孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ・クルド人勢力・アメリカの微妙な関係

2015-10-14 23:02:00 | 中東情勢

【10月12日 AFP】

シリアのトルコ国境におけるクルド人勢力の台頭
「独自の国家を持たない世界最大の民族」クルド人については、これまでも何回も取り上げてきましたが、クルド人の概要、特にトルコとの関係については以下のようにも。

****クルド人とは****
クルド人はトルコやイラク、それにシリアなど中東の各国に広くまたがる形で暮らしている、独自の国家を持たない世界最大の民族と言われています。

人口は2500万から3000万に上るとの推計もありますが、中東で国家が形成されていくなかで、クルド人の居住地域はトルコやイラクなどに分断され弾圧を受けることになりました。

このため、第2次世界大戦以降、クルド人の独立国家を立ち上げようと、トルコやイラクなどの国でクルド人の武装組織が結成され、それぞれの国の政府と分離独立をかけた激しい武力闘争を繰り広げてきました。

このうち、最も多くのクルド人が住むトルコでは、政府とクルド人武装組織「クルド労働者党」との間で、およそ30年にわたり4万人以上の犠牲が出るテロと戦闘の応酬が続きましたが、その後、双方の協議が進み、武装解除に向けた動きが始まろうとしていました。

こうしたなか、ことし7月、隣国シリアの内戦の混乱が飛び火する形で、クルド人と対立する過激派組織IS=イスラミックステートとつながりのある男による自爆テロが起きました。

これをきっかけに、ISに対するトルコ政府の対応に不満を持つクルド人武装組織のメンバーが警察官を殺害する事件が起きるなど、トルコ政府とクルド人武装組織との間の対立が再燃しました。

これに対してトルコ政府はISだけでなくクルド人武装組織の拠点の空爆に乗り出し、事態は混迷の度合いを深めていました。【10月11日 NHK】
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一方、イスラム国(IS)が勢力を維持するシリアにあって、アメリカは「自由シリア軍」を支援してきましたが、ISや他のイスラム過激派反政府勢力に比べ軍事的に劣勢にあり、アメリカの訓練計画も挫折しました。

そうしたアメリカの対シリア政策が行き詰まるなかで、唯一アメリカが対IS勢力として期待できるのが、シリア北部・トルコ国境のクルド人勢力「民主統一党」(PYD)(軍事部門がクルド人民防衛部隊(YPG))で、PYDはISを圧迫する形でその勢力圏を拡大しています。

最近では、共に戦ってきた複数のアラブ系反政府勢力なども糾合した新たな軍事組織を立ち上げたことも報じられています。

*****シリア民主軍」結成、宗教・民族越えた「挙国一致の軍事力*****
シリアのクルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」と、これまでにも同部隊と共に戦ってきた複数のアラブ系反政府勢力などが正式な同盟関係を結び、「シリア民主軍」という新たな組織を結成した。YPGがインターネットに声明を掲載して発表した。

声明では、「わが国シリアが直面している予断を許さない現状、また軍事・政治の両前線における急展開を鑑みると、クルド系、アラブ系、シリア語系、その他あらゆる勢力が結集した挙国一致の軍事力が必要だ」と訴えている。

新組織には、アラブ系主導の組織「ユーフラテスの火山」をはじめ、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」との戦いでYPGを支援してきたシリアの複数の反政府勢力が含まれている他、アラブ系部族やシリア語系キリスト教徒らのグループも参加している。

米国はすでに、シリア北部の各地における対IS戦でYPGと連携している。米主導の有志国連合は、ISに対する空爆という形で、地上でISと戦っているクルド人部隊を支援している。

一方でシリアの隣国トルコはYPGの勢力拡大に不安を抱いている。トルコはYPGを非合法のクルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」の一派とみなしている。

さらに、米国とシリアのクルド人勢力が連携を強めていることで、以前から米軍による空爆支援と武器の提供を受けようと働き掛けを続けてきたクルド人勢力以外のシリア反政府勢力の間に怒りが広がっている。

