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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ヘルタースケルター

2012年08月09日 | 邦画(12年)
 『ヘルタースケルター』を渋谷シネマライズで見ました。

(1)本作は、映画以前のところで随分と話題性を持ってしまっていて、だからそんなものに巻き込まれるのは御免だという考えもある一方で、耳にしてしまった以上、拒絶反応を示せばそれだけで騒ぎの一翼を担っていることにもなりかねず、であれば見なきゃ損という考えもあり得るでしょう。
 クマネズミは後者のように考え、先週取り上げた『フェルメール展』に出向いたときと同じノリで、むしろ早目に見ようと思って映画館に繰り出した次第です(ブログにアップするのは、クマネズミの怠慢でかくも遅れてしまいましたが)。
 そして、帰宅時間が余り遅くならないようシネクインズの方が都合がいいかなと思って、平日の夕方の回の1時間くらい前に同館に行ってみたところ、なんと既に満席状態。
 仕方なく、向かいのシネマライズでチケットを購入。少し遅い時間なので前の方は空いているだろうと思っていたところ、定刻10分前の入場と同時に全席が埋まっていました。
 マスコミであれこれと騒がれた沢尻エリカの出演する映画ということでの盛り上がりと思いますが、それにしても驚きました(公開されて既に1ヵ月近くなりますが、映画館の状況はどんなものでしょうか)。

 本作のストーリーは、いたって他愛もないものです。超売れっ子のモデル・りりこ沢尻エリカ)は、実は体のいたるところに整形が施されていて(注1)、メンテに気をつけないと大変な事態となります。
 にもかかわらず、忙しさにかまけて放っておいたら、顔などに痣が現れてくるまでに。
 一応はメイクでごまかせますが、定期的な手入れは必須となります。
 一方で、時間の経過とともに、別の若いモデル・吉川こずえ水原希子)が売れてきて、周囲のりりこに対する扱いも変わってきます。
 対応して、りりこの精神状態も次第に不安定なものに。
 それを紛らすために薬に手を出すと、生出演中のTV番組で大失態を演じてしまいます。
 さてこの先どんなことになるのやら、……?

 本作は、こうしたストーリーを中心に、りりこのマネージャー・羽田寺島しのぶ)とかエージェントの社長(桃井かおり)、検事の麻田大森南朋)などが絡んできますが、監督の蜷川実花が、前作『さくらん』(2007年)同様に、極彩色の極めて独特の映像で全編を描き出しています。
 絶頂期のりりこの映像も素晴らしいですし、またラストの方で、倒れたりりこに赤い羽毛が降り注ぐ映像なども随分と綺麗で見ごたえがあります。
 映画の話題性を離れても、そしてストーリー自体はありきたりでそれほど新味がないとしても(登場人物の誰も彼も、予測を超えた動きを余りしませんから)、映像自体は一見の価値があるのではと思ったところです。

 主演の沢尻エリカは、『バッチギ!』とか『手紙』での印象が強烈でしたが、その際の置物的な感じを脱皮し、本作では女優として力一杯の演技をしています。



 また本作は、沢尻エリカ一人に注目が集まってしまうところ、脇役陣も皆そのところを得て、説得力のある演技を披露しています。
 なかでも、メイクアップ・アーティストの錦ちゃんを演じた新井浩文は、『ヤクザガール』についてのエントリでも触れましたが、本作では初めての「おかま」役にもかかわらず、随分と様になっていて、演技の幅の広さを伺わせます(注2)。



 また、吉川こずえ役の水原希子は、『ノルウェイの森』以来ながら、まさにうってつけの役柄でした。



 ただ、最近では『ポテチ』で見た大森南朋の麻田検事には、やや問題があるのではないでしょうか?
 本作の狂言回し的な役柄であるにもかかわらず、登場しても役柄の説明がなく、TVドラマでよくみかける取調室とは違った事務室でこれも役柄が判然としない女性(鈴木杏)を相手に、ボソボソと酷く抽象的なことを早口で喋るために(ことさら内容のある話ではないため、お経のように聞き流していればいいのでしょうが)、原作を知らないと見る側は戸惑ってしまうのではないかと思いました。

