『新しい靴を買わなくちゃ』を渋谷TOEIで見ました。
(1)あの中山美穂が主演の映画と聞いて一抹の不安があったのですが、TVドラマで著名な北川悦吏子氏が監督・脚本、人気の向井理も出演するし、坂本龍一氏が音楽監督ならば、マアいいかもしれないと映画館に行ってみました。
物語の舞台は、例によって“花のパリ”!
妹・スズメ(桐谷美玲)に無理やり連れてこられた写真家・セン(向井理)が、妹とパリに到着します(注1)。
空港からセーヌ川の川岸にやってきて、タクシーを降りたところで、センは妹においてきぼりを食わされてしまいます。
泊まるホテルの名前も分からずに途方に暮れたセンは、ちょっとした偶然で、パリに住んでいて日本人向けフリーペーパーの記者をしているアオイ(中山美穂)と知り合い、ホテルに連れて行ってもらっただけでなく、食事をしたりお酒を飲んだりし、結局は彼女の家に泊まることに(でも深い関係にはなりません)。
一方の妹は、一人でパリに修行に来ている恋人の画家志望・カンゴ(綾野剛)の家に押しかけます。
アオイとセンとの関係、それにスズメとカンゴとの関係はいったいどうなるでしょうか、……?
登場人物たちが皆これから先のことにつき何かしらの問題を抱えているところ(注2)、パリでの3日間でつながりを持つことによって、それをなんとか乗り超えていこうとする気持ちになっていく様子が描かれていて、場所とか出演俳優とかからすれば、まずはこんなところかなと思いました。
中山美穂は、DVDで『サヨナライツカ』を見たくらいながら、在住10年ということで、さすがにパリに溶け込んでいる雰囲気です。
向井理は、『ハナミズキ』でも、主人公・紗枝(新垣結衣)の大学で先輩のカメラマン・北見純一を演じていたところ(その映画では、パリではなくニューヨーク在住という設定ですが!)、本作を見てもカメラマン役にはうってつけの感じです(むろん、被写体としての方がズッと適役でしょうが!)。
桐谷美玲は、恋人とはいえ修行中の彼氏のところにいきなり押しかけて結婚を迫る本作の役柄は、『荒川アンダーザブリッジ』における金星から来たニノとなんとなく似ている感じを受けました。
綾野剛は、『ヘルタースケルター』で羽田美知子(寺島しのぶ)の恋人役とか『るろうに剣心』の外印役とかでこのところよく見かけるところ(注3)、どんな役でも的確にこなしてしまう演技力を持った俳優だなと思います。
(2)とはいえ、いろいろな疑問点も浮かんできます。
舞台がパリにしても、どうして、セーヌ川、エッフェル塔、ノートルダム寺院など、格別にありきたりの名所の画像ばかりが映し出されるのでしょう。
また、主人公たちの職業が、これまたジャーナリストとか写真家というように、今流行のものばかり(カンゴは画家を目指しています)。
それに、アオイとセン、スズメとカンゴという二つの関係が、映画の中で何も絡み合わないのはどうしたことでしょう。
でも、そのくらいのことならば、こうした作品を見ようとした段階である程度予測が付いたことですから、今更論ってみても仕方がないでしょうし、また、製作者側でも十分に承知しているはずと思われます。
ただ、そんな点はあえて目を瞑ってまで、どうしてこうした作品を製作しようとしたのか、なかなか意図がつかみ辛い感じです。
あるいは、細部に拘ってみたかったのかもしれません。
アオイは、フリーペーパーに掲載する記事のために、パン屋とかお菓子屋に行って“イースター・エッグ”の取材をします。日本では、イースターの行事は一般化されていませんから、こうした場面はなかなか興味深いものがあります(注4)。
また、アオイが住んでいる家は、やや広めの1DKといった感じのごく普通のアパルタメントで、周囲もごく普通の人が住んでいる感じです。こんな感じの住居は、従来余り映し出されなかったのではないでしょうか?