クルド人勢力はシリア政府から何年も抑圧を受けてきたにもかかわらず慎重な姿勢を貫いていた。反体制蜂起が始まった2011年3月以降も政権に対し武器を取ることを拒否しつつ、クルド系が大部分を占める地域の自治の確立を優先してきたという経緯から、シリア反政府派の多くはクルド人勢力に不信の目を向けている。【10月12日 AFP】
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国内に1100万人を超えるとも言われるクルド人を抱えるトルコ・エルドアン政権の立場からすると、PYD・YPGはトルコ政府が死闘を繰り広げてきた分離独立を目指すクルド人武装組織「クルド労働者党」(PKK)の分派ともみなされており、そのPKKにつながるPYDがトルコ国境付近で勢力を広げ、将来は独自の国家も・・・といった事態は看過できない問題となっています。

上記記事にもある7月のISによるテロ事件を契機とした国内のクルド人問題再燃を受けて、トルコはISとPKK双方を対象する攻撃・二正面作戦に出ていますが、アサド政権を敵視するトルコは従来からISを支援してきたとも言われる関係で、“二正面作戦”と言いながらも、その実態はもっぱらPKK・クルド人勢力叩きにあると見られています。

アメリカとクルド人勢力の共闘にトルコが激怒
こうした流れにあって、トルコがクルド人勢力YPGを支援しているとしてアメリカとロシアの大使を呼んで警告したそうです。

****トルコが米露大使呼び警告、クルド人組織支援は「容認できない*****
トルコのアフメト・ダウトオール(Ahmet Davutoglu)首相は14日、シリアでイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」と戦っているクルド人に対する、米国とロシアの軍事的・政治的な支援が「容認できない」として、米露両国に警告を発した。

先だってトルコは、米国とロシアの大使を呼び、シリア国内でISと戦うクルド人部隊への武器供与と支援について警告していた。

ダウトオール首相はテレビで放送されたコメントの中で、「われわれの立場は明確だ。その立場は米国とロシアに伝えた」と語り、「トルコが戦っているテロ組織とのいかなる協力も認めることはできない」と述べた。

トルコ外務省高官はAFPに対し、米国とロシアの大使を13日に外務省に呼び、シリア国内の主要クルド人組織である民主統一党(PYD)に対する「トルコの姿勢」を伝え、「必要な警告」を発したと語った。

トルコでは1984年以降、クルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」が反政府武装闘争を続けているが、トルコ政府はPYDをPKKのシリアにおける分派とみなしている。【10月14日 AFP】
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トルコがPYD・YPGと協調するアメリカに不快感を持っていることは、先述のような経緯でわかりますが、なぜ今この時期に、このような強い警告措置を取ったのか?

アメリカは、「自由シリア軍」育成計画が挫折して、反政府勢力に対する武器・弾薬の供給へと方針を転換しています。
どうも、この武器・弾薬の供給した相手というのが、「自由シリア軍」ではなく、クルド人勢力だったようです。

****シリア情勢】米軍がシリア反体制派に弾薬投下 武器の直接供与は初めて 米ロ「代理戦争」の様相強まる**** 
米軍はシリア北部で12日、アサド政権と対立する反体制派勢力に、C17輸送機から小火器用の弾薬約50トンを投下したと発表した。

ロシア軍のシリア空爆開始で打撃を受ける反体制派に、武器と弾薬を直接供与する初めての作戦となる。オバマ米政権が巻き返しに出た格好だが、情勢は米国とロシアの「代理戦争」の様相を呈し始めた。

米軍は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が「首都」とする北部ラッカをうかがう穏健な反体制派グループに投下したもようだ。このグループはクルド人の民兵と協力しているという。

オバマ政権は5月以降、反体制派の戦闘員をシリア国外で訓練し、武器を持たせて国内に送り返す支援計画を進めてきた。だが「訓練は機能していない」(オバマ大統領)と失敗を認め、今月5日、武器や弾薬を部隊に供与し、テコ入れする方針への転換を表明していた。

米政府はあくまでイスラム国掃討が目的で、武器が国際テロ組織アルカーイダ系のヌスラ戦線など、穏健でない反体制派には渡らないよう、供与先のグループを厳選しているという。

