
『はさみhasami』を新宿のK’cinemaで見ました。
(1)本作の場合、観客がきっと少ないだろうと覚悟はしていましたが、そして見たのが平日の夕方ですから仕方がないのでしょうが、観客がわずか3名というのも、また凄まじいものがありました。
さらに、本作は、理容学校・美容学校の協力を全面的に受けて制作されていますから、ある意味でベタな“ご当地物”そのものであり、そうであれば『カルテット!』と似たような感じになるだろうということも事前に予想がつきます。
ただ、こうした事前の感触を持って出向きましたから、同じように他愛のないストーリーだとしても、『カルテット!』ほど出来の悪さを感じませんでしたが。
物語は、中野にある理美容学校を舞台に、問題のある生徒3人を巡って展開します。
主役は、同校の美容科の永井先生(池脇千鶴)。

その生徒の洋平(窪田正孝)は、自閉症気味で情緒不安定、他の生徒とのコミュニケーションに難があります(注1)。

また、弥生(徳永えり)も、彼氏(綾野剛)との関係がうまくいかない一方で(注2)、自分の美容師手の能力にも自身が持てなくなります(注3)。それで、洋平も弥生も学校に余り来なくなってしまいます。
また、これは永井先生の生徒ではなく、理容科の生徒ですが、弥生と大の仲良しになる「いちこ」(お笑コンビ・大好物のなんしぃ)は、トップクラスの技能を持っているにもかかわらず、親元の経済状況がよくはありません(注4)。
こうした問題生徒に対して、永井先生は、その先輩の築木先生(竹下景子)にも相談しつつ、親身になって解決策を考え(注5)、また「いちこ」に対しても学校側はなんとかしようと頑張ります(注6)。
おそらく3人とも、理容師・美容師の国家試験にうまく合格することしょう。
対人関係がうまくいかない洋平の問題は、その原因となった田舎の継母と、祖母の葬式で再会したことから解きほぐれ出し(注7)、弥生も、「目標を持って継続すること」と永井先生に言われたことにハッと気づいて再度頑張りだすなど、そんな簡単なことだったのと言いたくなってきますが、まあこうした作品にそれ以上を求めても仕方がないでしょう。
主演の池脇千鶴は、『神様のカルテ』で、主役の栗原医師に突っかかる看護師の役を好演し、本作でも先生役をなかなかよくやっているところ、最近の出演作同様、あまりラブ・ストーリー的な雰囲気に縁がなさそうにみえるのはどうしたことでしょう。それに、なんだか随分と体格が良くなったのではと思ってしまいました。
また、弥生役の徳永えりは、『春との旅』において、祖父役の仲代達也と一緒にあちこちを旅する孫娘役を好演していましたが、本作においても、中野や国立の街中などを歩く姿がとても印象的です。
(2)本作においては、竹下景子扮する築木先生が、持論の「技能中心」を何度も持ち出すのですから(注8)、永井先生の持論の「技能と人間関係」、それも「人間関係」ばかり描くだけでなく、映画ではもう少し、理容師・美容師が直面する技能上の問題を掘り下げてもらえたら、もっと興味深い映画ができたのでは、と思いました。
勿論、そういう場面がないわけではありません。
弥生が「いちこ」の凄さを認めて教えてもらおうとしたところ、「いちこ」は、左手の肘をもっと高く上げるように(さらには正確なポジションをとるように)アドバイスします。ただ、竹下景子の築木先生が、やる気を取り戻した弥生にアドバイスする際も、やはり同じ肘の高さが言われるだけなのです。
まるで、髪を切る際の要めはすべて肘の高さにあるという感じですが、果たしてそんなものなのでしょうか?
(3)“はさみ”と言ったら、ジョニー・デップの『シザーズハンド』(1990年)でしょうし、また“理容師”ときたら、これまたジョニー・デップの『スウィニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)でしょうが、前者は人造人間の話ですし、後者はミュージカル仕立てですから、ここでは取り上げないことといたします〔邦画では、豊川悦司主演の『ハサミ男』(2005年)があるようですが、見てはおりません〕。
