(注1)の舞台は、現代のベルリン。
先ずは、とあるアパートの一室。
女が寝ているそばで主人公の青年ニコ(トム・シリング)が着替えをしています。
それに気づいた女が「もう帰るの?」と言うと、ニコは「約束があるから。電話するよ」と答えますが、女は「よく眠れた。コーヒーを入れようか?」と続け、それに対しニコは、「遅刻しそうだ」と応じ、女が「今夜は?」となおも尋ねるのを振り払うように部屋を出ていきます。
次いで、自分が住むアパートの階段をニコが上がっていきます。
部屋に入る直前に、上の階に住む男が顔を出して「ハーイ」と手を振ります。
それを無視して部屋に入ったニコは、投函されていた手紙の一つを見て、「しまった」と叫び、慌てて部屋を飛び出します。
その手紙は呼出状で、ニコは息せき切って「運転適性診察室」に入っていきます。
そこには面接官の医者がいて、いろいろニコに質問するのですが、「交際相手はいますか?」などプライベートなことも尋ねられるのでムッとしたりしたら、「あなたは情緒不安定で、免許は返せません」と宣告されてしまいます(注2)。
そこを出たニコは、電車に乗って駅で降り道路を歩いて、コーヒショップに入ります。
店員に「普通のコーヒーを」と注文したところ、「アラビカかコロンビアか?」と質問され、「それじゃあコロンビアを」と答えたら、「3ユーロ40」だと言われ、「そんなに高いの!」と驚いてポケットの中を探しても、お金が足りません。ニコは、「今日だけ何とか」と店員に頼んだのですが、「無理よ」とすげなく断られたために、飲まずに外に飛び出します。
という具合に映画は展開していきますが、その行き着くところは、………?
本作は、若い主人公の冴えない1日を描いたに過ぎない作品で、ついていないことがその青年に次々と起こる様が描かれますが(注3)、それでも夜が明けてきて街が動き出し、最後になって彼がやっとありついたコーヒーを飲む姿を見ると、映画を見ている方もその青年と一緒になって、なんだかその日に少しは希望が持てそうな感じになります。
(2)本作の原題は「Oh Boy」ですから、邦題の「コーヒーをめぐる冒険」に拘っても意味がないものの、やっぱり村上春樹氏の『羊をめぐる冒険』を連想してしまいます。
ですが、村上氏の小説では、小説の語り手である「僕」と耳が特別な「ガールフレンド」と一緒に「背中に星型の斑紋のある羊」を探しに北海道に出かけるわけで、その意味でまさに「羊をめぐる冒険」ではあるものの、本作においては、確かに主人公のニコはベルリン中をアチコチ彷徨うとはいえ、ことさらコーヒーを探し求めているわけでもないように思われます(注4)。
それよりか、むしろ、地獄を“めぐる”お話を扱う『大木家のたのしい旅行』の方がまだ似ているといえるかも知れません。なにしろそこでは、竹野内豊と水川あさみの夫婦が、血の池地獄や針の山を訪れたり、赤鬼や青鬼に出会ったりするのですから。
とはいえ、本作は、同作のようにはベルリンの名所旧跡を絵葉書的に映し出しているわけではなく、あくまでも現代のベルリンの姿をごく通常の目線で眺めているように思われます。
としたら、本作は、『ネブラスカ』のようなロードムービー物の一変奏とみなしておくほうが無難かも知れません(注5)。というのも、主人公は、電車や車を使ったりしてベルリンの街をひとめぐりし、終リの時点においては出発点とほんの少しだけにせよ違った気分になったはずなのですから(注6)。
なお、原題の「Oh Boy」について、劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事において、ヤン・オーレ・ゲルスター監督(脚本も)は、「脚本の執筆中、いつもビートルズを聴いていました。生活の中の詩的な瞬間のことを彼らは上手に歌詞に反映していて、大きなヒントやインスピレーションになりました。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は“I read the news today oh boy ……”という歌詞で始まります。“オー、ボーイ”この深く誠実なビートルズのため息が、脚本段階での仮題となり最後まで残りました」と述べています。