だが実際には、対イスラム国のみならず、アサド政権軍、ロシア軍との戦闘における反体制派に対する後方支援という側面を併せもっており、反体制派をイスラム国対策だけに対処させることも難しく、内戦の色彩がさらに深まりそうだ。

また、米軍は当面、対戦車ロケット砲や携帯式地対空ミサイルなどは供与しない方針。「より高性能な装備」(国防総省高官)を欠いたまま反体制派が、退潮にどこまで歯止めをかけられるのかは不透明だ。

同時にオバマ政権は、ロシアがいずれイラクでもアバディ政権の要請を取り付ける形で軍事介入に踏み切るとみており、イラク側にロシアと距離を置くよう働きかけている。

イラク国内で、米軍主導の有志連合の枠外でイスラム国掃討に当たるイランと、ロシアが手を組んで影響力を拡大させれば、「二極化」が進み米軍の作戦を阻害しかねない。イラクをめぐる米露の神経戦も始まっている。【10月13日 産経】
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このあたりの事情については下記のようにも。

****トルコ―クルド関係****
シリアを巡る諸国、勢力間の関係は、極めて複雑で、なかなか把握しきれrませんが、またそのような複雑な情勢を象徴するような事件が起きました。

米国が、シリアの反政府勢力に武器を空中投下したことは先日お伝えしましたが、どうやら投下した相手はシリアのクルド勢力のPYDだったようです。アラビア語メディアでは「反政府軍」とあるので、当方は自動的に自由シリア軍等を指すのかと思っていました。

このPYDはトルコの天敵PKKのシリア版で、トルコが大きく警戒している相手で、このニュースを聞いたトルコ首相は激怒して(hurryiet net の表現を使えば、apopletic憤激して爆発寸前というところか!!)、早速トルコ外務省が米大使を招致して、トルコの強い懸念を伝えた由(「外務省」とあって、外相とないので、トルコの不愉快さを伝えるためにわざと、トルコ側のレベルを下げた可能性がある)。

トルコ首相府は、マスコミに対して「トルコは米国とロシアに対して、重大な懸念を伝えた。この問題は国家安全保障の問題であってそのような問題については、トルコは断固たる措置を取る」と語り、首相も米国を念頭に、「イラクでの高性能武器がISの手に渡り、彼らがそれを使ったことは良く知られている。今回の武器が北イラクに伝わり、PKKの手に渡るようなことがあれば、トルコは躊躇なく攻撃するであろう」。と語り「半年前で、PKKがトルコとの停戦を守っていた時期ならばともかくPKKが活動を再開している現在では状況は異なった」と強調した由。

首相はさらに、ロシアに対してもクルド勢力のPYDに武器援助などすることがないように、厳重に伝達する予定であると語った由。(後略)【10月14日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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アメリカからすれば、現状でISに対抗できるのは「自由シリア軍」ではなくクルド人勢力PYDであるとの現実的判断があったと思われます。

また、穏健派「自由シリア軍」と言っても“イスラム過激派”との境界は曖昧で、「自由シリア軍」に供与した武器がいつのまにかイスラム過激派に渡るといったことも十分に想定できます。
その意味で、信頼できるのはクルド人勢力PYD・・・という選択になったものと思われます。

トルコ・エルドアン政権が怒るのはわかりますますが、トルコの主眼がISなどではなく、クルド人勢力にあることの表れでもあるでしょう。

今回の件で、ロシアも警告を受けた事情はよく知りません。
シリアで軍事介入を拡大させているロシアとクルド人勢力の間に何か関係が出来ているのでしょうか?
アメリカとの対立が突出しないように、ロシアも呼んでバランスをとったということでしょうか?