(2)本作については、様々の評論家がいろいろな角度から論評を書いているところ、雑誌『ユリイカ特集=蜷川実花映画『ヘルタースケルター』の世界』(2012年7月号)に掲載された美術評論家・椹木野衣氏のエッセイ「下剋上(ヘルタースケルター)―岡崎京子と蜷川実花をめぐる、二つの「ヘルタースケルター」と五人の女優」が、大変おもしろい指摘をしています(注3)。
 すなわち、沢尻エリカは、「「りりこ」であると同時にシャロン・テートであるのはもちろん、あの若草いずみでもあり、さらには上原さくらでもあ」り、「沢尻エリカそのものが、かってのシャロン・テートであり、未来の若草いずみであり、今日の上原さくらでもあ」って、「概念としての「りりこ」は、これらの五人の女優を時制を解体して整形的に統合することで作られた、メタ的で人造=人形的な存在(シャロン・テート=若草いずみ=上原さくら=りりこ=沢尻エリカ)にほかならない」と(同誌P.88)。

 このうちのシャロン・テートに関しては、彼女の惨殺事件に関与したマンソンがビートルズの「ヘルタースケルター」を崇めていた(注4)、という繋がりで持ち出されており、あまりピンときませんが(注5)、若草いずみと上原さくらは、楳図かずお氏の漫画『洗礼』の登場人物であり、本作との関連性の指摘には興味をひかれます。
 そこで早速、小学館文庫に入っている同漫画を読んでみました(なお、同漫画を原作とする映画が製作されていますが、DVD化されておらず見ることはできませんでした)。
 粗筋はこの記事に任せるとして、なるほど「一世を風靡した往年の大スター」の「若草いずみ」は、「子役時代からの厚化粧や強いスポットを浴び続けた結果、やがて肌に醜い痣や斑点が浮かび上がるようになり、そのことで精神の安定を欠き、ついには芸能界から姿を消してしまう」のですから(P.86)、本作の「りりこ」に瓜二つと言えるでしょう(注6)。

 ただ、そこまで言うとしたら、「女の子を出産していた若草いずみは、子供の頭蓋が成長するのを待って、この子の脳に自分の脳を移植し、若い身体を得てもう一度、女優としての復活を果たすことを狙う」のですから(P.86)、あるいは「若草いずみ」はエージェントの社長に(注7)、そして「りりこ」は「上原さくら」に繋がるといえるかもしれません(注8)。

 そうした関係を探していくと、いうまでもなく本作の「りりこ」と沢尻エリカの繋がりは明らかでしょうが(注9)、さらにまた蜷川監督自身についても関連性を追えるのではないかとも思われます。
 例えば、上記の雑誌『ユリイカ特集=蜷川実花映画『ヘルタースケルター』の世界』に掲載されているアーティスト・村上隆氏との対談「美しき闘争―東京/芸術/批評」の中で、蜷川氏は、「うちには妹がいて、妹がすっごく可愛かったんですよ。/私、自分の容姿に対するコンプレックスがむちゃくちゃあるんですよね」などと語っていますが、そんなところは、「りりこ」の妹・比留駒ちかこ住吉真理子)に繋がってもくるのではないでしょうか(注10)?