確かに、「あら、あら」「おや、まあ」「なんだよ」といったちょっと困った感じがこの映画には漂っていて、なかなか洒落たタイトルだなと思いました。
(3)渡まち子氏は、「ベルリンを舞台にコーヒーを飲み損ねた青年の不運な1日を綴る「コーヒーをめぐる冒険」。モノクロの映像がスタイリッシュで、味わい深い小品」として70点をつけています。
秦早穂子氏は、「たとえベルリンを知らなくとも、ニコと一緒に歩き回るうちに、過去・現在が混在するこの都市の重層的魅力が浮かび上がってくるし、奇妙な人間たちの寸描も批判精神に富み楽しい」と述べています。
(注1)本作は、ドイツの新鋭ヤン・オーレ・ゲルスター監督のデビュー作で、上映時間は85分。
(注2)ニコは、どうやら飲酒運転で免許を取り上げられており(アルコール濃度がかなり高かった模様)、この日の診断次第では返却される可能性はあったものの、医者の心証が悪くて運転免許は返却されないままとなりました。
(注3)といっても、だらだらした日常生活ばかりが綴られているわけではなく、現代や過去の闇の部分も映し出されます。すなわち、一方でニコは、昔の同級生ユリカと遭遇し、彼女に絡んできた不良に殴られもしますし、またドラッグディラーの少年に出会ったりしますが、他方で、友人のマッツェとともに、映画のロケ現場でナチスの制服を身につけて演技をする俳優に出会ったり、果ては、「水晶の夜」の事件(1938年に起きた反ユダヤ暴力事件)に参加した経験のある老人からその話(「父は俺に石を握らせた。俺は、その石で窓ガラスを打ち破った」)を聞いたりもするのです。
(注4)本作のニコは、行く先々でコーヒーにありつけないなのですが、コーヒーが飲めないからといって、それで酷く悲しんだり憤ったりするわけでもなく、また次の場所に移動していくだけのことです。
(注5)本文で触れている劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事において、ヤン・オーレ・ゲルスター監督は、「ロードムービーの定義も取り入れました」と述べていることでもありますし。
なお、このエントリの(3)もご覧ください。
(注6)これまでどこに行っても周囲に対して違和感を覚えて、それで大学も二年で中退してしまったニコ(仕事につかずにぶらぶらしているようです)ですが、違和感を覚えるのは周りが悪いせいではなく、自分に問題があるからなんだと次第に思うようになってきます。
★★★☆☆☆
象のロケット:コーヒーをめぐる冒険
(1)たまにはドイツ映画もいいのではと思い、それに2013年のドイツ・アカデミー賞で6部門受賞した作品とのことでもあり、映画館に行ってきました。
本作(注1)の舞台は、現代のベルリン。
先ずは、とあるアパートの一室。
女が寝ているそばで主人公の青年ニコ(トム・シリング)が着替えをしています。
それに気づいた女が「もう帰るの?」と言うと、ニコは「約束があるから。電話するよ」と答えますが、女は「よく眠れた。コーヒーを入れようか?」と続け、それに対しニコは、「遅刻しそうだ」と応じ、女が「今夜は?」となおも尋ねるのを振り払うように部屋を出ていきます。
次いで、自分が住むアパートの階段をニコが上がっていきます。
部屋に入る直前に、上の階に住む男が顔を出して「ハーイ」と手を振ります。
それを無視して部屋に入ったニコは、投函されていた手紙の一つを見て、「しまった」と叫び、慌てて部屋を飛び出します。
その手紙は呼出状で、ニコは息せき切って「運転適性診察室」に入っていきます。
そこには面接官の医者がいて、いろいろニコに質問するのですが、「交際相手はいますか?」などプライベートなことも尋ねられるのでムッとしたりしたら、「あなたは情緒不安定で、免許は返せません」と宣告されてしまいます(注2)。
そこを出たニコは、電車に乗って駅で降り道路を歩いて、コーヒショップに入ります。
店員に「普通のコーヒーを」と注文したところ、「アラビカかコロンビアか?」と質問され、「それじゃあコロンビアを」と答えたら、「3ユーロ40」だと言われ、「そんなに高いの!」と驚いてポケットの中を探しても、お金が足りません。ニコは、「今日だけ何とか」と店員に頼んだのですが、「無理よ」とすげなく断られたために、飲まずに外に飛び出します。
という具合に映画は展開していきますが、その行き着くところは、………?