さらに、アオイの友人のフランス人ジョアンヌ(アマンダ・プラマー)が上の階に住んでいるところ、彼女はドレスデザイナーとして、地下に部屋を借りて作業しています(注5)。
センは、アオイの家に泊まった翌日の朝は、アオイが起きる前に、拘りのスクランブルエッグを作ったりしていますが、キッチンでの場面がじっくりと映し出されています(注6)。
それに、日本に戻ったセンがアオイに贈った靴はどうでしょう(注7)。劇場用パンフレットに掲載の記事(注8)によれば、ロジェ・ヴィヴィエの靴だとか。
もっと言えば、カンゴのアトリエも、様々なものが散りばめられているようです。なかでも目立つのは、壁にかけられた大きな絵。劇場用パンフレットのProduction Noteによれば、すべてプロデューサーの岩井俊二氏の手になるとのこと(注9)。
もしかしたら、坂本龍一氏が音楽監督ですし、さらには何度もモーツァルトの「メヌエットとトリオ」(メヌエット ト長調K-1e)が登場したりしますから、音楽映画と見ることができるかもしれません。
特に、モーツアルトの曲は、アオイの子供・シオンが弾いていたもので、この曲を弾くと、シオンが拾ってきた猫が現れたのに、今ではその猫も見かけなくなったようです(注10)。
そんなこんなで、この映画は、歌こそ出てきませんが、ある意味でオペラのような作品と言ってみたらどうでしょうか。オペラの書割のような背景の中で、心の動きは様々の道具を使ったりしながら二組の恋愛劇が描き出されているのでは、と思えば、なんとか最後まで退屈しないで見ることができるように思われます。
(2)渡まち子氏は、「パリで出会った男女の3日間のラブストーリー「新しい靴を買わなくちゃ」。魅力はパリ!…というより、それしかない」として45点をつけています。
(注1)映画は、最初、パリの街を写した写真が何枚も映し出され(センの写した写真ということでしょうか)、それが空港で手荷物を受け取って外に出る写真につながって、次いでタクシーの中のセンとスズメの場面となりますが、ここらあたりの描き方はまずまずセンスが溢れているのではと思いました。
(注2)主人公アオイは、子供シオンを5歳で失ってしまったという心の傷を抱えており、センは、現在のカメラマンの仕事に行き詰まりを覚えていますし〔写真集を出したり個展を開きたいにもかかわらず、単に顔の修正のうまいカメラマンということになってしまっています(「“高須クリニック”になってしまった」!)〕、カンゴは画家としてはまだ独り立ちできずに修行中、スズメはカンゴと一緒になりたいと一途に思っています。
(注3)そういえば、『はさみ』で弥生(徳永えり)の彼氏役もしていました。
(注4)“イースター・エッグ”は隠されて、イースターの朝に子供たちが探すことになっているようですが、もしかしたら、この場面には、アオイの中で隠されている思いを探して明るみに出す、といったような意味が込められているのではないでしょうか?
(注5)ジョアンナは、センに、アオイが自分の男性を紹介したのは初めてのことであること、さらに5歳の子供を亡くしている女性であることを話します
勿論、あとで、アオイは自分で子供のことなどをセンに話します。その話によれば、アオイは、美大卒、画廊に努めた関係でパリに来てフランス人画家と結婚したにもかかわらず、すぐに離婚。ただ、その後お腹に子供がいることが分かり出産。でも病弱で5歳の時に亡くなってしまった、とのことです。
(注6)ジョアンナの家で行われるイースターのパーティーのために、アオイとセンとジョアンナでキッシュを作ったりもします(結局、そのパーティーで出れなかった2人は、届けてもらったキッシュをアオイの家で食べることになります)。
なお、センは、アオイの家でコーヒーを入れますが、カリタ式でお湯を注ぐ際にコツ(最初に、少しお湯を注いで暫く蒸らし、その後で本格的にお湯を注ぐといったようなこと)をアオイに伝授します。アルバイトで喫茶店にいた時に習得したとのことですが、その程度のことなら、今や一般家庭でも普通に行われているのではないでしょうか?
(注7)センから送られた靴をアオイが履いてみたらピッタリ!いつの間にサイズを図ったのでしょう、でもそこにセンの気持ちが託されているように思われます。
(注8)北川悦吏子氏とエル・ジャポン編集長の塚本香氏の対談「新しい靴を見つけるまで」。
(注9)このところ、『ライク・サムワン・イン・ラブ』の矢崎千代二の『教鵡』とか、『テイク・ディス・ワルツ』で映し出されるバリント・サコ(Balint Zsako)の絵など、絵画作品が一定の役割を演じている映画を見ることが多くなっている感じです。
本作でも、壁にかかっているカンゴの絵を見て、スズメは「どうしてこんな絵を描くの?」と尋ねたりします。無論、カンゴは何も答えませんが、こんなところにも、スズメとカンゴの心に距離が出来てしまったことがうかがわれます。
(注10)これも、アオイの心の空洞を表しているように思われます。
★★★☆☆
象のロケット:新しい靴を買わなくちゃ
(1)あの中山美穂が主演の映画と聞いて一抹の不安があったのですが、TVドラマで著名な北川悦吏子氏が監督・脚本、人気の向井理も出演するし、坂本龍一氏が音楽監督ならば、マアいいかもしれないと映画館に行ってみました。
物語の舞台は、例によって“花のパリ”!