 映画を見てその豪華絢爛たる映像に暫し酔いしれた後は、例えばこんなことを考えてみるのもまた一興かもしれません。

(3)渡まち子氏は、「それにしても沢尻エリカの体当たり演技ときたら、あきれるほどすがすがしい」、「良くも悪くもドギついこんな物語は、落としどころが難しい。このオチには少々甘さを感じるが、一瞬の美を切り取って、それをバベルの塔のように積み上げる蜷川実花監督の美学と見た」として65点をつけています。



(注1)「このこはねえ もとのままのもんは骨と目ん玉と爪と髪と耳とアソコぐらいなもんでね、あとは全部つくりもんなのさ」と、エージェントの社長がメイクアップ・アーティストのキンちゃんに言います〔原作漫画(祥伝社)P.33〕。
 なお、「整形」という言葉遣いについては混乱があるようで、Wikipediaによれば、「「整形」という言葉から誤解を受けがちであるが、整形外科は美容外科とまったく異なる診療科」であり、また同分野の施術について、「一般には整形手術、美容形成手術、美容整形手術などと言われることが多いが、これは法律的な根拠のない俗称であり、正しくは美容外科手術と呼ぶべきもの」とあります(上記のエージェント社長の話の中にも、「りりこのアザは整形手術の後遺症なんだよ」とあります!)。

(注2)劇場用パンフレットのインタビュー記事の中で新井浩文が「ほげる」と言っているので、何のことかとWikipediaで調べたら、「オネエ言葉を喋ること。またはオネエ系の言動をすること」とあります。

(注3)同趣旨の考察は、椹木氏の『新版 平坦な戦場でぼくらが生き延びること 岡崎京子論』(イースト・プレス、2012.7)の「新版へのまえがき」にも見い出されます。

(注4)椹木氏のエッセイによれば、マンソンらは、「自分たちの旅路のことを「マジカル・ミステリー・ツアー」と呼び、ビートルズ・ナンバーの歌詞を独自に読み替えて解釈し、そこには秘密の指示が書き込まれていると主張した。なかでも、もっとも重要な託宣の曲とされたのが、ほかでもない「ヘルタースケルター」だった」(同誌P.84)。

(注5)尤も椹木氏は、「当時、ハリウッドの“シンデレラ”であったシャロン・テート」の話と、「田舎から出てきた醜い容貌を持つ「りりこ」が、違法の全身整形によって絶世の美女となる」“シンデレラ”物語、それに沢尻エリカとを繋げているところですが〔この場合、ただの“シンデレラ”ではなく、死の影をも帯びているところから、椹木氏は「ドレラ」(トラキュラとシンデレラとを合わせた造語で、アンディ・ウォーホルについてこう言われたそうです)という言葉を使っています〕。

(注6)さらに椹木氏は、こうした表層的なところもさることながら、シャロン・テートがハリウッドの“シンデレラ”から殺人事件の被害者となる「ヘルター(上がったり)スケルター(下がったり)」(=「下剋上」)が、「りりこ」が超売れっ子モデルから真っ逆さまに落ちる姿と類似している構造的な点を捉えてもいます。

(注7)りりこの顔は、社長の若いころにそっくりだと言われます〔原作漫画(祥伝社)のP.146には、「“そう つまり りりこはママの反復 もしくはレプリカントだったのである”」とあります〕。

(注8)ただし、漫画『洗礼』のラストになると、「上原さくら」は、母親である「若草いずみ」から脳の移植を受けてはおらず、手術を担当した外科医をはじめとしてすべて彼女の想像の産物であるとされ、また脳を取り出されて死んだはずの母親も生き返ることになります。
 これでは、りりこに美容整形手術を施した「麻布プラチナクリニック」院長の和智原田美枝子)が逮捕・起訴される本作とはかなり違っていますが、ラストシーンにおけるりりこの豪奢な姿を見ると、これまでの出来事はすべて夢物語、りりこの想像の産物だったのではないか、とも思えてくるところです。

(注9)例えば、雑誌『ユリイカ特集=蜷川実花映画『ヘルタースケルター』の世界』に掲載されている蜷川監督のインタビュー記事「Blossoming of NinaMika」において、同氏は、「彼女(沢尻エリカ)がりりこを人間にしたんだと思いますね。やっぱりエリカがやるからリアリティがあったし、たぶん彼女しか見えていない景色っていっぱいあると思うんですよ。……それはやっぱり、彼女があの役をやる時に必要なことだった気がするんですよね」などと語っています(P.114)。