(注1)洋平が16歳の時にその母親が家を出て行った後、父親は後妻をもらったものの、その女性と洋平とはソリが合わず(洋平は、高校時代は自閉症だったようです)、高校を卒業すると、今度は洋平の方で東京に出てきてしまったとのこと。
その間に、継母に赤ちゃんができてしまい、自分の帰るべきところがなくなってしまった感じがしたこともあって、他人とのコミュニケーションがうまくできなくなっているようです。
彼の話によれば、学校ではしゃぐのも、集団の中にいると神経がざわつく感じがして、おどけてふざけないとダメになってしまうと思うから、とのことです。
(注2)弥生は、時々イラストレーターの彼氏の部屋に行きますが、彼氏の方は、自分のイラストにいろいろ口出しする会社の担当者(「もっとわかりやすいものを」と指図しているようです)とうまくいかずにふてくされていて、そんなこんなで二人の間はうまくいってはいません。
さらに、弥生が彼氏と連絡が取れなくなってしまい不安に駆られている間に、あろうことか、彼氏の方では、電車でそばにいた女性に抱きついてしまったとの容疑で警察につかまっていたとの事情を、その姉から聞き出します。
この件は書類送検で済みますが、彼氏の方は、家業を継ぐべく故郷に戻ることになります。
(注3)理容科の「いちこ」のはさみ捌きがまるで神業のよう見え、弥生は、自分の至らなさを痛快します。
(注4)元々「いちこ」は、奨学金を得て秋田から上京しているのですが、飲んだくれの父親が借金をこしらえて、その返済に充てるべく母親が奨学金を勝手に使ってしまい、結果として彼女は学校にいられなくなってしまいます。
(注5)永井先生は、生徒の親とも積極的に会って、生徒の真の姿を捉えようと努めます。
ただ、ここで挙げた3人の生徒以外のことになりますが、学校を辞めてアパレル関係の仕事をしたいとする生徒の両親と面会したところ、両親から生徒の自由にさせてほしいと言われ打つ手がなくなり、どうしてもっと早い段階で気がつかなかったのかと自分を責めます。
(注6)どこかの理髪店で住み込みで働く一方で、学校の夜学(あるいは通信講座)に通うようにしてはどうかと、学校の先生たちはあちこちの関係先に当たります。
(注7)洋平は、立ち直って学校に通い出しますが、通学に使っていたバイクで転倒して大切な右手を骨折してしまいます。ただ、その年の国家試験は無理としても、両親も上京して、頑張っていこうという気になります。
(注8)築木先生は、生徒とが問題を抱えていても、技術の面白さで克服させることができるのでは、と考えています。
実は、永井先生は、一人の先生に躓いたことがあり、どうしても褒めてもらえなかったわけで、でも必ずや見返してやろうと思ってここまでこれたようですが、その先生というのが築木先生なのです。
★★★☆☆
(1)本作の場合、観客がきっと少ないだろうと覚悟はしていましたが、そして見たのが平日の夕方ですから仕方がないのでしょうが、観客がわずか3名というのも、また凄まじいものがありました。
さらに、本作は、理容学校・美容学校の協力を全面的に受けて制作されていますから、ある意味でベタな“ご当地物”そのものであり、そうであれば『カルテット!』と似たような感じになるだろうということも事前に予想がつきます。
ただ、こうした事前の感触を持って出向きましたから、同じように他愛のないストーリーだとしても、『カルテット!』ほど出来の悪さを感じませんでしたが。
物語は、中野にある理美容学校を舞台に、問題のある生徒3人を巡って展開します。
主役は、同校の美容科の永井先生(池脇千鶴)。