妹・スズメ(桐谷美玲)に無理やり連れてこられた写真家・セン(向井理)が、妹とパリに到着します(注1)。
空港からセーヌ川の川岸にやってきて、タクシーを降りたところで、センは妹においてきぼりを食わされてしまいます。
泊まるホテルの名前も分からずに途方に暮れたセンは、ちょっとした偶然で、パリに住んでいて日本人向けフリーペーパーの記者をしているアオイ(中山美穂)と知り合い、ホテルに連れて行ってもらっただけでなく、食事をしたりお酒を飲んだりし、結局は彼女の家に泊まることに(でも深い関係にはなりません)。
一方の妹は、一人でパリに修行に来ている恋人の画家志望・カンゴ(綾野剛)の家に押しかけます。
アオイとセンとの関係、それにスズメとカンゴとの関係はいったいどうなるでしょうか、……?
登場人物たちが皆これから先のことにつき何かしらの問題を抱えているところ(注2)、パリでの3日間でつながりを持つことによって、それをなんとか乗り超えていこうとする気持ちになっていく様子が描かれていて、場所とか出演俳優とかからすれば、まずはこんなところかなと思いました。
中山美穂は、DVDで『サヨナライツカ』を見たくらいながら、在住10年ということで、さすがにパリに溶け込んでいる雰囲気です。
向井理は、『ハナミズキ』でも、主人公・紗枝(新垣結衣)の大学で先輩のカメラマン・北見純一を演じていたところ(その映画では、パリではなくニューヨーク在住という設定ですが!)、本作を見てもカメラマン役にはうってつけの感じです(むろん、被写体としての方がズッと適役でしょうが!)。
桐谷美玲は、恋人とはいえ修行中の彼氏のところにいきなり押しかけて結婚を迫る本作の役柄は、『荒川アンダーザブリッジ』における金星から来たニノとなんとなく似ている感じを受けました。
綾野剛は、『ヘルタースケルター』で羽田美知子(寺島しのぶ)の恋人役とか『るろうに剣心』の外印役とかでこのところよく見かけるところ(注3)、どんな役でも的確にこなしてしまう演技力を持った俳優だなと思います。
(2)とはいえ、いろいろな疑問点も浮かんできます。
舞台がパリにしても、どうして、セーヌ川、エッフェル塔、ノートルダム寺院など、格別にありきたりの名所の画像ばかりが映し出されるのでしょう。
また、主人公たちの職業が、これまたジャーナリストとか写真家というように、今流行のものばかり(カンゴは画家を目指しています)。
それに、アオイとセン、スズメとカンゴという二つの関係が、映画の中で何も絡み合わないのはどうしたことでしょう。
でも、そのくらいのことならば、こうした作品を見ようとした段階である程度予測が付いたことですから、今更論ってみても仕方がないでしょうし、また、製作者側でも十分に承知しているはずと思われます。
ただ、そんな点はあえて目を瞑ってまで、どうしてこうした作品を製作しようとしたのか、なかなか意図がつかみ辛い感じです。
あるいは、細部に拘ってみたかったのかもしれません。
アオイは、フリーペーパーに掲載する記事のために、パン屋とかお菓子屋に行って“イースター・エッグ”の取材をします。日本では、イースターの行事は一般化されていませんから、こうした場面はなかなか興味深いものがあります(注4)。
また、アオイが住んでいる家は、やや広めの1DKといった感じのごく普通のアパルタメントで、周囲もごく普通の人が住んでいる感じです。こんな感じの住居は、従来余り映し出されなかったのではないでしょうか?