(注10)また、週刊誌『AERA』7月23日号掲載のインタビュー記事において、蜷川氏は、「りりこが消費されていくことを象徴するシーンを編集していたとき、気づいたんですね。「私もカメラマンとして、削り取っていく側、消費する側だ」と。……「なんだ、そっち側じゃん」と思った瞬間、グラつきました。自分が一生懸命掘った穴に落ちてしまったような感覚になって」と述べています。
 さらに、『週刊文春』7月19日号掲載の「阿川佐和子のこの人に会いたい」において、蜷川氏が「私が本格的に写真を始めた頃、母もキルトを始めたんですけど、あまりに同じような色味なんで、あっ、血ってあるんだなって、それはほんとにビックリしたんです」と語っているところからすると、蜷川氏の母親がもしかすると「若草いずみ」に繋がってくるのかもしれません。




★★★★☆




象のロケット:ヘルタースケルター


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16 コメント

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TBを・・・ (Julien(徒然草))
2012-08-10 07:35:44
有難うございます。
この映画、いまだに大変な人気なのですね。
ヒロインの現実のスキャンダルとあいまって、若い人から高齢者まで・・・。
製作担当者は、お蔵入りにならなくてよかったと思っていることでしょう。
映画って、何が大当たりするかわかりませんね。
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こんにちは。 (みぃみ)
2012-08-10 10:05:36
蜷川実花さんの極彩色の色味の中、しっかり魅せるエリカちゃんは、女優さんだなぁ。。。と思いました。

芸能人含め、全ての物事が、賛美されては新しいものに凌駕されていく、この世の中。
散っていった花達の美しさをふりかえる必要もあるのかも…と思いました。
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Unknown (yutake☆イヴ)
2012-08-10 16:26:19
TBありがとうございます。

ショッキングな連続写真のような作品でしたが
個性が際立っていたと思います。

ではでは☆(*^_^*)
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才能~ (cyaz)
2012-08-10 17:26:30
クマネズミさん、こんにちは^^

いつもTB、ありがとうございますm(__)m
賛否両論あるこの映画ですが、
僕としては、この映画をステップに、
エリカ嬢がもう一度真摯に女優業に
立ち向かって欲しいと思うばかりです。
才能は十分持ち合わせていると思いますので。
ところで、何度かTBしましたが、どうも
禁止ワードでもはいっているのかして、
反映しませんでしたm(__)m
URLに入れときますね^^
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興収 (クマネズミ)
2012-08-14 05:52:18
Julienさん、コメントをありがとうございます。
本作は、上映開始後3週目の興収が12億円で、全体としては18億円もと言われていて、オリンピックがあったりする中でよく頑張っているなと思います。
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女優 (クマネズミ)
2012-08-14 05:55:52
みいみさん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「エリカちゃんは、女優さん」だなと思います。「散っていった花達」にならないように、次回作が期待されるところですが、……。
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監督の個性 (クマネズミ)
2012-08-14 06:01:09
「yutake☆イヴ」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、本作は「ショッキングな連続写真のような作品」といえるでしょうが、まさにその点が蜷川監督の「個性」であり、それが本作の面白さなのではと思いました。
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次回作 (クマネズミ)
2012-08-14 06:06:20
cyazさん、TBが反映されずにコメントをいただき恐縮至極です。
おっしゃるように、「エリカ嬢」は「才能は十分持ち合わせている」のですから、是非次回作(その噂を聞きませんが)でも頑張ってもらいたいと思っています。
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Unknown (茂吉の歌)
2012-08-16 21:17:28
ヘルタースケルターねー?
音楽の使い処がメチャクチャ。

劇伴音楽も下手すぎます。

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Unknown (ふじき78)
2012-10-14 09:43:36
そうかあ。
混雑してたんですねえ、この映画。
私は二番館で見たので、まばらでした。
それにしても、映画もパッと大入りして、パッと終わってしまう。お客が入るにしても入らないにしてもスパンがどんどん短くなってる気がします。
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