その生徒の洋平(窪田正孝)は、自閉症気味で情緒不安定、他の生徒とのコミュニケーションに難があります(注1)。

また、弥生(徳永えり)も、彼氏(綾野剛)との関係がうまくいかない一方で(注2)、自分の美容師手の能力にも自身が持てなくなります(注3)。それで、洋平も弥生も学校に余り来なくなってしまいます。
また、これは永井先生の生徒ではなく、理容科の生徒ですが、弥生と大の仲良しになる「いちこ」(お笑コンビ・大好物のなんしぃ)は、トップクラスの技能を持っているにもかかわらず、親元の経済状況がよくはありません(注4)。
こうした問題生徒に対して、永井先生は、その先輩の築木先生(竹下景子)にも相談しつつ、親身になって解決策を考え(注5)、また「いちこ」に対しても学校側はなんとかしようと頑張ります(注6)。
おそらく3人とも、理容師・美容師の国家試験にうまく合格することしょう。
対人関係がうまくいかない洋平の問題は、その原因となった田舎の継母と、祖母の葬式で再会したことから解きほぐれ出し(注7)、弥生も、「目標を持って継続すること」と永井先生に言われたことにハッと気づいて再度頑張りだすなど、そんな簡単なことだったのと言いたくなってきますが、まあこうした作品にそれ以上を求めても仕方がないでしょう。
主演の池脇千鶴は、『神様のカルテ』で、主役の栗原医師に突っかかる看護師の役を好演し、本作でも先生役をなかなかよくやっているところ、最近の出演作同様、あまりラブ・ストーリー的な雰囲気に縁がなさそうにみえるのはどうしたことでしょう。それに、なんだか随分と体格が良くなったのではと思ってしまいました。
また、弥生役の徳永えりは、『春との旅』において、祖父役の仲代達也と一緒にあちこちを旅する孫娘役を好演していましたが、本作においても、中野や国立の街中などを歩く姿がとても印象的です。
(2)本作においては、竹下景子扮する築木先生が、持論の「技能中心」を何度も持ち出すのですから(注8)、永井先生の持論の「技能と人間関係」、それも「人間関係」ばかり描くだけでなく、映画ではもう少し、理容師・美容師が直面する技能上の問題を掘り下げてもらえたら、もっと興味深い映画ができたのでは、と思いました。
勿論、そういう場面がないわけではありません。
弥生が「いちこ」の凄さを認めて教えてもらおうとしたところ、「いちこ」は、左手の肘をもっと高く上げるように(さらには正確なポジションをとるように)アドバイスします。ただ、竹下景子の築木先生が、やる気を取り戻した弥生にアドバイスする際も、やはり同じ肘の高さが言われるだけなのです。
まるで、髪を切る際の要めはすべて肘の高さにあるという感じですが、果たしてそんなものなのでしょうか?
(3)“はさみ”と言ったら、ジョニー・デップの『シザーズハンド』(1990年)でしょうし、また“理容師”ときたら、これまたジョニー・デップの『スウィニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)でしょうが、前者は人造人間の話ですし、後者はミュージカル仕立てですから、ここでは取り上げないことといたします〔邦画では、豊川悦司主演の『ハサミ男』(2005年)があるようですが、見てはおりません〕。
(注1)洋平が16歳の時にその母親が家を出て行った後、父親は後妻をもらったものの、その女性と洋平とはソリが合わず(洋平は、高校時代は自閉症だったようです)、高校を卒業すると、今度は洋平の方で東京に出てきてしまったとのこと。
その間に、継母に赤ちゃんができてしまい、自分の帰るべきところがなくなってしまった感じがしたこともあって、他人とのコミュニケーションがうまくできなくなっているようです。
彼の話によれば、学校ではしゃぐのも、集団の中にいると神経がざわつく感じがして、おどけてふざけないとダメになってしまうと思うから、とのことです。
(注2)弥生は、時々イラストレーターの彼氏の部屋に行きますが、彼氏の方は、自分のイラストにいろいろ口出しする会社の担当者(「もっとわかりやすいものを」と指図しているようです)とうまくいかずにふてくされていて、そんなこんなで二人の間はうまくいってはいません。
さらに、弥生が彼氏と連絡が取れなくなってしまい不安に駆られている間に、あろうことか、彼氏の方では、電車でそばにいた女性に抱きついてしまったとの容疑で警察につかまっていたとの事情を、その姉から聞き出します。
この件は書類送検で済みますが、彼氏の方は、家業を継ぐべく故郷に戻ることになります。
(注3)理容科の「いちこ」のはさみ捌きがまるで神業のよう見え、弥生は、自分の至らなさを痛快します。
(注4)元々「いちこ」は、奨学金を得て秋田から上京しているのですが、飲んだくれの父親が借金をこしらえて、その返済に充てるべく母親が奨学金を勝手に使ってしまい、結果として彼女は学校にいられなくなってしまいます。
(注5)永井先生は、生徒の親とも積極的に会って、生徒の真の姿を捉えようと努めます。
ただ、ここで挙げた3人の生徒以外のことになりますが、学校を辞めてアパレル関係の仕事をしたいとする生徒の両親と面会したところ、両親から生徒の自由にさせてほしいと言われ打つ手がなくなり、どうしてもっと早い段階で気がつかなかったのかと自分を責めます。
(注6)どこかの理髪店で住み込みで働く一方で、学校の夜学(あるいは通信講座)に通うようにしてはどうかと、学校の先生たちはあちこちの関係先に当たります。
(注7)洋平は、立ち直って学校に通い出しますが、通学に使っていたバイクで転倒して大切な右手を骨折してしまいます。ただ、その年の国家試験は無理としても、両親も上京して、頑張っていこうという気になります。
(注8)築木先生は、生徒とが問題を抱えていても、技術の面白さで克服させることができるのでは、と考えています。
実は、永井先生は、一人の先生に躓いたことがあり、どうしても褒めてもらえなかったわけで、でも必ずや見返してやろうと思ってここまでこれたようですが、その先生というのが築木先生なのです。
★★★☆☆

















まさにおっしゃるように、「これなら別に美容師理容師でなくても良くない?ってことに」なるものと思います。そして、多分、連続テレビドラマにでもすればよかったのかもしれませんね。