さらに、アオイの友人のフランス人ジョアンヌ(アマンダ・プラマー)が上の階に住んでいるところ、彼女はドレスデザイナーとして、地下に部屋を借りて作業しています(注5)。
センは、アオイの家に泊まった翌日の朝は、アオイが起きる前に、拘りのスクランブルエッグを作ったりしていますが、キッチンでの場面がじっくりと映し出されています(注6)。
それに、日本に戻ったセンがアオイに贈った靴はどうでしょう(注7)。劇場用パンフレットに掲載の記事(注8)によれば、ロジェ・ヴィヴィエの靴だとか。
もっと言えば、カンゴのアトリエも、様々なものが散りばめられているようです。なかでも目立つのは、壁にかけられた大きな絵。劇場用パンフレットのProduction Noteによれば、すべてプロデューサーの岩井俊二氏の手になるとのこと(注9)。
もしかしたら、坂本龍一氏が音楽監督ですし、さらには何度もモーツァルトの「メヌエットとトリオ」(メヌエット ト長調K-1e)が登場したりしますから、音楽映画と見ることができるかもしれません。
特に、モーツアルトの曲は、アオイの子供・シオンが弾いていたもので、この曲を弾くと、シオンが拾ってきた猫が現れたのに、今ではその猫も見かけなくなったようです(注10)。
そんなこんなで、この映画は、歌こそ出てきませんが、ある意味でオペラのような作品と言ってみたらどうでしょうか。オペラの書割のような背景の中で、心の動きは様々の道具を使ったりしながら二組の恋愛劇が描き出されているのでは、と思えば、なんとか最後まで退屈しないで見ることができるように思われます。
(2)渡まち子氏は、「パリで出会った男女の3日間のラブストーリー「新しい靴を買わなくちゃ」。魅力はパリ!…というより、それしかない」として45点をつけています。
(注1)映画は、最初、パリの街を写した写真が何枚も映し出され(センの写した写真ということでしょうか)、それが空港で手荷物を受け取って外に出る写真につながって、次いでタクシーの中のセンとスズメの場面となりますが、ここらあたりの描き方はまずまずセンスが溢れているのではと思いました。
(注2)主人公アオイは、子供シオンを5歳で失ってしまったという心の傷を抱えており、センは、現在のカメラマンの仕事に行き詰まりを覚えていますし〔写真集を出したり個展を開きたいにもかかわらず、単に顔の修正のうまいカメラマンということになってしまっています(「“高須クリニック”になってしまった」!)〕、カンゴは画家としてはまだ独り立ちできずに修行中、スズメはカンゴと一緒になりたいと一途に思っています。
(注3)そういえば、『はさみ』で弥生(徳永えり)の彼氏役もしていました。
(注4)“イースター・エッグ”は隠されて、イースターの朝に子供たちが探すことになっているようですが、もしかしたら、この場面には、アオイの中で隠されている思いを探して明るみに出す、といったような意味が込められているのではないでしょうか?
(注5)ジョアンナは、センに、アオイが自分の男性を紹介したのは初めてのことであること、さらに5歳の子供を亡くしている女性であることを話します
勿論、あとで、アオイは自分で子供のことなどをセンに話します。その話によれば、アオイは、美大卒、画廊に努めた関係でパリに来てフランス人画家と結婚したにもかかわらず、すぐに離婚。ただ、その後お腹に子供がいることが分かり出産。でも病弱で5歳の時に亡くなってしまった、とのことです。
(注6)ジョアンナの家で行われるイースターのパーティーのために、アオイとセンとジョアンナでキッシュを作ったりもします(結局、そのパーティーで出れなかった2人は、届けてもらったキッシュをアオイの家で食べることになります)。
なお、センは、アオイの家でコーヒーを入れますが、カリタ式でお湯を注ぐ際にコツ(最初に、少しお湯を注いで暫く蒸らし、その後で本格的にお湯を注ぐといったようなこと)をアオイに伝授します。アルバイトで喫茶店にいた時に習得したとのことですが、その程度のことなら、今や一般家庭でも普通に行われているのではないでしょうか?
(注7)センから送られた靴をアオイが履いてみたらピッタリ!いつの間にサイズを図ったのでしょう、でもそこにセンの気持ちが託されているように思われます。
(注8)北川悦吏子氏とエル・ジャポン編集長の塚本香氏の対談「新しい靴を見つけるまで」。
(注9)このところ、『ライク・サムワン・イン・ラブ』の矢崎千代二の『教鵡』とか、『テイク・ディス・ワルツ』で映し出されるバリント・サコ(Balint Zsako)の絵など、絵画作品が一定の役割を演じている映画を見ることが多くなっている感じです。
本作でも、壁にかかっているカンゴの絵を見て、スズメは「どうしてこんな絵を描くの?」と尋ねたりします。無論、カンゴは何も答えませんが、こんなところにも、スズメとカンゴの心に距離が出来てしまったことがうかがわれます。
(注10)これも、アオイの心の空洞を表しているように思われます。
★★★☆☆
象のロケット:新しい靴を買わなくちゃ