本作は、若い主人公の冴えない1日を描いたに過ぎない作品で、ついていないことがその青年に次々と起こる様が描かれますが(注3)、それでも夜が明けてきて街が動き出し、最後になって彼がやっとありついたコーヒーを飲む姿を見ると、映画を見ている方もその青年と一緒になって、なんだかその日に少しは希望が持てそうな感じになります。
(2)本作の原題は「Oh Boy」ですから、邦題の「コーヒーをめぐる冒険」に拘っても意味がないものの、やっぱり村上春樹氏の『羊をめぐる冒険』を連想してしまいます。
ですが、村上氏の小説では、小説の語り手である「僕」と耳が特別な「ガールフレンド」と一緒に「背中に星型の斑紋のある羊」を探しに北海道に出かけるわけで、その意味でまさに「羊をめぐる冒険」ではあるものの、本作においては、確かに主人公のニコはベルリン中をアチコチ彷徨うとはいえ、ことさらコーヒーを探し求めているわけでもないように思われます(注4)。
それよりか、むしろ、地獄を“めぐる”お話を扱う『大木家のたのしい旅行』の方がまだ似ているといえるかも知れません。なにしろそこでは、竹野内豊と水川あさみの夫婦が、血の池地獄や針の山を訪れたり、赤鬼や青鬼に出会ったりするのですから。
とはいえ、本作は、同作のようにはベルリンの名所旧跡を絵葉書的に映し出しているわけではなく、あくまでも現代のベルリンの姿をごく通常の目線で眺めているように思われます。
としたら、本作は、『ネブラスカ』のようなロードムービー物の一変奏とみなしておくほうが無難かも知れません(注5)。というのも、主人公は、電車や車を使ったりしてベルリンの街をひとめぐりし、終リの時点においては出発点とほんの少しだけにせよ違った気分になったはずなのですから(注6)。
なお、原題の「Oh Boy」について、劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事において、ヤン・オーレ・ゲルスター監督(脚本も)は、「脚本の執筆中、いつもビートルズを聴いていました。生活の中の詩的な瞬間のことを彼らは上手に歌詞に反映していて、大きなヒントやインスピレーションになりました。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は“I read the news today oh boy ……”という歌詞で始まります。“オー、ボーイ”この深く誠実なビートルズのため息が、脚本段階での仮題となり最後まで残りました」と述べています。
確かに、「あら、あら」「おや、まあ」「なんだよ」といったちょっと困った感じがこの映画には漂っていて、なかなか洒落たタイトルだなと思いました。
(3)渡まち子氏は、「ベルリンを舞台にコーヒーを飲み損ねた青年の不運な1日を綴る「コーヒーをめぐる冒険」。モノクロの映像がスタイリッシュで、味わい深い小品」として70点をつけています。
秦早穂子氏は、「たとえベルリンを知らなくとも、ニコと一緒に歩き回るうちに、過去・現在が混在するこの都市の重層的魅力が浮かび上がってくるし、奇妙な人間たちの寸描も批判精神に富み楽しい」と述べています。
(注1)本作は、ドイツの新鋭ヤン・オーレ・ゲルスター監督のデビュー作で、上映時間は85分。
(注2)ニコは、どうやら飲酒運転で免許を取り上げられており(アルコール濃度がかなり高かった模様)、この日の診断次第では返却される可能性はあったものの、医者の心証が悪くて運転免許は返却されないままとなりました。
(注3)といっても、だらだらした日常生活ばかりが綴られているわけではなく、現代や過去の闇の部分も映し出されます。すなわち、一方でニコは、昔の同級生ユリカと遭遇し、彼女に絡んできた不良に殴られもしますし、またドラッグディラーの少年に出会ったりしますが、他方で、友人のマッツェとともに、映画のロケ現場でナチスの制服を身につけて演技をする俳優に出会ったり、果ては、「水晶の夜」の事件(1938年に起きた反ユダヤ暴力事件)に参加した経験のある老人からその話(「父は俺に石を握らせた。俺は、その石で窓ガラスを打ち破った」)を聞いたりもするのです。
(注4)本作のニコは、行く先々でコーヒーにありつけないなのですが、コーヒーが飲めないからといって、それで酷く悲しんだり憤ったりするわけでもなく、また次の場所に移動していくだけのことです。
(注5)本文で触れている劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事において、ヤン・オーレ・ゲルスター監督は、「ロードムービーの定義も取り入れました」と述べていることでもありますし。
なお、このエントリの(3)もご覧ください。
(注6)これまでどこに行っても周囲に対して違和感を覚えて、それで大学も二年で中退してしまったニコ(仕事につかずにぶらぶらしているようです)ですが、違和感を覚えるのは周りが悪いせいではなく、自分に問題があるからなんだと次第に思うようになってきます。
★★★☆☆☆
象のロケット:コーヒーをめぐる冒険
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