いずれにしても、アメリカ、ロシア、クルド人勢力、トルコ、イスラム過激派、ISなどが、それぞれの立ち位置・思惑で蠢く微妙なシリア情勢です。

トルコ国内でもエルドアン政権の主敵はクルド人勢力
トルコでは、周知のように10日、首都アンカラで97人が死亡した、クルド系左派グループによる反政権の平和集会を狙ったとみられる連続爆発テロが起き、11月1日の出直し総選挙を控えて大きな問題となっています。

****トルコ自爆テロ】「テロ阻止できなかった」と各地でスト 葬儀が反政府デモに転化も 政治対立強まる****
トルコからの報道によると、同国の最大都市イスタンブールなど各地で12日、労組などが呼び掛けたデモやストライキがあり、参加者は、首都アンカラで少なくとも97人が死亡した10日の自爆テロを阻止できなかったとしてエルドアン政権を非難した。

最大野党の共和人民党(CHP)や少数民族クルド人系の左派、人民民主党(HDP)もこれに乗じて政府や与党、公正発展党(AKP)への攻勢を強めており、11月1日の出直し総選挙を前に政治対立が深まっている。

一方、AKPを率いる同国のダウトオール首相は12日、地元テレビ局とのインタビューで、テロはイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による可能性が高いと指摘。自爆犯2人の身元や背後関係の捜査を進めていると強調した。

ただ今回の事件ではイスラム国が存在を誇示するために出す犯行声明などは確認されておらず、イスラム国犯行説の真偽はなおも不明のままだ。

トルコ各地では12日、テロの犠牲者らの葬儀も行われた。一部では葬儀が反政府デモに転化し、参加者らは「エルドアンは殺人者だ」などと非難した。

トルコ政府は隣国シリアの内戦当初から反体制派を支援してきたが、それがイスラム国の台頭やトルコへの浸透を手助けしたとも指摘される。デモ隊の反政府感情はそうした事情を背景としており、野党からは外交・安全保障政策の転換を求める声も強まっている。【10月13日 産経】
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トルコ政府はこれまで、テロの背後にISいるとの見方を示していましたが、ISに加えてクルド人武装勢力PKKも関与している・・・との判断のようです。

****イスラム国」とPKKの可能性大=首都テロ事件、2人拘束―トルコ****
トルコからの報道によると、ダウトオール首相は14日、首都アンカラで10日に起きた自爆テロ事件について、過激派組織「イスラム国」と反政府武装組織、クルド労働者党(PKK)が関与している可能性が高いと述べた。最大都市イスタンブールでの記者会見で明らかにした。

事件ではクルド系デモ参加者97人が犠牲となった。首相は「ツイッターのアカウントやIPアドレス(インターネット上の住所)の情報から、『イスラム国』とPKKが積極的に関与している可能性が高い」と指摘した。

トルコ警察は14日、事件を事前に把握していた疑いで、PKKメンバーとされる2人を拘束。地元メディアによれば、事件の9時間前に偽のツイッターアカウントを使い、「アンカラで爆発があるだろう」と投稿していたという。【10月14日 時事】 
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先の総選挙では、クルド系の左派政党「人民民主党」(HDP)が躍進したあおりで、エルドアン大統領率いる与党・AKPは過半数を維持することができませんでした。

その後の連立交渉が不調に終わり、エルドアン大統領は11月1日の出直し総選挙にうって出た訳ですが、従来和平協議を続けてきたPKKに対して強硬路線に転じたのも、連立交渉が不調に終わって出直し総選挙が実施されるのを見越し、PKKと近い関係にあるとされるクルド系HDPを切り崩す狙いもあったからだと指摘されています。

得票率が10%を超えないと議席が獲得できないトルコの政治制度から、HDPを切り崩して10%割れに持ち込めれば、その議席の殆どがAKPに転がり込むという関係にあります。

PKKとの戦いを前面に押し出してクルド人勢力への危機感を煽り、クルド系HDPを切り崩すエルドアン大統領の作戦とも言われていますが、AKPやHDPの支持率は先の総選挙のときとあまり変わっていないとの世論調査もあるようです。

今回出直し総選挙でも与党AKPが過半数を獲得できないと、エルドアン大統領の求心力が大きく損なわれることにもなります。

そうした微妙な政治情勢のなかで起きたクルド系の反政府集会を狙ったテロ、その背景にクルド系武装勢力PKKがいるとのトルコ当局の判断・・・総選挙を睨んだ政治的意図を感じないこともありません。
もちろん真相はわかりませんが。

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